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第34話 掃除当番の打ち上げ
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都合のいいことに掃除当番の週だった。
「じゃあ先に帰るね」と理央は無邪気に言って「気の毒に」と洋は口の悪いセリフを吐いて行った。
これっぽっちも気の毒ではなかった。
僕はそっと胸をなで下ろしたし、多分、聡子もそうだったんだろう。同じ気持ちを共有してるというふわふわした気分のまま、恥ずかしくて目も合わせられない。
女の子と付き合ったことのない、免疫のない僕は、黙って箒を動かすしかなかった。もしかしたら聡子には物足りないかもしれない。
でも彼女はこの短期間で、僕が寡黙でどんなに気の利かない男かわかってるはずだから、気にしすぎなのかもしれない。
近い距離にいる彼女の体温が感じられる気がした。
掃除はいつも通りの手順で、サボってるやつはサボってたけどいつも通り終わる。まだちりとりを持っている僕の隣を「お疲れ様」とフライングして帰っていくやつもいる。
それでも時間になれば掃除は終わり、手を洗って、廊下に並べてあるカバンを取りに行く。いつも通り。
聡子はもう重そうなリュックを背負って、にこっと笑った。「なんか照れるなぁ」と僕を見て赤くなった。
それを聞いていたほかの女の子が「なに言ってんのよ、いつもと変わらないでしょう? はいはい、リア充はさっさと帰ってね。毒だからさ」と冗談を言った。
僕と聡子は目を合わせて、それもそうだ、と確認する。そして昨日と今日が全然違うことを確認する。
「行こうか」と目で合図して、聡子がローファーに足を入れるのを待つ。同じことをしていても意味合いがまるで違う。
僕はそっと手を出した。
彼女はそれをそっと握った。
「いいから早く帰りなさい!」
さっきの女子が大きな声で僕たちを威嚇した。
ププっと聡子が吹き出した。
「カッコいいでしょう、わたしの彼氏」
「片品~! さっきから警告してるのに無視して煽ったな! 今のセリフ、明日の朝、黒板に書くぞ」
「書けるもんならね、まぁ本当のことだし」
片品、と呼ぶ声が聞こえてきたけれど彼女は今度は見向きもせず、僕の手を引いた。
ああ、振り回されてる気がする。
思えば最初からそうだったかも。
······最初って、いつだ?
「いつかなぁ? 中学の時、よく覚えてない。背が高い子がいるなぁと思ったら、予想外に上手かった」
「酷いなぁ」
「だってさ、背が高いだけで木偶の坊みたいなのもいっぱいいるじゃん。中学の部活なんてそんなものでしょう? ゴールポストの前に立たせておけばいい的な。
だけど奏はそうじゃなかった。背の高さも活かして、チーム全体が点取れるように試合の流れを見て、その時が来ると自分で打つ。やるなぁって思ったのが最初。
大会の度に目につくようになって、最初に好きだと思ったのはいつだろう? 覚えてないかも」
酷いなぁ、と僕は彼女の手をぎゅっと握った。
付き合うことが決まったからって正々堂々、手を握っちゃっていいものだったかなと一人、思ったけど、聡子もなにも言わなかったし、僕たちは僕たちの進み方でいいのかなと思った。
隣を見ると首を器用に曲げなくても聡子の顔がすぐそばに見えたし、もしかしたらこれが普通なのかもしれないとまで思った。
身長差のあるカップルはいっぱいいる。否定はしない。
でも少なくとも僕は聡子の隣が居心地が良かった。なんだかそこに聡子がいることが、とても自然に思えた。彼女の微笑みに微笑み返す自分が当たり前のように思えた。
このまま静かに流れる小川のように、彼女を好きになっていくのかもしれない。僕の心は少しホッとした。
ほんのちょっとの罪悪感がいつまでも拭いきれずにいたから。
虫のいい話だ。
本当に好きだと思い詰めるまで、付き合ったりはしないものだろうとずっと思っていた。僕は恋愛に疎かったし、女の子は皆、遠い存在だった。
唯一の例外は理央だったけど、理央は洋の彼女になってしまった。
だから僕はもう、これ以上思い詰めるような恋はしないだろうと信じていた。
ところがまさか、僕を好きになる女の子が現れるとは。僕を好きに――。
「なに難しい顔してんの? 怖いって」
「ん? 聡子は寒くなってもクリームソーダ飲むのかなと思って」
話を逸らすようにどうでもいいことを口にする。
でも、ジャケットが欲しい日が増えてきたのに、まだ赤いチェリーの乗ったクリームソーダを頼む聡子がかわいらしく思えた。
