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第20話 迎えに行くよ②
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案の定、話が終わって慌てて車に駆けつけると、母さんはエンジンを切った車の中で積みっぱなしのブランケットにくるまっていた。
いつも白い肌は、青に近く痛いほど白い。いつもより少し、老けて見えた。
僕の姿に気が付くとホッとした顔をして頬を弛ませた。途端に世界が色を取り戻す。
「母さん、ごめん。寒かったでしょう」
「雨が降ってぐんと気温が下がったわよね」
「これからの季節は気を付けないと風邪ひいちゃうね」
僕が後部座席にカバンを置いてる間、母さんはエンジンボタンを押した。EV車のエンジンが静かに回転する。
昇降口を出る前、三時には仕事が終わっているはずのスミレちゃんに電話をした。
二人はお腹の中にいた時から繋がってる。なにしろ同じ卵から生まれたんだから。
スミレちゃんはすべてを聞く前に「アキ、悪いけどサクラを連れて来てくれる?」と訊いてくれた。大人の対応だ。スミレちゃんのそういうところを僕は尊敬している。
ワイパーは忙しく雨粒を吹き飛ばした。
撥水コートをしてあるフロントガラスに雨粒が転がる。母さんは速度を落として走っていた。
「なんでスミレちゃんのところに行くの?」
「スミレちゃんから今日は早く上がったから遊びに来ないかってメッセージ来てた。雨だから母さんが車で迎えに来るんでしょうって」
スミレちゃんたらどうしてアキに、と言いながら表情がどんどん明るくなった。楽しそうにさえ見える。
母さんはスミレちゃんが好きなんだ。
離れて暮らしてるのが不思議なくらいに。
ただ、スミレちゃんがどう思ってるのかはわからない。スミレちゃんには自分が作った家族が大切なようにも見えたし、『一卵性双生児』という特殊な状況から抜け出した今の自分が好きなのかもしれなかった。
でもそれらすべては憶測で、真実はスミレちゃんにしかわからない。
そして、非常事態の母さんを任せられるのは父さんのいない今、スミレちゃんしかいなかった。
母さんが車庫に駐車している間、僕は呼び鈴を鳴らしてドアを開けてもらった。
酷い雨じゃない、早く入りなさい、と切羽詰まった声で僕を家に入れると、傘を一本持ってドアを出て行った。
僕は安心して、お邪魔しますと小声で言ってからリビングに向かい、最近、体に馴染んできたこのソファに腰を下ろした。
ハルの帰りはまだだった。
「予備校なの? わたし、迎えに行くわよ」
「いいのよ、駅前は車が停められないじゃない」
「じゃあ、予備校に行くわよ。適当に路駐すればいいんじゃない?」
「いいから早く上がってったら。こんなに冷えて。紅茶でいいの?」
終わるのかわからない問答をスミレちゃんはきちんと収めて、母さんはテーブルに着いた。
「タオルいる?」
「いるかも」
わかった、とケトルをセットしたスミレちゃんは走ってタオルを取りに行き、丁度お湯が沸く頃、戻ってきた。
母さんにはアールグレイ、僕にはコーヒーが自動的に出され、スミレちゃんは席に着くとホッと一息ついた。
「相変わらず迎えに行ったのね?」
「そうよ、なんのための車よ」
「確かにね。それには同意。わたしだって車があれば娘を迎えに行ったわよ」
そのセリフは新鮮だった。聞いたことがなかったからだ。
ハルが小学校高学年になると、スミレちゃんはパートに出た。スーパーの品出し、週四、誰にでもできて、時間は三時まで。
ハルが帰るまでにはスミレちゃんは帰宅していたけど、ハルを迎えに行くことはなかった。そういうことはしない方針なんだと思ってた。
「実は何回か迎えに行ったことがね、あるの」
ハルは置き傘をしていたらしく、傘を持っていくためではなかった。
