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第22話 小さな背中から
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そういう日に限って、嘘みたいに空は晴れやかだった。僕と理央は「なんだかんだ」理由をつけた洋に二人きりにされて、一緒に教室のドアを出た。
これまでもC組の方が終わりが早かった時、このドアを二人で潜ったような気がするけど、そんなことは遠い昔のことだ。
まるで今、初めてのような気分。
背の低い理央を先に出して、後ろからついて行く。
なんとなく視線を感じて振り向くと片品がこっちを見て親指を立てた。
片品的には僕がこの件でがんばることをどう思っているんだろう? わかっているのは女の子は複雑だってことだ。
一応、しばらく一緒に帰れないと告げた。別に約束をしてたわけではないけど。
片品はなにも聞かなかった。
そして「わかったよ」と、ただそれだけ言った。
なんですぐにわかってしまうのか、そこになにか魔法があるのかと訝しむ程の理解の早さだった。
理央の背中から少しズレた後ろを歩く。なんでもない顔をして。
C組の前を通る時はさすがに緊張した。
僕はまだなにも喋ってない。
理央もまだなにも喋ってない。
それでも僕たちは緊張を強いられた。
C組はまだ終わってないようで、洋は前から二番目の席で、頬杖をついて難しい顔をしていた。
理央もその顔を見たのかもしれない。
見間違いでなければ、すっと顔を伏せた。
二人は本当にすれ違っているのかもしれない。
それは、そこに誤解があるからなのか、それとも本当に気持ちが離れてしまったからなのか、当事者でない僕にはわからなかった。
黙ったまま歩みを進めて同じ下駄箱からそれぞれの靴を取り出す。片品がいつもキレイに拭いている、例の下駄箱だ。
理央は黒字にNの文字がパステルカラーのピンクになっている、かわいいニューバランスをそっと三和土に下ろした。女の子らしいその靴は大切に扱われているようだ。
僕のニューバランスは洋に会うために踵を潰してしまった。
なんだか僕たちは似ているようでちぐはぐだった。
陽光の下に出ると、理央が重い口を開いた。
「久しぶりだね、一緒に帰るの」
「そうだね。まぁ、本来僕はおまけだから」
「おまけ? なんの?」
「洋の」
ここで理央は柔らかい微笑みを見せた。
「洋くんと付き合うと奏くんがおまけで付いてくるの? 面白い」
「なにがそんなに面白いの? そんなおまけ要らなくない? ほら、ガチャでハズレが出た時みたいに」
「······そんなことないよ? 寧ろ、お得感、ある」
いけないことを口にしたように、お互いまた口を噤む。平行に歩きながら、同じように下を向いて足元を見ていた。
「······お得感はないだろう」
「なんでそう思うの?」
「いや、だって理央は洋がいればいいんじゃない? 二人の間に入るのは邪魔者でしかないよ」
僕はきっと断罪されたかったのだと思う。そしてあわよくば、赦されたかったのだと。
理央はなかなか口を開かなかった。
日差しばかりが強く、真夏のような熱を失った太陽の光はなぜか首筋に汗をかかせた。下を向いたまま歩きすぎたのかもしれない。
校門を出て、自転車と徒歩通学の生徒が行き交う中、僕たちはゆっくり短い坂道を下った。
途中、自転車で通り過ぎる友だちに声をかけられる。「じゃあな」と言ったその友だちは明らかに不思議な顔をして、もう一度振り向いた。
例のバスケで仲良くなったやつだ。
つまり、理央と洋の関係も知ってるということだ。
そこに僕が加わるのは、或いは洋に取って代わるのは、それは不可解なことに見えただろう。僕だってそう思うくらいだから。
転ばないように足元を見ながら、一歩一歩、理央は足を動かす。その独特なリズムは雨だれのように、一定のようでいて整ってはいなかった。
足取りはやがて軽くなり、坂道を下りきる頃にはまるで雨靴を履いた子供のような笑顔を見せた。
胸がドキッとする。
最初から組まれていたシステムのように。
赤くなった顔を見られたくなくて、僕は反対側を向いた。汗をかく。
「奏くん」
「······なに?」
理央はくるりと回って体ごとこっちを向いた。
「聞きたいことがあるの。三つ」
「うん······」
それは聞かれたらダメなやつなんじゃないかという予感が胸をよぎる。
なにも聞かずにただ、笑って歩いてくれればいい。それが洋に対してもフェアな気がした。
人差し指がすっと目の前に立てられ、微笑む理央の目は真剣だった。
胸が痛い。
なにも聞かれたくない。
こういうのは望んでない。
嫌ならいやとはっきり言ってくれればいい。
「一つ目。奏くんは聡子ちゃんと付き合ってますか?」
「いや」
片品の、外見とは違って飾るところのない笑顔が不意に胸を突く。白いシュシュがふと頭に浮かぶ。
理央は胸に手を当てて、へへっと笑った。
「聡子ちゃんはとっても大切な友だちだから、傷付けたくないんだ」
「ああ。片品も理央は友だちだって言ってたよ」
「そっかぁ。良かった」
理央の足取りは更に軽くなり、かえって躓いたりするんじゃないかと不安になる。そもそも後ろ向きに歩くなんて器用なことができると思わなかった。
「じゃあ二つ目の質問! 奏くんはどうして最近、わたしを無視してたの?」
「それは······」
「無理ないね、友だちの彼女だもん、わたし······」
今度は少し寂しそうに、へへっと笑った。
またくるりと回って今度は背中を見せた。
白いうなじが髪が揺れる度にちらりと見える。
僕はその質問は言わばパスした。答えらしいことはなにも言わなかった。
弁解さえしなかった。
「じゃあね、じゃあ、三つ目の、最後の質問」
