友人のフリ

月波結

文字の大きさ
上 下
5 / 42

第5話 a girl standing there

しおりを挟む
 掃除用具を片付けて、手を洗いに行っている間、片品は同じ壁に背を預けてなにも言わなかった。
 何人かのクラスメイトは彼女と僕の顔を交互に見て行った。僕たちの短い会話を聞いていたんだろう。
 僕だってあんな会話を聞いたら誤解する。なにかあるんだな、と思う。
 でも僕は当人だから知っている。そこにはなんにもないことを。

 制服の、長袖をまくり直して、廊下に置き去りにしていたスポーツブランドの大きめのリュックを勢いをつけて背負う。
 片品はまだ、なにも言わずに待っている。
 予測のつかないことに動揺せずにいられない。
「藤沢くんて丁寧だよね」
 ん、と僕は彼女の顔を思わず覗き込んだ。
「例えば掃除とか、そういうののこと」
 ああ、そういうことか。
 丁寧かどうかはわからないけど、納得のいかないことは嫌いだ。
「みんな気付いてないけど、そういうとこ、すごいなって思ってる」
「そうかな? 自分がやりたいようにやってるだけだけど」
「やりたいようにやり通すのが、たぶん、普通の人には難しいんだと思うよ」
 歩き出した僕に、そっと片品は追いついた。

 下駄箱から靴を出す。
 さっき、彼女が一生懸命にほかの人には気付かれないようにキレイにしていたと思うと、その古い下駄箱はいつもよりずっとキレイな気がした。
 そうしてその流れでじっと彼女の目を見てしまった。
「あ、さっきひょっとして見てた? ここ掃除してたの」
「うん」
 ほこり嫌いなの、と気のせいか赤い顔をして、彼女は黒くツヤのあるローファーにするりと足を入れた。なんとなく、それを待っていた。

 僕たちはどうしてか並んで昇降口を出た。
 それはなにか不思議な感じがした。
 いつもと同じ人じゃないからかもしれない。
 僕の隣にいるのは、あの子より背の高いスレンダーな、余計なところなどどこにもないタイプの女の子だ。周りの男たちは僕のことを羨むかもしれない。
 こういう時、なにか気の利いたことをするべきなのかもしれないという考えが頭をぎったが、彗星のようにその考えは消え去っていった。
 僕よりも早く、彼女が口を開いたからだ。

「本当は」
 そこで彼女は一度、言葉を切った。
「本当はこうしてみたいとずっと思ってたんだけど、迷惑だった? 断りにくかったりした?」
 断るもなにもこういうことになるとは予測していなかったので、どちらかと言えば混乱していた。
 僕たちの間にいる女の子はいつも理央で、それ以外のことを想定したことはなかったからだ。
「いや、別に迷惑じゃないよ。どうせひとりだし」
「そうだよね、だから思い切って待ってたの。掃除当番の日は理央たちと一緒に帰らないでしょう?」
「うん」
「だから、今日こそは、と思って」
 また言葉が途切れてしまう。なにを言ったらいいのかさっぱり言葉が浮かばなかったから。
 それより彼女が理央とどうやら親しいことがわかって、ぼんやりと後暗い気持ちになった。

 秋空と言えるかどうかといった具合の中途半端な空に、僕らの会話は吸い込まれていったように思えた。
 言葉が、秋風に乗って散逸する。だから彼女の言葉を捕まえるのが難しい。
「藤沢くんてさ、中学の時、バスケやってたでしょう?」
「うん。でも背が高いから入部を勧められただけで、まったく上手くならなかったよ」
 くすくす、と彼女はその時初めてくだけた表情を見せた。彼女だって緊張してたんだということに、そこに来て初めて気が付いた。
「ねぇ、他校の、しかも女子のことなんか知らないだろうけど、わたしもバスケ部だったんだ」
「え、あ、そうだったの?」
「そうだったの。藤沢くんて特に背が高いから、自覚はなかったかもしれないけど目立ってたんだよ」
 へえ、とありきたりな間抜けな返事をしてしまう。実感が伴わない。誰かの話を聞いているようだ。
「やっぱり自覚なしだったんだね。元バスケ部の子は、男子も女子も少なからず藤沢くんのこと、知ってるよ。有名人」
「僕?」
「そう」

 片品は少しすっきりした表情を見せて、真っ直ぐ前を向いて歩いていた。まるで鼻歌でも歌い出しそうな顔をして。
「藤沢くんさ、あのさ」
「うん」
 シュシュは手首にあって、彼女の滑るような真っ直ぐな髪が揺れて、彼女は立ち止まると僕を見上げた。
「······よかったら付き合ってほしいんだ。友だちからでも全然いいし。だってわたしのこと、全然知らないでしょう? フラれるなら知ってもらってからフラれたい」
 その瞳の中に吸い込まれそうになる。理央の黒目がちな目と違って、彼女の瞳には光があった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

もしもしお時間いいですか?

ベアりんぐ
ライト文芸
 日常の中に漠然とした不安を抱えていた中学1年の智樹は、誰か知らない人との繋がりを求めて、深夜に知らない番号へと電話をしていた……そんな中、繋がった同い年の少女ハルと毎日通話をしていると、ハルがある提案をした……。  2人の繋がりの中にある感情を、1人の視点から紡いでいく物語の果てに、一体彼らは何をみるのか。彼らの想いはどこへ向かっていくのか。彼の数年間を、見えないレールに乗せて——。 ※こちらカクヨム、小説家になろう、Nola、PageMekuでも掲載しています。

優等生の裏の顔クラスの優等生がヤンデレオタク女子だった件

石原唯人
ライト文芸
「秘密にしてくれるならいい思い、させてあげるよ?」 隣の席の優等生・出宮紗英が“オタク女子”だと偶然知ってしまった岡田康平は、彼女に口封じをされる形で推し活に付き合うことになる。 紗英と過ごす秘密の放課後。初めは推し活に付き合うだけだったのに、気づけば二人は一緒に帰るようになり、休日も一緒に出掛けるようになっていた。 「ねえ、もっと凄いことしようよ」 そうして積み重ねた時間が徐々に紗英の裏側を知るきっかけとなり、不純な秘密を守るための関係が、いつしか淡く甘い恋へと発展する。 表と裏。二つのカオを持つ彼女との刺激的な秘密のラブコメディ。

ephemeral house -エフェメラルハウス-

れあちあ
恋愛
あの夏、私はあなたに出会って時はそのまま止まったまま。 あの夏、あなたに会えたおかげで平凡な人生が変わり始めた。 あの夏、君に会えたおかげでおれは本当の優しさを学んだ。 次の夏も、おれみんなで花火やりたいな。 人にはみんな知られたくない過去がある それを癒してくれるのは 1番知られたくないはずの存在なのかもしれない

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【完結】カワイイ子猫のつくり方

龍野ゆうき
青春
子猫を助けようとして樹から落下。それだけでも災難なのに、あれ?気が付いたら私…猫になってる!?そんな自分(猫)に手を差し伸べてくれたのは天敵のアイツだった。 無愛想毒舌眼鏡男と獣化主人公の間に生まれる恋?ちょっぴりファンタジーなラブコメ。

バスケ部の野村先輩

凪司工房
BL
バスケ部の特待生として入学した雪見岳斗。しかし故障もあり、なかなか実力も出せず、部でも浮いていた。そんな彼を何故か気にかけて、色々と世話をしてくれる憧れの先輩・野村。 これはそんな二人の不思議な関係を描いた青春小説。

処理中です...