【完結】少し遅れた異世界転移 〜死者蘇生された俺は災厄の魔女と共に生きていく〜

赤木さなぎ

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第一部 第四章 神の世界侵略編

過去のビジョン

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「一人になるのも、随分と久しぶりだな」

 独り言ちながら、細かな『転移』を繰り返して暗雲が覆う空を駆ける。

 蠢く魔獣の群れ、そしてそれに立ち向かう人々。
 そんな眼下で広がる光景を横目に、俺は歩を進める。

 神を名乗るメカクシによるこの“大災厄の再演”に巻き込まれた無関係の民たちは気の毒だとは思う。

 しかし、俺には全てに手を差し伸べられる程の余裕も、力も、そして何より時間も無い。
 メカクシの手によって無限に湧き続けるであろう魔獣を一つ一つ潰していては切りが無いのだ。

 一刻も早く元凶であるメカクシを止める。
 それがこの世界の人々を救う為の、俺たちに出来る最善だ。

 しかし、俺たちにも人の情というものは有る。
 手を伸ばせられるならば救いたい人も居る。
 それは、かつて災厄の魔女として恐れられていたエルだって同じだ。


・・・


 時は少し遡り、『転移』での移動の道中の事だ。
 アルヴを発った後、俺とエルは二手に分かれる事にした。
 
「――アルさん」

 左目は見慣れた紫紺、そして右目は真紅。
 メカクシの『魔力感知』から逃れるための『認識阻害』のローブを風に靡かせる。

 俺と同じ歩幅で『転移』を繰り返していたエルが、ふとその足を止めて俺の名を呼ぶ。

 自分では確認出来ないが、きっと俺の左目も真紅に染まっている事だろう。

「わたし、ちょっとゴーフ村に寄ってから行きます。すぐに追い付くので、先に王都へ向かってください」
 
「ゴーフ? ああ、アンナさんのとこか」

「はい。その、心配になったと言いますか……。嫌な予感、みたいな……」

 やはりエルはあのゴーフ村で出会ったアンナの事が気に入っていた様らしい。
 このメカクシによる“大災厄の再演”によって引き起こされた魔獣の進行で、彼女とその村に被害が及ぶ事を懸念していた。

 いや、懸念していたというよりは、嫌な予感――つまりは“見えていた”のだろう。

 エルの言う嫌な予感というのは、きっと真実の目――同じ魂の元に揃い、完成した神の権能が本来の力を発揮しかけている前触れの様なものだろう。

 俺はまだ、自分が真実の目を得た事によって見たビジョンの内容を、エルに伝えていない。

 それは魂が分離した際に彼女自身忘れてしまっている記憶であり、比較的デリケートな部分の記憶のビジョンだ。
 それをわざわざ伝えなくても良いだろうという、俺の独断だ。
 つまり、“同じ魂の元に両目が揃った”という事実を理解できているのも、今は俺だけな訳だ。

 しかし、その事実を理解してなかろうと関係は無い。
 エルは自然と権能に身を任せるまま“嫌な予感”としてその力を処理している様だ。

 神の権能――真実の目はまるでそれ自体が意志を持つかの様に、その時その場で必要な物を見せてくれる。
 求めている真実を――過去や未来のビジョンを見せてくれる。

「了解、じゃあ先に行ってるよ。気を付けてね」

「はい、アルさんも。愛してますよ」

 そう言い残して、エルは俺が言葉を返す前に、目にも留まらぬ速さで『転移』して行った。
 風にローブを靡かせていたその姿も瞬く間に小さくなり、やがて見えなくなってしまった。

(ああ、俺も愛しているよ)

