友人のフリ

月波結

文字の大きさ
上 下
27 / 42

第27話 手を繋ぐということ

しおりを挟む
 日差しは少しずつやさしく傾いていた。
 僕から見える彼女も輪郭がやさしくなって、普通の女の子のように見えた。
 普通の、いち女子高生に見えた。
 窓の外をなにも言わずに見ていた彼女は不意にこっちを向いた。
 見ていたことがバレてしまうと焦る。
 もっとも、彼女に見惚れない男は少ないんじゃないかと思うけど。僕もその中の一人だ。
「奏」
「どうしたの? そろそろ帰る?」
 僕は視線を彼女のクリームソーダに向けた。まるで砂浜に残った波の泡のようなものが内側に張り付いたグラスには、まだ氷が幾つも残っていた。
 はぁーっと、また一段と深いため息を彼女は吐いた。まるでこの世の終わりのようだった。

 彼女はまたメニュー表に手を伸ばし、パラパラとめくり始めた。
 そうしてそれを僕に押しやって「奢るからなにか頼んで」と言った。僕は「これからは奢りはなしって決めたじゃないか」と言った。
 聡子は角の丸くなった氷を見つめて腕組みをした。
 凝視された氷はまた凍ってしまうんじゃないかと思うほど、その視線は強かった。

「選んで。ポテトかチキン? ドリンクはまたコーヒーでいいの? コーラとかにしておく?」
「どうしたの、一体。僕はもうお腹いっぱいだし」
「男の子はたくさん食べた方がいい男になるってお父さんが言ってたから」
 どこのお父さんだよ、と思いながらテキパキと彼女の注文する姿を見ていた。
 僕のドリンクは今度はコーラになっていて、先日のことを思うと苦笑いするしかなかった。

「急にどうしたの?」
 彼女はテーブルに両肘をつき、自分の顔を手で支えるような姿勢で僕を真っ直ぐ見た。
 聡子がそういう顔をする時、僕はいつも審判されているような気分になった。
 善なのか、それとも悪なのか、情状酌量の余地があるのか、彼女の瞳には正義の女神が宿っているように思えた。
「受けたわよ、相談。ほんとはね」
 唖然としてなにも言えなかった。
 現在の理央と聡子の関係で、僕たちの件についての相談が成り立つとは思わなかったからだ。
 理央がなにを言ったのか、それを聞いた聡子がどう思ったのか、まるで想像がつかなかった。
「わたしだって驚いたよ。だってわたしはクラスの中でほぼ奏の彼女確定の位置取りなのに」
 いやそれは、と思ったけど今重要なのはそこじゃない。
「まぁちょっと待ってみようよ」
 ほとんどヤケになったように、聡子は皮付きのフライドポテトとチキンナゲットを交互に口に運んだ。そして僕にもそれを勧めた。

 そんな風に無理に時計の針を早回しするように時間を無駄に過ごし、二十分くらい経った時、ドアにかけてあった金属製のドアベルが鳴った。
 カランカランという、少し憂鬱そうなその鐘の音に続いて仲の良さそうなカップルが入ってきた。
 手を繋いで、席を探していた。
「理央!」
 腰を少し浮かせて軽く手を挙げると、聡子はそう呼んだ。
 理央はこっちを見て安心したことがわかる微笑みを漏らした。
 隣にいた洋はこっちに気づいて驚いた顔をすると「なんだよ、先に言えよ」と照れた顔をしたけど、二人の繋いだ手が離れることはなかった。

 聡子は自分の飲み物を――ホットのカプチーノをこちら側に回し、僕を奥に押しやりさっきまでの彼女とは思えないほど可憐に座った。
 それに合わせるかのように、洋は座ろうとしたけどちょっと考えた顔をしてから理央を奥に座らせた。
「三枝くんて気が利く。奏はそういうのちっとも。奥に座るのはやっぱり女の子だよね」
「わかる、わかる。でも悪いやつじゃないんだよ。なんつーか、気が回らない、あ、同じことか」
 ははは、ふふふ、と二人は笑っていた。
 なんなんだよ、と思いつつ、理央と目が合う。さっと理央が俯く。傷つく。もう顔も見たくないのかな?
 そりゃそうか。振った相手はもう要らない。目の内に入らなくていいか。
 僕はコーラを一気に飲んで大いにむせた。
「もう! バカなんだから」と叱られながら、聡子に背中をさすってもらう。

 僕を笑う絶好のポイントだったのに、理央が「大丈夫?」と聞いただけで洋は黙って濡れたペラペラの紙のおしぼりで手を拭いた。
 聡子がメニュー表を二人に回す。
 相変わらず聡子は手際がいい。
 僕の咳が止まる頃、理央が「なににしようか?」と洋を促して、洋は「甘い物食べたい」とメニューを自分の方に引き、パラパラとめくった。ちょっと横暴じゃないかと思って、僕は少しムッとした。

