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第一部 第一章 出会いの物語
新王都
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新王都。
右を見ても、左を見ても、人、人、そして人。
溢れんばかりの活気に満ち満ちた、大きな国だ。
この世界に来てからこの人数の人間を見たのは初めての事。
慣れない目が泳ぎ、あまりの人の波に人酔いしてしまいそうだ。
華やかな建造物。
そして、道の両脇には出店の様な形でいくつもの露店が並んでいる。
一歩踏み込んだだけでも、この国が栄えているのが一目で分かる様だ。
「凄い、賑やかだな……」
「ええ。ここが“新王都”です。瘴気に呑まれた“旧王都”を捨ててから二〇〇年。それがここまで復旧したんですから、本当に凄いですよね……」
魔女様はどこか他人事の様に、遠い目でそう語った。
実際に記憶の欠落した部分と、そして森の中に籠っていた間の出来事だからか、どこかあまり現実感が無いのかもしれない。
話しぶりから察するに、俺が思っていた、というか勘違いしていた“瘴気に呑まれた外の世界”というのは災厄の震源地であろうその旧王都だけなのだろう。
この活気溢れる国、新王都にはそんな気配は一切見られない。
「魔女様、人も多いしはぐれない様に……」
と、俺は片手を魔女様へと差し出す。
「えっと、はい」
魔女様はおずおすと、俺の手を取ってくれた。
俺と魔女様は手を繋ぎながら、二人で大通りの人の波を縫って歩く。
大通りの喧騒は言葉を解さない俺には意味を持たないノイズでしかなかったので、俺は外界からの聴覚情報をほぼほぼシャットアウトする事にした。
看板の文字に目を移したり、考え事をしたりしながら、隣にいるフードを被った魔女様の柔らかくすべすべとした手を、無意識ににぎにぎと弄んでいた。
そういやって自分が無意識ににぎにぎしていたのに気づいたのは、途中で魔女様が肘で小突いてきた時の事。
フードで隠れた横顔を直接見る事が出来なかったが、そんな彼女の顔は朱く色づいていた様な気がする。
それを誤魔化してか、魔女様は一件の露店の前で足を止め、話題に上げた。
「あ、ここの八百屋よく来てたんですよ」
野菜や果物と、いかにも八百屋というラインナップが綺麗に詰められた木箱が並んでいて、少しふくよかなの女性が店主をやっている。
店主もこちらに気付いてか、にこやかに話しかけて来た。
しかし言葉を解さない俺にはさっぱり意味が分からないので、俺は曖昧な感じで会釈を返す。
対して魔女様は少し嬉しそうに店主と言葉を交わしていた。
魔女様が人と交流している姿を見てどこか安心感を覚え、俺はそんな魔女様の後ろ姿をなんとなくぼうっと眺めていた。
魔女様談では“よく来る八百屋”らしいが、魔女様は常に『認識阻害』のローブが効果を発揮しているので、店主からは“目の前の女性客は常連だ”と認識は出来ていないだろう。
魔女様は素性を隠したまま、この店の一見さんを幾度となく繰り返しているという事だ。
でも、何度も来店しているのに、自分だけは覚えているのに、相手には覚えてもらえない。
勿論素性がバレてしまえばこうやって店主がにこやかに対応してくれる事は無いだろうし、仕方のない事だというのは分かっている。
しかし、それはとても悲しい事だと思う。
程なくして、袋を抱えて戻って来た魔女様。
「どうぞ」
と、魔女様から俺に手渡されたのは、赤く艶艶としたリンゴだった。
「これは?」
「サービスで貰いました。おやつにどうぞ」
店主は魔女様の事を認識していないはずだが、それでも一見の客にもおまけを付けてくれる様な良い店主さんで、魔女様が気に入って通うのも納得だ。
「ありがとう」
と俺は一言お礼を言って受け取り、服で一通り付いているか分からない汚れを拭った後、そのまま一口齧りついた。
なるほど、食べ歩きというのもなかなか乙な物だ。
シャリシャリとして瑞々しい触感。
蜜の詰まった甘酸っぱさが口に広がり、とても美味しい。
しかし、如何せんこのサイズを一つ丸々、一人で食べきるのは難しい。
半分魔女様に押し付けようかな、なんて思いながら魔女様の持つ袋に目を落とす。
袋の中には、結局あれ以降もそこそこの頻度で食卓に出てくる、いつものポトフの材料らしき野菜類が詰められているのが見えた。
「それ、今日の夕飯?」
「そうですね。偶にはあなたも、料理してみますか?」