 自然と頬が緩み、口角が上がるのを感じる。

 しかし、さっきまでは俺の『転移』の速度に合わせてくれていたのか。
 本気のエルの速さには追い付ける気がしない。

 そんな訳で、エルは旅の道中訪れたあの霧の事件が印象深いゴーフ村へ。
 そして、俺はエルの言葉に二つ返事で別行動を取り、メカクシが居るであろう王都を目指した。

 本来なら愛する妻の身を案じて付いて行こうとするべきなのだろうが、あの魔女様が魔獣程度を何千匹まとめて相手にしても、負けるはずもない。

 なんなら、単独行動していての“もしも”が起こりうるのは俺の方だろう。
 悲しい事に、それは『転移』の速さ一つを比べただけでも、圧倒的な実力差が有る事からも明らかだ。

 しかし、実力が足りていなかろうと、エルが頑張っている間に俺だけが呆けている訳にもいかない。
 精々エルと合流するまで、俺も王都を救う勇者様の真似事でもしようじゃないか。


・・・


 『転移』を繰り返している内に、すぐに王都へと着いた。
 ここまで来ても、アルヴと同じ様に空は暗雲に覆われている。
 俺が着いた時には、王都には既に魔獣の波が押し寄せてきていた。

 王都程の大きな国になると、お抱えの軍が居る。
 しかし、対魔獣において肝要になる国の魔法の要である宮廷魔導士は、俺たちが倒してしまった所為で、今はその座は空席だ。

 魔法戦闘における戦力を欠いている王都軍の兵士たちは、剣や弓矢の様な物理的な武器を駆使して魔獣と戦い、防衛に当たっていた。

 この調子では消耗戦の末に軍による防衛は突破され、王都の中まで魔獣が押し入って来てしまうだろう。

「――手伝いますよ」

 俺は地に降り立つと、防戦一方の兵士の方へ向けて呼びかけ、魔法式を展開した。

 魔法の光に包まれた地面からは土が盛り上がり、二足で立つ岩と土の巨兵の形を形成していく。

 俺は魔法で数体の『ゴーレム』を召喚して、防衛に当たる兵士達に加勢させた。
 これも『土』の魔法の魔法式を書き換えて命令を加えた、俺のオリジナルだ。

 『ゴーレム』の拳が魔獣の群れを次々に薙ぎ払う。

 根本であるメカクシを討たなければ、魔獣は倒しても倒してもその内また湧いてくるだろう。
 しかし、これなら兵士達と『ゴーレム』の働きによって、しばらくはこの前線も保ちそうだ。
 今は諸悪の根源であるメカクシを討つまでの時間稼ぎさえ出来れば、それで良いだろう。

「あんたは!?」

 突然現れて見た事も無い魔法を駆使する俺に、兵士の中の誰かが驚きの声を上げた。

「通りすがりの魔法使い――いや、“勇者アル”かな」

 俺は適当に名乗って場を濁す。
 その場は『ゴーレム』達に命令して任せ、俺は王都の街へ再び『転移』の波に乗り駆ける。

 まあ名乗りの半分は間違っていない。
 俺では物語の勇者の様にはいかないし、少々役者不足だろう。
 それでも、多少格好つけるのは許してもらいたい。


 王都の街はこの“大災厄の再演”によって大騒ぎだ。
 あのメカクシの天からの声は、大陸中で響き渡っていたらしい。

 災厄の魔女の伝説が根付くこの王都で“大災厄の再演”などと言われれば、それは他国とは大きく違った意味合いを持つ。

 ただの魔獣の群れの進行ではない。
 「災厄の魔女がまた現れた」だの「世界の終わりだ」だの、街のあちこちからそれを受けた民たちの不安と恐怖の声が聞こえてくる。
 まさに阿鼻叫喚だ。

 地上からやってくる犬型の魔獣なんかは、王都へ侵入する前に先程の兵士達と俺の『ゴーレム』軍が防いでくれる。
 しかし、空からの襲撃はそうもいかない。

 兵士達による弓矢や大砲、ゴーレムの投石による迎撃なんかを搔い潜った数匹の鳥型魔獣が既に王都へ侵入し、街の空を飛んでいる。

 王都の街並みを見下ろすと、防衛を潜り抜けた魔獣が街へ侵入した後であろう、損傷した建物や火の手の上がっている場所が目に付く。

 どそして、うやら王都の国民は広い王城の有る方角へ避難している様で、流れる避難民の群衆が見える。
 俺は眼下の群衆を尻目に、屋根を足場としてその間を飛び移りながら、目的地を目指す。

