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#038 ラプラスの悪魔②
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がらんとした教室内は、灯りも付けられておらず薄暗い。
廊下から差し込む光だけが室内の様子を窺う手がかりだった。
ここに、ラプラスの悪魔が……?
薄暗い室内を見回していると、暗闇の奥から声がする。
「――ようこそ、ラプラスの館へ。どうぞ中へ」
女の声だ。
俺が躊躇していると、来海が先導して教室の中へ。
俺も後を追おうとすると、シロに裾を引かれる。暗い教室が怖いのだろうか。
「シロ、大丈夫だ。俺も来海も一緒に居るし、わんちゃんも付いてるぞ」
「……こくり」
シロはゆっくりと頷き、恐る恐る付いて来る。
そうして教室の奥まで入れば、如何にもという様な空間が目に入った。
薄暗く見え辛いが、床に黒い布を絨毯として敷いて、その上に二人の女生徒が座っている。
どちらも黒いローブを目深に被っていて、その顔を窺い知る事は出来ない。
その女生徒二人の間には水晶玉が置かれており、胡散臭さを際立てていた。
「失礼するわね」
来海が堂々と絨毯の上に座るので、俺もそれに倣ってその隣へ。
スペース的にシロの席が無いな、と思っていると、自然に俺の組んだ脚の上に座って来た。
犬、シロ、俺の順で重なっていて、ちょっと重たい。
俺たちが着席すれば、ラプラスの悪魔たちが口を開く。
「私たちはラプラスの悪魔。よくぞここを見つけられましたね。さあ、真実を見通しましょう」
「何かお悩みが? 恋のお悩み? 友達と喧嘩した? それとも失せ物探し? でも、テストの問題は教えてあげられませんよ」
二人の悪魔が冗談めかして、そう語り掛けて来る。
俺も何か言おうかと思ったが、視界の殆どをシロの後頭部が覆っていて、微妙に喋り辛い。
ここは来海に任せようか、と視線を送れば、その意志はすぐに伝わってくれた。
来海は小さく頷いた後、すぐに本題に入る。
「それじゃあ、この女の子と、それとこの犬の元居た場所を教えて欲しいわ」
ラプラスの悪魔の一人が、ちらりとシロとその腕の中の犬に視線を移す。
「元居た場所……?」
「迷子の犬と、記憶喪失の女の子なの。でも、あなたたちが本当に真実を見通せると言うのなら、分かるわよね?」
来海がそう挑戦的に言えば、悪魔の一人がローブの奥で少しむっとした様な空気を感じた。
「……確かに、私たちはラプラスの悪魔。でも、何か手掛かりがないと、真実には辿り着けない」
「例えば名前、例えば関係のある物、場所、そういうきっかけが必要」
二人の悪魔が続けて言う。
なるほど、きっかけね。
つまり、特定のワードから絞り込んで、ビジョンを見る様なスキルか。
おそらく“千里眼”に分類されるスキルだろう。
来海は少し考えてから、悪魔に質問を投げかける。
「関係ないかもしれないけれど、思いついたワードを雑多に言って行ってもいいかしら?」
「構いません。それが真実への近道ならば」
来海は一度頷いてから、キーワードを1つずつ並べて行く。
「幽霊、裏山、秘密基地、橋の下、スナック菓子――」
それから、ちらりとラプラスの悪魔たちの様子を窺う。
一人が水晶玉に手をかざしているが、まだ何も引っ掛かるワードは無いのか何の反応も返って来ない。
それを見て、来海は続ける。
「記憶喪失、林、各務原、オムライス――」
ちょっと待て、どんどん出て来るワードが苦しくなっていく。
来海はそうあって欲しくないという思いからか、クリティカルであろうワードを避けている様だ。
しかし、やはり何も反応がない悪魔たちを見て、意を決して来海は攻める。
「景色の歪み、不審船、乗組員――」
すると、水晶玉にかざしていた手がぴくりと震えた。
そして――、
「――スキルホルダー解放戦線」
その言葉が発されるのとほぼ同時に、ラプラスの悪魔たちが声を揃えて、
「「おめでとうございます。真実に辿り着きました」」
シロが驚いて、びくりと震えた。
そして、ラプラスの悪魔の水晶玉じゃない方が、裏からコピー用紙を一枚取り出して、そこへ片手をかざす。
もう片方の手は、水晶玉の方の手を握っていた。
やがて、コピー用紙にじんわりと何か模様の様な物が浮かび上がって来る。
これは――地図だ。
なるほど。彼女たちラプラスの悪魔は“千里眼”のスキルを持つ水晶玉担当と、イメージを映し出す“念写”のスキルを持つコピー用紙担当の二人組だったという訳だ。
「こちらが、あなた方の求めていた真実です」