「お。やっと俺にも手伝わせてくれる気になったのか」
「えっと、そうですね……」
「というか、今そんなに買って大丈夫? 持とうか?」
「いえ。これはですね――」
そう言って、魔女様はさらりと初めて見る魔法を使ってローブの中に買い物袋を仕舞い込み、何処かへ消してしまった。
「その魔法はまだ覚えてないな」
「わたしの書いた魔導書には無い魔法ですから。帰ったら他の棚の魔導書を探してみてください」
なるほど。
魔女様の書いた魔導書を優先して読んでいたが、他にも有用な魔法は沢山有りそうだ。
そうやってリンゴを食べ終わらない内に、魔女様は「さあ、次いきますよ」と俺の手を取ってまた歩き出した。
・・・
魔女様は他にも自分が常連としているお店を紹介してくれるつもりの様で、八百屋に続き次に訪れたのは「魔道具屋」と看板に書かれたお店だ。
大通りから少し逸れた裏路地というなんとも入りづらい立地に有り、外観からもちょっと暗く近寄り難い雰囲気を感じるお店だ。
俺は一人なら絶対に入らないタイプのお店だな、なんて思いながら魔女様に手を引かれて、後を付いて店内へ入っていった。
店内も外観の雰囲気を踏襲したような、弱々しい『光源』のランプで薄暗く照らされていて如何にもな雰囲気を漂わせている。
棚にはよく分からない道具や石、おそらく魔導書と思われる本なんかも沢山並んでいた。
店の奥には店番をしている少女が一人居るだけで、他には店員もお客さんも居ない様だ。
「店主さんのとこへ行ってきますね、ちょっと待っていてください」
と言って、魔女様は店の奥、店番の少女が座っている受付の方を指差す。
そして、そのまま俺を置いて行ってしまった。
どうやら、あの少女は店番の子ではなくて店主さんだったらしい。
そういえば、忘れがちだが魔女様も二〇〇歳越えなのだ。
この世界では特に人を見かけで判断してはいけないな、と改めて思った。
俺はこの店の品にも興味は有るが、それよりも魔女様が何を買うのかの方がより興味が勝ったので、結局魔女様と店主が見える辺りまで付いて行った。
相変わらず会話の内容は分からなかったが、魔女様はさっき買い物袋を仕舞った魔法と同じ魔法を使ってローブの中の『空間』から色々な物を取り出していた。
それは森の中で沢山生えている結晶体の石の欠片と、数冊の本――おそらく魔女様の書いた魔導書だった。
魔女様はそれらを店主の少女へと渡し、店主の少女はそれらを吟味している様だった。
その様子を見るに、行っているのは販売ではなく買取の様だ。
俺も散々世話になった魔女様の書く魔導書、それにいくらの値が付くのか分からない。
しかし、森で取れる結晶体の石と、魔女様の書いた魔導書。
どうやらこれらが俺たちの森での生活の資金源だったらしい。
魔女様の用事の内容も覗き見して知れた事に満足した俺は、本の立ち読みをして時間を潰していた。
すると、査定待ち中であろう魔女様がとてとてと歩いて戻って来た。
店に並んである魔導書の中には魔女様が書いた物も有ったが、背表紙のタイトルを見るに他の人間が書いた物も置いて有った。
そして、魔女様が書いた本以外は開いても白紙で、中身を読むことは出来なかった。
「魔女様、この本読めないんだけど。立ち読み対策?」
俺はそう言って、知らない人の名前が記された魔導書を魔女様に見せる。
「そうですね。魔導書はどれもそうですよ。無暗に流出しない様に、そういう魔法が掛けられています。えっと――」
そう言って、魔女様は並んでいる本の内の一冊を手に取り、俺に手渡してきた。
「これです」
渡された本を見ると、すぐに手渡された意味を納得した。
背表紙に書かれた本のタイトルは『隠匿』だ。
なるほど、魔導書にはそういう魔法が掛けられているのか。
しばらくすると、ジャラリと重い音が店内に響き、俺はぎょっとして本から顔を上げた。
見ると、店主の少女が袋を持ってきて台の上に置き、魔女様に手渡していた。
これが買取の査定結果なのだろう。
先程のじゃらりとした金属音から、中身が硬貨である事は容易に想像出来た。
この世界でそれがどの程度の金額なのか分からないが、その音の重量から袋の中身は詰まっていて、おそらくそれなりの大金だろう。
魔女様はその袋をまた先程買い物袋を仕舞ったのと同じ魔法で、ローブの中の『空間』へと仕舞い込んだ。
「お待たせしました」
「ん」
店を出ると、俺はまた魔女様に手を差し出す。
「それじゃあ、最後の場所へ向かいましょうか」
