21 / 31
三章 ランの誇り
第二十一話
しおりを挟む*
約三十分程ほうきで飛ぶと森が切れ、それから街道にずっと沿って飛んで行く。やがてルックさんの家が見えた。ついこの間来た時とちっとも変わらない。私達はほうきを降りるとドアをノックした。
「ああ、リィディちゃん…ランちゃん、やっと来たか」
ドアから出てきたルックさんは私達を見てそう言った。
「ルックさん、セラノとアバンテに会わせてもらえませんか?」
「ああ、二階に眠っているよ。さあ早く」
いてもたってもいられなくなった私の心情を察してルックさんは素早く中に入った。私達も中に入り、階段を上がった。セラノ達がいるのは、私がシェナに向かう時に泊めてもらった南向きのあの部屋だった。
ドアの前に立ち尽くす私をリィディとルックさんが囲むようにして見ていた。ルックさんは無言で(どうぞ)とドアノブに手を促す。
「……」
私はドアノブを回し一人部屋に入った。部屋は天気のせいで薄暗く、頼りなげなランプがちろちろと灯されているだけだった。
部屋の隅にベッドがあり、そこにシーツをかぶせられて二人分の山が見える。私はゆっくりと彼等の方ににじり寄っていった。時折重みで床板がギィと鳴る。そんな音さえ出してはいけないような、何か神聖で厳かな空間のような気がした
ようやく枕元まで来ると、そこには遠く懐かしいような、この数日間、本心を言ってずっと見たかったセラノとアバンテの顔がそこにはあった。
私は近くの椅子に腰掛け、彼等を眺めた。
疲れきって倒れていたとは思えない、穏やかな表情。だけどその眉一つ動かさない寝顔は何故か私に、このまま永遠に目覚める事のない眠り病なのではないかという想像をもたらして、怖かった。注意して聞くとわかる、すかな規則正しい呼吸音が、そうではない、これは現実なのだと私を呼び戻させるのだった。
「う、うーん…」
セラノが声を出し眼を開けた。一瞬ここがどこなのかと眼をきょろきょろさせ、そして私と眼が合った。セラノはじっと彫像の様に止まったかと思うと、弾けたような驚きを見せて「ラン!?」と叫んだ。
「ええ…セラノ、久しぶり」
「何でランが…?いやそれより、ア、アバンテ、アバンテ!」
セラノは隣にアバンテがいるのに気付くと、彼女を揺り動かし起こそうとした。
「うぅん…セラノ私もう歩けないみたい…」
「アバンテ、起きろ!ランだ、ランがいるんだぞ」
セラノがひときわ強く起こすと、とうとうアバンテもその愛くるしい茶色の瞳を開けたのだった。
「ラ…」
「アバンテ」
私がそう言うか言わないかという瞬間、アバンテはベッドの上でセラノを押しのけると私に抱きついてきたのだ。アバンテのいい匂いと草の匂いがする――。
「ラン…ラン、あたし――あの時…ごめん、あの怪物が…恐ろしいと感じてしまって…でも…ランはあたし達を…あたし達の街を守ってくれたんだろう…?」
「……」
するとセラノもベッドの端に座って私の手を取った。
「ラン。僕あの後アバンテや父さん母さんに話を聞いたよ。ランが本当は魔女なんだって事、倒れた僕を治す為にアバンテと一緒に坑道の精霊を鎮めに行って――怒った精霊が街を襲うのをランが鎮めてくれたんだって」
「……」
するとセラノは少し言いにくそうにうつむきながら、
「…そしてその後それに驚いた街の人達が…」
「あたし達話し合ったんだ。ランはどうして魔女だという事を隠していたんだろうって…そういう魔女の掟があったのかもしれないけど、ラン、ひょっとしてずっと一人で抱え込んでいるものがあって辛かったんじゃないかって。
あたし…ランに相談に乗ってもらったりしたのに、あたしはランに何か友達としてしてあげられたのかなって…それどころかあんな風な態度をとってしまって…すっごく申し訳ないと思ってたんだ……」
アバンテの最後の方は涙声になっていた。
「僕はずっとランにお礼を言いたいと思っていた。どうもありがとう。ランのお陰で助かったよ。本当にありがとうね」
セラノは私の手を強く握ると頭を下げた。そしてアバンテの方を見やりこう言った。
「アバンテは――本当に申し訳ない事をしてしまったって、ずっと僕や少年団の仲間に言っていたんだ。ランを傷つけてしまったって…」
私は胸が一杯になって…どう言ったらいいのかすぐにわからなかった。
泣きはらすアバンテの手を、まっすぐな瞳で私を見つめるセラノの手を取りながら…いつの間にか私はぽつりぽつりと過去の事…両親が死に孤児院に預けられた事、そこで奇病にかかり死にそうになった事、コリネロスとリィディに会い魔女になり…修行、初めての仕事、その中で感じた魔女と言う運命への疑問や葛藤。
…そして今魔女をやめようかどうか迷っている事を話したのだった。
彼等には全てを知ってもらいたかった。例えその先にあるものがあの恐怖に怯えた眼だったとしても、私はもう一度だけ、彼等を信じ、信じてもらいたかった。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説

セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり

ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

アラフォーおっさんの週末ダンジョン探検記
ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
ある日、全世界の至る所にダンジョンと呼ばれる異空間が出現した。
そこには人外異形の生命体【魔物】が存在していた。
【魔物】を倒すと魔石を落とす。
魔石には膨大なエネルギーが秘められており、第五次産業革命が起こるほどの衝撃であった。
世は埋蔵金ならぬ、魔石を求めて日々各地のダンジョンを開発していった。

はずれスキル『本日一粒万倍日』で金も魔法も作物もなんでも一万倍 ~はぐれサラリーマンのスキル頼みな異世界満喫日記~
緋色優希
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて異世界へやってきたサラリーマン麦野一穂(むぎのかずほ)。得たスキルは屑(ランクレス)スキルの『本日一粒万倍日』。あまりの内容に爆笑され、同じように召喚に巻き込まれてきた連中にも馬鹿にされ、一人だけ何一つ持たされず荒城にそのまま置き去りにされた。ある物と言えば、水の樽といくらかの焼き締めパン。どうする事もできずに途方に暮れたが、スキルを唱えたら水樽が一万個に増えてしまった。また城で見つけた、たった一枚の銀貨も、なんと銀貨一万枚になった。どうやら、あれこれと一万倍にしてくれる不思議なスキルらしい。こんな世界で王様の助けもなく、たった一人どうやって生きたらいいのか。だが開き直った彼は『住めば都』とばかりに、スキル頼みでこの異世界での生活を思いっきり楽しむ事に決めたのだった。
老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜
二階堂吉乃
ファンタジー
瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。
白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。
後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。
人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話8話。

ぽっちゃり女子の異世界人生
猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。
最強主人公はイケメンでハーレム。
脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。
落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。
=主人公は男でも女でも顔が良い。
そして、ハンパなく強い。
そんな常識いりませんっ。
私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。
【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる