ベイロンドの魔女

路地裏の喫茶店

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二章 深い海の底から

第五話

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―――黄色い、いやセピアの単色な風景。それは遠い昔見た光景。

 

 そこに私は、ただ泣いている事しかできなかった。崩れ落ちる私の背後には顔もおぼつかない大人の人達が何人もいたけれど、その人達は何か私に聞き取れない言葉でぶつぶつ言うだけで泣きじゃくる私に言葉をかけてはくれなかった。

 拭っても拭っても、涙は溢れてきた。涙で薄ぼやけた私の視界に映るのは…私のとても…大切な人だったような気がする…。

 

 ふと気付くと、光景はがらりと変わっていた。だけどその光景自体は完全に変わっていたと言えるのだけれど、光景の雰囲気、空気は先程と変わらない…息苦しい。そう…そんな感じだ。

 そこは木造の家だった。古くて汚い廊下がきしきしと音を立てる。周りの空気は冷たく、凍えるようだった。私が廊下を進むと眼の前に一人の老女が現れた。

 …コリネロス…いや、違う。

 紫色のドレスを着たすらりと長身の老婆。灰色の髪は丁寧に結い上げられている。口は堅く結ばれ、小さな眼鏡の奥に凍てつくような眼光をたたえていた。

 私はその瞳に耐え切れず老婆に何かを話そうとした。しかし何を話しても老婆はただ私を見下ろすだけだった。

 戦慄を覚え震えて動けなくなる私。すると景色は急に遠のき始めた。私の後姿が小さくなると景色は完全に白濁し、見えなくなった。

 

 

「…ちゃん…ランちゃん…」

 ハッ。

 気がつくと眼の前でアンナさんが覗き込んでいた。私の肩を揺すっていた。

「あ、ごめんなさいね。お風呂が沸いたのよ。寝ちゃっていたから起こそうかどうか迷ったんだけど、今日歩き通しだったでしょう?しっかりお風呂に入って疲れを取ってから寝た方がきっといいって思ったのよ」

「あ、ありがとうございます…お風呂頂いてもいいんですか?」
「あらあら、もちろんよ、どうぞ入ってね~。あら、ランちゃん、頬…」

「え?」

 上半身だけ起きてベッドの上の私は、アンナさんに言われて頬を触ってみた。指先が生暖かく濡れるのを感じ、初めて涙を流していた事に気がついた。

「怖い夢でも見たのかしら?大丈夫?」
「…ええ、大丈夫です」
 私は涙を拭って笑うと、アンナさんは安心したようだった。

「階段を降りて左に行った奥にお風呂場があるわ。あの人がお風呂を沸かしてくれたの」
「ルックさんが?」
「そうそう、お風呂を沸かすのはいつもあの人の仕事なの。さっき頑張ってお風呂沸かしていたみたい」
「あはははは…そ、それじゃあ…あはは、ルックさんにお礼を言ってからお風呂頂きますね!」

 私は部屋を出て階段を降りた。ルックさんとアンナさんは気さくで本当にいい人だ。そう感じたのは事実なんだけれど、私は一方でさっき見た夢がちょっと気になったんだ。何で今頃あんな夢を見たんだろう。私は涙をもう一度ごしごしと拭き取ると、ルックさんのいるリビングに向かった。

 



 

「それじゃあ行って来ます」
 私は荷物の入ったバッグを肩にかけると、ルックさん達を振り返って言った。

「ああ、気を付けてお行き。初仕事、しっかりやれるといいね」
「ランちゃん、また今度遊びに来てね」

 昨日お風呂を頂いてから今度は夢を見る事もなくベッドでぐっすり眠った。やはりお風呂に入ったのがよかったのだろうか、脚の疲れはかなり良くなっていた。これなら難なく今日も歩けそうだ。

 ルックさん達には本当にお世話になった。私はルックさん達の手を握り何度もお礼を言うと、大きく両手を振りながらシェナへと歩き出した。
 照れながら私みたいに子供っぽく両手を振ってくれたルックさん。それをなんなく嬉しそうに真似するアンナさん。素敵な夫婦だったな。

 ※

 昨日と同じ様に途中休み休みしながら街道を進んで行った。相変わらず天気が良くて暑かったが、街道沿いに行けばいいのだから迷う心配は無かった。

 日が傾き暑さも和らいできた頃、私はシェナまでもう一歩という場所まで歩きついていた。ポケットの懐中時計は六時十五分を示している。私の両側には高い峡谷がそびえていた。

