友人のフリ

月波結

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第33話 ロングシュート決めたら

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 怖い、という気持ちが胸の中いっぱいに広がる。
 いつだってそうだ、シュート前は怖い。
 試合中も、練習中でも。
 中学の時はかなりガチでやっていたので、今までに何本のシュートを打ったのかわからない。多分、結構な数だ。 
 でもいつだって上には上がいる。
 緊張する。
 体中の筋肉に力が入る。
 シュミレートする。
 ボールが描く線を。

 聡子のため?
 それはわからない。
 いつだって僕は、僕自身のために打ってきた。
 彼女にいいところを見せたいのかな?
 どうだろう。
 だってカッコ悪いところも大分見せちゃってる気がするからなぁ。
 
 足元でボールを弾ませる。
 迷う。ボールと言葉ではない会話をする。
 どうしよう?
 やるだけやってみたって、なにも失わないんじゃん?

 視線を向けると、聡子はいつかの時のように親指を立てて僕を鼓舞した。
 Good !
 悪くない。ボールを手に馴染ませて、ただ、ゴールだけを考える。
 考えろ、最高の結果を。いつだってそのシミュレーションから始まるんだ。
 ――もう、ゴールしか見えない。脳裏に残るゴーサインの彼女の指が僕のスイッチを押す。
 すべて、振り切る。

「奏! すごい素敵だった!」
 僕の体は何度も教えこんだように、遠距離からのシュートを決めた。放たれたボールは無駄な力が抜け、キレイな放物線を描いてリングに吸い込まれた。
「いや······まさか入るとは思わなかった」
 僕の体からも力は抜け、頭の中がツーンとする。真っ白だ。
「この間も感動したの。時間が止まったみたいに思えて。もう一回見てみたいって思ったの。すごいね、さすがトップチームのシューター」
 僕のシュート成功率はまぁまぁだった。コーチによくそう言われた。こんな短期間に二度もロングシュートを決めたのは初めてだ。
「シューター失格だって、あの頃散々言われたよ」
「嘘? どの大会でだって、奏は一番のシューターだったよ。どんな姿勢からでも負けないでシュートを打つのはさ、覚悟がいるよね」 
「······そうだね。それはそう」
 逆光の中の聡子は多分、笑っている。屈託のない笑顔で。それを見たいような、見たら悲しい気持ちになるような、なんとも言えない気持ちになった。

 体育館の真ん中、二人は座り込んだ。
 聡子は埃で汚れたボールを抱え込んで笑っていた。
「······ごめん」
「謝ることなんてなにもないよ?」
「聡子のために打ったわけじゃないと思う、多分」
 彼女はボールを抱えた手を緩めて、僕の顔を真顔で見つめた。
「そんなのどうでもいいよ。見たかったから、ただのきっかけ。押しかけなんだけどさ、ほら、お弁当のお返し程度に思ってくれればいいよ。お弁当の価値、すっごく上がっちゃったなぁ」
 そう言うとけたけた笑った。
 彼女は悩みなんてなさそうと思ってる人は多いと思う。美人で、性格良くて、サッパリしてる。
 意見はきちんと言うし、やさしさも忘れない。
 だけど実は――。
「······理央のことならわかってるからさ。なんならいつでも愚痴ってよ。彼女になれないなら、最高の友だちになるのも良くない? そういう意味でならわたしを好きって言えるでしょう? あ、でも友だちなら三枝くんがいるか」
 なぁんだ、と俯く。三枝め、と悪態をつく。
 悲しい空気が漂う。
 顔が見えなくて良かった。きっと彼女に同情してしまうから。

「――友だち、やめようか?」
「なんでそんなこと言うの? 友だちもダメなの?」
「違う。こういうこと」
 彼女が座り込んだ姿勢で床についていたしなやかな右手。僕はその上に自分の手を覆いかぶせるように乗せた。彼女の手、僕の手。
 沈黙。
 聡子は僕を見てる。痛いほど、視線を感じる。穴が開きそうなくらい。
「······いいの?」
「えっとその、本当のことを言うとまだ気持ちがついてこないっていうのはある。でも聡子は嫌いじゃないし、できれば笑っててほしい。悩んでる顔、見てたくない。
 理央には洋がいるんだ。僕たちが悩む必要はない、と思う。それは二人の問題なんだよ。
『好き』って、まだ上手く言えそうにないんだけど、それでいいなら」
「いいの。その分、わたしが言うよ、毎日だって。『奏が好き』って」
 再び、沈黙。

 僕は彼女の右手をそのままぐっと引いて、彼女を抱き寄せた。
 トン、トン、······と彼女の膝から落ちたボールはどんどん遠くへ転がっていく。
 なんでこんなことしてるんだろう?
 ある僕がそう思っている。
 衝動? 欲望?
 それとも······。
「キスしても、いい?」
 しっとりした声で聡子は言った。
 抱きしめた腕の中の彼女の顔は見えない。どんな顔でそんなことを言ってるのか。本気なのか。
「まだ早いでしょう」
「始まってなくてもする時もあるでしょう? 覚えがない······?」
 その言葉は少しずつ僕に飲み込まれていった。
 まだ彼女を好きなのかわからなかった。
 でも僕の知る彼女はとても魅力的だし、ほかの男にはちょっと渡せないな、とそう思わせた。

 唇はゆっくり、お互いが確かに繋がったことを確認するように重ねられた。
 女の子はなにでできてるんだろう? 張りのある、やわらかさ。反発しそうで吸い込まれそうな。
 その時間は、もしもこの世に時計というものがなかったら、どこまでも引き延ばされてしまいそうに、途方もなく長く感じた。

 どちらが先に離れたのかわからない。
 しかし合わさった唇はもう他人の皮膚ではなくなった気がした。そっと細く開けた目で見た彼女は、頬を紅潮させ、とても魅惑的だった。
「息が止まるかと思った」
 僕は気恥ずかしくて後ろ頭をかいた。
 言葉がすぐに出てこない。恥ずかしすぎる。
「······初めて、だった?」
 聡子は俯いたまま顔を上げなかった。それが答えを物語っていた。
「レモンの味はしなかったね」
「そうだね。サイダーの味もね」
 二人でくすくす笑った。
 もちろん、味がするほど深いキスをしたわけじゃないんだから当然なんだけど。少なくとも不快ではなかったようでよかった。
「歯もぶつからなかったしね」
 僕の心を読んだように聡子は微笑んだ。
 重なっていたのは体育館の冷たい床の上でだけじゃなかった。
 心の奥にあるお互いの手と手が繋がって、引き合っているような、そんな不思議な感覚に囚われる。
 強い衝動が押し寄せてきて、僕は再度、彼女を腕の中に閉じ込めた。捕らえられたお姫様は、普通の女の子の平均よりちょっと背が高かったけど、腕の中ではただの小さな女の子でしかなかった。
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