そして、そう言って地図を念写した紙を手渡して来る。
気になったのか、シロが手を伸ばしてそれを受け取ったので、俺はそれを後ろから覗き込む。
シロの持つ地図は逆さ向きになっているが、地図の一点にはチェックマークの印が有るのが分かる。おそらく、そこへ行けという事だろう。
地図を渡せば、ラプラスの悪魔たちはそれで仕事は終わりと言わんばかりに、さっさと片付けを始めた。
すると、来海が慌てて口を挟む。
「ちょっと待って、この地図ってシロの分よね? 犬の方も、見てもらいたいのだけれど――」
すると、水晶玉の方がくすりと笑って答えた。
「いいえ。それは“両者にとっての真実”です。そこに何があるのかまでは私たちにも分かりませんが、きっと、そこへ行けば2つの真実が交差する事でしょう」
彼女たちラプラスの悪魔の正体は秘密だ。
俺たちはその素顔を見る事無く、空き教室を後にして、部室へと帰って来た。
そして、念写された地図と特区内の地図を照らし合わせる。
「これは……第二区画か?」
「ええ、そうね。犬の飼い主が居るとすれば第二区画だとは思っていたから、おかしな話じゃないわ。でも、まさかシロとわんちゃんが同じ場所を……」
それもそうだが、もう1つ重要な事が有った。
ラプラスの悪魔がこの真実を導き出した際、そのトリガーとなった最後のキーワード――“スキルホルダー解放戦線”。
シロを見れば、いつもの同じ様に無表情なまま見つめ返して来るだけ。
そこからは悪意や敵意を全く感じられない。無垢な少女そのものだ。
「ねえ、桐祐。このままシロをここへ連れて行っても、良いと思う?」
「どういう意味だ?」
「この子、解放戦線絡みなのはもう疑いようもないわ。でも、本当に記憶喪失なら、もういっそそのまま忘れていた方が――」
俺はそれを強く、食い気味に否定する。
「いいや。例え解放戦線絡みだろうと、忘れていたままでいいはずが無い。シロにだって家族が居るはずだ、探している誰かが居るはずだ。
なら、それがどんな組織に属していようと、会わせてやるべきだ。組織だなんだって話は、その後で良いだろう」
来海は何かを言いかけ口を開くが、躊躇いまた一文字に結んで、それから、小さく答えた。
「……ええ、あなたの言う通りね。ごめんなさい」
やっぱり、俺はシロに亡き妹を重ねてしまっているのだろう。
この場所に、何があるのか――シロにとって、良い結果が待っている事を願うばかりだ。
廊下から差し込む光だけが室内の様子を窺う手がかりだった。
ここに、ラプラスの悪魔が……?
薄暗い室内を見回していると、暗闇の奥から声がする。
「――ようこそ、ラプラスの館へ。どうぞ中へ」
女の声だ。
俺が躊躇していると、来海が先導して教室の中へ。
俺も後を追おうとすると、シロに裾を引かれる。暗い教室が怖いのだろうか。
「シロ、大丈夫だ。俺も来海も一緒に居るし、わんちゃんも付いてるぞ」
「……こくり」
シロはゆっくりと頷き、恐る恐る付いて来る。
そうして教室の奥まで入れば、如何にもという様な空間が目に入った。
薄暗く見え辛いが、床に黒い布を絨毯として敷いて、その上に二人の女生徒が座っている。
どちらも黒いローブを目深に被っていて、その顔を窺い知る事は出来ない。
その女生徒二人の間には水晶玉が置かれており、胡散臭さを際立てていた。
「失礼するわね」
来海が堂々と絨毯の上に座るので、俺もそれに倣ってその隣へ。
スペース的にシロの席が無いな、と思っていると、自然に俺の組んだ脚の上に座って来た。
犬、シロ、俺の順で重なっていて、ちょっと重たい。
俺たちが着席すれば、ラプラスの悪魔たちが口を開く。
「私たちはラプラスの悪魔。よくぞここを見つけられましたね。さあ、真実を見通しましょう」
「何かお悩みが? 恋のお悩み? 友達と喧嘩した? それとも失せ物探し? でも、テストの問題は教えてあげられませんよ」
二人の悪魔が冗談めかして、そう語り掛けて来る。
俺も何か言おうかと思ったが、視界の殆どをシロの後頭部が覆っていて、微妙に喋り辛い。
ここは来海に任せようか、と視線を送れば、その意志はすぐに伝わってくれた。
来海は小さく頷いた後、すぐに本題に入る。
「それじゃあ、この女の子と、それとこの犬の元居た場所を教えて欲しいわ」
ラプラスの悪魔の一人が、ちらりとシロとその腕の中の犬に視線を移す。
「元居た場所……?」
「迷子の犬と、記憶喪失の女の子なの。でも、あなたたちが本当に真実を見通せると言うのなら、分かるわよね?」
来海がそう挑戦的に言えば、悪魔の一人がローブの奥で少しむっとした様な空気を感じた。