 だからってなにもできない。
 ただ見てるだけだ。

 聡子はなんでもない顔をして、二人にシーズン限定メニューをお勧めしながら、シートの上で僕の、彼女のものとは違う無骨な手をぎゅっと握った。
 びっくりして感電した猫のように一瞬飛び上がりそうになった。
 言うまでもなく僕はその手の経験が少なかった。
 しかも彼女はそっと体を寄せてきて「ごめんね」とこそっと囁いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

アリシアの恋は終わったのです【完結】

ことりちゃん
恋愛
昼休みの廊下で、アリシアはずっとずっと大好きだったマークから、いきなり頬を引っ叩かれた。 その瞬間、アリシアの恋は終わりを迎えた。 そこから長年の虚しい片想いに別れを告げ、新しい道へと歩き出すアリシア。 反対に、後になってアリシアの想いに触れ、遅すぎる行動に出るマーク。 案外吹っ切れて楽しく過ごす女子と、どうしようもなく後悔する残念な男子のお話です。 ーーーーー 12話で完結します。 よろしくお願いします(´∀`)

2番目の1番【完】

綾崎オトイ
恋愛
結婚して3年目。 騎士である彼は王女様の護衛騎士で、王女様のことを何よりも誰よりも大事にしていて支えていてお護りしている。 それこそが彼の誇りで彼の幸せで、だから、私は彼の1番にはなれない。 王女様には私は勝てない。 結婚3年目の夫に祝われない誕生日に起こった事件で限界がきてしまった彼女と、彼女の存在と献身が当たり前になってしまっていたバカ真面目で忠誠心の厚い騎士の不器用な想いの話。 ※ざまぁ要素は皆無です。旦那様最低、と思われる方いるかもですがそのまま結ばれますので苦手な方はお戻りいただけると嬉しいです 自己満全開の作品で個人の趣味を詰め込んで殴り書きしているため、地雷多めです。苦手な方はそっとお戻りください。 批判・中傷等、作者の執筆意欲削られそうなものは遠慮なく削除させていただきます…

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

『別れても好きな人』 

設樂理沙
ライト文芸
 大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。  夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。  ほんとうは別れたくなどなかった。  この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には  どうしようもないことがあるのだ。  自分で選択できないことがある。  悲しいけれど……。   ―――――――――――――――――――――――――――――――――  登場人物紹介 戸田貴理子   40才 戸田正義    44才 青木誠二    28才 嘉島優子    33才  小田聖也    35才 2024.4.11 ―― プロット作成日 💛イラストはAI生成自作画像

吉原遊郭一の花魁は恋をした

佐武ろく
ライト文芸
飽くなき欲望により煌々と輝く吉原遊郭。その吉原において最高位とされる遊女である夕顔はある日、八助という男と出会った。吉原遊郭内にある料理屋『三好』で働く八助と吉原遊郭の最高位遊女の夕顔。決して交わる事の無い二人の運命はその出会いを機に徐々に変化していった。そしていつしか夕顔の胸の中で芽生えた恋心。だが大きく惹かれながらも遊女という立場に邪魔をされ思い通りにはいかない。二人の恋の行方はどうなってしまうのか。 ※この物語はフィクションです。実在の団体や人物と一切関係はありません。また吉原遊郭の構造や制度等に独自のアイディアを織り交ぜていますので歴史に実在したものとは異なる部分があります。

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

宇宙との交信

三谷朱花
ライト文芸
”みはる”は、宇宙人と交信している。 壮大な機械……ではなく、スマホで。 「M1の会合に行く?」という謎のメールを貰ったのをきっかけに、“宇宙人”と名乗る相手との交信が始まった。 もとい、”宇宙人”への八つ当たりが始まった。 ※毎日14時に公開します。

バカな元外交官の暗躍

ジャーケイ
ライト文芸
元外交の音楽プロデューサーのKAZが、医学生と看護師からなるレゲエユニット「頁&タヨ」と出会い、音楽界の最高峰であるグラミー賞を目指すプロジェクトを立ち上げます。ジャマイカ、NY、マイアミでのレコーディングセッションでは制作チームとアーティストたちが真剣勝負を繰り広げます。この物語は若者たちの成長を描きながら、ラブコメの要素を交え山あり谷なしの明るく楽しい文調で書かれています。長編でありながら一気に読めるライトノベル、各所に驚きの伏線がちりばめられており、エンタティメントに徹した作品です。

処理中です...