「そしたら校門の前にたくさん傘をさしたお母さんたちがずらーっといてね、『こんなにたくさんの子がお迎えに来てもらってるんだ』って思い知ったの。低学年の時は集団下校で、うちは幸い学校から近かったしね、ハルも楽しそうに通ってたの。だから、『今まで寂しい思いをさせてごめんね』って迎えに行ったら不機嫌になっちゃって、よくよく話をしたら『過保護』だって言われて、これくらいの道のりなら台風だって歩いてこられるって」
そこでスミレちゃんはまた、キュートな笑いジワを見せた。
「『ママが働くことになった時、わたしも覚悟を決めたんだよ。自分でできることは自分でしようって。ママはわたしの覚悟を台無しにするの?』って怒られちゃった。
⋯⋯女の子は精神的な成長がほんとに早いなぁって思う。最近はもうなにを考えてるのか、クリスマスになにが欲しいのか、それさえわからないもの」
男の子しか育てたことのない母さんは表情筋を動かさず、ティーカップからマナー通りに紅茶を一口飲んだ。
なにも言わなかった。
妙に真剣な顔をしていて、少し不安になる。
母さんの頭の中はわからない。他人《ひと》よりちょっと先を見ている。心配事も同じ。それはまだ先でいい、というのがない。
先送りはいいことではないけど、心配しすぎるのも体に毒だ。
「ハルちゃんならお嫁に来てもいいわよ」
僕も、スミレちゃんも口を一文字に閉じた。
なんだその上から目線。理解不能だ。
スミレちゃんも同じ目をしている。
第一、ハルはひとりっ子だし、嫁にもらっていいものか微妙な気がする。客観的に考えるとだけど。
またしても突拍子もないことを言って、母さんは実に美しいカップの持ち方で紅茶を飲んだ。太宰治の『斜陽』の冒頭、お母様がスープを飲んだ時のようにお上品だった。
そしてすっとソーサーにカップを戻すと「アキ、ハルちゃんのお迎え、行ってらっしゃい」と言い出した。話の早さについて行けない。
「でもさ、さっきの話だとハルは迎えに来てもらうのは」
「バカね、行きなさい。あとのことは自分で考えて」と言った。
もちろん嫌じゃない。
スマホからメッセージを送る。
『迎えに行くから駅出たとこで待ってて』って。
なんとなく気恥しい。なにかのセリフみたいだ。
ハルは気付かないのか、一向に既読が付かない。まぁ僕が先に見つければいいだけの話だし、ハルならきっと上手く見つけられるだろうと傘を持って玄関ドアを開ける。
「いってらっしゃーい」と気の抜ける声がリビングから聞こえる。
まったく母さんと言ったら。
なんと言っていいのか。
僕は雨の中を今日は自転車じゃなく歩いていた。
地下道の入り口でつまらなさそうに俯くハルを見つける。片手にスマホを持ってなにか見てる。
僕のポケットのスマホが震えて、メッセージが入る。
『今着いたとこ。この間のところ』
ハルのスマホにはすぐに既読がついたはずだ。俯いた顔が少しだけ上がって、人待ち顔になる。
『目の前だよ』
また俯く。
画面を見ながらもう一方の手で、ほつれた髪を耳にかける。心奪われる。
パッと顔が上がってすぐに目が合う。
傘を畳んだまま、ハルは衝動的に僕の傘の中に飛び込んだ。土砂降りなのに。
「えー、なに? また迎えに来てくれると思わなかった」
「うれしくない? 誰かに迎えに来てもらうのって」
「うれしいに決まってるよ。わたしはいつもほかの子と違って、よっぽどのことがなければ迎えに来てもらったことないからさ。誰かが来てくれたらすごくうれしいよ」
さっきのスミレちゃんの話と頭の中で照らし合わせる。
ハルは大人のように見えて、当たり前だけど普通の女の子だった。スミレちゃんは見間違えたわけではなく、ハルはほかの子を見て寂しかったんだ。
スミレちゃんを突き放したのがハルだとしても。
そういう難しいことは後回しにして、僕は従姉妹に自分の傘を開くように勧めた。
傘は一本では狭すぎる。