 目的地――この王都で交流を持った八百屋の親子と、魔道具屋の店主の所だ。
 この王都で交流を持った彼女達の安否を、エルと合流する前に確認しておきたかった。
 
 そして、俺の意志に応えるかの様に頭の中に流れ込んでくる幾つものビジョン。
 神の権能が、俺の求める真実を与えてくれる。

 一つ目のビジョンは、八百屋の親子の姿だった。
 彼女達は避難民の群衆の流れに乗って、王城へと辿り着いていた。

 王城まではまだ魔獣の脅威は迫っていないし、あの頑固な門番や兵士達が居るのも見える。
 ここは安全だろう。

 もう一つのビジョンは、魔道具屋の店主だ。
 これは――ほんの少し先の、未来のビジョンだ。
 まだ、間に合う。

 俺はギアを上げて、一気に『転移』する。

 王都の街を駆けて、あの魔道具屋の前まで来た。
 すると、丁度逃げようとしていた店主が店の前で数匹の鳥型魔獣に襲われる寸前の所だった。

 沢山の荷物を抱えて、それを店主の少女の様な小さな身体一つで持ち出そうとしている。
 店主は逃げ遅れてしまった様だ。

 良かった、まだ生きていた。
 俺は目の見せたビジョンの瞬間よりも早く、この場に辿り着けた様だ。

「はあっ!」

 俺は小さな無数の『ファイアボール』を放ち、空を舞う魔獣を撃ち落とす。

 魔獣たちは火炎の球から逃げようと翼を羽ばたかせる。
 しかし、俺の目には奴らがどこへどんな軌道を描いて逃げようとするのかすら見えている。

 全ての動きを予測して放たれた『ファイアボール』の攻撃。
 魔獣たちはまるで自ら炎球に吸い込まれるかの様に、次々と撃ち落とされていく。

 そして、全ての鳥型魔獣を焼き払った後。
 俺は魔道具屋の店主の前へと降り立つ。

「おお、あんた。来てくれたのかい」

「この辺はもう危ないので、避難しましょう。――ん? ええ、勿論です。エルは関係――」

「おい、まだわしは何も言っておらんよ。なんじゃそれは」

 しまった、つい先読みをしてしまった。

 まだこの目の感覚に慣れ切っていない。
 目の前の店主が実際に喋ったのと、目が見せるビジョンを混同してしまう。

「全く――。で、一応聞くんじゃが、これは奥さんの仕業じゃあないんじゃろう?」

 俺が改めてその問いに答えようとした時。

「ええ、勿論です。わたしたちはこの“大災厄の再演”を止める為に、ここへ来ましたから」

 後ろから唐突に聞こえた声。
 優しく耳触りの良い澄んだ声。
 聞き慣れた、愛する女性の声。

「エル――!」

 俺の言う予定だった台詞を横取りしながら、ゴーフで一仕事終えたエルが現れた。

「そうかい。それを聞けて、安心したよ」

 店主は、エルの突然の登場に驚いた様子だったが、すぐに表情を崩し、その言葉に安堵の微笑みを見せた。

「おつかれ、早かったね。そっちは――大丈夫だったみたいだね」

「ええ。わたしが行ったんですから、問題ありません。アンナさん達は無事ですよ」

 エルは自信満々と言った風に、アンナ達ゴーフ村の住人の無事を伝えてくれた。

 エルは言葉尻に、

「大した数じゃなくて良かったです」

 なんて言いながらころころと笑ってる。
 しかし、そんな訳がない事は、その場を見ていなくても分かる。

「いや、そんな訳はないと思うけど……」

 と、俺は乾いた笑を浮かべる。

「……?」

 しかし、エルは頭に疑問符を浮かべた様にきょとんとしていた。
 本当にこの魔女様は……。

 そして、俺もエルに八百屋の親子の無事を伝えた。
 そんな風に、お互いに状況報告をしていると、

「すんすん……古い本の匂いがするね」

 鼻を鳴らしながら、そんな事を魔道具屋の店主が言い出した。

