【完結】少し遅れた異世界転移 〜死者蘇生された俺は災厄の魔女と共に生きていく〜

赤木さなぎ

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第一部 第三章 宮廷魔導士編

二〇〇年の時を越えて

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 回想。旧王都。

 ここへ来ると、過去の記憶が思い起こされます。
 大災厄、わたしの人生を狂わせた、全ての始まり。

 気が付いたときには、王都の様子は一変していました。
 辺りは瘴気に包まれ、建物は崩れていました。

 永遠を得るはずだった民の殆どは死に絶え、その一部は異形の姿となって、無限の時間の牢獄に囚われてしまいました。

 でも、そんな中でも。
 大災厄を、わたしの魔力の奔流を受けてもなお、生き残っていた人も居たんです。

 それは、わたしと同じエルフ族の少年でした。
 黒髪のわたしとは違い、エルフ族らしい色素の薄い髪をした、紫色の瞳をした少年。

 エルフ族というのは、普通の人間よりも魔力の強い種族です。
 魔法に長けていて、色素の薄い髪色で、耳が少し長く伸びている、そういう種族です。

 あの時は大魔法に失敗したのだと思っていましたが、今なら分かります。
 あの少年は、わたしの大魔法を受けても耐えられるだけの魔力を有していたのだと。

 その少年は瓦礫に埋もれ、怪我をしていましたが、まだ僅かに息をしていました。
 その場でわたしが手を差し伸べれば、救うことが出来たでしょう。

 でも、その時のわたしは、瓦礫の中で倒れていたその少年に何かをしてあげた訳では有りません。

 ただ「ああ、この子はまだ生きているんだな」なんて思いながら、そこに放置して、見捨てて、わたしは王都を後にしました。

 その後の話は、伝わっている話と相違ありません。
 民に追われたわたしは森へ逃げ込み、その“魔女の森”に引き籠りました。

 わたしは、助けられるはずだった少年すら見捨てたのです。

 その時は心の余裕が無かった――というのは、言い訳でしょうか。
 結局、わたしの本質は冷徹なの“災厄の魔女”だったんだと思います。

 その少年の事だって、今日まで一度も思い出した事すら無かったのに。
 どうして今になって、こんな事を思い出してしまったのでしょうか。

 もしかすると、今わたしたちの探している、エルフ族だという宮廷魔導士の話から連想されたのかもしれません。

 あの時、わたしが救い出していれば。
 あの少年も、成長すれば立派な魔法使いになっていたかもしれません。

 なんて、わたしが考えるのはおこがましいですね。
 でも、かつて見捨てた少年に対しても、今なら罪悪感を感じて、こうして思い返す事が出来ます。

 今のわたしは、少しくらいは人間らしくなっているのでしょうか。
 今のわたしなら、あの時、正しい選択を選べたのでしょうか。


 わたしの記憶は、その大災厄の前後から始まっていて、それ以前の記憶は『永遠』の魔法の触媒として、全て消えてしまいました。

 そして、それは記憶だけでなく、名前もです。
 名前を失うという事は、自分の中だけではなく、他者の中からも自分が消えてしまうという事です。

 世界中の記憶からも、記録からも存在を抹消される。
 それが“名前を触媒にする”という事の重みです。

 もう誰も、わたしすらも、過去のわたしを覚えてはいません。
 わたしは“災厄の魔女”という記号で世界から認識されていました。

 でも、今はそれで良かったすらと思っています。
 記憶と名前、そのどちらかだけ残っていても仕方のない事です。

 それは言い換えれば“自分の中の自分”と“他者の中の自分”。
 片方だけが残ってもちぐはぐなだけ、どちらかが辛くなるだけです。

 それに、今のわたしには“災厄の魔女”という記号ではない、名前が有ります。

 愛する人から貰った『エル』という、新しい大切な名前が有ります。

 わたしは『エル』として、これからの人生を、アルさんと共に生きていきます。


―――


 旧王都。

 この場所は以前に来た時と変わらず、嫌な空気を漂わせていた。
 嫌な空気の正体は濃い魔力の淀み――瘴気なのだろうが、それ以外にも気持ちを沈ませる様な雰囲気さえある。

 今みたいに日も落ちてくると光も入らなくなり、更に嫌な雰囲気は増していく。
 魔力の弱い人間には有害な瘴気なんて無くても、こんな陰気な所には誰も近付きたくは無いだろう。