ハルの制服の肩が濡れ始めている。
ハルが傘を開くのをじっと待って、その瞬間にそっと離れた。
オレンジのブロックチェックの傘を広げたハルはくるっと僕を見た。
「ママがね、車から見えにくいと危ないから傘は派手な色にしなさいって小さい頃からピンクとか黄色とか。モノトーンの傘を持ってる子がすごくうらやましかったなぁ」
「でもオレンジ、似合ってる。暗いより明るい方が似合ってるよ、ハルには」
そうかな、とハルははにかんだ。
行こう、と言うと隣りを歩いた。
傘と傘の分、距離がある。微妙な距離。
手を繋げない。繋ぐ勇気はないけど。そして、自分の傘を閉じることもしない。
相合傘は非効率的だと、自分に教える。
「ねぇ、最近よく現れるけど、今日はどうしたの?」
「母さんが車で迎えに来てくれたついでに、寄っていこうって」
ふぅん、と言った声は、本当はそんなことはどうでもいいといったように聞こえた。
僕の答えに納得したような顔をして、まだ口の中に言葉を残していそうな顔だ。
なにが言いたいのか、気になる。
おどけたふりをして、傘を斜めに傾けて顔を覗き込む。ハルは驚いた顔で赤くなった。
僕は「荷物、持とうか?」と笑顔で、できるだけジェントルに聞いた。
「なにそれ? 年下のくせに大人ぶらないでよ」
「この前はカゴにカバン、入れたのに?」
「だって持つと重いし――」
「重いんじゃん。ほら、貸して」
そっと荷物を渡してくる。どっと腕に重みがのしかかる。一体、なにが入っているのか。
「重いって顔に書いてある」
「ハルの言う通り、重かった」
「だからいいんだよ、わたしが持つから」
「いいんだよ、僕は男なんだから遠慮しなくて。鍛えてないように見えるだろうけど、これくらいは持てるよ。僕のカバンがこれくらい重い日もあるし」
まぁ、そうだね、とハルが折れた。
非生産的な話だった。
なんて言うべきだったのかな?
僕が持ちたかったんだ、それとも、持たせてほしい。
どっちもどっち、恥ずかしいセリフ。
頑張ったってやっぱり中二だ。そんなに男らしいセリフは口に出せない。まだ胸の中で生産途中だ。
いつも白い肌は、青に近く痛いほど白い。いつもより少し、老けて見えた。
僕の姿に気が付くとホッとした顔をして頬を弛ませた。途端に世界が色を取り戻す。
「母さん、ごめん。寒かったでしょう」
「雨が降ってぐんと気温が下がったわよね」
「これからの季節は気を付けないと風邪ひいちゃうね」
僕が後部座席にカバンを置いてる間、母さんはエンジンボタンを押した。EV車のエンジンが静かに回転する。
昇降口を出る前、三時には仕事が終わっているはずのスミレちゃんに電話をした。
二人はお腹の中にいた時から繋がってる。なにしろ同じ卵から生まれたんだから。
スミレちゃんはすべてを聞く前に「アキ、悪いけどサクラを連れて来てくれる?」と訊いてくれた。大人の対応だ。スミレちゃんのそういうところを僕は尊敬している。
ワイパーは忙しく雨粒を吹き飛ばした。
撥水コートをしてあるフロントガラスに雨粒が転がる。母さんは速度を落として走っていた。
「なんでスミレちゃんのところに行くの?」
「スミレちゃんから今日は早く上がったから遊びに来ないかってメッセージ来てた。雨だから母さんが車で迎えに来るんでしょうって」
スミレちゃんたらどうしてアキに、と言いながら表情がどんどん明るくなった。楽しそうにさえ見える。
母さんはスミレちゃんが好きなんだ。
離れて暮らしてるのが不思議なくらいに。
ただ、スミレちゃんがどう思ってるのかはわからない。スミレちゃんには自分が作った家族が大切なようにも見えたし、『一卵性双生児』という特殊な状況から抜け出した今の自分が好きなのかもしれなかった。
でもそれらすべては憶測で、真実はスミレちゃんにしかわからない。
そして、非常事態の母さんを任せられるのは父さんのいない今、スミレちゃんしかいなかった。
