姉ちゃんの失恋

月波結

文字の大きさ
上 下
22 / 23

第22話 失恋――柳

しおりを挟む
 ツバキが「W大を受ける」と言った時は本当に驚いた。あの頑固なツバキが、オレなんかのために進路を大幅に変えるなんて考えたこともなかった。しかも親の前で「離れたくない」なんて言われたらオレも引くに引けない。
 第一、恐ろしいことにツバキが名前を出した大学は日本でも有数の難関大だった。オレが指定校推薦で受かったとして、ツバキの大学は比べようもないような有名大だった。「離れたくない」どころか、そんなとこに行ったら格差が大きすぎてオレが捨てられるのがオチだろう。
 食えない女だ。
 そしてオレはそんな女にどうしようもなく惹かれている。ツバキよりいい女はいない。断言できる。

 ある日ツバキの顔の傷を日課として観察しようとすると、傷がすっかり消えていた。いや、消されていた。
「何よ、あんな傷、毎日ちまちま観察しなくても簡単に消せるのよ。問題がある?」
「いや、化粧してるの?」
「してるの。……化粧とか、嫌いだったりする?」
 いや。
 いや、傷がキレイに消えてよかった。あんなとばっちりを受けた傷が永遠にツバキに残るなんて、納得が行かなかった。
 罰を受けるのはツバキじゃない。ツバキが庇ったあの弟だ。……そう思っていた。でもそれは言えなかった。ツバキは弟を大切に思っていることがわかっていたからだ。
「そっか。あんたが毎日気にするからがんばって早起きしてきた甲斐があったわ。あんたが気に入ったなら、わたしも満足。できるだけ毎日する」
「いや、いいよ。人前に出る時だけでいいよ。オレは構わない。全部ツバキだから」
「相変わらず変にロマンティック! だから図書委員長なんかになるんだわ」

 予備校は盆休みになった。
 オレの部屋で二人でだらだらしている。オレの隣にはノースリーブのワンピースを着たツバキが、自分の腕を枕がわりにして寝転がっていた。さっき二人でオレの作ったナポリタンを食べたから、腹も膨れていた。
「ねえ」
「ん?」
「眠い。膝枕して」
「イヤだよ、痺れるし。大体、普通は立場が逆だろう?」
 何よ保守的なことを言って……、とめちゃくちゃな理由でツバキは拗ねてみせた。拗ねると子供みたいで尚更かわいい。
「腕枕は? 腕枕ならいいでしょう?」
「仕方ないな。痺れるのは変わらないけどな」
 床で寝てしまいそうになるツバキをベッドまで引きずる。一緒に固い床の上で寝たら体がひどく痛くなるに違いない。
「……暑くないか?」
「ううん、気持ちいい。柳くんのそばが気持ちいい」
 変なことを言うから、感動しながらも変な気持ちになってくる。いっそこのかわいいセリフを録音しておきたかった。
 おでこに頬を寄せる。
「……化粧、つくわよ?」
「触らせないつもり?」
「うーん。それはどうかなぁ? わたしは柳くんのものだからなぁ」
 耳を疑う。
 甘い言葉がするすると出てくるような甘い恋人ではなかった。
「もう1回」
「しつこいの嫌い」
「もう1回だけ」
 うーん、と言って、ツバキは腕の中で方向転換して、背中を向けた。
「もう1回だけだかんね? ……わたしは柳くんオンリーだから……」
 ツバキの細い背中を後ろからそっと抱き締める。恥ずかしがりのツバキの背中が軽く緊張している。
「大事にする。これからも今よりずっと、大事にするよ」
「大事にしすぎ。つか、受験勉強やれ。わたしは範囲終わったから寝るから」
「オレのベッドで?」
「そう、あんたのベッドで」
 勉強のことを言われると、今は何も言い返せない。よっとベッドから下りる。開きっぱなしのテキストには、まだ書き込みがない。
 ありがたくツバキのノートを拝借する。わかりにくいところ程、丁寧に書き込んである。まるでオレのためのノートみたいだ。
「あのさ」
「うん?」
「怒らないで聞いてほしいんだけどね」
「うん」
 ちょうどsinθ、cosθ、tanθに翻弄されていた。つまり話半分に聞いていた。
「柳くんと喧嘩してた間、失恋したの」
 ……テーブルに、バタンと叩きつけるようにシャーペンを置く。今なんて?
 あの短い間に。恋なんてしたの?
「誰に?」
「言えない」
「だったら言わなきゃいいじゃん」
「ケジメ。誰かに話したかったの」
「……何もオレに言わなくたって」
「だって! 好きだって気がついたんだけど手が届かなかったの! それだけ!」
 言うと、ツバキは布団の中に隠れた。細い髪の先だけが見える。
 ツバキが好きになった男って、どんなヤツなんだろう? オレに似てるのか? 似てないのか?
 大体、ツバキを袖にするなんて一体……? ツバキが蹴飛ばしたんならわかるけど。テキストからもう一回離れて、ベッドサイドでツバキの髪を撫でる……。さらりとした手触りのいい髪はオレだけのものだ。
「ねえ」
「ん?」
「……キスして?」
 いいよ、と言うとごそごそと布団から顔を出してくる。まるでモグラだ。
 チュ、と唇と唇が触れると、ツバキはにまーっと笑って顔を赤らめて布団に潜って行った。
「柳くん、おやすみ」