銀色の長いスプーンを持って、これからたっぷり乗ったソフトクリームを食べる気満々だ。ふっと笑ってしまう。
「あー、そういう大人みたいな顔はしないでよね。わたしが本当にお子様みたいじゃない」
「そんなことないよ。そんな風に笑ってないし」
「そうかな? 冬になってもソフトクリームは美味しいよ。ほら」
スプーンに遠慮なく盛られたソフトクリームが、僕の目の前にやって来る。いや、それはさすがに、と思って遠慮する。
もう、と僕の気持ちを理解してない聡子はプリプリ怒ってその怒りがクリームソーダに向けられる。
見ていて飽きない。
僕は肩肘ついて、コーヒーを口に含みながら、彼女の姿を見ていた。前回とまるで変わらない。
あの時彼女は付き合ってほしいと僕に言った。
そして今、ここに二人で来たのはまだたった二回なのに僕たちの仲は、まるであの日に魔法がかかったみたいに彼女の望んだ通りになっている。
女の子は全部知っているのかもしれない。
男にはわからない、大切ななにかを。
ふと、手を繋いだ見慣れた二人が窓の外を過ぎる。
あ、と思うと運が良かったのか悪かったのか、向こうもこっちに気が付く。
いつも通りの無邪気な笑顔で僕に手を振る。
僕はちょっと困ってしまって、聡子の方を見た。聡子はソフトクリームに夢中で、外を示すと大慌てで口の周りを紙ナプキンで拭った。
皆の憧れの片品さん、になる。そしてジェスチャーで、理央は僕たちを指さした。
僕と理央は目を見合せて、そして聡子はおいでと手で招いた。
あの時のように、ドアベルが憂鬱そうに鳴って、同じ二人が、洋が理央の手を引いて歩いてきた。
「掃除当番の打ち上げ?」
「まぁ、そんなとこかな?」と洋の皮肉にも動じずに、聡子はサラッと流した。理央は洋の影から僕たちを覗いている。まるでああしていると、本当にちよちゃんだな、と思う。様子をうかがっている。いつもと違ってしまった僕たちに、気づいてしまっただろうか?
いつも僕の一歩先を行く聡子が、無言でリュックを持って僕の隣にドカッと座る。以前のような品のいい座り方はしない。
なるほど、あれはよそいきだったのか、と理解する。
僕はそれに続いて、腕を伸ばして聡子の大切なクリームソーダを取ってやる。前に置くと「ありがとう」と聡子は笑ってスプーンを握った。
「座ったら?」
「なんだよ、今日もまた奏が奥? 大切にされてんな」
聡子はスプーンを止めて僕を見た。
なにかを見定めているような瞳で、僕はたじたじになる。
席を代わろうかとリュックに手をかけると、袖を聡子に引かれて「そのまま」と言われた。
「じゃあ先に帰るね」と理央は無邪気に言って「気の毒に」と洋は口の悪いセリフを吐いて行った。
これっぽっちも気の毒ではなかった。
僕はそっと胸をなで下ろしたし、多分、聡子もそうだったんだろう。同じ気持ちを共有してるというふわふわした気分のまま、恥ずかしくて目も合わせられない。
女の子と付き合ったことのない、免疫のない僕は、黙って箒を動かすしかなかった。もしかしたら聡子には物足りないかもしれない。
でも彼女はこの短期間で、僕が寡黙でどんなに気の利かない男かわかってるはずだから、気にしすぎなのかもしれない。
近い距離にいる彼女の体温が感じられる気がした。
掃除はいつも通りの手順で、サボってるやつはサボってたけどいつも通り終わる。まだちりとりを持っている僕の隣を「お疲れ様」とフライングして帰っていくやつもいる。
それでも時間になれば掃除は終わり、手を洗って、廊下に並べてあるカバンを取りに行く。いつも通り。
聡子はもう重そうなリュックを背負って、にこっと笑った。「なんか照れるなぁ」と僕を見て赤くなった。
それを聞いていたほかの女の子が「なに言ってんのよ、いつもと変わらないでしょう? はいはい、リア充はさっさと帰ってね。毒だからさ」と冗談を言った。
僕と聡子は目を合わせて、それもそうだ、と確認する。そして昨日と今日が全然違うことを確認する。
「行こうか」と目で合図して、聡子がローファーに足を入れるのを待つ。同じことをしていても意味合いがまるで違う。
僕はそっと手を出した。
彼女はそれをそっと握った。
「いいから早く帰りなさい!」
さっきの女子が大きな声で僕たちを威嚇した。
ププっと聡子が吹き出した。
「カッコいいでしょう、わたしの彼氏」
「片品~! さっきから警告してるのに無視して煽ったな! 今のセリフ、明日の朝、黒板に書くぞ」
「書けるもんならね、まぁ本当のことだし」
片品、と呼ぶ声が聞こえてきたけれど彼女は今度は見向きもせず、僕の手を引いた。
ああ、振り回されてる気がする。
思えば最初からそうだったかも。
······最初って、いつだ?
