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番外 柳くんの恋人
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遠藤椿はオレの彼女だ。
「彼女だ」なんて断定的な言い方は古めかしい気がするけれど、どうなんだ、と言われれば、彼女なんだ。
ツバキと付き合い始めてからいろんなヤツに羨ましがられた。そりゃそうだ、学年内でツバキ程目を引く女はいない。容姿端麗という言葉じゃ足りない。ツバキは容姿が美しい上に性格は直情的で、口が悪かった。
オレを含めた普通の男子にはちょっと声をかけられるような存在じゃなかった。
いつからツバキを近くに感じるようになったんだろう? 気がつけばすぐ手が届くところに彼女はいた。
「柳くんさ、ここのポップなんだけど……」
というように、彼女の長い髪の裾に触れそうな位置にオレはいた。そんな時は振り向いても彼女の深い色をした瞳や、深紅の唇、女の子サイズの手の細い指先に目がいってしまって、気の利いた答えを返せずにいた。
そうするとツバキは上目遣いで、
「ちょっと! ちゃんと聞いてんの?」
と言って真面目に怒った。怖いと思うのはほんの少しで、ちょっとのことでも真剣に取り組む姿は凛として美しかった。
秋風を感じるようになってもうすぐ衣替えという頃、いつものように図書室の鍵を閉める時間になった。その日はオレとツバキだけだった。
告白しようと決めていたわけじゃなかった。
ただ、もしツバキに気持ちを伝えるならこんな風に言ったらどうかな、というのは時々考えていた。オレはそんなことを考えるくらいには、ツバキにまいっていた。
サッシを1枚ずつ閉めて鍵をかけ、ブラインドを下ろす。そんな単純作業を無言で、ツバキが図書室の奥側から、オレは手前側から始めた。少しずつ、距離が近づいてくる。
ツバキが2枚先の窓を閉めた瞬間、彼女は細い髪を耳にかけた。
夕日がツバキの上にオレンジ色の影を落とした。
何かが心に引っかかった。
そうして、その言葉が本当に思わずぽろりと転げ落ちてしまった。それは、考えていたようなスマートなセリフではなかった。
「ツバキ、オレと付き合ってくれない?」
オレの1枚先の窓まで移動した彼女はもう、手の届く距離だった。ツバキは目を見開いて、まるで珍しいものを見た時のような顔をして小首を傾げた。
緊張で、拳を知らず知らず握りしめていた。やっぱりオレなんかじゃダメなんだよな。近いと思ってたのは、たまたま委員会が同じだったからだよな、なんてくだらないことをぐるぐる考えていた。
手を伸ばせばすぐそこに彼女はいるのに、ひどく遠くにいるように思えた……。
「いいわよ」
「――?」
「いいわよって言ったの。……こんな恥ずかしいこと、2回も言わせないでよ。柳くんのバカ」
俯いた彼女の顔が赤くなっていたのかどうかは、夕焼けのせいでわからなかった。でもそんな風にしてオレたちは付き合い始めたんだ。
「あの時、耳が遠いのかと思っちゃった」
「お前さぁ」
「返事をする方だって、清水の舞台から飛び降りてるんだよ。わっかんないよね、柳くんには」
にはと言われても困る。確かに返事をする方だって勇気がいるのもわかるけど……。
「あ、あの時より前に好きだったか聞こうと思ってるでしょう?」
「バレたか」
「それは永遠に秘密ですー」
「いいじゃん、教えてくれても」
「鈍感な柳くんには教えられません」
大好きなツバキの唇に触れる。紅くてしっとりしている。キスしたい。
「キスしたいなら、『ツバキだけが好きだ』って言いなよ」
「お前、ほんとかわいげない」
「ほら、言わないなら別にいいけど?」
「……ツバキだけが好きだ。ずっと大切にするから、そばにいてよ」
ツバキは満足そうに微笑んだ。口角がゆっくり上がって、心持ち顔を近づけてきた。
「絶対ね」
「約束する」
唇は重なって、ため息とともに気持ちが溢れ出してくる。ツバキの耳元に手をやって、ぐるりと形のいい頭まで髪をかきあげる。それだけのことに、ツバキの体は緊張する。
終わることなくお互いの唇を貪り合う。舌と舌が触れて、そこから電流が走る。もっと強い刺激が欲しくて、より深いところへと伸ばして行く。
「なんか、やらしい」