 俺とエルは並んで、以前にも共に歩いた道を一緒に歩いている。

 周囲の建物は以前よりもボロボロに崩れていて、以前来た時はまだ形を保っていた建物も倒れて、少し景色が変わっていた。

 瘴気の魔力を吸って成長した植物は更に不自然に肥大化していて、崩れた建物と合わさり塞がっている道も有った。

 しかし、そんな建物の倒壊や植物の成長という分かりやすい外観の変化ではなく、別の違和感。
 旧王都に有るべき、居るべきだったものが、見当たらなかった。

「アルさん、気付きませんか?」

「ああ。……異形が、居ない」

 “異形”――元々旧王都の民だった、魔力の奔流に耐えられなかった者の、成れの果て。
 永遠を求めた王の被害者達。

 旧王都に残されていたはずの、彼らの姿が見当たらなかった。

 異形は喋る事も、歩くことも出来ない肉塊だ。
 自分で動いてどこかへ行くことはまず無いだろう。

 十年前には何人――と呼ぶには抵抗が有る。
 何匹か居たそれが、一切見当たらないのには違和感が有る。

「どこかへ運ばれてしまったんでしょうか」

「だと、良いんだけど……」

 異形がこの旧王都に残されていたのには、俺に責任が有る。

 俺が“不死殺しの魔剣”を自分のエゴで消失させたが故に、俺が永遠を求めたが故に、彼らは死という救済の機会を失った。

 そういう意味では、彼らは二度も。
 一度目は旧王都の王によって、二度目は俺によって。
 他者の求めた永遠の犠牲になったのだ。

 責任を感じる俺としては、姿を消した異形の動向が気になった。

 そして、そんな“違和感”は形となって俺たちに襲い掛かってきた。

「――アルさんっ!」

 エルに声に、俺は咄嗟に身体を倒した。
 体勢を立て直し、視線を向ける。
 すると、先程まで俺の身体の有った場所を、“何か”が通過していた。

 それは黒い触手状の物体。
 そして、その触手の黒い表面には見覚えが有った。
 それは――、

「――“異形”」

 しかし、今目の前に居るそれは見覚えの有る異形のそれでは無かった。

 俺の知る異形は、四肢を捥がれた肉塊の様な形だ。
 もぞもぞと痙攣の様な動きは見せるが、触手を伸ばして攻撃してくる様な事なんてなく、言葉を発する事も無い。

 しかし、今眼前に居る異形。
 こちらへ明確な敵意を向けて、触手を伸ばし攻撃してきたその異形は、自らの足で自立していた。

 肉の塊から二本の足が生えていて、腕の代わりに、肉塊の表面と同じく鈍く黒光りする触手が伸びている。

 そして、あれは口なのだろうか。
 肉の隙間から「ぎょうぎょう」と不気味な鳴き声の様な音を発していて、ぎょろりと大きく飛び出た目を動かし、こちらを見据えていた。

 俺たちの知らない姿をした異形――仮に変異種とでも呼ぼうか。
 変異種は再び「ぎょおおう」と奇声を上げて、襲い掛かって来る。

「エルっ!」

 避けろの意味を込めて、名前を呼んだ。

 俺の意図を察して、エルは回避の体勢を取った。
 それに合わせて、俺は『光源』のフラッシュを変異種のぎょろりとした目玉に向けて、放つ。

 目で見て、狙いを定め、攻撃をする。
 そういう基本行動を取る変異種に対して、『光源』のフラッシュは効果覿面だ。

 眩い光の瞬きに視界を潰され、狙いを見失った触手の腕は空を切る。
 そして、その大きな隙に『風』の魔法を使い、伸ばした触手に対して、鋭い鎌鼬の刃を叩き込む。

 再び変異種の「ぎょおおう」という耳障りの悪い奇声。
 両腕の触手を切り落とされた、変異種の叫びだ。

 痛みを感じているのか、反射的な物なのかは分からない。
 奇声と共に、触手の腕を切り落とされた変異種はその場で身を捻じる。

 しかし――、

「――不死性か」

 視線を上げると、変異種の切り落とされた触手はすぐに塵となり虚空へ消えていた。
 そして、代わりに肉塊からもぞりと触手の腕が生え変わっていた。

 それも当然だ。
 異形とは『永遠』の魔法によって不死性を得た、元人間だ。

 ただ、魔力への耐性が無かったが為に、大魔法の魔力の奔流をその身が受け止めきれずに、魂と肉体が崩壊しただけの。

 これでは埒が明かない。
 どれだけあの肉塊を切り刻んでも、すぐにその不死性によって再生してしまう。

 今の目的は旧王都に居るであろう宮廷魔導士であり、一生ここで変異種の相手をして時間を食われている訳にはいかないのだ。

 しかし、不死の変異種をどう対処しようかと、俺が頭を悩ませようとしていた、一瞬の間。

「――『重力』、『形状変化』、『凍結』」

 俺が思考を巡らせる終わるよりも早く、エルが動いた。

 一瞬で複数の魔法を同時に展開。

 まず『重力』で変異種の触手の腕の動きを封じる。
 そして重みで地べたに叩きつけられたその腕に『形状変化』で形を変えた地面の石畳みが絡みつく。

 更に『凍結』の魔法が石の枷から伝わり、触手の先からじわじわと浸透して行き、ついにはその肉塊の芯にまで到達――。
 
 魔法の天才、元宮廷魔導士、災厄の魔女様。
 その実力は流石としか言いようがない。

 『不死殺し』の大魔法無くして殺すことが出来ない、不死性を持つ異形の変異種。
 それをいとも簡単に、手際良く、即座に、無力化してしまった。

