月は隠れ魔女は微笑む

椿屋琴子

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神の深慮と巫女の浅慮

少女とお菓子

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陽もだいぶ落ちてきた頃、森の一角にその洞窟はひっそりと存在していた。膝から崩れ落ちそうになりながらも、あたりを警戒したまま洞窟の中へと足を踏み入れる。明かりは無くてもうっすらと内部の様子が分かるのは、ゾンガの視力が良いだけではなく、中に生えているコケが発光しているおかげだろう。


洞窟の入口から入り込む光が見えなくなる辺りで、一旦ゾンガは足を止めた。洞窟の中には清水が湧き出てい、二人に水分を取らせるばかりで自分をないがしろにしていたゾンガも、思い切りその清水を飲み込んだ。


「お、ねえちゃ…?」

「ね、ネネ、ご、ごめんごめんね、ジ、じい…ジイジをおい、追いかけてる、わ、わるいや、やつがお、おってきて、る、んだ。」

「だいじょぉぶ?ねね、いいこ、してる…よ?」


まだ、熱が下がりきっていないのであろうネネは、それでも必死に傷で引きつった頬を緩めて笑顔を作ろうとする。


「ね、ネネはい、いいこ、だよ?だ、だいじょ、だいじょぶ。わ、わた、わたしが、ま、まも、まもる、か、から、ね。」


幼子に心配をかけまいと少女は、笑顔を浮かべその額にくちづけを落として眠るよう促す。必要になるだろうと思って持ってきた布をネネに巻きつけ抱きかかえ背中を撫でると、ネネは安心したのかそのまま寝息を立て始めた。


「ゾンガ、ネネは眠ったのか。」

「う、うん。」

「そうか…世話になっておきながら、巻き込んで、すまない…」


いつから意識を取り戻したのか、未だ顔色の悪いジイジは岩に寄りかかったままゾンガに謝罪をした。

それに、必死に首を横に振りそれは違うと訴えるゾンガ。話すことが上手くできなくて、上手に伝えることはできないが、どちらにしろゾンガもあの村を追われることになっていたのだから問題はない。ただ、悪いことが重なってしまっただけだ。


「おそらく、あの騎士達は明日か明後日には、ここへ来る。ゾンガ今のうちネネを連れて奥へ行って安全な場所を見つけてくるんだ。」

「わ、わか、わかった」


ジイジのいうことはおそらく本当なのだろうと理解しているゾンガは、己が身にまとっていたマントをジイジの体に巻きつけると、水筒代わりの皮袋に清水をたっぷり入れてそのそばに置いた。足の悪いジイジでは水を上手く組むこともできないかもしれないからだ。こんな状況でもそんな優しい気遣いをする少女に、ジイジは泣きそうな笑顔を向けてその頭を撫でる。


「大丈夫だ、今はまだ夜にもなっていない。近くに月隠れの大森林があるんだ、こんな時間に森へはいろうとする奴はいない。」

安心させるように言い含めると、ゾンガの体を押し返し、行くように促す。

それに、心配そうな表情を浮かべながらも言われた通りに、ネネを抱きかかえると洞窟の奥へと急いで走っていった。この暗がりでも走っていけるゾンガの身体能力に目を見張るものがあるが、それだけでなければ足で纏いを二人も連れて逃げるなどという芸当はとても出ないができないだろう。


「ウィガス人であることが惜しい、な。あれだけの能力なら騎士でも上位になれる。」


本人は騎士になることを是とはしないであろうから、ありえないことだと思いながら、手元に置いてある水を飲もうと手を伸ばせば、その影に置かれたパンと干した肉に手が止まる。

本当に優しい子だ…そう小さく呟いてからパンを齧り水で流し込む。今自分ができることは、少しでも体力を回復し、あの優しい少女の負担を減らすことだ。そう思いながら。



時間の経過はわからないが、だいぶ進んだところに道が二股に別れた場所へとたどり着いた。片方が少々きつい勾配の上り坂で、もう片方がゆるい下り坂だった。それを見てどちらにするかゾンガは考えた。


(右の方が上り坂でキツイけど、左の下り坂より見つかりにくかもしれない。)


そう考えたのは、ほぼ直感に過ぎない。しかし、なにか確信をもったかのように右の上り坂の方へ足を向けたゾンガ。息を切らせながら登りきったそこは、鍾乳石が乱立するちょっとしたホールとなっており、いくつもの入口が見えた。


これ以上進むにはジイジの考えが必要かもしれないと判断したゾンガは、いくらか平らな岩にネネを横たわらせた。


「じょんがおねえちゃん?」

「ね、ネネ、お、おきた?これ、これから、ジイジを、むか、むかえに、いって、いってくるから。」

「ん、ねね、ここにいいこでいるね。」

「う、うん。ほ、ほら、これ、ね、ネネのす、すき、好きなの。」

「あ~、あまいおかしだ。うん!これたべてまってる!」


睡眠をとっていくらか元気が出てきたのかネネは、ゾンガからお菓子を受け取ると、笑顔を浮かべてジイジの元へ走っていくゾンガを見送った。

ウィガス人であるゾンガ達は滅多なことではお菓子など口にすることはない。だけど、元アヴィヌ人であるネネならば甘いものがないのは辛いだろうと、ゾンガが森などで材料をかき集め自作した菓子だった。もちろんネネが食べていたお菓子と比べるまでもなく、さして美味しいものではない。それでもネネは、このゾンガが作ってくれた素朴なお菓子が好きだし、一番美味しいと思っている。


幼い子供ではあるけれど、ウィガス人となって見えてきた世界に怯えるのではなく順応をして生きているのだ。それでもこうやってゾンガが甘やかしてくれるから、両親と会えないことなど些細なことだと思える。ネネは自分の手で、顔にある傷に触れる。そこにある引き連れた傷跡は、家族と自分を引き裂いたもの。でもゾンガと出会わせてくれた傷でもある。最初はこの傷のことで家族に会えないと怯え泣き暮らしていたが、優しいゾンガと共にいるうちに、家族の顔も思い出せないほどに記憶の隅に追いやられてしまった。子供とは存外薄情なものである。


「……ぜったい、あのきしのひとうそついてるもん。」

「誰が嘘をついているの?」


まだ、熱が残るままにぽつんと呟いた言葉はゾンガには届かなかったが、別の存在には届いたらしい。

ネネが驚いて目を見開くと、鍾乳石の乱立する間に埋もれるように女が一人立っていた。薄暗い洞窟の中で女は光苔に照らされて浮かび上がって見える。

痩せぎすな身体に、手入れをしていないのか無造作に伸ばされた髪、その顔は整っているもののネネと同じように傷だらけだった。


「おねえちゃんも、おけがしちゃったの?いたくない?」


いきなり現れた女に怯える様子もなく、ネネは持っていたお菓子を差し出し問いかけた。

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