2 / 31
一章 ベイロンドの魔女
第二話
しおりを挟む
4
「これかしら?」
私のつんで来た草をリィディが見る。リィディは何本かかきわけると首を振った。
私達は昼過ぎからずっと、夕方の今まで薬草を集めていたのだ。
「これは違うわよ。似ているけど違う草よ」
「えっ本当」
「そうよ。勉強をしっかりとしていないから間違えてしまうのよ。魔女は薬草の知識だってなくちゃあいけないのだから」
「…うん」
私は去年の夏に魔女の修行を始めた。コリネロスやリィディに見守られ魔女の勉強と小さな仕事を繰り返す毎日。
いつの間にかそれには慣れっこになってしまったけど、初めて精霊や魔法の存在を知った時は恐ろしかった。魔女には仕事がきちんとあるのだという。コリネロスは「一人前にもなっていないのに仕事の事を知る必要などない」と言って教えてくれない。リィディもそれは教えてくれないのだが、実際彼女達は仕事だと言い塔を何日か空ける時がある。私もやがて、その魔女の仕事をやる時が来るのだろうか。
「リィディ、私もいつか魔女の仕事をするんだよね」
リィディは草を持った手を降ろし湖の対岸に眼を見やると、考える素振りを見せた。
「そうね…まだまだ覚える事はあるけれど…もうそろそろ仕事に出てもいいのかもしれない。ラン、あなたは魔女としての仕事を今すぐやりたい?」
「…きっとその為に私…魔女になったのだと――思うし…」
「…そう、わかったわ。今日にでもコリネロスに聞いてみましょう」
リィディは相変わらず対岸を見やったまま言った。
日が西に落ち始めて風景がやや影を帯びる。生暖い大気が湖の方から私達の頬をなでていった。ふと見た時計は午後四時を示していた。
「あともうちょっと薬草を集めて帰りましょう」
リィディは私の方を振り返りそう言うと私の手を取って歩き出した。私は黙ってついて歩く。
一年か…ここでは時間の流れるのが早かった…。
5
古びた塔の石壁をランプの光がオレンジ色に染める。窓の外はもうとうに暗くなっていて、黒々とした森にはセミの鳴く声だけがこだましていた。リィディが煮込んだ鶏肉と木の子のシチューの鍋ががテーブルに置かれる。既に夕食の時間だ。
「うまそうだね」
コリネロスが階段を上がってきて開口一番そう言った。彼女はさっき私達が採って来た薬草を受け取ると、再び薬を作り始めたのだった。
私はテーブルに食器を並べると人数分のシチューをよそった。リィディもこちらにやって来てテーブルについた。
「いただきます」
静かに夕食が始まった。シチューを一口食べてみると、暖かいクリームソースが空腹を癒した。
「コリネロス」
リィディがシチューを口に入れようかと言うコリネロスにそう言った。
「なんだい?」
「ランはもうそろそろ仕事をする時期だと思うの」
「いきなり何を言うかと思えば…この娘の魔法はまだまだ半人前だよ!」
コリネロスはやや憤慨した様子でリィディに言い返した。
「そうね…確かにこの子はまだまだ勉強する事があるわ。でももう魔法を勉強して一年になるわ。そろそろ魔女として生きていく意味を知る必要があると思う」
コリネロスの反応に比べ、リィディの物言いは静かに落ち着いている。
「確かに一年勉強したけどね、ランはあんたとは違う。まだまだ仕事に出るなんて――」
「魔女の仕事は銀の月の女神ルピスの啓示にて。そうよね?」
コリネロスがなおも反対するのをさえぎるようにしてリィディが言った。
私は聞いた事がある。リィディはこの塔に来て半年程で上級魔法まで操れるようになったのだという。そしてルピスの啓示を受けて初仕事に出たのだと。
「ふん、確かにそうだったね。じゃあそのルピスの啓示を聞いてみようじゃないか。結局何を言い合ってもそれが一番早いのだから。ラン、あんたは夕食を食べ終わったら占いの間に行くんだよ」