「大丈夫でしたか?」

「ああ、ありがとう。お疲れさま」

 一仕事終えてとたとたと駆け寄って来たエルを労い、安心したのも束の間。

 背後に足音、そして何者かの気配。

 一瞬また別の変異種が襲ってきたのかと、身構えて振り向く。
 しかし、そこには――、

 ――色素の薄い髪、そしてその髪の隙間から覗く長く伸びた耳と、紫色の瞳。
 長い髭を生やし、杖を突く人物。

 間違いない。
 探し人、宮廷魔導士だ。

「――待ち侘びたぞ、災厄の魔女よ」

 目の前の老人は、さも俺たちがここへ来る事を知っていたかの様に、そんな事を言う。

 エルの事を“災厄の魔女”と呼ぶその老人の口ぶりは、言外に俺たちの推理は正解だったのだという事を示していた。

 そして、俺たちが言葉を返すよりも早く、行動を起こすよりも早く。
 老人が動いた。

 老人がおもむろに、トンと杖で地を突く。
 すると、静寂の支配する夜の旧王都に、その杖の音が響き渡る。

 次の瞬間。
 空から「ザッ……ザッ……」という聞き覚えのある音。

 四つの赤く光る目、大きく羽ばたく四枚の翼。
 杖の音に呼応する様に、たちまち老人の周囲に、二匹の鳥型の魔獣が現れた。

 その懐かしい姿。
 十年ぶりに見たその魔獣はおそらく、以前に森で見た個体と同じ種類、『爆発』の魔法を使う鳥型魔獣だ。

 つまり、こいつが――、

「――あなたが、わたしたちの家を荒した、犯人ですね」

「如何にも。久しぶりだな。森の家は気に入って貰えたかな」

 こいつだ。

 こいつが俺たち居ない十年程の間に、『獣使い』で魔獣を使役し、森の家を荒らし、地下の書庫から魔導書を盗み出した。

 そして、俺たちの家に、俺たちの思い出に、土足で踏み入った犯人だ。

 しかし、この老人はその挑発的な目をこちらへ向けながら“久しぶり”と言うのだ。

 異世界人の俺には、元々この世界に知り合いなんて殆ど居ない。
 旅の中で出会った人の中にも、こんな特徴的な髭を生やした老人の知り合いが居たら忘れる様な事は無いだろう。

 つまり、今“久しぶり”と語りかけた相手は俺ではない。

「エル、知り合いか?」

「いいえ。この国に、こんなお爺さんの知り合いなんて居ません」

 俺と同じく、元々森の中に引き籠っていたエルにも知り合いと呼べる人は少ない。
 旅の中で出会った人物だとすれば、共に旅をした俺も知っているはずだ。

 エルの知り合いでも無いのなら、この老人の頭がもうボケてしまって、誰かと勘違いをしているという可能性も考えられなくはない。

 しかし、この老人が“災厄の魔女”に対して強い感情を持っているのは間違いない。
 それは犯行の内容からも、そして今目の前でそうしている挑発的なその態度からも明白だ。

 エルの与り知らぬ所で接点が有り、それが原因で恨みを募らせていたのだろうか。

「――どこかで、お会いしましたか?」

「覚えてはいないか。私はこの二〇〇年の間、貴様を忘れた事など片時も無かったと言うのに」

 ――二〇〇年、それは覚えのある数字だ。

 それは全ての始まり。
 この旧王都で、二〇〇年前に起こった事件。
 エルを“災厄の魔女”としてしまったきっかけ。
 多くの人が死に、そして異形を産み出した、あの“大災厄”だ。

 かつての王が求めた“永遠”。
 その永遠を当時の宮廷魔導士だったエルが叶える為に、作り出した『永遠』の大魔法。

 当時のエルの名前と記憶、その両方を触媒とし、国一つを覆う程の規模で発動させた、恐らくこの世界で最も強大な魔法だ。

 しかし、王の望んだ永遠は、望んだ形で叶う事は無かった。
 エルの強すぎる魔力に、その大魔法に、耐えられるだけの者が居なかったのだ。

 おそらく、このエルフの老人は大災厄の時代の人間だ。
 そして、それが原因で災厄の魔女に恨みを持っているのだ。

 しかし、精々寿命なんて普通は数十年、長くても一〇〇年も生きれば良い方だ。
 だというのに、この老人は二〇〇年という時間を生きていると言う。

「――まさか、あの時の……」

 エルは二〇〇年前にも会った事の有るらしいその老人に、何か思い当たる節が有った様だ。
 その老人に正体に気付いたエルは、声を震わせていた。

 大災厄の時代に因縁の有る人物、二〇〇年前のエルを知る人物。
 それが何者なのか、俺には分からない。

 しかし、俺の知らないエルをこの老人が知っているかと思うと、あまりいい気分では無かった。

「死んだとでも思っていたか。ははっ、まさか。お前の『永遠』の魔法ではないか」

「……そう、ですか。生きていたんですね」

 まるで良かったとでも言いたげに、エルは安堵の色が滲む声を漏らす。

 俺はその老人の言葉から、すぐにその理由を、常人が二〇〇年の時を生きていた理由を理解した。

 『永遠』の大魔法。
 この老人は、その強大な魔力をその身に受けてもなお。
 死ぬ事無く、異形となる事も無く、有ろう事か不死性を得ていたのだ。

 それはつまり、宮廷魔導士の地位を得られるだけの素養は二〇〇年前の時点から既に有ったという事だ。
 しかし、今眼前に立つ老人の見た目は、どう見ても年老いていた。
 その見た目に、俺は少しの違和感を覚えた。

