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第21話 清く、正しく――ツバキ
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忌々しいガーゼが外れた。
この夏のクソ暑いさなかに大きなガーゼを貼ってるのは拷問だった。わたしはとってもすっきりしたのに、アイツは毎朝、わたしの顔を点検する。
顔に傷が残る?
だから何だと言うんだろう。
大切な弟を守ったんだからこれはわたしの勲章だ。がんばったという証だ。鏡の前でそっと傷をなぞる。わたしを切りつけたあの子の気持ちもわからなくはない。カエデはそれくらい美しい。
わたしに傷をつけたアオイちゃんを許す気はさらさらない。司法の手に渡さなかっただけだ。心の中では一生忘れないし、一生恨んでやる。
わたしだって一応、品のいい美少女で通ってたのだ。傷があるくらいがちょうどいいとも言うけどね。完璧なものは魔に魅入られやすい。
昨日の夜、エアコンの効いた部屋でうとうとしていると、カエデがそうっと闇が忍び込むようにわたしの部屋に入ってきた。ノックもなければ明かりもつけない。
仕方なく、わたしから声をかける。
「カエデ? どうしたの、眠れないの?」
ジャスミンを軽く足で追い払ってベッドサイドに来る。
「ごめん、て上手く言えなくて」
「何言ってんのよ、姉弟じゃない」
「……確かに、こんな風だから弟って枠から出られないんだね」
しょぼんとしたカエデは項垂れてとてもかわいかった。頭をそっと抱きしめてやって、髪を撫でた。愛おしさがこみ上げてくる。
「触ってもいい?」
「いいよ」
細い指先がわたしの頬をなぞる。こんなことはもう二度と無いような気がして、全身でそれを受け止める。頬を滑る指の感覚を、受け止める。
カエデの指はそのまま頬を滑って、耳の裏を撫でて首筋をなぞった。唇が上から降ってきて、かわいらしいキスをする。襟元からするりと手が入ってきて、わたしはカエデの唇にキスをした。
「カエデ……」
「うん……」
「姉弟でもけっこう感じるんだね」
いつも以上に長いキスと共に、胸をまさぐられる。触られたらヤバいところを狙って触られる。
「感じてるね」
「うん……カエデの触り方、やらしいんだもん」
ピクっと体が何かの信号をキャッチして、腰がピョンと浮く。カエデが「見つけた」という顔をして、執拗に攻めてくる。変な声が出ないように、なるべく息を止めて歯を食いしばる。いつの間にか二人とも素っ裸で、それを恥ずかしげもなく晒している。カエデは間違いようもなく男の子だった。
「ツバキ、いつもそんなに変な顔してんの?」
「え? 変かな?」
「変だよ。もっとリラックスして。感じたままに顔に出して」
「感じたまま」を意識すると、よけい体が固くなって思ったように言うことを聞いてくれなくなる。わたしの体が、他人のもののようになっていく。
「いいよ、切ない顔」
「情けなくない?」
「全然。そそられる」
そう言われると今度は、わたしがカエデで、カエデがわたしのような気になる。攻めてるのか、攻められてるのかその境い目が曖昧になる。
そうして二人を形作るラインも溶けて曖昧となって、汗が二人を密接にくっつける。離れられない。
はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、……。
お喋りは終わって、お互い気持ちのいいことに没頭する。ひたすら、それを極める。
はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、……。
「カエデ……」
「ダメ?」
それは最後の砦で、そこを越えたらわたしたちはたぶん、姉弟ではいられなくなってしまう。つまり、他人になる。
「ダメ!!!」
二人で別々にエクスタシーを感じる。
その瞬間にわたしたちは分離した。
わたしのエクスタシーはわたしのもので、カエデのエクスタシーはカエデのものだった。
わたしたちは完全に別々の生き物になった。
二人で一人の仲の良い姉弟ではなく、親離れ・子離れできない親子でもなかった。いつの間にか、本当は別々になってたんだ……。
「終わったね」
「終わっちゃったね」
胸が上下するほどの大きなため息をつく。気持ちが少しずつ落ち着いて、頭が動いてくる。
「わたしはこれからは柳くんオンリーだから」
「うん、知ってる」
「知ってるならいいんだ」
……。
静寂を闇が包み込む。やわらかい空気に冷房の送風音が聞こえてくる。
イヤな沈黙ではない。
長い間ずっと離れられなかったたった一人の弟と、一緒にベッドに転がっている。
「ツバキ、よかった?」
「そういうの、毎回聞くの?」
「聞かないよ。大体、彼女じゃないって言ったじゃないか」
「そんなのに手、出すからバチが当たるのよ。バカな子」
カエデは少し黙って、次に言うべきことを考えているようだった。だってそうだ。明日からはわたしたちは清く正しい姉弟になるんだから。
「ツバキの初めてって先輩?」
「……まあね」
そっか、けっこうお堅いからね、と生意気なことを言う。わたしの何を知ってるって言うんだろう……何を。すべてを。ごく一部以外のすべてを、わたしはカエデにあげてしまった。
この夏のクソ暑いさなかに大きなガーゼを貼ってるのは拷問だった。わたしはとってもすっきりしたのに、アイツは毎朝、わたしの顔を点検する。
顔に傷が残る?
