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#029 天の結晶⑤
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俺たちが音の方へと向かうと、そこは誰も居ない、何もないはずの場所。
シャッターの降りた出入口へと繋がる広い通路だ。両脇には服屋や雑貨屋が並んでいる。
その無人の空間に、金属を殴りつける様な音が響いていた。
降りたシャッターがガンガンと蹴られでもしている様に、音を立てながら揺れている。
見えない誰かがシャッターを蹴りつけているのだ。
しかし、シャッターはびくともしていない。当然だ、普通の人間の蹴りで壊れるはずもない。
俺たちは通路側を塞ぐように並び立つ。
「観念しなさい、解放戦線!」
来海がそう叫ぶと、シャッターを蹴る大きな音が止み、振動の余韻だけがじんわりと空気に溶けて行く。
相手の姿は見えない。しかし、確かにそこに居る。
「姿を現しなさい!」
来海がクナイを投擲。
念動力によって操られた二匹の働き蜂が、予測不能の軌道を描いてシャッター目がけて飛んで行った。
しかし、その毒針は空を切り、シャッターにぶつかりカラリと音を立てて、地面に転がり落ちる。
「駄目だ、ウォールナット! 闇雲に投げても当たらない!」
「分かってるわよ! でも――」
投擲した2本のクナイは通路の左右をぐるりと大回りで旋回し、来海の手元へと帰って行く。
「相手の透明化のスキルは各務原のと同じタイプで、触れている物もある程度一緒にスキルの効果範囲に入ってしまう。凶器を持っているかもしれないから、気を付け――」
そう言切る前に、左前方向から殺気を感じた。
「――危ない!!」
「きゃっ!」
咄嗟に来海へ向かって飛び、突き飛ばす。
左腕に熱を感じ、逆の手で押さえる。見れば、手の平が赤く染まっていた。
「ぐっ……」
「大丈夫、ローゲ!?」
「少し切られただけだ。相手は刃物を持っている、気を付けろ」
体勢を立て直す。
しかし、すぐさま腹部に激痛が走り、俺の身体は後方へと投げ飛ばされた。
「――ローゲ!!」
来海の叫び。
同時に、透明人間は来海にも遅いかかる。
駄目だ、激痛で動けない。
その時、カンッと金属同士のぶつかる音。
それが聞こえたかと思えば、俺のすぐ近くに鈍く鉛色に輝くナイフが転がって来た。
続いて来海が何も見えない空間を蹴りつけるが、既にそこに透明人間の姿は無く、空振り。
「残念だったわね、防刃よ」
刹那の攻防。
透明人間の振るうナイフの刃先が来海の黒いインナーに覆われた肌へと触れた瞬間、すぐさま反応しクナイで弾き飛ばしたのだ。
しかし、まさかあのいつも身に着けている黒いタートルネックインナーに防刃性能が有ったとは……、これもS⁶技術班の賜物なのだろうか。
ともかく、まだ痛みで満足に動き回る事は出来ないが、今この瞬間に打てる手は打っておかねばならない。
俺は手を伸ばしてナイフを払い飛ばす。ナイフは床を滑って、雑貨屋の商品棚の下へと入り込んで行った。
ひとまず凶器は奪った。
しかし――と、俺が思考するのとほぼ同タイミングで、来海はクナイを手品の様に仕舞い、格闘の体勢を取った。
さすがの判断だ。折角相手の凶器を奪ったのに、クナイを奪い取られて元通りになっては意味がない。
そして、次はどこから攻撃が来るのか――と、意識を集中させ周囲を警戒。
すると、何処からか声がする。
「ちッ!! てめェら、S⁶か!!」
聞いた事の無い男の声だ。その声色から何となく、粗暴で、知能はあまり高く無さそうだな、という第一印象を受けた。
しかし、どうやら相手は俺たち秘密組織S⁶の名を知っている様だ。
「あら、よく知っているじゃない。そこまで知っているという事は、末端の構成員じゃないのかしら?」
来海も俺と同じ感想を抱いたのだろう、わざと煽る様にして相手の情報を探っている。
「へへッ、どうだかなァ!」
姿の見えない男の声色は、どことなく喜色を帯びている。
「――それか、誰の入れ知恵かしら?」
「わざわざ教えてやる義理はねェよ! ナンバーツーに怒られるんでなァ!」
そして、相手は来海のペースに乗せられたまま、簡単に口を滑らせた。
やはり、この透明人間は誰かの指示の元動いている末端だ。そして、その指揮を執っている人物の名は――“ナンバーツー”!!
男が声を荒げる。
「どっちにしても、アルファ様がてめェらに殺された今、こっちもやる事やらねェといけねェんだ!! さっさとここから出しやがれ!!」
……殺された? アルファ様という名は、MGC襲撃事件の時にも聞いた。
しかし、確かあの時は拉致られたという様な話だったが、いつの間にか話が大きくなっている。
そもそも、S⁶だろうと六専特区だろうと、公的機関が殺しなどするものか。
「そのアルファ様って、いったい――」
「あァ、もう!! ごちゃごちゃうるせェよ!」
探りを入れられている事に気付いたのか、それとも短気なだけか、透明人間はついにしびれを切らせた。
どたどたとした足音が通路に響き渡る。
――来る!
そう思った、その時――、
「――痛ってェ! なんだこりゃ!?」
声のした方向を見れば、空中の一点に、赤い一筋の線が生まれていた。
よく目を凝らして見れば、それはキラリと光る何か――ワイヤーだ!
いつの間にか――いや、最初のクナイの投擲時だ。あの初手の攻撃は、蜘蛛の巣の様にワイヤーの包囲を形成する為の一手だったのだ。
透明人間は俺が払い飛ばした凶器の代わりを探そうと雑貨屋へ入ろうとしたところで、そのワイヤーの檻という罠に掛かった。
シャッターの降りた出口は勿論の事、通路の左右に並ぶ店舗、そして通路からエスカレーターのある吹き抜けフロアへと抜け出そうとするにも、ワイヤーの檻に封鎖されていて逃げられない。
この通路は来海の蜘蛛の糸によって完全に包囲されている。後は、この透明人間をどうにかして拘束するだけだ。
透明人間は数歩後退。それを証明する様に、血痕がポタポタと床に落ちる。
その隙を来海も見逃さない。
「そこね!」
来海が地を蹴り、血痕を追って掌底打ちを繰り出す。
しかし、やはり実体の輪郭を認識できない所為で上手く狙いが定まらない。
来海が放った掌底打ちは透明人間に掠りこそした様だが、決定打とはならない。
それどころか、透明人間の反撃を受け来海の身体が躍る。
「おらよォ! 見えなきゃ何も出来ねェよなァ!!」
「くっ……」
来海は相手の攻撃のタイミングで上手く身を翻し、衝撃を逃がす事で何とか堪えている。
しかし、やはり姿が見えないというアドバンテージは大きく、防戦一方。
その上、いくらエージェントとして訓練を積んでいるとは言っても来海は女子で、相手は男だ。
このままでは、すぐに来海が押し負けてしまうだろう。
俺は考える。この局面を打開する術を。
相手は透明人間だ。しかし、そのスキルさえ看破してしまえば、来海の操る働き蜂の一刺しでゲームセットだ。
その思考の最中、今まさに透明人間と立会っている来海と、一瞬視線が合った気がした。
その時、以前に聞いた来海の言葉が脳裏を過る。――“次も期待していいかしら? ローゲ”。
――ああ、そうだ。俺にはスキルが有る。かつて大切な物を全て壊してしまった、忌まわしい力。
しかし、今の俺にはそれを正しく扱う事が出来るはずだ。来海を助けることが出来るはずだ。
MGCの時だって、上手く行ったじゃないか。
びびってる場合かよ! 今使わないで、いつ使うんだ!!