「ああ、生きていたとも! 私はお前に復讐する為に、こんな老体になるまで、今日まで生きてきたのだからな!」

 そう老人が声を荒げ、杖で地を突く。

 と、同時に。
 老人の周囲を飛んでいた二匹の鳥型魔獣が、杖の音に呼応する様に向きを変え、真っ直ぐとエルに向かって襲い掛かって来る。

 おそらく、この杖で地を突く動作が『獣使い』で使役する魔獣に、命令を送る為のトリガーなのだろう。

 しかし、この老人は“災厄の魔女”の強さを、そして恐ろしさを、見誤っている。

 エルならば、こんな魔獣の一匹や二匹、なんて事無い。
 選んだ攻撃手段から間違っている。
 これではエルに傷一つ付けられないだろう。

 隣に居た俺はその攻防に巻き込まれない様に、回避の体勢を取った。

 しかし、俺は油断していた。
 現実に起こった事は、俺の想像とは真逆だった。

 四枚の翼を畳み、豪速で突進してきた鳥型魔獣。
 その一匹を片腕でいなしたエルだったが、もう一匹の突進が直撃。

 そして、鳥型魔獣は自らの体を『爆発』魔法で四散させた。
 自爆特攻だ。

 『爆発』の直撃を受けたエル。
 その身体はその勢いのまま、後方へ吹き飛び、倒れ込む。

「エルっ――!」

 俺はすぐさま駆け寄り、エルを抱き起す。

「すみません……」

「いや、謝ることじゃない。大丈夫か?」

「大丈夫です。少し、油断しただけです……」

「でも――」

 しかし、俺は抱いた違和感を解消しきれなかった。

 エルの返事が弱々しかったのは、先程の自爆攻撃のダメージの所為だけでは無いだろう。

 抱きかかえられたまま、エルはまるで俺の視線から逃げる様、目を逸らした。
 そして、胸の痛むような、儚い表情を見せ、目を伏せたのだ。

 傷は『永遠』の魔法の力ですぐに癒えるだろう。
 しかし、今回に限っては、わざわざ攻撃を受けてやる必要はないのだ。

 過去に自らの腕を魔獣に食わせた事も有ったが、あれは俺へ魔獣の恐怖を植え付けるという作戦の為だった。
 不老不死で有ったとしても、今のエルは痛みだって感じるのだ。
 今の一連の攻撃への対処に、何ら合理性が無い。

 本来であれば、先程の変異種を完封した時の様に、こちらへ攻撃が届く前に、魔法で対処できるはずなのだ。

 しかし、先程のエルの行った抵抗は、余りにも弱々し過ぎる。
 まるで戦闘の意志が無いかの様で、後ろ向きだ。

 俺はエルのこの表情に、見覚えが有った。
 胸の痛むような、儚い、そんな表情。

 それはあの時。
 俺が初めて森の外へ出た時、エルの嘘が露見した時と同じ物だ。

 エルがこんな顔をする時に、その胸の内に秘めるその感情の正体。
 それは恐らく“罪悪感”や“後ろめたさ”だ。

 その感情こそがこの目の前でこちらに敵意を向ける老人に対して、エルが強く抵抗出来ていない原因。
 魔獣を使った自爆攻撃を対処しきれなかった原因だろう。

 エルとこの老人の間に、過去に何が有ったのか、それは俺には分からない。
 その“罪悪感”や“後ろめたさ”がこの老人に対しての物なのか、それとも――俺に対しての物なのかすらも。

「どうした、災厄の魔女も所詮はこの程度か!」

 そんな俺の思考を掻き消す様に、老人は煽るように声を荒げる。

 エルの強さを、恐ろしさを知らない老人は、自分の実力故に攻撃が通ったと勘違いしているのだろう。
 それはまるで、「災厄の魔女に一矢報いてやったぞ」と勝ち誇る様だった。