スターク峡谷だ。

 聳え立つ断崖の間、くの字に曲がった峡谷を抜けると、遠くに連なる町々と、日が落ちて青みの失われかけた遠くの空を、大きく黒い煙が覆っては消えてゆくのが見えた。
 私は何だろうと思い、街道を一直線に進んで行った。

 峡谷を抜けた場所で、街道は南と東の二手に分かれている。分かれ道には立て札が立っていて、それより先の行く末が記されていた。


「ここより西 コンゴルトの街

ここより南 シェナの街

 及び スターク炭鉱」


 シェナの街へと続く道の方には街の地図を示す立て札も立てられていて、割り方真新しいペンキでシェナの全体図が描かれていた。

 スターク峡谷より南の街道沿いがメインストリートとなっていて、両脇に酒場や宿屋、雑貨屋などが軒を連ねている。中心部の広場の近くには町長さんの屋敷もあるようだ。

 メインストリートをそのまま沿って進むと、街の南に連なるスターク炭鉱があるのだという。炭鉱の近く、街の最南端にはどうやら巨大な石炭工場があるらしかった。さっき見えた巨大な煙は、石炭を精製する工場の煙に違いない。

 私はやや歩調を速めてシェナの街に入ると、まず始めに工場を見てみたいという欲求にかられた。
 通りは人通りが多くは無い。ちらほらと子供や女の人が通っているだけで、両側の店の食堂や酒場にも人はまばらだった。ちょっと想像と違っていたものの私は脚の疲れも忘れ工場の方へと歩いて行った。

 中央広場にある町長さんの本当に大きな屋敷を見ながら、工場は段々と大きくなってきた。広場を過ぎた辺りから人は段々と増え初めてきて、すすけた格好をした男の人達をよく見かける。炭鉱夫の人達だろうか。

 道の両脇の建物が切れて、私は工場の近くまで来た。巨大な木でできた建物の中に、炭鉱から掘り出された石炭を男の人達が運び込んでいる。炭鉱から続くレールの上を荷車で押していくのだ。その誰も彼もが汗をたらし、必至に働いていた。

 石炭を次々と飲み込んで、高い煙突からもうもうと黒い煙を吐くその工場の様は、魔女に伝わる伝説の怪物、全てを飲み込む魔獣リブラルの様。
 工場の巨大さと石炭を次々に運び込む炭鉱夫の人達の光景は、何だか私の知っている日常とはまるでかけ離れた、ひどく違ったものに見えた。

 教会で参拝者をじっと見下ろす像の様に、私はその光景を凝視していた。胸に感じたのは一つの言葉では名づけようのない色々な思いの混じった感情。

 何分間だったか、私はあっけにとられていたんだと思う。

 突然空を走るような鐘の音が連打されると、私はようやく金縛りを解かれたように我を取り戻した。

 絶え間なく鳴る鐘の音。見ると炭鉱夫の人達は肩の力を抜いて溜め息をついていた。手を挙げて肩を回している人もいる。

「仕事の時間が、終わったんだ…」

 いかにも、やがて炭鉱からも多くの炭鉱夫達が現れた。一様に疲れたような、ほっとしたような顔を浮かべていた。その服と顔はさっき見た炭鉱夫の人達の様に真っ黒にすすけていた。

「そうだ!」

 ルピスの啓示の災厄を鎮めるまでは、この街に滞在しなければならないんだ。私はこの街についてまずしなければならなかった事――宿探しを思い出したのだった。

 工場を離れると私は、街に戻って宿を探し始めた。

 

 日はもう暮れはじめてオレンジがかっている。もうじきに暗くなるだろう。街のランプには所々灯がつき始めたが、暗くなっては宿を探すのは骨が折れると思った。メインストリート沿いに宿屋は多くあったが、そのどれもが大きく立派だった。

 いつまでこの街に滞在するのか分からないのだし、コリネロスからもらった路銀を無駄に使う事はできなかったから、なるべく宿泊代の安い宿屋を見つけておこうと思ったのだった。

一通りメインストリート沿いの宿屋を見渡したが、やはりちょっと高めの料金が気になって踏み切れなかった。一応その中で一番料金の安い(とはいってもやはり高いのだけど)宿を覚えておいて、私は裏道を探す事にした。

