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第35話 赤い灯台
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幸いバスの待合所は無人で、扉を閉めると海風の猛攻から逃れることができた。
しかしサッシ一枚で外界から仕切られた、所詮、プレハブなので、十分に暖かいとは言えない。
寧ろ寒い。
僕たちは上着を脱ぐこともできず、隣合ってその長椅子の角に隙間を作らずくっついて座った。
こういうのは小さい頃からよくあって、昔を思い出す。
ハルは「なに食べようかなぁ」と笑顔で袋の中を物色していた。
「アキ、なにがいい?」
さっきまで泣いていたのに、と思うと呆れてしまう。食欲は人間の三大欲求のひとつだから、仕方ないのかもしれない。
僕は三角形の鮭のおにぎりを選んだ。「少食だなぁ」とハルはいい顔をしなかった。海苔がパリパリと上手く巻けずにこぼれていく。
「貸してごらんよ」と横から手が伸びて、キレイに巻かれたおにぎりがやって来た。
少し恥ずかしい。
ハルは温かそうなお好み焼きを出して、いただきまーす、とフタを開けた。ソースの匂いがプンと鼻先をくすぐる。
うちも母さんと二人のことが多いので、お好み焼きはあまりやらない。ホットプレートはいつも棚の高いところにしまわれている。
父さんが早く帰る時、休みの時、それは現れた。
「ん、美味しい。今度、一緒にお好み焼き食べに行こうか?」
「そうだね、いいかも」
「わたし、もんじゃ焼きって食べたことないんだけど、あんなにゲロゲロしてて美味しいのかな?」
「僕も経験ない。見た目は美味しくなさそうだけど、専門店があるくらいだから、美味しいのかもしれない」
聴こえるのは波音と風の唸る音。
ここに静寂はない。
大音量の自然のオーケストラが僕たちを黙らせる。
ハルがお好み焼きを箸で持ったまま、思案顔になる。
「明日はどこへ行こうか?」
どこへって、どこへ?
本当になんの当てもない旅のようだ。
「どこかでスーパー銭湯みたいなところ、ないかな? 服を買って、お風呂に入りたいな。海ってベタベタするよね。写真で見るとキレイなのに」
写真――ハルのお父さんは、今、僕たちがこうしていることを知ってるんだろうか?
それともやはり仕事に追われてるんだろうか?
大人の世界はわからない。
うちの父さんだってなにも知らされずに、残業してるのかもしれない。
「はぁ、人生って上手くいかないね」
ハルはそう言って、お好み焼きの食べ残しを僕に回した。既に温かさはどこかに行ってしまって、いつかのパンケーキを思い出させる。
とにかくお腹いっぱい食べた。
ハルはそれ以外にもお弁当を二つ買っていて、どちらも肉がこってりしていて、味に飽きると僕に回した。
先日の結論から言うと、僕たちはどうも同じ味付けで育ったようで、それは素材の味を大切にした薄味だった。
コンビニのお弁当が勝てるわけがなかった。
巻き込まれたとは言え、母さんを思う。泣いてるかもしれない。十一時に帰らないなんて、今までなかった。
反面、ハルを見ていてほしいと母さんは言っていた。だから間違ったことをしているわけじゃないのかもしれない。
ベチャッとした肉まんを食べながら、家のことを考える。
いつも母さんがいかに僕が快適に過ごせるようにしてくれていたのか。
時には「ウザい」と感じることもあったけど、それだけじゃなかった。少し他人より強すぎる愛情は毒のようでもあったけど、それでも温かさに違いなかった。
「アキ、後悔してるの? わたしのことなら置いて行ってもいいんだよ」
心配そうに、ハルはそう訊ねた。
もちろん僕は首を横に振る。
「今、ハルを守れるのは僕しかいないんだ。光栄だよ」
「なにそれ? 王子様みたい」
ハルはケタケタ笑った。
僕は王子様にはなれないらしい。僕にとってハルは、ずいぶん前からお姫様なのに。
「なんかさぁ、うち、離婚するみたいなんだよね。それでもやもやしてたんだけどさ、冷静になってみると、離婚なんて珍しくもないじゃない?」
「それはどうかわからないけど」
「なにに縋り付きたかったのかなぁ? いつも家を空けるあの父親に、どこにも行ってほしくなかったのかなぁ? それとも責任の半分を持つママに怒ってたのかなぁ? ⋯⋯わたしはまだ本当は子供で、なんでもできると思ってたけどそれは⋯⋯それはないよね。ママに守られてたんだよね」
スミレちゃんを思う。
母さんよりスミレちゃんの方がサッパリして見えるのは、いつも緊張しているからかもしれない。あらゆることを想定して。
母さんと同じ顔のスミレちゃんの横顔。
時々、険しくなるのを隠せない。
「あー、お腹いっぱい。よし、あとプリンだけ食べよう」
ハルの胃袋は底無しだ。
それとも今後に備えて、お腹だけでも満たしているのか?
