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第1話 姉ちゃんの失恋――カエデ
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姉ちゃんが先輩にふられたのは、夏休みに入る前のことだ。
どうして僕がそんなことを知ってるのか? ――その日、姉ちゃんは自分の部屋に閉じこもって声を殺して泣き続けていた。子供部屋同士の壁の薄さから、それは聞こえてきた。ティッシュを絶え間なく箱から引き出しては鼻をかむ……。おそらく、先輩には今一番見られたくない顔で泣いている。
実際のところ、同情した。
僕から見たら先輩なんだけど、要は姉ちゃんの同級生で、生徒会長までは行かなかったけど図書委員長をしている立派な人だった。自分の信念は曲げない、という平凡な風貌には似合わない力強いところがあって、そこを僕は評価していた。だから姉ちゃんが先輩を好きだと言うなら、姉ちゃんの男の選び方は正しいと思えた。
ふる?
姉ちゃんと先輩は僕の知る限り「ツーカー」だった。「阿吽」の呼吸?
まあ、どちらにしても図書委員で副委員長の姉ちゃんは先輩の考えを実現すべくよく働いた。
貸出時間を変えようと先輩が言い出せば、異を唱える後輩たちのフォローに回り、どうしても返却されない本があれば、相手が男でも堂々と返せと言って回った。
姉ちゃんは図書委員の黒幕と恐れられた。
しかしそういう業務以外の姉ちゃんは、本当にうれしそうに目を細めて先輩に微笑みかけ、時には声を上げて笑った。「柳くんたらもう、やだなぁ」といった具合に。
そんな先輩にふられて傷心の彼女は、今は2駅も先の予備校通いだ。夏期集中講座に暑い中、毎日通っている。
「で、カエデはこんな涼しいとこで好きなことだけしてるんだ」
「お前が勝手に来るんだろう?」
アオイとは変な縁がある。
僕は覚えてないが幼稚園が一緒だったらしく、しかも年長に上がる前に転園したらしい。僕たちはその間、アオイ曰く同じ園舎で遊んで学んだ仲なんだそうだ。
結婚の約束をしたとかしないとか、それはかなり怪しい。小さい頃から他人に興味のない子供だった。
それから僕らは小、中と飛び越えて高校で再会した。アオイは一目で僕を見分けたと言った。つまり彼女にとって僕が大切な存在だということだ。
僕はもちろんアオイのことなんて忘れていた。失礼を承知で言えば、いなくても日常生活は回っていた。
しかし人生に目覚めてしまったアオイは僕を放してくれるはずはなく、気がつけばクラスで認められたカップルになっていた。……リア充だ。
僕は特に恋愛に飢えてはいなかった。煩わしい男女の仲が、僕の平穏な世界にズカズカと入ってくるのを好まなかった。
「そんな顔してもダメだよ、早くこっち来て」
アオイの美点は胸の大きさと肌の色素の薄さだ。背は低くて筋肉はついていない、やわらかい体。それは支配欲をくすぐる体だった。
女の子の胸を力任せに揉むのがいいのかわからない。痛いかもしれない。けど、胸の脇からそうっと撫でるとまさにマショマロのようにやわらかい肌が待っている。女が男を誘う手段のひとつに違いない。