「たまにはそれもいいだろう?」
濡れた瞳で、ツバキはオレを見つめた。
(了)
「彼女だ」なんて断定的な言い方は古めかしい気がするけれど、どうなんだ、と言われれば、彼女なんだ。
ツバキと付き合い始めてからいろんなヤツに羨ましがられた。そりゃそうだ、学年内でツバキ程目を引く女はいない。容姿端麗という言葉じゃ足りない。ツバキは容姿が美しい上に性格は直情的で、口が悪かった。
オレを含めた普通の男子にはちょっと声をかけられるような存在じゃなかった。
いつからツバキを近くに感じるようになったんだろう? 気がつけばすぐ手が届くところに彼女はいた。
「柳くんさ、ここのポップなんだけど……」
というように、彼女の長い髪の裾に触れそうな位置にオレはいた。そんな時は振り向いても彼女の深い色をした瞳や、深紅の唇、女の子サイズの手の細い指先に目がいってしまって、気の利いた答えを返せずにいた。
そうするとツバキは上目遣いで、
「ちょっと! ちゃんと聞いてんの?」
と言って真面目に怒った。怖いと思うのはほんの少しで、ちょっとのことでも真剣に取り組む姿は凛として美しかった。
秋風を感じるようになってもうすぐ衣替えという頃、いつものように図書室の鍵を閉める時間になった。その日はオレとツバキだけだった。
告白しようと決めていたわけじゃなかった。
ただ、もしツバキに気持ちを伝えるならこんな風に言ったらどうかな、というのは時々考えていた。オレはそんなことを考えるくらいには、ツバキにまいっていた。
サッシを1枚ずつ閉めて鍵をかけ、ブラインドを下ろす。そんな単純作業を無言で、ツバキが図書室の奥側から、オレは手前側から始めた。少しずつ、距離が近づいてくる。
ツバキが2枚先の窓を閉めた瞬間、彼女は細い髪を耳にかけた。
夕日がツバキの上にオレンジ色の影を落とした。
何かが心に引っかかった。
そうして、その言葉が本当に思わずぽろりと転げ落ちてしまった。それは、考えていたようなスマートなセリフではなかった。
「ツバキ、オレと付き合ってくれない?」
オレの1枚先の窓まで移動した彼女はもう、手の届く距離だった。ツバキは目を見開いて、まるで珍しいものを見た時のような顔をして小首を傾げた。
緊張で、拳を知らず知らず握りしめていた。やっぱりオレなんかじゃダメなんだよな。近いと思ってたのは、たまたま委員会が同じだったからだよな、なんてくだらないことをぐるぐる考えていた。
手を伸ばせばすぐそこに彼女はいるのに、ひどく遠くにいるように思えた……。
「いいわよ」
「――?」
「いいわよって言ったの。……こんな恥ずかしいこと、2回も言わせないでよ。柳くんのバカ」
俯いた彼女の顔が赤くなっていたのかどうかは、夕焼けのせいでわからなかった。でもそんな風にしてオレたちは付き合い始めたんだ。
「あの時、耳が遠いのかと思っちゃった」
「お前さぁ」
「返事をする方だって、清水の舞台から飛び降りてるんだよ。わっかんないよね、柳くんには」
にはと言われても困る。確かに返事をする方だって勇気がいるのもわかるけど……。
「あ、あの時より前に好きだったか聞こうと思ってるでしょう?」
「バレたか」
「それは永遠に秘密ですー」
「いいじゃん、教えてくれても」
「鈍感な柳くんには教えられません」
大好きなツバキの唇に触れる。紅くてしっとりしている。キスしたい。
「キスしたいなら、『ツバキだけが好きだ』って言いなよ」
「お前、ほんとかわいげない」
「ほら、言わないなら別にいいけど?」
「……ツバキだけが好きだ。ずっと大切にするから、そばにいてよ」
ツバキは満足そうに微笑んだ。口角がゆっくり上がって、心持ち顔を近づけてきた。
「絶対ね」
「約束する」
唇は重なって、ため息とともに気持ちが溢れ出してくる。ツバキの耳元に手をやって、ぐるりと形のいい頭まで髪をかきあげる。それだけのことに、ツバキの体は緊張する。
終わることなくお互いの唇を貪り合う。舌と舌が触れて、そこから電流が走る。もっと強い刺激が欲しくて、より深いところへと伸ばして行く。
「なんか、やらしい」
「たまにはそれもいいだろう?」
濡れた瞳で、ツバキはオレを見つめた。
(了)
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