母さんが車庫に駐車している間、僕は呼び鈴を鳴らしてドアを開けてもらった。
酷い雨じゃない、早く入りなさい、と切羽詰まった声で僕を家に入れると、傘を一本持ってドアを出て行った。
僕は安心して、お邪魔しますと小声で言ってからリビングに向かい、最近、体に馴染んできたこのソファに腰を下ろした。
ハルの帰りはまだだった。
「予備校なの? わたし、迎えに行くわよ」
「いいのよ、駅前は車が停められないじゃない」
「じゃあ、予備校に行くわよ。適当に路駐すればいいんじゃない?」
「いいから早く上がってったら。こんなに冷えて。紅茶でいいの?」
終わるのかわからない問答をスミレちゃんはきちんと収めて、母さんはテーブルに着いた。
「タオルいる?」
「いるかも」
わかった、とケトルをセットしたスミレちゃんは走ってタオルを取りに行き、丁度お湯が沸く頃、戻ってきた。
母さんにはアールグレイ、僕にはコーヒーが自動的に出され、スミレちゃんは席に着くとホッと一息ついた。
「相変わらず迎えに行ったのね?」
「そうよ、なんのための車よ」
「確かにね。それには同意。わたしだって車があれば娘を迎えに行ったわよ」
そのセリフは新鮮だった。聞いたことがなかったからだ。
ハルが小学校高学年になると、スミレちゃんはパートに出た。スーパーの品出し、週四、誰にでもできて、時間は三時まで。
ハルが帰るまでにはスミレちゃんは帰宅していたけど、ハルを迎えに行くことはなかった。そういうことはしない方針なんだと思ってた。
「実は何回か迎えに行ったことがね、あるの」
ハルは置き傘をしていたらしく、傘を持っていくためではなかった。
「そしたら校門の前にたくさん傘をさしたお母さんたちがずらーっといてね、『こんなにたくさんの子がお迎えに来てもらってるんだ』って思い知ったの。低学年の時は集団下校で、うちは幸い学校から近かったしね、ハルも楽しそうに通ってたの。だから、『今まで寂しい思いをさせてごめんね』って迎えに行ったら不機嫌になっちゃって、よくよく話をしたら『過保護』だって言われて、これくらいの道のりなら台風だって歩いてこられるって」
そこでスミレちゃんはまた、キュートな笑いジワを見せた。
「『ママが働くことになった時、わたしも覚悟を決めたんだよ。自分でできることは自分でしようって。ママはわたしの覚悟を台無しにするの?』って怒られちゃった。
⋯⋯女の子は精神的な成長がほんとに早いなぁって思う。最近はもうなにを考えてるのか、クリスマスになにが欲しいのか、それさえわからないもの」
男の子しか育てたことのない母さんは表情筋を動かさず、ティーカップからマナー通りに紅茶を一口飲んだ。
なにも言わなかった。
妙に真剣な顔をしていて、少し不安になる。
母さんの頭の中はわからない。他人《ひと》よりちょっと先を見ている。心配事も同じ。それはまだ先でいい、というのがない。
先送りはいいことではないけど、心配しすぎるのも体に毒だ。
「ハルちゃんならお嫁に来てもいいわよ」
僕も、スミレちゃんも口を一文字に閉じた。
なんだその上から目線。理解不能だ。
スミレちゃんも同じ目をしている。
第一、ハルはひとりっ子だし、嫁にもらっていいものか微妙な気がする。客観的に考えるとだけど。
またしても突拍子もないことを言って、母さんは実に美しいカップの持ち方で紅茶を飲んだ。太宰治の『斜陽』の冒頭、お母様がスープを飲んだ時のようにお上品だった。
そしてすっとソーサーにカップを戻すと「アキ、ハルちゃんのお迎え、行ってらっしゃい」と言い出した。話の早さについて行けない。
「でもさ、さっきの話だとハルは迎えに来てもらうのは」
「バカね、行きなさい。あとのことは自分で考えて」と言った。
もちろん嫌じゃない。
スマホからメッセージを送る。
『迎えに行くから駅出たとこで待ってて』って。
なんとなく気恥しい。なにかのセリフみたいだ。