 その時にはメインストリートは既に仕事から帰った炭鉱夫達が溢れ返っていたんだけど、道を一本入るとやっぱり人気はぐんと減った。灯の少ない住宅の道を適当に歩いてみたけど、何だか店や宿屋は減っている。

「こっちには宿屋はなかったかしら…あれ」

引き返そうと思ったその道の奥に、薄ぼんやりと照らされた看板が見えた。私は目を凝らして黄色いその看板を見ると、文字を読み取る事ができた。

「サファイヤの原石亭」

 こんな裏道にも宿屋があったのだと思い、私はその宿屋に駆け寄った。その宿屋は二階建ての小さな宿だったのだけど、外看板には料金が書かれていなかったので、私は中に入って聞いてみる事にした。

 入り口の床を踏みしめた途端にギィと音が鳴る。木造の安普請そうな内観だった。受付には誰もいなくて、廊下はあまり灯が灯っていないので薄暗かった。ただ唯一受付の脇に続く廊下の突き当たり左にある部屋からは男の人達の豪快な笑い声と共に、強い明かりが漏れていた。

「すいませーん…すいませーん!」

 大きな声を出してホテルの人間を呼ぼうとしたんだけど、誰にも聞こえなかったのか人が出てくる気配はなかった。

「あのおー…」

 もう一度大きな声で呼んでみるか、奥の賑やかな部屋を覗いてみるかと考えた時、廊下の脇にある二階へと続く階段をばたばたと駆け下りる音が聞こえたのだった。

「はーい、はーい!お泊りですか」

 宿屋の人が来たのかと思いきや、現れたのは私と同じ年頃の少年だった。短く刈った金色の髪に、大きな眼、少し華奢な体に水色の半袖とベージュの短ズボンを穿いていた。階段を降りきって私の前に立つと、背丈も同じくらいなのが分かった。

「お泊りでしょうか?」
 宿屋で働く少年なんだろうか、たたんだベッドのシーツを腕に抱えながら、少年は不思議そうに私を覗いた。

「…お一人ですか…?」
「あ、はい。一人です」

「お泊り――で?」
「はい、えっと――」
 まず料金を聞こうと思ったのだけど――。

「ちょっと待って下さいね。父さ――ん、父さ―――ん!」
そう言って少年は奥の賑やかな部屋に小走りで入って行った。

 ややあってその部屋から大柄でたくましい中年の男の人が少年に手を引っ張られるようにして出てきた。

 男の人は始めばつの悪そうな顔をしていたが、近くまで来るとにこっと笑った。

「どうもすみませんでした、お嬢さん。…お泊りですか?」
 男の人はそう言いながら受付の中に入ってそう聞いた。

「いえ、あの…一晩おいくらなんでしょうか…?」
「料金ですか?一晩十五シリンダになりますが」

十五シリンダという料金はとても安かった。コリネロスから預かったお金で随分泊まる事ができるし、メインストリートの宿と比べれば二分の一、三分の一の料金だったのだ。

「泊まります!あ、連泊も大丈夫でしょうか?
「連泊ですか?ええと――」

 男の人は受付に置いてある宿泊リストを見た。

「一部屋空いておりますね。明日以降も予約はないですから、連泊も可能です。うちの宿では連泊のお客様には割引サービスも実施しておりまして――何日間の御利用で?」

「あ…――えっと、連泊になると思うのですが、何日間かまではちょっと…」
「わかりました。それでは連泊の場合は翌日の午後一時までに御連絡ください」

 この男の人、言葉遣いだけを聞くと丁寧なんだけど、豪快そうな顔つきからなんだかとても無理して丁寧に言っているように見える。さっき宿に来てすぐの時に奥の部屋から聞こえた豪快な声の中に、この人の声があったような気がした。

「はい。わかりました」
 私はバッグからお金を出して十五シリンダを払い、宿帳に名前を書くと、男の人から部屋の鍵を受け取った。

「ニ〇三号室になります。セラノ、ご案内して差し上げなさい」
「わかったよ。父さん、今日はもう飲んじゃ駄目だよ」
「わかったわかった」
 少年がそう言うと、男の人は奥の部屋へと戻って行った。