だから何だと言うんだろう。
大切な弟を守ったんだからこれはわたしの勲章だ。がんばったという証だ。鏡の前でそっと傷をなぞる。わたしを切りつけたあの子の気持ちもわからなくはない。カエデはそれくらい美しい。
わたしに傷をつけたアオイちゃんを許す気はさらさらない。司法の手に渡さなかっただけだ。心の中では一生忘れないし、一生恨んでやる。
わたしだって一応、品のいい美少女で通ってたのだ。傷があるくらいがちょうどいいとも言うけどね。完璧なものは魔に魅入られやすい。
昨日の夜、エアコンの効いた部屋でうとうとしていると、カエデがそうっと闇が忍び込むようにわたしの部屋に入ってきた。ノックもなければ明かりもつけない。
仕方なく、わたしから声をかける。
「カエデ? どうしたの、眠れないの?」
ジャスミンを軽く足で追い払ってベッドサイドに来る。
「ごめん、て上手く言えなくて」
「何言ってんのよ、姉弟じゃない」
「……確かに、こんな風だから弟って枠から出られないんだね」
しょぼんとしたカエデは項垂れてとてもかわいかった。頭をそっと抱きしめてやって、髪を撫でた。愛おしさがこみ上げてくる。
「触ってもいい?」
「いいよ」
細い指先がわたしの頬をなぞる。こんなことはもう二度と無いような気がして、全身でそれを受け止める。頬を滑る指の感覚を、受け止める。
カエデの指はそのまま頬を滑って、耳の裏を撫でて首筋をなぞった。唇が上から降ってきて、かわいらしいキスをする。襟元からするりと手が入ってきて、わたしはカエデの唇にキスをした。
「カエデ……」
「うん……」
「姉弟でもけっこう感じるんだね」
いつも以上に長いキスと共に、胸をまさぐられる。触られたらヤバいところを狙って触られる。
「感じてるね」
「うん……カエデの触り方、やらしいんだもん」
ピクっと体が何かの信号をキャッチして、腰がピョンと浮く。カエデが「見つけた」という顔をして、執拗に攻めてくる。変な声が出ないように、なるべく息を止めて歯を食いしばる。いつの間にか二人とも素っ裸で、それを恥ずかしげもなく晒している。カエデは間違いようもなく男の子だった。
「ツバキ、いつもそんなに変な顔してんの?」
「え? 変かな?」
「変だよ。もっとリラックスして。感じたままに顔に出して」
「感じたまま」を意識すると、よけい体が固くなって思ったように言うことを聞いてくれなくなる。わたしの体が、他人のもののようになっていく。
「いいよ、切ない顔」
「情けなくない?」
「全然。そそられる」
そう言われると今度は、わたしがカエデで、カエデがわたしのような気になる。攻めてるのか、攻められてるのかその境い目が曖昧になる。
そうして二人を形作るラインも溶けて曖昧となって、汗が二人を密接にくっつける。離れられない。
はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、……。
お喋りは終わって、お互い気持ちのいいことに没頭する。ひたすら、それを極める。
はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、……。
「カエデ……」
「ダメ?」
それは最後の砦で、そこを越えたらわたしたちはたぶん、姉弟ではいられなくなってしまう。つまり、他人になる。
「ダメ!!!」
二人で別々にエクスタシーを感じる。
その瞬間にわたしたちは分離した。
わたしのエクスタシーはわたしのもので、カエデのエクスタシーはカエデのものだった。
わたしたちは完全に別々の生き物になった。
二人で一人の仲の良い姉弟ではなく、親離れ・子離れできない親子でもなかった。いつの間にか、本当は別々になってたんだ……。
「終わったね」
「終わっちゃったね」
胸が上下するほどの大きなため息をつく。気持ちが少しずつ落ち着いて、頭が動いてくる。
「わたしはこれからは柳くんオンリーだから」
「うん、知ってる」
「知ってるならいいんだ」
……。
静寂を闇が包み込む。やわらかい空気に冷房の送風音が聞こえてくる。
イヤな沈黙ではない。
長い間ずっと離れられなかったたった一人の弟と、一緒にベッドに転がっている。
「ツバキ、よかった?」
「そういうの、毎回聞くの?」
「聞かないよ。大体、彼女じゃないって言ったじゃないか」
「そんなのに手、出すからバチが当たるのよ。バカな子」
カエデは少し黙って、次に言うべきことを考えているようだった。だってそうだ。明日からはわたしたちは清く正しい姉弟になるんだから。
「ツバキの初めてって先輩?」
「……まあね」
そっか、けっこうお堅いからね、と生意気なことを言う。わたしの何を知ってるって言うんだろう……何を。すべてを。ごく一部以外のすべてを、わたしはカエデにあげてしまった。
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