その白い肌に夢中で唇をつける。痕が残るくらいに強く吸う。ただ一つの感触を求めて唇をつける。
女の子のエクスタシーを感じたことは無いけど、肌を強く吸われたら痛くないのか? 内出血を起こしてるのにアオイは小さな声を漏らした。
「あ……」
姉ちゃんは夕方まで家には帰らない。
親は仕事で夜まで帰らない。
アオイの家も共働きで実質、門限がない。
だから僕らは夏休みらしく汗をかく。
冷房なんて意味が無い。
最初は僕を誘ってきたアオイが音を上げる。ショートパンツにタンクトップに薄い羽織もの。ヤリたいだけなんだろ? 幼稚園での話なんて嘘なんじゃないの? そんな話、嘘だって本当だって関係ない。
ショートパンツのウエストボタンも外さずに裾から手を差し入れる。
「やぁっ」
アオイがかわいい声を上げる。声が上げられないように隙間なく唇を塞ぐ。
これはゲームだ。
音を上げて、「頼むから終わりにしてください」と頼んだ者が負け。僕が負ける要素はない。僕は攻めの一手だから。
「カエデ……シャワー借りても大丈夫?」
「……」
ベッドの中でシワシワのシーツの海にだらしなく横たわるアオイに目をやる。ほら、仰向けになりながら膝を立てたりすんな。内股だからっていいわけじゃねえぞ。
アオイの目の焦点が怪しい。シャワーを使いたければ使えばいいが、一人で階下までたどり着くのかどうか。とても足に力が入りそうには見えない。
「……何か飲む?」
「飲む」
「じゃあちょっと待ってろよ」
ネコのジャスミンがエアコンの冷気を狙って足元をすり抜けてこないように気をつけながら、ドアを後ろ手に閉める。ジャスミンなんて名前がつくほどの美猫ではなく、ただのクロブチの雑種だが姉ちゃんが名付けた。足元にすり寄って猫撫で声で鳴いている。
こういう時、ネコは今まで僕がしてたことを知ってるんじゃないかと思ってドキリとする。ジャスミンに気づかせないように、「お前にもエサやるよ」と言って一緒に階段を下りた。
リビングは締め切りな上に冷房も切ってあったのでひどい暑さだった。姉ちゃんが帰ってきたらキレるに違いない。あの人は意外と家庭的で、キッチンが暑くなると良くないとすぐに怒る。生ゴミは臭うし、野菜は腐る。
冷気を吐き出す冷蔵庫から麦茶ポットを取り出して、二つのグラスにこぽこぽ注ぐ。グラスの表面がすぐに結露して、僕の鼻の頭には汗がたまる。落ちる前にシャツで拭う。
早く部屋に帰ろう。
快適な温度で迎えられるに違いない。
どうして僕がそんなことを知ってるのか? ――その日、姉ちゃんは自分の部屋に閉じこもって声を殺して泣き続けていた。子供部屋同士の壁の薄さから、それは聞こえてきた。ティッシュを絶え間なく箱から引き出しては鼻をかむ……。おそらく、先輩には今一番見られたくない顔で泣いている。
実際のところ、同情した。
僕から見たら先輩なんだけど、要は姉ちゃんの同級生で、生徒会長までは行かなかったけど図書委員長をしている立派な人だった。自分の信念は曲げない、という平凡な風貌には似合わない力強いところがあって、そこを僕は評価していた。だから姉ちゃんが先輩を好きだと言うなら、姉ちゃんの男の選び方は正しいと思えた。
ふる?
姉ちゃんと先輩は僕の知る限り「ツーカー」だった。「阿吽」の呼吸?
まあ、どちらにしても図書委員で副委員長の姉ちゃんは先輩の考えを実現すべくよく働いた。
貸出時間を変えようと先輩が言い出せば、異を唱える後輩たちのフォローに回り、どうしても返却されない本があれば、相手が男でも堂々と返せと言って回った。
姉ちゃんは図書委員の黒幕と恐れられた。
しかしそういう業務以外の姉ちゃんは、本当にうれしそうに目を細めて先輩に微笑みかけ、時には声を上げて笑った。「柳くんたらもう、やだなぁ」といった具合に。
そんな先輩にふられて傷心の彼女は、今は2駅も先の予備校通いだ。夏期集中講座に暑い中、毎日通っている。
「で、カエデはこんな涼しいとこで好きなことだけしてるんだ」
「お前が勝手に来るんだろう?」
アオイとは変な縁がある。
僕は覚えてないが幼稚園が一緒だったらしく、しかも年長に上がる前に転園したらしい。僕たちはその間、アオイ曰く同じ園舎で遊んで学んだ仲なんだそうだ。
結婚の約束をしたとかしないとか、それはかなり怪しい。小さい頃から他人に興味のない子供だった。
それから僕らは小、中と飛び越えて高校で再会した。アオイは一目で僕を見分けたと言った。つまり彼女にとって僕が大切な存在だということだ。
僕はもちろんアオイのことなんて忘れていた。失礼を承知で言えば、いなくても日常生活は回っていた。
しかし人生に目覚めてしまったアオイは僕を放してくれるはずはなく、気がつけばクラスで認められたカップルになっていた。……リア充だ。
僕は特に恋愛に飢えてはいなかった。煩わしい男女の仲が、僕の平穏な世界にズカズカと入ってくるのを好まなかった。
「そんな顔してもダメだよ、早くこっち来て」
アオイの美点は胸の大きさと肌の色素の薄さだ。背は低くて筋肉はついていない、やわらかい体。それは支配欲をくすぐる体だった。
女の子の胸を力任せに揉むのがいいのかわからない。痛いかもしれない。けど、胸の脇からそうっと撫でるとまさにマショマロのようにやわらかい肌が待っている。女が男を誘う手段のひとつに違いない。
その白い肌に夢中で唇をつける。痕が残るくらいに強く吸う。ただ一つの感触を求めて唇をつける。
女の子のエクスタシーを感じたことは無いけど、肌を強く吸われたら痛くないのか? 内出血を起こしてるのにアオイは小さな声を漏らした。
「あ……」
姉ちゃんは夕方まで家には帰らない。
親は仕事で夜まで帰らない。
アオイの家も共働きで実質、門限がない。
だから僕らは夏休みらしく汗をかく。
冷房なんて意味が無い。
最初は僕を誘ってきたアオイが音を上げる。ショートパンツにタンクトップに薄い羽織もの。ヤリたいだけなんだろ? 幼稚園での話なんて嘘なんじゃないの? そんな話、嘘だって本当だって関係ない。
ショートパンツのウエストボタンも外さずに裾から手を差し入れる。
「やぁっ」
アオイがかわいい声を上げる。声が上げられないように隙間なく唇を塞ぐ。
これはゲームだ。
音を上げて、「頼むから終わりにしてください」と頼んだ者が負け。僕が負ける要素はない。僕は攻めの一手だから。
「カエデ……シャワー借りても大丈夫?」
「……」
ベッドの中でシワシワのシーツの海にだらしなく横たわるアオイに目をやる。ほら、仰向けになりながら膝を立てたりすんな。内股だからっていいわけじゃねえぞ。
アオイの目の焦点が怪しい。シャワーを使いたければ使えばいいが、一人で階下までたどり着くのかどうか。とても足に力が入りそうには見えない。
「……何か飲む?」
「飲む」
「じゃあちょっと待ってろよ」
ネコのジャスミンがエアコンの冷気を狙って足元をすり抜けてこないように気をつけながら、ドアを後ろ手に閉める。ジャスミンなんて名前がつくほどの美猫ではなく、ただのクロブチの雑種だが姉ちゃんが名付けた。足元にすり寄って猫撫で声で鳴いている。
こういう時、ネコは今まで僕がしてたことを知ってるんじゃないかと思ってドキリとする。ジャスミンに気づかせないように、「お前にもエサやるよ」と言って一緒に階段を下りた。
リビングは締め切りな上に冷房も切ってあったのでひどい暑さだった。姉ちゃんが帰ってきたらキレるに違いない。あの人は意外と家庭的で、キッチンが暑くなると良くないとすぐに怒る。生ゴミは臭うし、野菜は腐る。
冷気を吐き出す冷蔵庫から麦茶ポットを取り出して、二つのグラスにこぽこぽ注ぐ。グラスの表面がすぐに結露して、僕の鼻の頭には汗がたまる。落ちる前にシャツで拭う。
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快適な温度で迎えられるに違いない。
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