食べるでしょ、とひとつ渡されて僕も食べる。
甘くて苦い、バニラエッセンスの懐かしい香り。僕はまだまだ、あの家を離れられそうにない。
明日になったら――日が昇ったら、ハルを説得して家に帰ろう。スーパー銭湯になんか寄らないで。
下ってきた電車で上ればいいだけなんだから。
そう難しいことはない。
終点のこの駅から出る電車は、きっと座席も空いているだろう。
お腹が満たされると、そこから温度が上がってきてまた眠くなる。僕たちは寒くないように、お互いにもたれかかるようにして眠った。
⋯⋯疲れた。
寒さは体を冷やすだけじゃなく、体力も消耗させた。
屋内にいれば、死ぬこともないだろう。
明日、明日になれば――。
強い光が瞼を透かして見えた。
眩しい。
なんだか騒々しくて頭が上手く回らない。
誰かがさかんになにかを言っている。
了解⋯⋯という言葉の後に、ザザザッと普段、聞き慣れない雑音が入る。
肩を揺すられる。まだ眠いのに、起こすのは勘弁して。
明日は学校もない――。
パッと目が覚めた。
落ち着いて状況を見る。
目の前にいるのは警官で「目が覚めました」とどこかに報告している。たぶん、僕のことだ。
「君、大丈夫?」
微妙に訛りのある喋り方で警官が尋ねる。
言い方がキツく感じるが、心配は伝わってくる。
「⋯⋯はい」
意識はしっかりしてます、とまた報告。
なんだってこんなことに――。
そうだ、ハルは?
隣にいたはずのハルの姿が見えない。
温もりもない。
「ハルは? ハルはどこですか?」
「アキ! アキ、目が覚めたの!?」
「ハル!」
アキ、と向こう側にいるハルは手を伸ばした。
僕も手を伸ばす。届かない。
ハルは女性の警官に毛布で包まれ、白い顔をして僕を呼んだ。
眩しいと思ったのはパトカーの赤い光だった。闇夜を照らす灯台のように光っている。
あれに乗るのかな、とぽかんと考える。パトカーに乗るような人生になるとは予想もしていなかった。
「ハルは」
「女の子? 大丈夫だよ。君、名前言える?」
「はい、小石川陽晶⋯⋯」
「どんな字かな?」
「小さい石の川に、太陽の陽、結晶の晶」
「え? なんだかずいぶん難しい名前だねぇ。最近の子の名前は難しいなぁ」
日に焼けてシワが目立ってきている警官は、たぶん五十歳くらいだろう。父さんや母さんより年上に見えた。
ハルは先にパトカーに乗せられ、なにか同じように質問を受けているようだった。
暗闇は引き裂かれ、赤いランプが暖かく見えた。
ああ、これで安心していいのかもしれない。
体の力がふっと抜けて、ここまで自分がどれだけ肩に力を入れていたのかを思い知る。
⋯⋯良かった。ハルはきちんと受け答えをしている。質問している婦警さんも優しそうな人だ。
「どこか痛いところとかないかな?」
「はい、ありません」
ふむ、と警官はバインダーを抱えてなにかの書類を書いている。
「一応訊くことになってるんだが、不審な大人に会ったりはしなかった?」
「してません」
「ここまでずっと二人?」
そうだ。
僕がハルを守ると言ったんだ。
急に目の前の距離が遠くなる。
「大丈夫、あの子は大丈夫だから、安心して。それより君のご両親、心配してるよ。まさか子供二人でこんなところに来てるなんてねぇ。都会の子は街中にいるもんだと思ったのに、自分の管轄にいるなんてさ、思いもしなかったよ」
「あの、父と母は?」
「ご自宅で待ってるよ、君の帰りをね」
じわっと涙が溢れる。
情けないことに、怖かったんだ。
これからどうなるのか、どこまで逃げるのか、どこがゴールなのか。
これはドッヂボールでもサッカーでもない、ルールのない競技だった。
「怖かっただろうね。もう安心だ。あとは家に帰るだけだよ」
「はい⋯⋯あの、彼女は?」
「ああ、君の従姉妹? 安心していいよ、君と一緒に帰るんだからね。なにもなくて良かった。こんな田舎町だって、なにもないとは限らないからね。おかしな人はどこにでもいるし、事故は気を付けててもやってくるものだよ。なにもなくて良かった」
心配してくれる声はやさしさに満ちていた。
こんなに知らない人たちにも心配をかけて、僕はなんて愚かだったんだろう。
普段、なんでも落ち着いてできるはずだと驕っていて、その時が来たら冷静な判断をできなかったなんて。
ぽん、と肩を叩かれる。
その手はしっかりと大きい。
「さぁ、車に乗って。みんな待ってるからね。早く帰ろう」
はい、と答えて僕は手の甲で涙を拭った。
しかしサッシ一枚で外界から仕切られた、所詮、プレハブなので、十分に暖かいとは言えない。
寧ろ寒い。
僕たちは上着を脱ぐこともできず、隣合ってその長椅子の角に隙間を作らずくっついて座った。
こういうのは小さい頃からよくあって、昔を思い出す。
ハルは「なに食べようかなぁ」と笑顔で袋の中を物色していた。
「アキ、なにがいい?」
さっきまで泣いていたのに、と思うと呆れてしまう。食欲は人間の三大欲求のひとつだから、仕方ないのかもしれない。
僕は三角形の鮭のおにぎりを選んだ。「少食だなぁ」とハルはいい顔をしなかった。海苔がパリパリと上手く巻けずにこぼれていく。
「貸してごらんよ」と横から手が伸びて、キレイに巻かれたおにぎりがやって来た。
少し恥ずかしい。
ハルは温かそうなお好み焼きを出して、いただきまーす、とフタを開けた。ソースの匂いがプンと鼻先をくすぐる。
うちも母さんと二人のことが多いので、お好み焼きはあまりやらない。ホットプレートはいつも棚の高いところにしまわれている。
父さんが早く帰る時、休みの時、それは現れた。
「ん、美味しい。今度、一緒にお好み焼き食べに行こうか?」
「そうだね、いいかも」
「わたし、もんじゃ焼きって食べたことないんだけど、あんなにゲロゲロしてて美味しいのかな?」
「僕も経験ない。見た目は美味しくなさそうだけど、専門店があるくらいだから、美味しいのかもしれない」
聴こえるのは波音と風の唸る音。
ここに静寂はない。
大音量の自然のオーケストラが僕たちを黙らせる。
ハルがお好み焼きを箸で持ったまま、思案顔になる。
「明日はどこへ行こうか?」
どこへって、どこへ?