「いつかなぁ? 中学の時、よく覚えてない。背が高い子がいるなぁと思ったら、予想外に上手かった」
「酷いなぁ」
「だってさ、背が高いだけで木偶の坊みたいなのもいっぱいいるじゃん。中学の部活なんてそんなものでしょう? ゴールポストの前に立たせておけばいい的な。
だけど奏はそうじゃなかった。背の高さも活かして、チーム全体が点取れるように試合の流れを見て、その時が来ると自分で打つ。やるなぁって思ったのが最初。
大会の度に目につくようになって、最初に好きだと思ったのはいつだろう? 覚えてないかも」
酷いなぁ、と僕は彼女の手をぎゅっと握った。
付き合うことが決まったからって正々堂々、手を握っちゃっていいものだったかなと一人、思ったけど、聡子もなにも言わなかったし、僕たちは僕たちの進み方でいいのかなと思った。
隣を見ると首を器用に曲げなくても聡子の顔がすぐそばに見えたし、もしかしたらこれが普通なのかもしれないとまで思った。
身長差のあるカップルはいっぱいいる。否定はしない。
でも少なくとも僕は聡子の隣が居心地が良かった。なんだかそこに聡子がいることが、とても自然に思えた。彼女の微笑みに微笑み返す自分が当たり前のように思えた。
このまま静かに流れる小川のように、彼女を好きになっていくのかもしれない。僕の心は少しホッとした。
ほんのちょっとの罪悪感がいつまでも拭いきれずにいたから。
虫のいい話だ。
本当に好きだと思い詰めるまで、付き合ったりはしないものだろうとずっと思っていた。僕は恋愛に疎かったし、女の子は皆、遠い存在だった。
唯一の例外は理央だったけど、理央は洋の彼女になってしまった。
だから僕はもう、これ以上思い詰めるような恋はしないだろうと信じていた。
ところがまさか、僕を好きになる女の子が現れるとは。僕を好きに――。
「なに難しい顔してんの? 怖いって」
「ん? 聡子は寒くなってもクリームソーダ飲むのかなと思って」
話を逸らすようにどうでもいいことを口にする。
でも、ジャケットが欲しい日が増えてきたのに、まだ赤いチェリーの乗ったクリームソーダを頼む聡子がかわいらしく思えた。
銀色の長いスプーンを持って、これからたっぷり乗ったソフトクリームを食べる気満々だ。ふっと笑ってしまう。
「あー、そういう大人みたいな顔はしないでよね。わたしが本当にお子様みたいじゃない」
「そんなことないよ。そんな風に笑ってないし」
「そうかな? 冬になってもソフトクリームは美味しいよ。ほら」
スプーンに遠慮なく盛られたソフトクリームが、僕の目の前にやって来る。いや、それはさすがに、と思って遠慮する。
もう、と僕の気持ちを理解してない聡子はプリプリ怒ってその怒りがクリームソーダに向けられる。
見ていて飽きない。
僕は肩肘ついて、コーヒーを口に含みながら、彼女の姿を見ていた。前回とまるで変わらない。
あの時彼女は付き合ってほしいと僕に言った。
そして今、ここに二人で来たのはまだたった二回なのに僕たちの仲は、まるであの日に魔法がかかったみたいに彼女の望んだ通りになっている。
女の子は全部知っているのかもしれない。
男にはわからない、大切ななにかを。
ふと、手を繋いだ見慣れた二人が窓の外を過ぎる。
あ、と思うと運が良かったのか悪かったのか、向こうもこっちに気が付く。
いつも通りの無邪気な笑顔で僕に手を振る。
僕はちょっと困ってしまって、聡子の方を見た。聡子はソフトクリームに夢中で、外を示すと大慌てで口の周りを紙ナプキンで拭った。
皆の憧れの片品さん、になる。そしてジェスチャーで、理央は僕たちを指さした。
僕と理央は目を見合せて、そして聡子はおいでと手で招いた。
あの時のように、ドアベルが憂鬱そうに鳴って、同じ二人が、洋が理央の手を引いて歩いてきた。
「掃除当番の打ち上げ?」
「まぁ、そんなとこかな?」と洋の皮肉にも動じずに、聡子はサラッと流した。理央は洋の影から僕たちを覗いている。まるでああしていると、本当にちよちゃんだな、と思う。様子をうかがっている。いつもと違ってしまった僕たちに、気づいてしまっただろうか?
いつも僕の一歩先を行く聡子が、無言でリュックを持って僕の隣にドカッと座る。以前のような品のいい座り方はしない。
なるほど、あれはよそいきだったのか、と理解する。
僕はそれに続いて、腕を伸ばして聡子の大切なクリームソーダを取ってやる。前に置くと「ありがとう」と聡子は笑ってスプーンを握った。
「座ったら?」
「なんだよ、今日もまた奏が奥? 大切にされてんな」
聡子はスプーンを止めて僕を見た。
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