(了)

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

坊主頭の絆:学校を変えた一歩【シリーズ】

S.H.L
青春
高校生のあかりとユイは、学校を襲う謎の病に立ち向かうため、伝説に基づく古い儀式に従い、坊主頭になる決断をします。この一見小さな行動は、学校全体に大きな影響を与え、生徒や教職員の間で新しい絆と理解を生み出します。 物語は、あかりとユイが学校の秘密を解き明かし、新しい伝統を築く過程を追いながら、彼女たちの内面の成長と変革の旅を描きます。彼女たちの行動は、生徒たちにインスピレーションを与え、更には教師にも影響を及ぼし、伝統的な教育コミュニティに新たな風を吹き込みます。

普通の男子高校生である俺の日常は、どうやら美少女が絶対につきものらしいです。~どうやら現実は思ったよりも俺に優しいようでした~

サチ
青春
普通の男子高校生だと自称する高校2年生の鏡坂刻。彼はある日ふとした出会いをきっかけにPhotoClubなる部活に入部することになる。そこには学校一の美女や幼馴染達がいて、それまでの学校生活とは一転した生活に変わっていく。 これは普通の高校生が送る、日常ラブコメディである。

自称未来の妻なヤンデレ転校生に振り回された挙句、最終的に責任を取らされる話

水島紗鳥
青春
成績優秀でスポーツ万能な男子高校生の黒月拓馬は、学校では常に1人だった。 そんなハイスペックぼっちな拓馬の前に未来の妻を自称する日英ハーフの美少女転校生、十六夜アリスが現れた事で平穏だった日常生活が激変する。 凄まじくヤンデレなアリスは拓馬を自分だけの物にするためにありとあらゆる手段を取り、どんどん外堀を埋めていく。 「なあ、サインと判子欲しいって渡された紙が記入済婚姻届なのは気のせいか?」 「気にしない気にしない」 「いや、気にするに決まってるだろ」 ヤンデレなアリスから完全にロックオンされてしまった拓馬の運命はいかに……?(なお、もう一生逃げられない模様) 表紙はイラストレーターの谷川犬兎様に描いていただきました。 小説投稿サイトでの利用許可を頂いております。

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

夏の決意

S.H.L
青春
主人公の遥(はるか)は高校3年生の女子バスケットボール部のキャプテン。部員たちとともに全国大会出場を目指して練習に励んでいたが、ある日、突然のアクシデントによりチームは崩壊の危機に瀕する。そんな中、遥は自らの決意を示すため、坊主頭になることを決意する。この決意はチームを再び一つにまとめるきっかけとなり、仲間たちとの絆を深め、成長していく青春ストーリー。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

ハーレムに憧れてたけど僕が欲しいのはヤンデレハーレムじゃない!

いーじーしっくす
青春
 赤坂拓真は漫画やアニメのハーレムという不健全なことに憧れる健全な普通の男子高校生。  しかし、ある日突然目の前に現れたクラスメイトから相談を受けた瞬間から、拓真の学園生活は予想もできない騒動に巻き込まれることになる。  その相談の理由は、【彼氏を女帝にNTRされたからその復讐を手伝って欲しい】とのこと。断ろうとしても断りきれない拓真は渋々手伝うことになったが、実はその女帝〘渡瀬彩音〙は拓真の想い人であった。そして拓真は「そんな訳が無い!」と手伝うふりをしながら彩音の潔白を証明しようとするが……。  証明しようとすればするほど増えていくNTR被害者の女の子達。  そしてなぜかその子達に付きまとわれる拓真の学園生活。 深まる彼女達の共通の【彼氏】の謎。  拓真の想いは届くのか? それとも……。 「ねぇ、拓真。好きって言って?」 「嫌だよ」 「お墓っていくらかしら?」 「なんで!?」  純粋で不純なほっこりラブコメ! ここに開幕!

処理中です...