「エルは、ここで待っていてくれ」

「アルさん、わたしは……」

 エルは僅かに抵抗の意志を示そうとするが、たどたどしく言葉を詰まらせる。

「大丈夫だ、任せろ」

 正確な理由は分からないが、エルは戦えない。
 そして、“後ろめたさ”からその理由を俺にも話す事を躊躇っている。

 そう判断した俺は、エルが言葉を紡ぎ終える前に、自分の言葉を被せる事で抵抗を許さなかった。

「……はい。気を付けて、ください」

 エルは、俺の反論の余地を許さない力強い物言いに観念したのか、抵抗を諦めて俺を送り出してくれた。

 俺は抱きかかえていたエルを降ろす。

 そして、俺を送り出す最愛の人の言葉に背中を押されながら、老人の方に向き直った。

「悪いな、彼女は調子が悪いらしい。――代わりに、俺が相手してやる」

「誰だ、貴様は。私が用が有るのは――」

「災厄の魔女の旦那様だ、覚えておけ」

 老人が言葉を紡ぎ終える前に、俺はそう言い放つ。

 初めてエルと森で出会った時からの俺の肩書。
 そして、その肩書は今や本物だ。

 俺は名乗りを上げると同時に、十八番である『物体浮遊』の魔法を瓦礫の破片にかける。
 そして、瓦礫の弾丸を加速させ、その憎たらしい髭面に叩き込む。

 かつて鳥型魔獣を撃ち落としたのと同じ攻撃方法。
 『獣使い』で魔獣を使役する老人に、その記憶のイメージが重なり、無意識で選択した魔法攻撃だ。

 だが、しかし――、

「――『相殺』、『物体浮遊』」

 老人はそう呟くと同時に、持っていた杖を一振りした。

 俺の放った瓦礫の弾丸は、老人の杖の一振りによって途中でその勢いを減速させ、地に落ちた。

「なん、だと……」

 老人は魔法の立ち消えを確認すると、「ふん」と一笑する。

 俺は、この老人の使った魔法を知っている。
 これは『相殺』の魔法だ。

 そして、それは誰にでも使える類の魔法ではない。
 これは災厄の魔女の魔導書にしか記されていない様な、特殊な魔法だ。

 『相殺』は相手の発動した魔法式に干渉し、反対の命令を割り込ませる事でその魔法を無力化する魔法だ。

 干渉する対象の魔法を完璧に理解していなければ、そこに命令を割り込ませる事なんて出来ない。
 つまり、基本的には魔法を極めた者にしか扱えない類の高等魔法だ。

 しかし、実際に目の前で『相殺』を使って見せた様に、この老人はそれ程に卓越した魔法を操る。
 地下の書庫から盗み出した災厄の魔女の魔導書の内容を完全に理解し、有効に利用できるだけの能力を有しているのだ。

 この老人と同じく、俺の使う魔法のほぼ全てはエルの書いた魔導書から覚えた物。
 エルの魔法の猿真似、ただの劣化版だ。

 つまり、老人はこちらの使う魔法の手の内を知っている。
 そして、その上で理論上はその“災厄の魔女の魔法”の全てを『相殺』する事が出来るのだ。

 これは、まずい事になった。
 相手はおそらく『永遠』の魔法の影響で不死性を有している。
 更に、その上でこちらの攻撃魔法の殆どを『相殺』してくるのだ。

 しかし、先程も感じた僅かな違和感。
 目の前で対峙するこいつの容姿は“老人”なのだ。

 その違和感の正体、そしてその不死性を確認をする為に、まずは老人に一度攻撃を通す必要がある。

 『物体浮遊』の弾丸は届く前に『相殺』されてしまう。
 ならば――と、俺は間髪入れずに『身体強化』を自分の肉体に全力で行使する。

「はああっ――!」

 本来であれば、そんな事をすれば身体が負担に耐えられず崩壊を起こすだろう。
 しかし、俺の不老不死の肉体はすぐに限界を超えた分のダメージを修正し、無かった事にしていく。

 一度は全身に激痛が走るが、その痛みは気合で無視すればいい。
 そんな無茶な魔法で強化された身体を活かし、俺は全力で地を蹴り、風よりも早く、老人との距離を詰めた。

「なっ……」

 驚き、目を見開く老人。

 目論見は成功だ。
 距離さえ詰めてしまえば、相手がこちらの魔法の発動を見て『相殺』をする暇さえ与えずに攻撃を通すことが出来る。

 距離を詰めた俺は、老人の懐に拳を叩き込む。
 『身体強化』の乗った身体から放たれる、重い一撃だ。

 しかし、勿論こんなパンチ一つで倒せるなんて思ってはいない。
 なので、俺は更に魔法での追撃を加える。

「ばーん――ってね」

 俺はかつてのエルを思い出しながら、その真似をして『温度変化』の魔法を行使した。

 老人の肉体は沸騰した様にぶくぶくと膨れ上がり、肉塊と血飛沫を飛び散らせながら弾け飛ぶ。
 鮮明に記憶に残る光景と同じ様に、赤黒い血の雨が降り注ぐ。

 魔獣相手ならともかく、本来こんな方法を人間に対して使うなんて論外だろう。
 しかし――、

「なるほど。『相殺』の隙を与えない――いい案だ」

 耳障りな、こちらを挑発する様な老人の声が聞こえてくる。

「そりゃどうも」

 一拍の間を置き、一息つけるかと思ったのも束の間。

 周囲に散ったはずの肉塊と血溜まりは、まるで逆再生される映像の様にするすると集まって行った。
 そして、ほんの僅かな間で、元有った空間に老人の身体は再び存在していた。