本当になんの当てもない旅のようだ。
「どこかでスーパー銭湯みたいなところ、ないかな? 服を買って、お風呂に入りたいな。海ってベタベタするよね。写真で見るとキレイなのに」
写真――ハルのお父さんは、今、僕たちがこうしていることを知ってるんだろうか?
それともやはり仕事に追われてるんだろうか?
大人の世界はわからない。
うちの父さんだってなにも知らされずに、残業してるのかもしれない。
「はぁ、人生って上手くいかないね」
ハルはそう言って、お好み焼きの食べ残しを僕に回した。既に温かさはどこかに行ってしまって、いつかのパンケーキを思い出させる。
とにかくお腹いっぱい食べた。
ハルはそれ以外にもお弁当を二つ買っていて、どちらも肉がこってりしていて、味に飽きると僕に回した。
先日の結論から言うと、僕たちはどうも同じ味付けで育ったようで、それは素材の味を大切にした薄味だった。
コンビニのお弁当が勝てるわけがなかった。
巻き込まれたとは言え、母さんを思う。泣いてるかもしれない。十一時に帰らないなんて、今までなかった。
反面、ハルを見ていてほしいと母さんは言っていた。だから間違ったことをしているわけじゃないのかもしれない。
ベチャッとした肉まんを食べながら、家のことを考える。
いつも母さんがいかに僕が快適に過ごせるようにしてくれていたのか。
時には「ウザい」と感じることもあったけど、それだけじゃなかった。少し他人より強すぎる愛情は毒のようでもあったけど、それでも温かさに違いなかった。
「アキ、後悔してるの? わたしのことなら置いて行ってもいいんだよ」
心配そうに、ハルはそう訊ねた。
もちろん僕は首を横に振る。
「今、ハルを守れるのは僕しかいないんだ。光栄だよ」
「なにそれ? 王子様みたい」
ハルはケタケタ笑った。
僕は王子様にはなれないらしい。僕にとってハルは、ずいぶん前からお姫様なのに。
「なんかさぁ、うち、離婚するみたいなんだよね。それでもやもやしてたんだけどさ、冷静になってみると、離婚なんて珍しくもないじゃない?」
「それはどうかわからないけど」
「なにに縋り付きたかったのかなぁ? いつも家を空けるあの父親に、どこにも行ってほしくなかったのかなぁ? それとも責任の半分を持つママに怒ってたのかなぁ? ⋯⋯わたしはまだ本当は子供で、なんでもできると思ってたけどそれは⋯⋯それはないよね。ママに守られてたんだよね」
スミレちゃんを思う。
母さんよりスミレちゃんの方がサッパリして見えるのは、いつも緊張しているからかもしれない。あらゆることを想定して。
母さんと同じ顔のスミレちゃんの横顔。
時々、険しくなるのを隠せない。
「あー、お腹いっぱい。よし、あとプリンだけ食べよう」
ハルの胃袋は底無しだ。
それとも今後に備えて、お腹だけでも満たしているのか?
食べるでしょ、とひとつ渡されて僕も食べる。
甘くて苦い、バニラエッセンスの懐かしい香り。僕はまだまだ、あの家を離れられそうにない。
明日になったら――日が昇ったら、ハルを説得して家に帰ろう。スーパー銭湯になんか寄らないで。
下ってきた電車で上ればいいだけなんだから。
そう難しいことはない。
終点のこの駅から出る電車は、きっと座席も空いているだろう。
お腹が満たされると、そこから温度が上がってきてまた眠くなる。僕たちは寒くないように、お互いにもたれかかるようにして眠った。
⋯⋯疲れた。
寒さは体を冷やすだけじゃなく、体力も消耗させた。
屋内にいれば、死ぬこともないだろう。
明日、明日になれば――。
強い光が瞼を透かして見えた。
眩しい。
なんだか騒々しくて頭が上手く回らない。
誰かがさかんになにかを言っている。
了解⋯⋯という言葉の後に、ザザザッと普段、聞き慣れない雑音が入る。
肩を揺すられる。まだ眠いのに、起こすのは勘弁して。
明日は学校もない――。
パッと目が覚めた。
落ち着いて状況を見る。
目の前にいるのは警官で「目が覚めました」とどこかに報告している。たぶん、僕のことだ。
「君、大丈夫?」
微妙に訛りのある喋り方で警官が尋ねる。
言い方がキツく感じるが、心配は伝わってくる。
「⋯⋯はい」
意識はしっかりしてます、とまた報告。
なんだってこんなことに――。
そうだ、ハルは?