「二階だよ」
 セラノと呼ばれた少年――宿屋の主人の息子らしい――は私の荷物を取って薄暗い階段を上がって行った。私もそれについてゆく。

「こっちだよ」
 階段を上って手前の方側の部屋の、三番目の部屋が私の部屋のようだった。セラノは鍵を開けると、ドアを開いた。

「朝の食事は六時から八時半。夕食は午後六時半から八時まで。その間に一階の――さっき父さん達が騒いでいた部屋…食堂に来て下さいね」
 私のバッグを荷物かけにかけながらセラノは言った。

「どうぞごゆっくり。それじゃあ――」
 セラノは出てゆく時に手を振りながら出て行った。私もつられて手を振り返す。階段を駆け下りる音がすると、私はドアを閉めてベッドに倒れこんだ。薄くてこころもち固いベッドが体重を受けてきしきしと鳴る。だけど私はそんな事はほとんど気にならずに横になりたい気分だった。

 ベッドに横たわると、それ以上動く気力もなく私は心地よい闇に落ちた。

 

 部屋のランプが木造の壁をオレンジ色に染めていた。私はベイロンドの魔女の塔で眠っていた様な錯覚を覚えたが、覚醒すると部屋に一人で眠っていた事を思い出した。

 寝転がりながらポケットを探って懐中時計を取り出す。午後八時十七分だった。

 お腹が鳴って、夕飯を取っていなかった事に気付く。…さっきセラノは宿屋の夕飯は八時までに食堂に来るようにと言っていた。夕飯はもう終わってしまったろう。
 メインストリートの方に食堂が並んでいたので、今日の夕飯はそこで取ろうと思い、バッグの中から小銭入れを取り出した。髪の毛をくしで梳かし、靴をはいて部屋を出た。

 階段を降りて入り口から外に出ようと思ったとき、後から声をかけられた。

「夕飯、食べなかったんだね。お腹減っていなかったの?」
 セラノだった。

「部屋のベッドに横になったら、つい寝ちゃって。だから仕方がないからメインストリートの方で食堂にでも行こうかと思ったの」

「なんだそうなんだ。ならよければ食堂の方においでよ。一応夕食の時間は終わっているけど、まだ余っているからさ」

 私がセラノを見た時に一目で同じ年頃だとわかったように、セラノもそう思ったのだろう。彼の話し方は宿客へのそれではなく、いつの間にか友達に話し掛けるような言葉遣いに変わっていた。
 セラノは手招きをすると私を食堂に呼び寄せた。

 食堂にはさっきまでの活気はなく、というか人の姿は既になくて、沢山のテーブルに食べ散らかされた空の食器や残り物が寂しさを演出していた。

「あはは、まだ片付けてないんだ。ちょっと待ってね」
そう言ってセラノは比較的散らかっていないテーブルを片付けると、クロスをたたんで奥から新しいクロスを持ってきた。クロスをかけてナイフとフォークを一組置くと、椅子も拭いて私を見た。

「ここで座って待ってて。今食べ物持って来るね」
「ありがとう」

 私が椅子に座り待っていると、しばらくしてセラノがトレイに載せて料理を運んで来てくれた。

「お待たせ!今日の夕飯はパンとクリームシチューだよ。もうどうせ時間も過ぎているんだし、ゆっくり食べていいよ」

 セラノはトレイごと私の前に置くと、テーブルの向かいに腰を降ろした。暖めなおしてくれたシチューはとてもおいしそうな匂いをさせていた。「いただきます」と頭を下げて食べ始めた私を、セラノは興味深そうに見つめていた。私が口を開こうとする前に、セラノは切り出した。

「僕の名はセラノ。十四歳だよ。さっき受付に出てきたのが父さんで、父さんは一応ここの宿屋の主人なんだけど、昼間はスターク炭鉱で働いているんだ。炭鉱で働くとすごく疲れるから、夜は仲間と食堂で飲んだり、メインストリートの方に飲みに行ったり遊びに行ったりしている。さっきも食堂が閉まる時間になると、酒場に飲みに行っちゃったよ。だから宿屋の仕事は僕と母さんが大体やっているんだけどね。小さな宿屋だからそれで全然できるんだ。…シチューおいしい?」

「とってもおいしいわ」

「ここいら辺の宿には遠くからやって来た技術者や労働者が泊まる事が多いんだ。だから宿泊代はなるたけ安くしてやれ、料理はなるべく量が多い方がいいってのが父さんの方針でさ、とにかく量と味だけは他の店に負けないようにってね。料理は母さんが作るんだけど、母さんは本当に料理がうまいんだ」