ハルは気付かないのか、一向に既読が付かない。まぁ僕が先に見つければいいだけの話だし、ハルならきっと上手く見つけられるだろうと傘を持って玄関ドアを開ける。
「いってらっしゃーい」と気の抜ける声がリビングから聞こえる。
まったく母さんと言ったら。
なんと言っていいのか。
僕は雨の中を今日は自転車じゃなく歩いていた。
地下道の入り口でつまらなさそうに俯くハルを見つける。片手にスマホを持ってなにか見てる。
僕のポケットのスマホが震えて、メッセージが入る。
『今着いたとこ。この間のところ』
ハルのスマホにはすぐに既読がついたはずだ。俯いた顔が少しだけ上がって、人待ち顔になる。
『目の前だよ』
また俯く。
画面を見ながらもう一方の手で、ほつれた髪を耳にかける。心奪われる。
パッと顔が上がってすぐに目が合う。
傘を畳んだまま、ハルは衝動的に僕の傘の中に飛び込んだ。土砂降りなのに。
「えー、なに? また迎えに来てくれると思わなかった」
「うれしくない? 誰かに迎えに来てもらうのって」
「うれしいに決まってるよ。わたしはいつもほかの子と違って、よっぽどのことがなければ迎えに来てもらったことないからさ。誰かが来てくれたらすごくうれしいよ」
さっきのスミレちゃんの話と頭の中で照らし合わせる。
ハルは大人のように見えて、当たり前だけど普通の女の子だった。スミレちゃんは見間違えたわけではなく、ハルはほかの子を見て寂しかったんだ。
スミレちゃんを突き放したのがハルだとしても。
そういう難しいことは後回しにして、僕は従姉妹に自分の傘を開くように勧めた。
傘は一本では狭すぎる。
ハルの制服の肩が濡れ始めている。
ハルが傘を開くのをじっと待って、その瞬間にそっと離れた。
オレンジのブロックチェックの傘を広げたハルはくるっと僕を見た。
「ママがね、車から見えにくいと危ないから傘は派手な色にしなさいって小さい頃からピンクとか黄色とか。モノトーンの傘を持ってる子がすごくうらやましかったなぁ」
「でもオレンジ、似合ってる。暗いより明るい方が似合ってるよ、ハルには」
そうかな、とハルははにかんだ。
行こう、と言うと隣りを歩いた。
傘と傘の分、距離がある。微妙な距離。
手を繋げない。繋ぐ勇気はないけど。そして、自分の傘を閉じることもしない。
相合傘は非効率的だと、自分に教える。
「ねぇ、最近よく現れるけど、今日はどうしたの?」
「母さんが車で迎えに来てくれたついでに、寄っていこうって」
ふぅん、と言った声は、本当はそんなことはどうでもいいといったように聞こえた。
僕の答えに納得したような顔をして、まだ口の中に言葉を残していそうな顔だ。
なにが言いたいのか、気になる。
おどけたふりをして、傘を斜めに傾けて顔を覗き込む。ハルは驚いた顔で赤くなった。
僕は「荷物、持とうか?」と笑顔で、できるだけジェントルに聞いた。
「なにそれ? 年下のくせに大人ぶらないでよ」
「この前はカゴにカバン、入れたのに?」
「だって持つと重いし――」
「重いんじゃん。ほら、貸して」
そっと荷物を渡してくる。どっと腕に重みがのしかかる。一体、なにが入っているのか。
「重いって顔に書いてある」
「ハルの言う通り、重かった」
「だからいいんだよ、わたしが持つから」
「いいんだよ、僕は男なんだから遠慮しなくて。鍛えてないように見えるだろうけど、これくらいは持てるよ。僕のカバンがこれくらい重い日もあるし」
まぁ、そうだね、とハルが折れた。
非生産的な話だった。
なんて言うべきだったのかな?
僕が持ちたかったんだ、それとも、持たせてほしい。
どっちもどっち、恥ずかしいセリフ。
頑張ったってやっぱり中二だ。そんなに男らしいセリフは口に出せない。まだ胸の中で生産途中だ。
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