隣にいたはずのハルの姿が見えない。
温もりもない。
「ハルは? ハルはどこですか?」
「アキ! アキ、目が覚めたの!?」
「ハル!」
アキ、と向こう側にいるハルは手を伸ばした。
僕も手を伸ばす。届かない。
ハルは女性の警官に毛布で包まれ、白い顔をして僕を呼んだ。
眩しいと思ったのはパトカーの赤い光だった。闇夜を照らす灯台のように光っている。
あれに乗るのかな、とぽかんと考える。パトカーに乗るような人生になるとは予想もしていなかった。
「ハルは」
「女の子? 大丈夫だよ。君、名前言える?」
「はい、小石川陽晶⋯⋯」
「どんな字かな?」
「小さい石の川に、太陽の陽、結晶の晶」
「え? なんだかずいぶん難しい名前だねぇ。最近の子の名前は難しいなぁ」
日に焼けてシワが目立ってきている警官は、たぶん五十歳くらいだろう。父さんや母さんより年上に見えた。
ハルは先にパトカーに乗せられ、なにか同じように質問を受けているようだった。
暗闇は引き裂かれ、赤いランプが暖かく見えた。
ああ、これで安心していいのかもしれない。
体の力がふっと抜けて、ここまで自分がどれだけ肩に力を入れていたのかを思い知る。
⋯⋯良かった。ハルはきちんと受け答えをしている。質問している婦警さんも優しそうな人だ。
「どこか痛いところとかないかな?」
「はい、ありません」
ふむ、と警官はバインダーを抱えてなにかの書類を書いている。
「一応訊くことになってるんだが、不審な大人に会ったりはしなかった?」
「してません」
「ここまでずっと二人?」
そうだ。
僕がハルを守ると言ったんだ。
急に目の前の距離が遠くなる。
「大丈夫、あの子は大丈夫だから、安心して。それより君のご両親、心配してるよ。まさか子供二人でこんなところに来てるなんてねぇ。都会の子は街中にいるもんだと思ったのに、自分の管轄にいるなんてさ、思いもしなかったよ」
「あの、父と母は?」
「ご自宅で待ってるよ、君の帰りをね」
じわっと涙が溢れる。
情けないことに、怖かったんだ。
これからどうなるのか、どこまで逃げるのか、どこがゴールなのか。
これはドッヂボールでもサッカーでもない、ルールのない競技だった。
「怖かっただろうね。もう安心だ。あとは家に帰るだけだよ」
「はい⋯⋯あの、彼女は?」
「ああ、君の従姉妹? 安心していいよ、君と一緒に帰るんだからね。なにもなくて良かった。こんな田舎町だって、なにもないとは限らないからね。おかしな人はどこにでもいるし、事故は気を付けててもやってくるものだよ。なにもなくて良かった」
心配してくれる声はやさしさに満ちていた。
こんなに知らない人たちにも心配をかけて、僕はなんて愚かだったんだろう。
普段、なんでも落ち着いてできるはずだと驕っていて、その時が来たら冷静な判断をできなかったなんて。
ぽん、と肩を叩かれる。
その手はしっかりと大きい。
「さぁ、車に乗って。みんな待ってるからね。早く帰ろう」
はい、と答えて僕は手の甲で涙を拭った。
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