 やはり、この老人は『永遠』の魔法の影響で不死性を得ているのだ。

「――しかし、それでは私を殺すことは出来んぞ」

 再生したかと思うと、すぐさま老人が反撃の魔法を放つ。

 鳥型魔獣と同じ『爆発』の魔法だ。
 老人と俺との間の空間に魔法が展開され、爆発が巻き起こる。

 俺はその爆風に飛ばされ後退し、受け身を取って、再び老人との距離を取った。

 違和感の正体。
 年老いた姿、そして先程の肉体の再生の挙動。
 老人の不死性は、おそらく不完全な物だ。

 俺やエルと同じ様に『永遠』の魔法によって得た不老不死ならば、まず外見が老いる事は無い。

 そして、再生の挙動も違う。
 完全な『永遠』ならば、どんなに肉体が損傷しようとも、その損傷するという事象自体がまるで無かった事になるかの様な、修正の挙動をするのだ。

 しかし、この老人の肉体は明らかに老い衰えている。
 そして、肉体の再生は僅かな間であれど、時間をかけて逆再生の様に再生する。

 しかし、いくら不完全の不死性と言っても、不死は不死だ。
 脅威には変わりない。

 不老ではないのなら、理論上はこの老人の寿命が尽きるまで、何十年、何百年もの間殺し続けるという方法も有るだろう。

 しかし、常識的に考えればそれは不可能だ。
 そんな事をしていれば、先にこちらの気力も体力も尽きてしまうだろう。
 現実的な手段ではない。

 しかし、この老人を放置してはおけない。
 こいつは生きている限り災厄の魔女を――エルを狙い続けるだろう。

 俺は愛する人を守る為に、この世界で生きる意味を守るために、この魔法の力を振るおう。
 俺とエルの永遠は、奪わせはしない。

「それはどうか――なっ!」

 不完全な不死性、ならば――。

 攻撃自体のダメージは通らず、無駄だとは分かっている。
 それでも奴の隙を作る為に、もう一度攻撃を浴びせようと、悲鳴を上げ続ける肉体に鞭を打ち、地を蹴る足に力を込める。
 しかし――、

 突如黒い触手が地を割き、地面の中から這い出して来た。

「変異種――!」

 地を蹴ろうと力を込めた足が黒い触手に絡め捕られ、がくん膝から倒れ込む。

「私の使い魔たちを忘れてもらっては困るな」

「くっ……」

 地を蹴る勢いが行き場を失い、『身体強化』の反動となって激痛が身体に返って来る。

 老人のお得意の魔法『獣使い』だ。
 本来は動物を使役する為の魔法も、与える命令を少し変えれば魔獣や異形すらも使役出来てしまう。

 『爆発』の魔法を使う鳥型魔獣、そして異形の変異種。
 おそらく、異形が変異種となったのもこいつの使役の効果によるものだろう。

「所詮は、その程度か」
 
 老人は余裕の表情で勝ち誇っている。
 そのままもう一度杖で地を突き、新たな鳥型魔獣を召喚した。

 ――俺の狙い通りに。

「――!!」

 今度は、老人の足元の地面に亀裂が走る。
 そして、先程俺の足を絡め捕ったのと同じ様に、黒い触手が地を割き這い出してきて、老人の四肢を拘束した。

 そして、老人の呼びだした鳥型魔獣は、全て自身の『爆発』の魔法で自爆し、宙で四散した。
 その爆発に、老人は巻き込まれる。

「――『相殺』、『獣使い』」

 俺は先程の老人の真似をする様に、そう言って魔法を行使する。

 この老人は一つ勘違いをしている。
 確かに“災厄の魔女の魔法”は強力で、それを使えば国一つ支配する事だって簡単だろう。

 そして、不死性を有していて、魔法を全て『相殺』出来てしまえば、それは無敵と言っても過言ではない。

 ――しかし、相手も同じ条件で有れば話は別だ。

「ぐっ……。何故だ……!?」

「名乗ったはずだ、俺が何者かもう忘れたのか」

 状況が呑み込めず、狼狽える老人に対して俺はそう言い放つ。

「災厄の、魔女の――!」

「――そう、“災厄の魔女の旦那様”だ」

 で、あれば。
 当然、俺にだって災厄の魔女の魔法は使えるのだ。

 奴が俺の魔法を『相殺』出来るのと同じ様に、俺も奴の魔法を『相殺』出来る。

 俺は『獣使い』の魔法を『相殺』して、変異種の支配権を奪い取った。
 俺を拘束していた変異種の黒い触手は、今や俺の支配下で老人の四肢を拘束している。

 つまりは後出しじゃんけんで、結局はその内俺が今主導権を奪った『獣使い』の命令も『相殺』されて、また上書きされてしまうだろう。

 しかし、奴が『相殺』を割り込ませるまでの時間は稼げる。
 そして、その少しばかりの時間さえ稼げれば、もはや勝負は付いたも同然だ。

「――『重力』、『形状変化』、『凍結』」

 『獣使い』の魔法が『相殺』されて、変異種の主導権が奪われる前に、更に魔法を重ね掛けして行く。

 エルが変異種の動きを封じるために使った魔法を真似して、同じ様に行使する。

 黒い触手に四肢を拘束された老人は、その上から『重力』の重みと、『形状変化』で隆起した地面の枷。
 そして、その上から『凍結』で氷漬けになり、雁字搦めに固められた。