「……確かに、私たちはラプラスの悪魔。でも、何か手掛かりがないと、真実には辿り着けない」
「例えば名前、例えば関係のある物、場所、そういうきっかけが必要」
二人の悪魔が続けて言う。
なるほど、きっかけね。
つまり、特定のワードから絞り込んで、ビジョンを見る様なスキルか。
おそらく“千里眼”に分類されるスキルだろう。
来海は少し考えてから、悪魔に質問を投げかける。
「関係ないかもしれないけれど、思いついたワードを雑多に言って行ってもいいかしら?」
「構いません。それが真実への近道ならば」
来海は一度頷いてから、キーワードを1つずつ並べて行く。
「幽霊、裏山、秘密基地、橋の下、スナック菓子――」
それから、ちらりとラプラスの悪魔たちの様子を窺う。
一人が水晶玉に手をかざしているが、まだ何も引っ掛かるワードは無いのか何の反応も返って来ない。
それを見て、来海は続ける。
「記憶喪失、林、各務原、オムライス――」
ちょっと待て、どんどん出て来るワードが苦しくなっていく。
来海はそうあって欲しくないという思いからか、クリティカルであろうワードを避けている様だ。
しかし、やはり何も反応がない悪魔たちを見て、意を決して来海は攻める。
「景色の歪み、不審船、乗組員――」
すると、水晶玉にかざしていた手がぴくりと震えた。
そして――、
「――スキルホルダー解放戦線」
その言葉が発されるのとほぼ同時に、ラプラスの悪魔たちが声を揃えて、
「「おめでとうございます。真実に辿り着きました」」
シロが驚いて、びくりと震えた。
そして、ラプラスの悪魔の水晶玉じゃない方が、裏からコピー用紙を一枚取り出して、そこへ片手をかざす。
もう片方の手は、水晶玉の方の手を握っていた。
やがて、コピー用紙にじんわりと何か模様の様な物が浮かび上がって来る。
これは――地図だ。
なるほど。彼女たちラプラスの悪魔は“千里眼”のスキルを持つ水晶玉担当と、イメージを映し出す“念写”のスキルを持つコピー用紙担当の二人組だったという訳だ。
「こちらが、あなた方の求めていた真実です」
そして、そう言って地図を念写した紙を手渡して来る。
気になったのか、シロが手を伸ばしてそれを受け取ったので、俺はそれを後ろから覗き込む。
シロの持つ地図は逆さ向きになっているが、地図の一点にはチェックマークの印が有るのが分かる。おそらく、そこへ行けという事だろう。
地図を渡せば、ラプラスの悪魔たちはそれで仕事は終わりと言わんばかりに、さっさと片付けを始めた。
すると、来海が慌てて口を挟む。
「ちょっと待って、この地図ってシロの分よね? 犬の方も、見てもらいたいのだけれど――」
すると、水晶玉の方がくすりと笑って答えた。
「いいえ。それは“両者にとっての真実”です。そこに何があるのかまでは私たちにも分かりませんが、きっと、そこへ行けば2つの真実が交差する事でしょう」
彼女たちラプラスの悪魔の正体は秘密だ。
俺たちはその素顔を見る事無く、空き教室を後にして、部室へと帰って来た。
そして、念写された地図と特区内の地図を照らし合わせる。
「これは……第二区画か?」
「ええ、そうね。犬の飼い主が居るとすれば第二区画だとは思っていたから、おかしな話じゃないわ。でも、まさかシロとわんちゃんが同じ場所を……」
それもそうだが、もう1つ重要な事が有った。
ラプラスの悪魔がこの真実を導き出した際、そのトリガーとなった最後のキーワード――“スキルホルダー解放戦線”。
シロを見れば、いつもの同じ様に無表情なまま見つめ返して来るだけ。
そこからは悪意や敵意を全く感じられない。無垢な少女そのものだ。
「ねえ、桐祐。このままシロをここへ連れて行っても、良いと思う?」
「どういう意味だ?」
「この子、解放戦線絡みなのはもう疑いようもないわ。でも、本当に記憶喪失なら、もういっそそのまま忘れていた方が――」
俺はそれを強く、食い気味に否定する。
「いいや。例え解放戦線絡みだろうと、忘れていたままでいいはずが無い。シロにだって家族が居るはずだ、探している誰かが居るはずだ。
なら、それがどんな組織に属していようと、会わせてやるべきだ。組織だなんだって話は、その後で良いだろう」
来海は何かを言いかけ口を開くが、躊躇いまた一文字に結んで、それから、小さく答えた。
「……ええ、あなたの言う通りね。ごめんなさい」
やっぱり、俺はシロに亡き妹を重ねてしまっているのだろう。
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