魔女様は覚悟を決めた様な、そんな表情でまた俺の手を握った。
右を見ても、左を見ても、人、人、そして人。
溢れんばかりの活気に満ち満ちた、大きな国だ。
この世界に来てからこの人数の人間を見たのは初めての事。
慣れない目が泳ぎ、あまりの人の波に人酔いしてしまいそうだ。
華やかな建造物。
そして、道の両脇には出店の様な形でいくつもの露店が並んでいる。
一歩踏み込んだだけでも、この国が栄えているのが一目で分かる様だ。
「凄い、賑やかだな……」
「ええ。ここが“新王都”です。瘴気に呑まれた“旧王都”を捨ててから二〇〇年。それがここまで復旧したんですから、本当に凄いですよね……」
魔女様はどこか他人事の様に、遠い目でそう語った。
実際に記憶の欠落した部分と、そして森の中に籠っていた間の出来事だからか、どこかあまり現実感が無いのかもしれない。
話しぶりから察するに、俺が思っていた、というか勘違いしていた“瘴気に呑まれた外の世界”というのは災厄の震源地であろうその旧王都だけなのだろう。
この活気溢れる国、新王都にはそんな気配は一切見られない。
「魔女様、人も多いしはぐれない様に……」
と、俺は片手を魔女様へと差し出す。
「えっと、はい」
魔女様はおずおすと、俺の手を取ってくれた。
俺と魔女様は手を繋ぎながら、二人で大通りの人の波を縫って歩く。
大通りの喧騒は言葉を解さない俺には意味を持たないノイズでしかなかったので、俺は外界からの聴覚情報をほぼほぼシャットアウトする事にした。
看板の文字に目を移したり、考え事をしたりしながら、隣にいるフードを被った魔女様の柔らかくすべすべとした手を、無意識ににぎにぎと弄んでいた。
そういやって自分が無意識ににぎにぎしていたのに気づいたのは、途中で魔女様が肘で小突いてきた時の事。
フードで隠れた横顔を直接見る事が出来なかったが、そんな彼女の顔は朱く色づいていた様な気がする。
それを誤魔化してか、魔女様は一件の露店の前で足を止め、話題に上げた。
「あ、ここの八百屋よく来てたんですよ」
野菜や果物と、いかにも八百屋というラインナップが綺麗に詰められた木箱が並んでいて、少しふくよかなの女性が店主をやっている。
店主もこちらに気付いてか、にこやかに話しかけて来た。
しかし言葉を解さない俺にはさっぱり意味が分からないので、俺は曖昧な感じで会釈を返す。
対して魔女様は少し嬉しそうに店主と言葉を交わしていた。
魔女様が人と交流している姿を見てどこか安心感を覚え、俺はそんな魔女様の後ろ姿をなんとなくぼうっと眺めていた。
魔女様談では“よく来る八百屋”らしいが、魔女様は常に『認識阻害』のローブが効果を発揮しているので、店主からは“目の前の女性客は常連だ”と認識は出来ていないだろう。
魔女様は素性を隠したまま、この店の一見さんを幾度となく繰り返しているという事だ。
でも、何度も来店しているのに、自分だけは覚えているのに、相手には覚えてもらえない。
勿論素性がバレてしまえばこうやって店主がにこやかに対応してくれる事は無いだろうし、仕方のない事だというのは分かっている。
しかし、それはとても悲しい事だと思う。
程なくして、袋を抱えて戻って来た魔女様。
「どうぞ」
と、魔女様から俺に手渡されたのは、赤く艶艶としたリンゴだった。
「これは?」
「サービスで貰いました。おやつにどうぞ」
店主は魔女様の事を認識していないはずだが、それでも一見の客にもおまけを付けてくれる様な良い店主さんで、魔女様が気に入って通うのも納得だ。
「ありがとう」
と俺は一言お礼を言って受け取り、服で一通り付いているか分からない汚れを拭った後、そのまま一口齧りついた。
なるほど、食べ歩きというのもなかなか乙な物だ。
シャリシャリとして瑞々しい触感。
蜜の詰まった甘酸っぱさが口に広がり、とても美味しい。
しかし、如何せんこのサイズを一つ丸々、一人で食べきるのは難しい。
半分魔女様に押し付けようかな、なんて思いながら魔女様の持つ袋に目を落とす。
袋の中には、結局あれ以降もそこそこの頻度で食卓に出てくる、いつものポトフの材料らしき野菜類が詰められているのが見えた。
「それ、今日の夕飯?」
「そうですね。偶にはあなたも、料理してみますか?」
「お。やっと俺にも手伝わせてくれる気になったのか」
「えっと、そうですね……」
「というか、今そんなに買って大丈夫? 持とうか?」
「いえ。これはですね――」
