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三章 ランの誇り
第二十話
しおりを挟む十七日の夜中にコリネロスは塔に帰ってきた。
降りしきる雨の中コリンズさんが塔に迷い込んだあの日から、空模様はずっと荒れている。雨こそやんだものの、どんよりとした雲がずうっと立ち込めているのだ。
リィディは結局一日かけてコリンズさんを彼の住んでいる所に帰して来た――もちろん彼の記憶は消したらしいのだけれど…。
リィディが帰ってきても私は、あの出来事について突っ込んで聞く事はできなかった。やっぱりあの事はリィディの深い場所にあるもので、私だってそうやすやすと踏み入ってはいけないと思ったから。
コリネロスはいつもよりは無口だけど、相変わらずいつもと変わらぬ態度で私に接する。時折見せる寂しげな表情が本心を語っていたけれど、それは結局最後の答えはただ一人で出せと言う事なのだ。
シェナの街の出来事以来私は本当に悩んでいる。人間とは全く異なった力を持つこの体を流れる血の色は、赤ではなくどす黒いのではないのか。街の人達の恐怖に怯える眼を思い出す度に、そんな忌まわしい妄想が頭を覆った。そんな暗い妄想を思い描いてもまだ、期日を明日に控えても私は答えを決められなかったのだ。
私にはあの街の人の眼に耐えられる決意も、同僚の家族の様な魔女達を失う決意も、いまだ持つ事はできない。それにリィディの言ったあの言葉がどうしても気になる。
「――私がそれでも魔女を続けるのは、私が魔女を続けたい理由が、あるから」私の暗く物憂げな頭の中に、彼女の言った言葉が謎かけのように延々と響いていた。
*
そして運命の八月十九日。今日出す答えで全てが決まる、満月の日。
その日、一番初めに森の異変に気付いたのはコリネロスだった。
「狼煙が見えるよ。あれはルック達の家だね。何か異変が起こったらしい…リィディ、ひとっ飛び見ておいで」
私の決断の日だという事で朝から相当気を揉んでいるコリネロスだったが、驚いた様子だった。
塔の屋上から遥か南の方角に狼煙が上がったのだという。私も屋上に上がってルックさんの家のある方角を眺めると、どんよりと垂れ込めた灰色の雲と森の間に黄色の煙が立ち上っているのを見た。
「森に異変があった時は、大地の部族――ルックが狼煙で私達に知らせるきまりがあるのさ」
背後からコリネロスの声がした。階段を上ってきたようだ。
「異変…一体何なのかしら…」
私は細く雲の中にかき消えていく狼煙を見ながら、胸騒ぎを覚えた。
*
私達が部屋に戻りやきもきしている事小一時間、ようやくリィディが戻ってきた。入り口のドアを開けるリィディを二人で迎える。
「一体何があったの?リィディ」
彼女は私を見て頷くと口を開いた。
「ルックさんの家に、アバンテとセラノがいたの」
「アバンテとセラノが…なんで…」
「いるといっても今は疲れきって熟睡しているのよ。なんでも…
昨日の夜中アンナさんが外に出ようとした時、街道を森の方へ行く二人の子供を見たらしいの。夜にベイロンドの――人間にとっては迷いの森とも言える森に、しかも子供二人が入るなんて危ないって、アンナさんが呼び止めたらしいのよ。
名前を聞くとそれがセラノとアバンテだったらしいんだけど、彼等は急がなければならない用事があると言って、頑としてルックさんの家で一泊していこうとはしなかったらしいの。どうにも聞く耳がないのでアンナさんがルックさんを呼びに行こうと、家に入ってルックさんを連れて外に出た時はもう二人はいなかった。
危険だと感じたルックさんはアンナさんを家に残して彼等を探しに行ったらしいの。でも彼等、そう簡単には見つからなくて。森に迷って、疲れ果てて倒れてしまった彼等をルックさんが見つけた時は朝方だったのよ。
ルックさんはほら、森の守り役だから森で迷う事はないでしょう。彼等を連れて家に運んだらしいの。彼等疲れきっていて眼を覚まさなかったんだけど、うわごとでセラノが(ラン…)って言ったらしいのよ。これは何かあったのではないかと思ったルックさんは、私達に知らせる為に狼煙をたいたそうなのよ」
長い説明をリィディが終えてくれた。
セラノとアバンテが何故森へやってきたのだろう…私に何か用があったんだろうか…。
「…二人、まだ目覚めていないのよ。私、まずあなたを呼ぼうと思ってこっちに飛んで戻ってきたの。私が話を聞くよりも、きっとあなた自身が聞いた方がいいと思うから」
「……」
もうきっと会う事なんてないと、楽しく遊ぶ事はもう二度とないと、そう思っていたセラノとアバンテ。どうしよう…私は彼等に会える勇気があるんだろうか。
胸をぎゅうぎゅうとした圧迫が締め付けた。怖い…。
「コリネロス、遠見の目薬はあるかしら?彼等の様子を見てみたいの…」
私は思い出したようにコリネロスを振り返るとそう言った。まずは、二人の様子を見てみたかった。
「…もうないよ。使っちまった」
「だってこの間はまだまだあったじゃない?」
「ないったらないんだよ!どうしようもない。様子が気になるなら見に行くしかないんだよ」
コリネロスは私を睨みつけて言った。
「……」
「どうするの、ラン」
私は考えに考えた。そして、思いついた事があった。
「あ、どこに行くのよラン!」
私はさっと部屋を出ると自分の部屋に向かった。ドアを開けて壁に立てかけられたほうきを手に取る。 それを持って、部屋に戻る。
「ラン…あなた…」
リィディは驚いた様子で私を見た。私の持っている物を見て私の考えている事がわかったのだろう。
「…リィディ、決めたわ。私彼等に会いに行ってみる。屋上に来て」
私はそう行って今度は屋上に上がっていった。曇りがちだった空はやや晴れてきたようで、黒々とした雲の切れ目からわずかに日の光が差し込んでいた。
「ラン、私が後に乗せていこうか?」
「ううん、リィディ。私自分で行く。二人で一本のほうきに乗れば、それだけ時間がかかるもの。私彼等に少しでも早く会いたいから…ほうきの飛翔の魔法のコツはほうきを自分の体の一部だと思う事、そして自分が空に浮かぶイメージを強くもつ事。そうだったよね」
私はほうきにまたがり、「飛べ、飛べ!」と強く念じた。以前練習した時、全くできなかった飛翔の魔法。何故かその時の私は飛べないなんて思わなかった。 私の脚が床からふわりと離れると、ほうきは宙に浮く。
「ラン…」コリネロスは眼を見開き、私を驚いた顔で見た。
「リィディ、行こう!」
リィディも少し驚いて、そしてほうきに乗る。
「コリネロス、行って来るわ」
私達は徒歩で行くのとは比較にもならないくらいのスピードで一路ルックさんの家を目指した。飛翔の魔法が突然できた事も、眼下に広がる森の雄大な景色も気にはならなかった。頭の中にあったのはセラノとアバンテに一刻も早く会う、ただそれだけだ。
彼等が何で私に会いに来たのか、それは全くわからない。不安もある。だけど、私が悩み続けた事の答えを出す鍵、きっかけがきっとあるだろう。そう考えた。
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