 エルの書く魔導書を個人的にコレクションしていた程の魔法オタクである店主は。
 どういう訳か、彼女は近くにある古い魔導書の匂いすら嗅ぎ当てるらしい。

「古い本? ――ああ。エル、あの魔導書の事かな?」

「ああ、これですか?」

 エルがローブの『空間』から取り出したのは、エレナから受け取ったあの“古い魔導書”だ。

 エレナが祖先から受け継いでいた、持ち主が誰かも分からず『隠匿』によって誰にも中身を読む事が出来ない、白紙の魔導書。

「おお、それじゃ。それの匂いじゃよ。随分と古い魔導書じゃな」

「ええ、アルヴの友人からの借り物なんですけど、中身が読めなくて――」

 そこまで言ってから、俺はある可能性に思い当たる。
 今の俺なら、もしかすると――。

「エル、ちょっとそれ貸して」

「良いですよ。何か、思いついたんですか?」

「上手くいけば、読めるかもしれない」

 俺はエルから魔導書を受け取り、白紙のページを開く。
 どのページを開いても、どれだけ見ても、何の文字も浮かび上がってはこない。
 中身の読めない白紙の魔導書。

 しかし、俺が思い当たった可能性。
 この“真実の目”ならば、その『隠匿』すらも超越して、この魔導書を解読してしまえるのではないだろうか、と。

 俺は自身の左の真紅の目に意識を集中し、魔力を込める。
 すると、真実の目は赤い輝きを放つ。
 俺の意志に応えて、真実の目はビジョンを見せてくれる。
 記憶のビジョン。


 ――黒くて艶のある長い髪、そして長くつんと尖った特徴的な耳をしている、エルフの女性の後ろ姿。

(エル……? いや、違う。これは遥か昔の、遠い過去のビジョンだ)

 エルが生きたのは二〇〇年と少しの間だけだ、このビジョンの時間軸には存在していないだろう。

 そのエルフの女性が、一冊の本に文字を――魔法式を書き連ねる。

 その本には見覚えがある。
 ビジョンの中では綺麗な状態をしているが、それは紛れもなくエレナから受け取ったあの古い魔導書だ。

 エルフの女性が魔導書に全てを書き記した後。
 少し後ろの、俺が見ている視点の方に意識を向け、軽く手招きをして見せた。

 そして、視点は少しずつエルフの女性の方へ近づいて行き、その手元を覗き込む。

 エルフの女性はゆっくりと、一ページ、そしてまた一ページとページを捲り、魔導書の全ての内容を見せてくれた。

 それはまるで、このビジョンを見ている俺の為にしているかの様に。

 そして、最後のページ。
 そこに記されていたのは、魔法式ではなく、彼女からのメッセージだ。

 そして、その最後の一ページを見せた後に、彼女はぱたんと本を閉じた。

 ――それと同時に、俺の意識がビジョンから現実へと引き戻され、覚醒する。

「――わっ。どうですか? 何か、見えました?」

 体感ではかなり長い時間ビジョンを見ていた気がするが、実際の時間ではいつも見るビジョンと同じ様に、一秒にも満たなかった様だ。

 ビジョンから引き戻され、身体をびくりと揺らした俺に少し驚いたエルが、ビジョンを見る前と同じ様に隣に居た。

「ああ、魔導書の中身は見せてもらえたよ」

「見せて、もらえた……?」

「ああ、うん。とにかく大成功って事だよ」

 俺の変な言い回しに不思議そうな反応をするエルだったが、特段深く追求される事は無かった。

 俺はビジョンの中で見た事、そして魔導書に記された魔法をエルに伝えた。

 あのビジョンの中の、エルフの女性。
 きっと彼女はあの『勇者アルの冒険』に登場した、本物の『魔女エル』なのだろう。

 そして、『魔女エル』は未来の出来事を――メカクシが現れ、大災厄の再演を引き起こす事を何らかの手段で知っており、それへの対抗手段としてこの魔導書を後世に残したのだ。