 セラノには初めて会った時から快活そうなイメージを受けたけど、こんなにいっぺんに喋られて私はちょっととまどった。

「えっと君の名前は…ランだよね?ランはどうして一人でこんな町に来たの?」

「それは…」

 セラノにそう聞かれて私は考え込んだ。ルピスの予見でこの町に災厄が訪れるという。だけどそんな事を言ってもセラノには何を言っているのか分からないだろうし、第一私は塔を発つ前にコリネロスとリィディに、魔女であるという事はあえて言わない方がいいと言われていた。

「ちょっと用事があって…」
 そんな言い方ではまた突っ込まれて聞かれるだろうと考えた時、食堂の入り口から声が響いた。

「セラノ!一階の掃除は終わったのかい?あら…へーえ…」

 入り口に現れた大柄な女性は、そう叫ぶと私に気付きテーブルの近くまで来て私を見た。セラノと同じ金色の髪を後で一つにしばり、背中までたらしている。躍動感のある眉毛と、きらきら光る子供のような眼が、好奇心の強そうな人だと思わせた。肩幅があって、力強そうだった。

「部屋で寝ていたら食堂が閉まってしまったって言うんで、シチューを温めなおしてあげたんだ。二〇三号室に入ったランだよ。あ、ラン、僕の母さん、ここのおかみさんなんだ」

 セラノはやや慌て気味にお母さんに説明した。

「は、始めまして。ランです」
 私も席を立ちセラノのお母さんに名乗った。

「あははは。こちらこそ家に泊まってくれてありがとうよ。あたしの名前はマーカントさ。宿泊リストで見たけど、あんた連泊するかもしれないんだって?」

「ええ、そうです」

「そうかい。あんたが我慢できるなら夕食は食堂を閉めてからでもいいよ?この街は見ての通り鉱山で潤う街。色々な地方から労働者がやってくるから、宿に泊まるような人は粗野でがさつな男共がほとんどなのさ。…うちの亭主みたいにねっ。あんたみたいな小さな娘がそんな中に一人でいたんじゃあ食事も取りにくいだろうからねぇ」

「お気を使って下さってありがとうございます。でも私、大丈夫です。みなさんと同じ時間に頂きますね」
 大柄でたくましそうな喋り方をする人だけど、マーカントさんは優しい人だと思った。

「そうかい…わかった!あんた、今日はどこぞから旅してきたんだろ?それを食べて少しゆっくりしたら風呂に――一階の隅に女性用の風呂があるよ――入ってゆっくり休むんだね。セラノ!あたしはこれから買い物があるから、あんたはしっかり食堂の片づけをやっといておくれよ」

 マーカントさんは私とセラノに命令を下すと、「それじゃあね」と言って部屋を出て行った。

「あはは。うるさい家族なんだ」
「…ううんそんな事ない。とっても気の優しそうな家族だね」

「ランのお父さんやお母さんはどんな人なの?」
 セラノは食器や食べ残しを片付けながら、私にそう聞いた。私は食べるのを止めて、少し考えてから言った。

「…両親は、いないわ。お婆さんと姉さんが…いるの」
「そっか!ごめん。…お婆さんとお姉さんは好き?」
「ええ!とっても優しいわ。大好きよ」
 私は遠く離れたベイロンドのリィディとコリネロスを思い浮かべた。今頃は何をしているのだろうか。

「あ、そうだわ。セラノ、セラノは明日お昼頃とかって時間ない?」
 私はとっさに思いついた事をセラノに聞いてみた。

「え、明日?ああ――そうだね、宿泊客が出払った後なら暇になるよ。今は学校も休みだしね。どうしたの?」
「あの、それだったら明日シェナの街の案内をお願いできないかな?」
 シェナに着いたのはいいのだけれど、後は災厄を待つしかない。私はその時できるだけ街の地理を知っていた方がいいと思ったのだった。

「ああ、いいよ。それじゃあ――明日一時半頃に部屋に呼びに行くよ」

「ありがとう。セラノ」
 セラノはにこっとしながら奥の方へ入って行った。私は食事を終えセラノの手伝いをすると、部屋に戻った。

 魔女の本をちらちら見ながら、セラノの元気の良さ、セラノのお父さんとマーカントさんの気の良さそうな表情をを思い出した。あんな両親がいていいなぁ、と思うと同時に、どんなものであるかもわからないけどこの街を襲うという災厄を、必ず鎮めようと思った。

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