 これで老人が自由を得るには『獣使い』、『重力』、『形状変化』、『凍結』の四つの魔法を『相殺』する必要がある。

 どれだけ魔法に長けた者でも、直ぐには脱出出来ない。
 まさに魔法の牢獄だ。
 老人は身体を藻掻くが、当然無駄な足掻きというやつだ。

「ふざけるな!!」

 老人は激昂し、俺を、そして視線を移してエルを睨みつける。

 一つ目、『凍結』が『相殺』され、四肢を拘束された老人の手足を覆っていた氷が氷解する。

「私は貴様の所為で家族を失ったというのに、だというのに……!」

 老人が何かを喚いている。
 どうしてお前には家族が、こんな男が、とでも言いたいのだろうか。

 二つ目、『形状変化』が『相殺』されて、石の枷が崩れ落ちる。

「――ごめん、なさい」

 エルの老人に対しての謝罪。
 俺には、その理由は分からない。
 エルと老人との間に有る過去の遺恨が何なのか、分からない。
 分からないし、きっと関係の無い事だ。

 俺はもう、エルを傷つけようとしたこの老人を汚いと、敵だと認識しているのだから。

「貴様に、幸せを得る権利など――」

 三つ目、『重力』が『相殺』されて、重みで地に張り付けられていた老人が、少しずつ身体を起こす。

 ――しかし、時間切れだ。

「――『ファイアボール』!!」

 俺は老人の戯言を遮るように、魔法を――大魔法を発動させる。

 眩い光の塊が突如、旧王都の夜空を覆っていた瘴気を切り裂いて現れた。

 『ファイアボール』――それは“俺が作った魔法”だ。
 エルにすらまだ見せた事のない、オリジナル魔法。

 つまりは“災厄の魔女の魔導書”に記されていない魔法。
 故に、この老人はその魔法を知らない。
 知らない魔法は『相殺』する事は出来ない。

 そして、これは魔法名通りの火球なんて小さなものじゃない。

 それは、業火の炎球。
 まるで太陽の様に燃え盛りながら、そして隕石の様に、天から降り注ぐ。

 『ファイアボール』自体は『相殺』される事は無い。
 しかし、それだけでは不完全と言えどこの老人の不死性を無視して、貫通して殺すことは出来ないだろう。

 故に、俺はその炎球にもう一つ、命令として“大魔法”を加えて発動する。

 俺が炎球に込める大魔法。
 それはかつてエルが自らの死を望み“勇者の剣”に込めた大魔法と同じ、『不死殺し』の大魔法だ。

 今の俺程度の劣化版『不死殺し』では、俺やエルの持つ様な、完全な『永遠』の不老不死を貫通する事は出来ないだろう。

 しかし、この老人の持つ不完全な不死性ならば、俺の劣化版『不死殺し』でも殺すことが出来るはずだ。

 大魔法の発動には触媒が必要だ。
 しかし、ここには勇者の剣の様な唯一無二の触媒となる物も無い。
 俺の名前も、この世界での記憶も、エルとこれからも“ずっと一緒”に生きて行く為には、失う事は出来ない掛け替えのない物だ。
 どれも触媒として失う訳にはいかない。

 ならば、俺が触媒として捧げられる物は限られている。

「不完全なお前になら、俺の魔法でも、届く――!」

 俺は、懐から“鍵”を取り出し、大魔法の魔法式を展開した。

 その鍵は俺の数少ない元の世界からの持ち込み品の一つ。
 元の世界の“家の鍵”だ。
 そして、それは俺の“帰る場所”の象徴だ。

 その鍵を中心に、魔力の光が広がって行く。

「アルさん、駄目です! それは――!」

 エルは魔力の流れと俺の持つ鍵を見て、俺のやろうとしている事をすぐに察した様だ。
 慌てて静止の声を上げる。

 俺はエルの方を一瞥し、「大丈夫だ」という意味を込めて、安心させるように微笑みを送った。

 申し訳ないな、とは思う。
 それは俺の“過去”――産み育ててくれた家族の、両親の愛に対してだ。
 しかし、俺は“今”を紡ぐ為に、それを止めるつもりは無い。

 その天から降り注ぐ『ファイアボール』に込めた『不死殺し』の大魔法の触媒は“帰る場所”だ。

 俺は“アルとしての記憶”ではなく、“元居た世界の記憶”をその象徴たる“家の鍵”と共に、この大魔法に捧げる。

 かつてはエルの魔法によって、思い出す事の出来なくなっていた記憶。
 その記憶はまるで表紙を塗り潰された本の様に、俺の中で眠っていた。

 そして、旅の中での出会いによって、思い出した記憶。
 真実の目の権能によって取り戻す事が出来た、大切な記憶だ。

 俺は覚悟を決めている。
 躊躇なくその鍵を天の炎球へかざし、大魔法の触媒として喰わせてやった。

 鍵は光の粒となり、炎球に吸われ、溶けて行く。
 それと同時に、俺の中の記憶が、以前の霞が掛る様な思い出せない感覚とは違い、表層だけでなく根元から削ぎ落され、完全に失われていくのを感じた。