 ――いや、何らかの方法なんて、一つしか無いじゃないか。
 物語の中で、勇者アルは不死の魔王を討つ方法を龍へ問うた。
 龍への問い、真実の目の使用権は一人につき一つまでだ。
 では、『魔女エル』は何を龍へ問うたのだろうか。

 おそらく、『魔女エル』が龍へ問うた真実、それは未来の事だ。
 彼女は魔王を討ったその後の、勇者が救った世界の未来永劫の平和を望んだ。
 そして、龍の真実の目を通して『魔女エル』は未来の出来事を知った。

 その後の事は、俺がビジョンの中で見たシーンに繋がるのだろう。

 未来を知った『魔女エル』は後世に魔導書という形で自身の英知を残し、世界を俺たちに託した。

 きっと、彼女は俺たちが真実の目を手にする事すら知っていたのだろう。
 だからこそ、真実の目無くしては中身を読めない形で残した。
 強力な『隠匿』のかかった魔導書という形として残し、この魔法が俺たち以外の誰の手にも渡らない様にしたのだ。

 俺は見たビジョンの内容と、魔導書の魔法をエルと共有した。

「エルさんは、本当にすごい魔法使いだったんですね……」

 エルはそれを聞くと、感嘆の声を漏らした。
 ここでいう“エルさん”とはかつての『魔女エル』の事だ。

 魔導書に記されていた、この大魔法に相当するであろう強力な魔法。

 それは真実の目を持つ者にしか知る事の出来ない魔法。
 そして、真実の目を持つ者にしか使用出来ない魔法だ。

「ありがとうございます、おかげで何とかなりそうです」

 俺は魔道具屋の店主に向き直り、礼を述べた。
 彼女の鼻が犬の様に利くおかげで、魔導書の内容を解読出来た、大手柄だ。

 当然ながら、鼻を利かせた当の本人は事情がさっぱり分かっていない。
 思わぬ収穫に盛り上がりを見せる俺たちに対して、

「お、おう……。よく分からんのじゃが……」

 と、つまらなさそうにぼやいていた。

「まあとにかく、わしは店で事が落ち着くまで大人しくしているよ。あんなのに襲われるのはもう懲り懲りじゃ。――あんたらが、何とかしてくれるんじゃろう?」

「ええ、任せてください。これは、わたしの戦いですから」

 わたしの戦い。
 かつて大災厄を引き起こしてしまったエルは、このメカクシの引き起こした“大災厄の再演”に人一倍責任を感じているのだろう。

 災厄の魔女が、今度は大災厄を止める為に宇立ち上がる。
 世界を救う為の戦い。

 だけど、忘れてもらっては困る。

「いいや、俺も居る。――俺たちの戦いだ」

「ふふっ。そうでしたね」

 そう、これは俺たちの戦いだ。
 新時代の勇者と魔女――アルとエルが世界を救う、そういう物語。

 きっと、その物語の登場人物である俺たちは、『魔女エル』の掌の上なのだろう。
 かつての勇者と魔女の名を受け継いだ俺たち。
 正に名は体を表す、だ。
 今度は俺たちが世界を救う役回りという訳だ。