俺は視線を送る。その先は――通路の天井。
俺のスキルの発動には何の予備動作も要らない。ただ視界に入れるだけでいい。
身体の奥底から湧き上がって来る“熱”。
たったこれだけのスキルを使っただけなのに、脳天が痺れ、神経が焼き切れそうになる。
感情の昂りに呼応して、スキルが発動する。
「きゃあっ……!!」
透明人間の一撃が来海を襲い、その細い体は通路の床に吹き飛ばされ、倒れる。
その時――、
「これ、は……!?」
「なんだァ……、雨……?」
雨。ショッピングモールの通路に雨が降り注ぐ。
そして、その雨粒に打たれて、くっきりと透明人間の輪郭が浮かび上がった。
俺は、ゆっくりと立ち上がる。
「……悪いな、待たせた、ウォールナット」
シャッターの降りた出入口へと繋がる広い通路だ。両脇には服屋や雑貨屋が並んでいる。
その無人の空間に、金属を殴りつける様な音が響いていた。
降りたシャッターがガンガンと蹴られでもしている様に、音を立てながら揺れている。
見えない誰かがシャッターを蹴りつけているのだ。
しかし、シャッターはびくともしていない。当然だ、普通の人間の蹴りで壊れるはずもない。
俺たちは通路側を塞ぐように並び立つ。
「観念しなさい、解放戦線!」
来海がそう叫ぶと、シャッターを蹴る大きな音が止み、振動の余韻だけがじんわりと空気に溶けて行く。
相手の姿は見えない。しかし、確かにそこに居る。
「姿を現しなさい!」
来海がクナイを投擲。
念動力によって操られた二匹の働き蜂が、予測不能の軌道を描いてシャッター目がけて飛んで行った。
しかし、その毒針は空を切り、シャッターにぶつかりカラリと音を立てて、地面に転がり落ちる。
「駄目だ、ウォールナット! 闇雲に投げても当たらない!」
「分かってるわよ! でも――」
投擲した2本のクナイは通路の左右をぐるりと大回りで旋回し、来海の手元へと帰って行く。
「相手の透明化のスキルは各務原のと同じタイプで、触れている物もある程度一緒にスキルの効果範囲に入ってしまう。凶器を持っているかもしれないから、気を付け――」
そう言切る前に、左前方向から殺気を感じた。
「――危ない!!」
「きゃっ!」
咄嗟に来海へ向かって飛び、突き飛ばす。
左腕に熱を感じ、逆の手で押さえる。見れば、手の平が赤く染まっていた。
「ぐっ……」
「大丈夫、ローゲ!?」
「少し切られただけだ。相手は刃物を持っている、気を付けろ」
体勢を立て直す。
しかし、すぐさま腹部に激痛が走り、俺の身体は後方へと投げ飛ばされた。
「――ローゲ!!」
来海の叫び。
同時に、透明人間は来海にも遅いかかる。
駄目だ、激痛で動けない。
その時、カンッと金属同士のぶつかる音。
それが聞こえたかと思えば、俺のすぐ近くに鈍く鉛色に輝くナイフが転がって来た。
続いて来海が何も見えない空間を蹴りつけるが、既にそこに透明人間の姿は無く、空振り。
「残念だったわね、防刃よ」
刹那の攻防。
透明人間の振るうナイフの刃先が来海の黒いインナーに覆われた肌へと触れた瞬間、すぐさま反応しクナイで弾き飛ばしたのだ。
しかし、まさかあのいつも身に着けている黒いタートルネックインナーに防刃性能が有ったとは……、これもS⁶技術班の賜物なのだろうか。
ともかく、まだ痛みで満足に動き回る事は出来ないが、今この瞬間に打てる手は打っておかねばならない。
俺は手を伸ばしてナイフを払い飛ばす。ナイフは床を滑って、雑貨屋の商品棚の下へと入り込んで行った。
ひとまず凶器は奪った。
しかし――と、俺が思考するのとほぼ同タイミングで、来海はクナイを手品の様に仕舞い、格闘の体勢を取った。
さすがの判断だ。折角相手の凶器を奪ったのに、クナイを奪い取られて元通りになっては意味がない。
そして、次はどこから攻撃が来るのか――と、意識を集中させ周囲を警戒。
すると、何処からか声がする。
「ちッ!! てめェら、S⁶か!!」
聞いた事の無い男の声だ。その声色から何となく、粗暴で、知能はあまり高く無さそうだな、という第一印象を受けた。
しかし、どうやら相手は俺たち秘密組織S⁶の名を知っている様だ。
「あら、よく知っているじゃない。そこまで知っているという事は、末端の構成員じゃないのかしら?」
来海も俺と同じ感想を抱いたのだろう、わざと煽る様にして相手の情報を探っている。
「へへッ、どうだかなァ!」
姿の見えない男の声色は、どことなく喜色を帯びている。
「――それか、誰の入れ知恵かしら?」
「わざわざ教えてやる義理はねェよ! ナンバーツーに怒られるんでなァ!」
そして、相手は来海のペースに乗せられたまま、簡単に口を滑らせた。
やはり、この透明人間は誰かの指示の元動いている末端だ。そして、その指揮を執っている人物の名は――“ナンバーツー”!!