 俺の中の“帰る場所の記憶”は真っ白になって、そして消えて行く。
 もう俺の中に残っているのは“表紙が塗り潰された本”ではなく、“白紙で真っ新な本”だ。

 本当に、全く躊躇が無かった訳では無い。

 だが、今の俺には新たな居場所が有る。
 新たな家族が居る。

 俺は過去ではなく、今の幸せを守るために、その記憶を捧げよう。

「――!!!」

 四つ目が『相殺』されるよりも早く、天から降り注ぐ炎球が旧王都を包み込んだ。

 轟音と衝撃が辺りに響き渡る。
 その業火は復讐心に燃える老人の肉体を旧王都ごと巻き込み、燃やし尽くした。


・・・


「――! ――さんっ!」

 声が聞こえる。

「――アルさんっ!」

 優しく耳触りの良いその声に目を覚ますと、目前に一人の女の子がいた。
 彼女は不安そうな表情でこちらを見ている。

 その紫紺の瞳には涙を浮かべて、俺の身体を揺すっていた。
 俺はあの後倒れてしまった様で、エルに膝枕される形で介抱されていた。

「ああ……おはよう」

 身体を起こそうとすると、全身を走る痛みが襲ってきた。

 自分の『不死殺し』で死ぬ事は無かったものの、どうやら劣化版でも効果が全くのゼロという訳では無いらしい。
 不死性を貫通してのダメージは免れなかった。

 と言っても、目立った外傷は殆ど無さそうだ。
 きっとその痛みの殆どは『身体強化』の過剰行使による筋肉痛みたいな物だろう。

 しかし、この分では普段なら気づいたら修正されて無かった事になっている様なダメージも、治癒までに時間がかかりそうだ。

「もう、心配しました。こんな無茶して……」

「ごめん。でも、エルが無事でよかった」

 見るに、エルの身体には傷一つ付いていない。
 きっと、魔法で自衛をしていたのだろう。
 肌は白く綺麗なままで、さらさらの長い黒髪が風になびいていた。

 やはり、エルには俺の劣化版の大魔法程度では傷一つ付けられない。

 しかし、絶対にあり得ないと分かってはいたが、もしもの心配が無かった訳では無い。
 エルが綺麗な顔に火傷を負うなんて事にならなくて本当に良かったと心底思う。
 我ながら無茶な事をした。

「ごめんなさい、わたし……」

 何に対しての謝罪だろうか。
 分からないが、それでもそんな物は必要ない。
 エルが無事なら、それでいい。

「良いんだ、何も言うな」

「……はい」

 俺はそっと、エルの頬を撫でる。
 
 そして、ふと視線をエルの顔から、更にその上。
 空の方に視線を向ける。

「月……」

 エルも俺の声に釣られて顔を上げる。

「ええ。綺麗な、夜空です」

 旧王都は俺の『ファイアボール』によって全て吹き飛び、焼き払われた。

 もはや周囲には建物も瓦礫も、そして、瘴気や異形も存在しない。
 その全てが浄化の炎によって灰となり、残ったのは広大な荒野だ。

 旧王都の空を覆っていた瘴気は消え去り、晴れ渡る。
 二〇〇年振りに、旧王都の夜空は満天の星々と月明りに彩られていた。


・・・


 旧王都に突然巨大な隕石が降って来た大事件は、すぐさま新王都中の話題をかっさらって行った。

 自然現象で処理できるレベルではないし、明らかに人為的な魔法の跡が有る。
 俺はやってしまったかと内心びくびくしていたのだが――、

「アルさんアルさん、これ見てください」

 エルが持ってきたのは新聞紙だ。
 何となくのデジャヴを感じながら、エルの指す記事に目を落とす。

 新聞の記事によると、旧王都での隕石はタイミングと、本人の失踪から宮廷魔導士の仕業として処理されていた。

 宮廷魔導士の魔法で旧王都が爆散。
 本人の安否は不明だが、おそらく巻き込まれて死亡したと思われる。
 という事らしい。

 そういえば、あの老人の名前をすら俺は知らなかったな。
 と、新聞の記事で初めてその名前を知って、今更ながら気づいた。

 しかし、もう終わった事。
 それはもはやどうでもいい事だ。

 俺はその記事の内容を記憶に留める事無く、すぐに隣の平和そうな記事に興味を移してしまった。


 ――隕石の業火によって、旧王都の瘴気と異形は、そこへ有った建物ごと焼き払われてしまった。

 あの老人の――宮廷魔導士の仕事は“旧王都の解放”だった。
 何の因果か、図らずとも俺はその助力をしてしまったという訳だ。

 しかし、俺たちはこの一件で“帰る場所”を失ってしまった。
 またどうにかして、森の家を復旧しないといけない。

 それか、どこか新しく家を建ててもいいかもしれない。
 俺はそんなエルと二人の“ずっと一緒”の未来設計を思い描いていた。
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