 かつて世界を救った『魔女エル』は、どこまで未来を視ていたのだろうか。
 知っていたのだろうか。

 過去の人物、故人の意図した通りに、まるで操り人形の様に動くのは少し癪だ。
 しかし、それでも俺たちの目的と合致している最適解なのもまた事実なのだ。

 癪に障ろうがなんだろうが、関係ない。
 俺は、この後もあのビジョンの最後に見たメッセージの通りに、『魔女エル』の掌の上で踊る事になる。


・・・


 ――旧王都。
 いや、正確には“旧王都跡地”だ。

 この地は宮廷魔導士との戦いの中、俺の放った隕石の様に巨大な『ファイアボール』によって焼き払われ、更地と化した。

 今はそこらに建物だったであろう何かの瓦礫が僅かに有る程度で、見渡す限りの無限の荒野が広がっている。

 恐らく王城が有ったであろう場所。
 倒壊した塔の一部だったはずの瓦礫の上に腰を下ろす、一つの影。

「やあ、よく来たね」

 月光を背に、悠然と佇む少年。
 短めのパーマがかった金髪、そして目には包帯。
 メカクシだ。

「この地もいつの間にか殺風景になったね。折角いい雰囲気にしておいたのに、残念だよ」

「――どういう意味だ」

 いい雰囲気に“しておいた”?
 あの瘴気に包まれた旧王都の事を指して言っているのだろうか、だとすれば趣味が悪い。

 それに、あれは大災厄によって溢れ出た濃い魔力によって発生した瘴気のはずで、謂わば副次的な事故の様な物だ。

 しかし、その言い方ではまるで――。

「そうさ。“大災厄”――いい演目だっただろう?」

 奴はもう俺の事を認識出来ているらしい。
 言わんとする事を察した俺を見て、メカクシが声を上げる。

 魔法の天才であるエルが、名と記憶の全てを賭して行った大魔法。
 国の全ての民の幸福を願った大魔法。

 そんな魔法が、失敗するはずが無かった。
 大災厄が起こるだなんて、あり得るはずが無かった。

 あの大災厄すら、このメカクシの干渉によって起こった物だった。

 身体が熱くなるのを感じる。
 奥底から、沸々と熱が沸き上がる。
 お前が、お前が――!

「あなたが、わたしの魔法を、邪魔したんですか。あなたが、王都をあんな風に……」

 俺が沸き上がる熱を噴き上げるより前に、エルが声を上げた。
 静かに、ゆっくりと。
 俺とは真逆に、冷え切った言葉を紡ぐ。

「邪魔? ああ、『永遠』の魔法だっけ? ――そうだね、そうさ。人の分際で『永遠』を望むだなんて――」

 メカクシは飄々とした態度のまま言葉を並べる。
 そして――、

「――分を弁えろよ、人間」

 一呼吸、その間で周囲に纏う空気が豹変する。
 先程までとは打って変わり、威圧感を感じる空気感。
 その圧が、目の前の少年――メカクシは“神”なのだと理解させる。

「お前……!」

「アルさん、わたしが。――わたしが、やります。あなたは、あなたのやるべき事を」

 臨戦態勢を取ろうと構える俺を、エルが静止する。
 沸き上がる熱に呑まれそうになる俺とは真逆に、エルは怖い程に冷たく、そして冷静だ。

 俺は一度深呼吸して、噴き出しかけていた熱を嚥下する。

 そう、やるべき事だ。
 エルと互角の魔法戦闘をしたこのメカクシに対して、俺が熱に浮かされるまま戦っても、はっきり言って勝ち目は無い。

 それに、エルだって――いや、俺の怒りなんかよりも、当事者であるエルの方が、よりその感情は強いだろう。

 目の前のこの神を名乗る金髪の少年こそが、エルが森の中で独り過ごした、あの二〇〇年の元凶なのだから。

「――ああ、分かった。こいつは任せた」

 俺は大人しく、この場をエルに委ねた。
 それはエルの実力を信じての事だし、俺の“やるべき事”を果たす為でもある。

「はい、任されました!」

 エルは努めて明るく、心配させまいと、今までに何度か見たのと同じ様に、小さくガッツポーズを取って見せた。

「愛してるよ、エル」

 俺は去り際に、ゴーフへと単独で向かったエルが別れ際にしたのと同じ様に。
 不意打ちを置き土産にして、『転移』の波に乗った。

 俺のやるべき事。
 俺は『魔女エル』の最後のメッセージに従い、魔導書の魔法を行使する。
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