姉ちゃんの失恋

月波結

文字の大きさ
上 下
13 / 23

第13話 答えを出すのは難しい――ツバキ

しおりを挟む
 急激に暑いところから涼しいところに入るのは体に悪いと聞いた。
 わたしの体はやはり太陽の熱にやられていて、ショッピングモールの入口に入る時にはキューっとなった。
 しおしおになったわたしを、柳くんはとりあえずベンチに座らせて、あわててどこかに走って行った。わたしはコンクリートの壁にもたれて死にかけていた。まるでゾンビだ。
 ……ああ、カエデがいたらなぁ。
 あの子は気が利くので、きっと冷たいタオルと麦茶を用意してくれるに違いない。エアコンの温度は22度。地球は滅ぶかもしれない。姉を熱中症から守るために地球を犠牲にするとは笑える話だ。
 はは……と口元に笑いがこみ上げてきた時、柳くんが帰ってきた。
「経口補水液」
 クーリッシュと同じパックに入ったゼリー状の物体を渡される。ゼリーは冷たくて、のどごし滑らかだった。
「何か面白いことがあったの?」
「ああ、思い出し笑い」
「そっか。ツバキ、壊れたのかと思ったよ」
 そんなわけないじゃん、と思いつつ、壊れてるよ、と思う。
 地球を滅ぼす例の弟と、わたしはデキている。まだキスだけだけど、もうそう言ってもいいだろう。
 手首に嵌めていたヘアゴムを取って、無造作に束ねる。この長い髪がそれこそが地球温暖化の原因だ。二酸化炭素の温室効果をもたらしている。
「ツバキ……?」
「ん?」
 は、とうなじの存在に気がついて手でまとめた髪を解く。髪が一瞬にしてバラッと落ちる。
「髪、結んでおいた方が良くないか? 経口補水液、もう一つ買ってこようか?」
「いーの、いーの。少し良くなったし、座ってれば楽になるよ」
 エレベーターホールのトイレ近くのベンチは、人通りも少ない。柳くんはわたしの隣に心配そうに腰を下ろす。甘えてもいいかな、と思う。
「……どうした?」
「うん、こういうの久しぶりだなぁと思って」
 柳くんの肩にもたれかかる。頭がフワッとする。
「そんなに経ってない気がしたけど、久しぶりだよな」
「だってあんたが非を認めないから」
「ツバキだって聞く耳持たなかったじゃないか」
「どんだけ泣いたと思ってるのよ」
 どんだけよ。心配したカエデがキスしてくるくらいよ。あの時まであの子が男だってこと、わたしを好きだってこと、意識してなかった。
「そんなに泣いた?」
「好きだったもん」
「過去形かよ」
「また好きだと思ったからいいじゃない」
「泣かせてごめん……ほんと、反省してる。ちゃんと話し合えばよかったんだよな、もっとお互い冷静に」
 そうね。確かにそうだ。なんであんなに感情的になったんだろう? 好きだったからこそ、なんだろうけど。
「あんたは泣いた?」
「……泣いた」
「バカなの?」
「そんな言い方ないだろう? ツバキが好きだからだよ」
「嘘。簡単にヤレる女がいなくなったからでしょ」
「……。お前、そういうとこ、かわいくないよ。直した方がいい。見た目美少女なのに口、悪過ぎ」
 そんなわたしが好きなくせに、と口の端で笑うと、柳くんはちょっと困った顔をして、好きだよ、と言った。わたしはちょっと気が良くなって彼にもっとくっつきたくて、彼の腿の辺りに手を伸ばして置いた。こんなに涼しい店内でも人の温もりは伝わってきて、熱にまいっていたわたしの気持ちを和らげる。
 柳くんて、こんなにいいものだったんだ。
 ちょっと離れている間にすっかりその居心地の良さを忘れてしまっていた。
 すーっと脇から手が伸びて、彼にもたれていたわたしの肩に手が回される。欲しくなる。もっと甘やかして欲しくなる。
 チョコレートみたいに、トロリと甘やかして欲しい。

「送るよ」
「いいよ?」
「なんで? これからだってこういうこと、増えるだろう? もう、周りに隠したりするのも止めよう」
「恥ずかしいじゃん」
「どうして? オレはツバキが彼女だって自慢したい」
 もう、どうしてすぐそうなっちゃうんだろう……。付き合い始めた頃は、わたしたちが付き合うことで周りに気をつかわせるのがイヤだなぁと思って、周囲に積極的に言うのは止めていた。うちの家族には……恥ずかしくてとても言えなかった。することをするようになったら、ますます言えなくて、それでカエデなんてわたしの片思いだと……。
 カエデ? 今、家にいるんじゃないの?
「やっぱり家の手前まででいいよ」
「ツバキのとこって、親、共働きでこの時間はいないんだろう? 恥ずかしがることないじゃん」
「ほら、ご近所の目が」
「こんな世の中、ご近所さんが見張ってたりしないと思うけどなぁ。まぁ、そんなに言うなら無理にとは言わないし。手前まで送るよ」
「ありがとう」
 弱冷房の電車の中で、何とか話はついた。
 何でカエデに会わせるのがそんなにイヤなのかは謎だった。あの子は確かに傷つくだろう。大体、小さい時から基本、お姉ちゃん子なんだ。親離れできない子供と一緒。
 わたしは……?
 子離れできない親なのかな?
 答えを出すのが難しいのは数学だけとは限らない。生活の中にだって、上手く答えの出ないものもある。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ほつれ家族

陸沢宝史
青春
高校二年生の椎橋松貴はアルバイトをしていたその理由は姉の借金返済を手伝うためだった。ある日、松貴は同じ高校に通っている先輩の永松栗之と知り合い仲を深めていく。だが二人は家族関係で問題を抱えており、やがて問題は複雑化していく中自分の家族と向き合っていく。

イルカノスミカ

よん
青春
2014年、神奈川県立小田原東高二年の瀬戸入果は競泳バタフライの選手。 弱小水泳部ながらインターハイ出場を決めるも関東大会で傷めた水泳肩により現在はリハビリ中。 敬老の日の晩に、両親からダブル不倫の末に離婚という衝撃の宣告を受けた入果は行き場を失ってしまう。

児島君のこと

wawabubu
青春
私が担任しているクラスの児島君が最近来ない。家庭の事情があることは知っているが、一度、訪問してみよう。副担任の先生といっしょに行く決まりだったが…

約束へと続くストローク

葛城騰成
青春
 競泳のオリンピック選手を目指している双子の幼馴染に誘われてスイミングスクールに通うようになった少女、金井紗希(かないさき)は、小学五年生になったある日、二人が転校してしまうことを知る。紗希は転校当日に双子の兄である橘柊一(たちばなしゅういち)に告白して両想いになった。  凄い選手になって紗希を迎えに来ることを誓った柊一と、柊一より先に凄い選手になって柊一を迎えに行くことを誓った紗希。その約束を胸に、二人は文通をして励まし合いながら、日々を過ごしていく。  時が経ち、水泳の名門校である立清学園(りっせいがくえん)に入学して高校生になった紗希は、女子100m自由形でインターハイで優勝することを決意する。  長年勝つことができないライバル、湾内璃子(わんないりこ)や、平泳ぎを得意とする中條彩乃(なかじょうあやの)、柊一と同じ学校に通う兄を持つ三島夕(みしまゆう)など、多くの仲間たちと関わる中で、紗希は選手としても人間としても成長していく。  絶好調かに思えたある日、紗希の下に「紗希と話がしたい」と書かれた柊一からの手紙が届く。柊一はかつて交わした約束を忘れてしまったのか? 数年ぶりの再会を果たした時、運命の歯車が大きく動き出す。 ※表示画像は、SKIMAを通じて知様に描いていただきました。

どうしてもモテない俺に天使が降りてきた件について

塀流 通留
青春
ラブコメな青春に憧れる高校生――茂手太陽(もて たいよう)。 好きな女の子と過ごす楽しい青春を送るため、彼はひたすら努力を繰り返したのだが――モテなかった。 それはもうモテなかった。 何をどうやってもモテなかった。 呪われてるんじゃないかというくらいモテなかった。 そんな青春負け組説濃厚な彼の元に、ボクッ娘美少女天使が現れて―― モテない高校生とボクッ娘天使が送る青春ラブコメ……に見せかけた何か!? 最後の最後のどんでん返しであなたは知るだろう。 これはラブコメじゃない!――と <追記> 本作品は私がデビュー前に書いた新人賞投稿策を改訂したものです。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

何故か超絶美少女に嫌われる日常

やまたけ
青春
K市内一と言われる超絶美少女の高校三年生柊美久。そして同じ高校三年生の武智悠斗は、何故か彼女に絡まれ疎まれる。何をしたのか覚えがないが、とにかく何かと文句を言われる毎日。だが、それでも彼女に歯向かえない事情があるようで……。疋田美里という、主人公がバイト先で知り合った可愛い女子高生。彼女の存在がより一層、この物語を複雑化させていくようで。 しょっぱなヒロインから嫌われるという、ちょっとひねくれた恋愛小説。

野球小説「二人の高校球児の友情のスポーツ小説です」

浅野浩二
青春
二人の高校球児の友情のスポーツ小説です。

処理中です...