男が声を荒げる。
「どっちにしても、アルファ様がてめェらに殺された今、こっちもやる事やらねェといけねェんだ!! さっさとここから出しやがれ!!」
……殺された? アルファ様という名は、MGC襲撃事件の時にも聞いた。
しかし、確かあの時は拉致られたという様な話だったが、いつの間にか話が大きくなっている。
そもそも、S⁶だろうと六専特区だろうと、公的機関が殺しなどするものか。
「そのアルファ様って、いったい――」
「あァ、もう!! ごちゃごちゃうるせェよ!」
探りを入れられている事に気付いたのか、それとも短気なだけか、透明人間はついにしびれを切らせた。
どたどたとした足音が通路に響き渡る。
――来る!
そう思った、その時――、
「――痛ってェ! なんだこりゃ!?」
声のした方向を見れば、空中の一点に、赤い一筋の線が生まれていた。
よく目を凝らして見れば、それはキラリと光る何か――ワイヤーだ!
いつの間にか――いや、最初のクナイの投擲時だ。あの初手の攻撃は、蜘蛛の巣の様にワイヤーの包囲を形成する為の一手だったのだ。
透明人間は俺が払い飛ばした凶器の代わりを探そうと雑貨屋へ入ろうとしたところで、そのワイヤーの檻という罠に掛かった。
シャッターの降りた出口は勿論の事、通路の左右に並ぶ店舗、そして通路からエスカレーターのある吹き抜けフロアへと抜け出そうとするにも、ワイヤーの檻に封鎖されていて逃げられない。
この通路は来海の蜘蛛の糸によって完全に包囲されている。後は、この透明人間をどうにかして拘束するだけだ。
透明人間は数歩後退。それを証明する様に、血痕がポタポタと床に落ちる。
その隙を来海も見逃さない。
「そこね!」
来海が地を蹴り、血痕を追って掌底打ちを繰り出す。
しかし、やはり実体の輪郭を認識できない所為で上手く狙いが定まらない。
来海が放った掌底打ちは透明人間に掠りこそした様だが、決定打とはならない。
それどころか、透明人間の反撃を受け来海の身体が躍る。
「おらよォ! 見えなきゃ何も出来ねェよなァ!!」
「くっ……」
来海は相手の攻撃のタイミングで上手く身を翻し、衝撃を逃がす事で何とか堪えている。
しかし、やはり姿が見えないというアドバンテージは大きく、防戦一方。
その上、いくらエージェントとして訓練を積んでいるとは言っても来海は女子で、相手は男だ。
このままでは、すぐに来海が押し負けてしまうだろう。
俺は考える。この局面を打開する術を。
相手は透明人間だ。しかし、そのスキルさえ看破してしまえば、来海の操る働き蜂の一刺しでゲームセットだ。
その思考の最中、今まさに透明人間と立会っている来海と、一瞬視線が合った気がした。
その時、以前に聞いた来海の言葉が脳裏を過る。――“次も期待していいかしら? ローゲ”。
――ああ、そうだ。俺にはスキルが有る。かつて大切な物を全て壊してしまった、忌まわしい力。
しかし、今の俺にはそれを正しく扱う事が出来るはずだ。来海を助けることが出来るはずだ。
MGCの時だって、上手く行ったじゃないか。
びびってる場合かよ! 今使わないで、いつ使うんだ!!
俺は視線を送る。その先は――通路の天井。
俺のスキルの発動には何の予備動作も要らない。ただ視界に入れるだけでいい。
身体の奥底から湧き上がって来る“熱”。
たったこれだけのスキルを使っただけなのに、脳天が痺れ、神経が焼き切れそうになる。
感情の昂りに呼応して、スキルが発動する。
「きゃあっ……!!」
透明人間の一撃が来海を襲い、その細い体は通路の床に吹き飛ばされ、倒れる。
その時――、
「これ、は……!?」
「なんだァ……、雨……?」
雨。ショッピングモールの通路に雨が降り注ぐ。
そして、その雨粒に打たれて、くっきりと透明人間の輪郭が浮かび上がった。
俺は、ゆっくりと立ち上がる。
「……悪いな、待たせた、ウォールナット」
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