そう言って、魔女様はさらりと初めて見る魔法を使ってローブの中に買い物袋を仕舞い込み、何処かへ消してしまった。
「その魔法はまだ覚えてないな」
「わたしの書いた魔導書には無い魔法ですから。帰ったら他の棚の魔導書を探してみてください」
なるほど。
魔女様の書いた魔導書を優先して読んでいたが、他にも有用な魔法は沢山有りそうだ。
そうやってリンゴを食べ終わらない内に、魔女様は「さあ、次いきますよ」と俺の手を取ってまた歩き出した。
・・・
魔女様は他にも自分が常連としているお店を紹介してくれるつもりの様で、八百屋に続き次に訪れたのは「魔道具屋」と看板に書かれたお店だ。
大通りから少し逸れた裏路地というなんとも入りづらい立地に有り、外観からもちょっと暗く近寄り難い雰囲気を感じるお店だ。
俺は一人なら絶対に入らないタイプのお店だな、なんて思いながら魔女様に手を引かれて、後を付いて店内へ入っていった。
店内も外観の雰囲気を踏襲したような、弱々しい『光源』のランプで薄暗く照らされていて如何にもな雰囲気を漂わせている。
棚にはよく分からない道具や石、おそらく魔導書と思われる本なんかも沢山並んでいた。
店の奥には店番をしている少女が一人居るだけで、他には店員もお客さんも居ない様だ。
「店主さんのとこへ行ってきますね、ちょっと待っていてください」
と言って、魔女様は店の奥、店番の少女が座っている受付の方を指差す。
そして、そのまま俺を置いて行ってしまった。
どうやら、あの少女は店番の子ではなくて店主さんだったらしい。
そういえば、忘れがちだが魔女様も二〇〇歳越えなのだ。
この世界では特に人を見かけで判断してはいけないな、と改めて思った。
俺はこの店の品にも興味は有るが、それよりも魔女様が何を買うのかの方がより興味が勝ったので、結局魔女様と店主が見える辺りまで付いて行った。
相変わらず会話の内容は分からなかったが、魔女様はさっき買い物袋を仕舞った魔法と同じ魔法を使ってローブの中の『空間』から色々な物を取り出していた。
それは森の中で沢山生えている結晶体の石の欠片と、数冊の本――おそらく魔女様の書いた魔導書だった。
魔女様はそれらを店主の少女へと渡し、店主の少女はそれらを吟味している様だった。
その様子を見るに、行っているのは販売ではなく買取の様だ。
俺も散々世話になった魔女様の書く魔導書、それにいくらの値が付くのか分からない。
しかし、森で取れる結晶体の石と、魔女様の書いた魔導書。
どうやらこれらが俺たちの森での生活の資金源だったらしい。
魔女様の用事の内容も覗き見して知れた事に満足した俺は、本の立ち読みをして時間を潰していた。
すると、査定待ち中であろう魔女様がとてとてと歩いて戻って来た。
店に並んである魔導書の中には魔女様が書いた物も有ったが、背表紙のタイトルを見るに他の人間が書いた物も置いて有った。
そして、魔女様が書いた本以外は開いても白紙で、中身を読むことは出来なかった。
「魔女様、この本読めないんだけど。立ち読み対策?」
俺はそう言って、知らない人の名前が記された魔導書を魔女様に見せる。
「そうですね。魔導書はどれもそうですよ。無暗に流出しない様に、そういう魔法が掛けられています。えっと――」
そう言って、魔女様は並んでいる本の内の一冊を手に取り、俺に手渡してきた。
「これです」
渡された本を見ると、すぐに手渡された意味を納得した。
背表紙に書かれた本のタイトルは『隠匿』だ。
なるほど、魔導書にはそういう魔法が掛けられているのか。
しばらくすると、ジャラリと重い音が店内に響き、俺はぎょっとして本から顔を上げた。
見ると、店主の少女が袋を持ってきて台の上に置き、魔女様に手渡していた。
これが買取の査定結果なのだろう。
先程のじゃらりとした金属音から、中身が硬貨である事は容易に想像出来た。
この世界でそれがどの程度の金額なのか分からないが、その音の重量から袋の中身は詰まっていて、おそらくそれなりの大金だろう。
魔女様はその袋をまた先程買い物袋を仕舞ったのと同じ魔法で、ローブの中の『空間』へと仕舞い込んだ。
「お待たせしました」
「ん」
店を出ると、俺はまた魔女様に手を差し出す。
「それじゃあ、最後の場所へ向かいましょうか」
魔女様は覚悟を決めた様な、そんな表情でまた俺の手を握った。
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