背中の向こうから聞こえてくる声は、なにかに怯えているような、少し震えているような、それでいて決意を感じさせる透き通る声だった。
これまでもC組の方が終わりが早かった時、このドアを二人で潜ったような気がするけど、そんなことは遠い昔のことだ。
まるで今、初めてのような気分。
背の低い理央を先に出して、後ろからついて行く。
なんとなく視線を感じて振り向くと片品がこっちを見て親指を立てた。
片品的には僕がこの件でがんばることをどう思っているんだろう? わかっているのは女の子は複雑だってことだ。
一応、しばらく一緒に帰れないと告げた。別に約束をしてたわけではないけど。
片品はなにも聞かなかった。
そして「わかったよ」と、ただそれだけ言った。
なんですぐにわかってしまうのか、そこになにか魔法があるのかと訝しむ程の理解の早さだった。
理央の背中から少しズレた後ろを歩く。なんでもない顔をして。
C組の前を通る時はさすがに緊張した。
僕はまだなにも喋ってない。
理央もまだなにも喋ってない。
それでも僕たちは緊張を強いられた。
C組はまだ終わってないようで、洋は前から二番目の席で、頬杖をついて難しい顔をしていた。
理央もその顔を見たのかもしれない。
見間違いでなければ、すっと顔を伏せた。
二人は本当にすれ違っているのかもしれない。
それは、そこに誤解があるからなのか、それとも本当に気持ちが離れてしまったからなのか、当事者でない僕にはわからなかった。
黙ったまま歩みを進めて同じ下駄箱からそれぞれの靴を取り出す。片品がいつもキレイに拭いている、例の下駄箱だ。
理央は黒字にNの文字がパステルカラーのピンクになっている、かわいいニューバランスをそっと三和土に下ろした。女の子らしいその靴は大切に扱われているようだ。
僕のニューバランスは洋に会うために踵を潰してしまった。
なんだか僕たちは似ているようでちぐはぐだった。
陽光の下に出ると、理央が重い口を開いた。
「久しぶりだね、一緒に帰るの」
「そうだね。まぁ、本来僕はおまけだから」
「おまけ? なんの?」
「洋の」
ここで理央は柔らかい微笑みを見せた。
「洋くんと付き合うと奏くんがおまけで付いてくるの? 面白い」
「なにがそんなに面白いの? そんなおまけ要らなくない? ほら、ガチャでハズレが出た時みたいに」
「······そんなことないよ? 寧ろ、お得感、ある」
いけないことを口にしたように、お互いまた口を噤む。平行に歩きながら、同じように下を向いて足元を見ていた。
「······お得感はないだろう」
「なんでそう思うの?」
「いや、だって理央は洋がいればいいんじゃない? 二人の間に入るのは邪魔者でしかないよ」
僕はきっと断罪されたかったのだと思う。そしてあわよくば、赦されたかったのだと。
理央はなかなか口を開かなかった。
日差しばかりが強く、真夏のような熱を失った太陽の光はなぜか首筋に汗をかかせた。下を向いたまま歩きすぎたのかもしれない。
校門を出て、自転車と徒歩通学の生徒が行き交う中、僕たちはゆっくり短い坂道を下った。
途中、自転車で通り過ぎる友だちに声をかけられる。「じゃあな」と言ったその友だちは明らかに不思議な顔をして、もう一度振り向いた。
例のバスケで仲良くなったやつだ。
つまり、理央と洋の関係も知ってるということだ。
そこに僕が加わるのは、或いは洋に取って代わるのは、それは不可解なことに見えただろう。僕だってそう思うくらいだから。
転ばないように足元を見ながら、一歩一歩、理央は足を動かす。その独特なリズムは雨だれのように、一定のようでいて整ってはいなかった。
足取りはやがて軽くなり、坂道を下りきる頃にはまるで雨靴を履いた子供のような笑顔を見せた。
胸がドキッとする。
最初から組まれていたシステムのように。
赤くなった顔を見られたくなくて、僕は反対側を向いた。汗をかく。
「奏くん」
「······なに?」
理央はくるりと回って体ごとこっちを向いた。
「聞きたいことがあるの。三つ」
「うん······」
それは聞かれたらダメなやつなんじゃないかという予感が胸をよぎる。
なにも聞かずにただ、笑って歩いてくれればいい。それが洋に対してもフェアな気がした。
人差し指がすっと目の前に立てられ、微笑む理央の目は真剣だった。
胸が痛い。
なにも聞かれたくない。
こういうのは望んでない。
嫌ならいやとはっきり言ってくれればいい。
「一つ目。奏くんは聡子ちゃんと付き合ってますか?」
「いや」
片品の、外見とは違って飾るところのない笑顔が不意に胸を突く。白いシュシュがふと頭に浮かぶ。
理央は胸に手を当てて、へへっと笑った。
「聡子ちゃんはとっても大切な友だちだから、傷付けたくないんだ」
「ああ。片品も理央は友だちだって言ってたよ」
「そっかぁ。良かった」
理央の足取りは更に軽くなり、かえって躓いたりするんじゃないかと不安になる。そもそも後ろ向きに歩くなんて器用なことができると思わなかった。
「じゃあ二つ目の質問! 奏くんはどうして最近、わたしを無視してたの?」
「それは······」
「無理ないね、友だちの彼女だもん、わたし······」
今度は少し寂しそうに、へへっと笑った。
またくるりと回って今度は背中を見せた。
白いうなじが髪が揺れる度にちらりと見える。
僕はその質問は言わばパスした。答えらしいことはなにも言わなかった。
弁解さえしなかった。
「じゃあね、じゃあ、三つ目の、最後の質問」
背中の向こうから聞こえてくる声は、なにかに怯えているような、少し震えているような、それでいて決意を感じさせる透き通る声だった。
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