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第6話 伏せたまつ毛
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惰性で動かしていた足が見事にピタッと止まってしまった。
頭が真っ白になるとは言い得て妙。さぁっとなにもかも吹き飛んだ。
「ダメかな? やっぱりわたしみたいなのはダメ? 藤沢くんも理央みたいに大人しい子が好き?」
「いや、ダメとかそういうんじゃなくて。その······ビックリしたって言うか」
失礼なことをできるだけ言わないように、言葉を選ぶ。緊張する。指先に汗をかく。
「ああ、そうだよね。いきなり、は驚くよね。藤沢くんはわたしと接点なかったわけだし」
そう、接点はなかった。
理央と同じ中学だったことも知らなかったし、理央のグループの子でもないし。
「一応ね、理央にも相談したんだ。藤沢くん、実は彼女がいたらどうしようって思ったし、好きなタイプとか知ってるかなって」
――理央はなんだって?
「そしたら彼女はいないと思うけど、深くは知らないのって。まぁそれはそうかなって。理央が付き合ってるのは藤沢くんの友だちで、彼氏のこと優先だろうし」
それはそうだろう。
はぁっと小さくため息をついてしまったのを、彼女は見逃したようだった。
洋と話してる時の理央を思い出す。
うん、うん、と小さく頷く小さな頭。その度に揺れる髪。それを耳にかける細い指。
片品は訝しそうな顔をして、斜めに僕の顔を覗き込んだ。とても真面目な顔をして。答えを待っている。
焦る。
これは想定外だ。今までもこんなことなかったし。
「背が高いから付き合いたいっていうわけじゃないよ、念の為に言うと」
「じゃあどうして?」
はぁっと、今度は彼女がため息をこぼした。頬がほんのり染まって見えたような気がした。
「どこかで話そうか?」
「え?」
「わたしも考えなしだった。告ったらすぐに結果が出るわけじゃないし、わかってもらいたいんならちゃんと話さないといけないよね?」
視線を外して、彼女は僕の爪先辺りを見ている。
僕は本当に慌ててしまって、状況に上手くついていけずにいる。
理央じゃない女の子とどうしてこんなことになっているのか、わからずにいる。一番身近な女の子である理央ではなく。
彼女は踵を返して近くの横断歩道に向かった。
歩行者信号は赤で、車は順序よく整理されたかのように次々と走っていく。
一緒に信号待ちしていた小さな女の子が待ちきれなくて、お母さんらしき人の手を取ってぴょんぴょんと跳ねた。
その間、僕たちはなにも言わなかった。
「近いとこでいいよね?」
「僕はどこでも」
どこまでも彼女にリードされて、戸惑うばかりだ。女の子ってこういうものだっけ? あんまり知らない、というのが本当のところだ。
中学の時は確かにバスケ部で、確かに一番背が高かった。高校に入って、もっと大きなヤツがいたのには驚いた。
でも背が高いだけで体格もヒョロいし、それは少しの筋トレじゃ変わらなかったし、恐らく僕に期待されていたシュートの確率も密かに練習してもちっとも上がらなかった。
ソフトテニス部の幽霊部員だった洋は言った。
焦るなんて奏らしくないなって。そんなに本気になんなくても、みんな怒ったりしないよって。
どうしてかムッとした。
言葉にしなかったけど、自分自身が全否定された気がした。
「どうせもうすぐ夏の大会で引退だろう? 今更なにも変わらないって。俺も卒部なんだから試合出ろって。めんどくさ」
最後だけがんばるのは確かにあまり意味はないかもしれない。
でも、がんばりたかったんだ。
自分を嫌いにならないためにも。
ふ、と我に返ると信号は青に変わったところだった。
片品は「行こう」というふうに僕をチラリと見た。
そうだ、とりあえず道を渡らなくちゃ。
今すべきことは、それだ。
店内は静かなようで、海藻の中に魚たちが隠れるように泳ぐ、そんな空気の動きを感じた。
ファミレスほど騒がしくなく、時間はゆっくり動くようだった。
店員がひょこっとこっちを見て、片品がピースサインを示すと「二名様ですね、空いている席にどうぞ」とマニュアル通りのセリフを言った。
「ここでいい?」と片品は周りの客から絶妙にズレた位置の席を指さした。
僕は頷いた。
片品が屈んで、カバンをそっと奥側の席に置いた。その動作は滑らかで、彼女の伏せたまつ毛が人形のように長いことに初めて気づいた。
遅れて僕も席に着く。
スカートのしわを気にするように丁寧に座ると、彼女は僕を真正面から力強く見た。
同時に立てかけてあったメニューをテーブルに広げる。メニューはこちら向きだ。
僕はなんにもできない人間になった気がした。
こんなにも気が利かない自分が恥ずかしくなる。
メニューはお互い冷たいものを頼んで、それから片品がまたチラッと僕の目を見た。
「デザート頼んでもいい? あ、ちゃんと払うから」
「食べたいものを食べたらいいんじゃないかな」
そう言うと彼女は緊張の解れた自然な笑顔を見せた。
その顔は女の子そのものだった。
無邪気で飾らない。僕が教室で見ている彼女とはちょっと違っていた。
頭が真っ白になるとは言い得て妙。さぁっとなにもかも吹き飛んだ。
「ダメかな? やっぱりわたしみたいなのはダメ? 藤沢くんも理央みたいに大人しい子が好き?」
「いや、ダメとかそういうんじゃなくて。その······ビックリしたって言うか」
失礼なことをできるだけ言わないように、言葉を選ぶ。緊張する。指先に汗をかく。
「ああ、そうだよね。いきなり、は驚くよね。藤沢くんはわたしと接点なかったわけだし」
そう、接点はなかった。
理央と同じ中学だったことも知らなかったし、理央のグループの子でもないし。
「一応ね、理央にも相談したんだ。藤沢くん、実は彼女がいたらどうしようって思ったし、好きなタイプとか知ってるかなって」
――理央はなんだって?
「そしたら彼女はいないと思うけど、深くは知らないのって。まぁそれはそうかなって。理央が付き合ってるのは藤沢くんの友だちで、彼氏のこと優先だろうし」
それはそうだろう。
はぁっと小さくため息をついてしまったのを、彼女は見逃したようだった。
洋と話してる時の理央を思い出す。
うん、うん、と小さく頷く小さな頭。その度に揺れる髪。それを耳にかける細い指。
片品は訝しそうな顔をして、斜めに僕の顔を覗き込んだ。とても真面目な顔をして。答えを待っている。
焦る。
これは想定外だ。今までもこんなことなかったし。
「背が高いから付き合いたいっていうわけじゃないよ、念の為に言うと」
「じゃあどうして?」
はぁっと、今度は彼女がため息をこぼした。頬がほんのり染まって見えたような気がした。
「どこかで話そうか?」
「え?」
「わたしも考えなしだった。告ったらすぐに結果が出るわけじゃないし、わかってもらいたいんならちゃんと話さないといけないよね?」
視線を外して、彼女は僕の爪先辺りを見ている。
僕は本当に慌ててしまって、状況に上手くついていけずにいる。
理央じゃない女の子とどうしてこんなことになっているのか、わからずにいる。一番身近な女の子である理央ではなく。
彼女は踵を返して近くの横断歩道に向かった。
歩行者信号は赤で、車は順序よく整理されたかのように次々と走っていく。
一緒に信号待ちしていた小さな女の子が待ちきれなくて、お母さんらしき人の手を取ってぴょんぴょんと跳ねた。
その間、僕たちはなにも言わなかった。
「近いとこでいいよね?」
「僕はどこでも」
どこまでも彼女にリードされて、戸惑うばかりだ。女の子ってこういうものだっけ? あんまり知らない、というのが本当のところだ。
中学の時は確かにバスケ部で、確かに一番背が高かった。高校に入って、もっと大きなヤツがいたのには驚いた。
でも背が高いだけで体格もヒョロいし、それは少しの筋トレじゃ変わらなかったし、恐らく僕に期待されていたシュートの確率も密かに練習してもちっとも上がらなかった。
ソフトテニス部の幽霊部員だった洋は言った。
焦るなんて奏らしくないなって。そんなに本気になんなくても、みんな怒ったりしないよって。
どうしてかムッとした。
言葉にしなかったけど、自分自身が全否定された気がした。
「どうせもうすぐ夏の大会で引退だろう? 今更なにも変わらないって。俺も卒部なんだから試合出ろって。めんどくさ」
最後だけがんばるのは確かにあまり意味はないかもしれない。
でも、がんばりたかったんだ。
自分を嫌いにならないためにも。
ふ、と我に返ると信号は青に変わったところだった。
片品は「行こう」というふうに僕をチラリと見た。
そうだ、とりあえず道を渡らなくちゃ。
今すべきことは、それだ。
店内は静かなようで、海藻の中に魚たちが隠れるように泳ぐ、そんな空気の動きを感じた。
ファミレスほど騒がしくなく、時間はゆっくり動くようだった。
店員がひょこっとこっちを見て、片品がピースサインを示すと「二名様ですね、空いている席にどうぞ」とマニュアル通りのセリフを言った。
「ここでいい?」と片品は周りの客から絶妙にズレた位置の席を指さした。
僕は頷いた。
片品が屈んで、カバンをそっと奥側の席に置いた。その動作は滑らかで、彼女の伏せたまつ毛が人形のように長いことに初めて気づいた。
遅れて僕も席に着く。
スカートのしわを気にするように丁寧に座ると、彼女は僕を真正面から力強く見た。
同時に立てかけてあったメニューをテーブルに広げる。メニューはこちら向きだ。
僕はなんにもできない人間になった気がした。
こんなにも気が利かない自分が恥ずかしくなる。
メニューはお互い冷たいものを頼んで、それから片品がまたチラッと僕の目を見た。
「デザート頼んでもいい? あ、ちゃんと払うから」
「食べたいものを食べたらいいんじゃないかな」
そう言うと彼女は緊張の解れた自然な笑顔を見せた。
その顔は女の子そのものだった。
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