夕食後コリネロスはそう言ったまま自分の部屋に戻ると、しばらくして紫色の小さな袋を持ってきた。袋の表面はごつごつとしていて、何か固い物が無数に入っていそうだった。
「ルピスの啓示を受けてみよう。この袋に入った十三個の石が、ランの運命を告げる。あんたが魔女の仕事を始めるべきかどうかをね…あたしゃどう考えてもまだ早いと思うんだがね、だがリィディの言う通りそれはルピスの決める事さ。さあ占いの部屋に行こうじゃないか」
コリネロスはそう言って足早に――といっても彼女にとっての、だが――階段を降りていった。私達も一階に向かった。
塔の入り口から右側に二階に登る階段がある。占い部屋というのは入り口から見て左側のドアを入った部屋の事だ。
私はまだこの部屋には入った事はない。コリネロスが占いをやる時は一人で部屋に入るし、私はこの部屋に入る事を禁じられていた。
「さあ入りな」
コリネロスがドアを開けて私達を招き入れた。部屋は思ったよりも大きい。ドアの正面には高い位置に窓があり、月の光が差し込んでいる。三方の壁にはキメの細かい紫色の布がかけられている。いかにも占いの部屋といった神秘的なムードの部屋だ。
「始めるよ、二人とも座りな」
そう言いながらコリネロスは床に腰を降ろすと、黒い布を取り出して床に敷いた。そして袋の中のものを全てその上に出した。
袋の中に入っていたのは、様々な色をした石…赤、黄色、緑…。
「十三個の輝石よ。この石が黒布に散らばって、ルピスの夜空をあらわすわ。夜空の星模様はルピスの啓示。ラン、あなたが仕事に出るだけの時期が来ているのかどうかはルピスが知っている…」
リィディが私の肩に手をかけてそう言った。コリネロスは「行くよ」と言うと、魔法の印を結び呪文を唱えた。
するとコリネロスの魔法に呼応して十三個の石が銀色に輝いた。銀色の光は石を取り巻くように回転すると、やがて竜巻のように集束する。その渦に引き込まれて石も緩やかに回転しだした。
「銀の月の神ルピスよ、魔女ランがその使命を果たすにふさわしい魔女かどうか、示しておくれ!」
「キャッ!」
コリネロスの印に気合が入る。窓から差し込む月の光が一瞬強さを増したかと思うと、石を取り巻く銀色の光は強くはじけた。
私はその光のまぶしさに、瞬間眼を閉じた。
恐る恐る眼を開けると既に光は消えていて、輝石は黒布の上に散らばっていた。私にはその配置が何を示すものかわからない。
「…そんな馬鹿な…ルピスは…」
コリネロスは自分の眼が信じられないといった様子でぱちぱちとしていた。
「これは…ほうき星の配置!ルピスはランを認めたと言う事だわ…」
ほうき星というのはベイロンドの夜闇を一年中降り注ぐ彗星の事だ。星のきらめく空の中を一筋二筋と光り、軌跡を残しては消えていくほうき星。月と夜空を司るルピスが流れ星に乗っている女神である事から―ルピスの示す希望、前進の意味合いを持った星なのだ。
「…ふん、どうしてだかは知らないけどね。リィディの言う通りルピスはランを認めたらしいよ。あんたは仕事に出る資格を得た事になる…あたしゃーあんたはもっともっと魔法の勉強をしなくちゃいけないと思ってるのにさ!」
コリネロスはいまいましそうに輝石を袋にしまい、黒布をたたむとそう言った。私達は占いの部屋を出ると、自然とホールに立ち尽くした。
リィディと眼が合うと、リィディは顔を近づけて私を覗き込んだ。
「ラン、本当にあなた一人で仕事をやれる?」
リィディの真剣な眼。曇りのない眼。
「私――魔女になって、よくわからないうちに魔法の勉強を始めて――いつからかずっと考えていた。何の為に魔女になって、何の為に魔法の勉強をしているのか…私は何の為にいるのか…ずっとそれが知りたかった…だからそれを知りたいから、私この仕事を自分だけでこなしてみたい」
「そう――仕事の内容は旅立ちの朝に告げられるのが習わし。今は言えない。だけどあなたはいつでも仕事に出られるように、最低限の準備だけはしておきなさい」
「私、私の覚えた事を全て使って仕事をやってみる」
深く頭を下げ強くそう言った私に、コリネロスは半分諦めたように吐き出した。
「…ついにこの日が来たね…仕方がないね……ラン、魔女の仕事と言うのはいつ訪れるかはわからない。だけどその分仕事の日取りが決まるまでは、今まで以上に魔法や精霊の勉強に身を入れなさい。いいね」
それがベイロンドの塔主の言葉だった。
6
ルピスの啓示を受けて四日。私は魔法の勉強をしたり薬草を取りに行ったりと、これまで通りの生活をしていた。ただ魔法の勉強はいつになく集中できたように思う。
「遠くないうちに次の仕事は訪れるだろう」というコリネロスの言葉を聞き、心の準備はできていたはずだった。ところが、
「ラン、仕事は明日に決まったよ。準備をしときな」
私が夕食の支度をしている時、部屋のドアを開けるなりコリネロスが大声で言った。
あの時コリネロスは、その前に占いの部屋で占いを立ててみると言っていたんだ。リィディに聞いたんだけど、仕事というのは魔女が定期的に立てる占い――予知から決まるのだそうだ。大気の精霊の流れとルピスの啓示がが、それを教えてくれるのだと言う。
とにかくコリネロスの予言通り私の初仕事は早くに決まった。そういう訳で私は夕食を済ませると、自分の部屋で仕事に出る為の準備の再点検を始めた。
ベッドの上に腰掛けながら荷物を選ぶ。着替えを数枚に魔法の本、そして道具をたすきがけのバックに入れる。壁に立てかけられたほうきは…私はまだほうきで空を飛ぶ魔法が使えないのだからいらない。
後は…。
「ラン、仕度は終わったの?」
するとリィディが見に来た。リィディはベッド近くまで歩いてくると、「どれどれ」と言いながら私のバックの中身を点検した。
「うん、大体オッケーね。後はこれ」
そう言ってリィディは小さな袋と林檎を二つ私に手渡した。小さな袋はちょっぴり重量感があり、ジャラジャラという音を立てた。
「お金?」
「そうよ、仕事先での滞在費になさい。余分に入れてある訳ではないから無駄遣いはしないようにね」
「この林檎は?食べるの?」
「一つは食べてもいいわよ。もう一つはしばらくとって置きなさい。使う事があるかもしれないからね。屋上の林檎は腐りにくいから、バックの中にいれておくわね」
「うん」
「よし、こんなところね」
リィディはバックをぽんと叩くと、ベッドに腰掛けて私の隣に座った。顔をこっちに向けて、澄んだ黒い眼で私を見つめる。だけどその眼には憂いの様子を秘めていた。
「これかしら?」
私のつんで来た草をリィディが見る。リィディは何本かかきわけると首を振った。
私達は昼過ぎからずっと、夕方の今まで薬草を集めていたのだ。
「これは違うわよ。似ているけど違う草よ」
「えっ本当」
「そうよ。勉強をしっかりとしていないから間違えてしまうのよ。魔女は薬草の知識だってなくちゃあいけないのだから」
「…うん」
私は去年の夏に魔女の修行を始めた。コリネロスやリィディに見守られ魔女の勉強と小さな仕事を繰り返す毎日。
いつの間にかそれには慣れっこになってしまったけど、初めて精霊や魔法の存在を知った時は恐ろしかった。魔女には仕事がきちんとあるのだという。コリネロスは「一人前にもなっていないのに仕事の事を知る必要などない」と言って教えてくれない。リィディもそれは教えてくれないのだが、実際彼女達は仕事だと言い塔を何日か空ける時がある。私もやがて、その魔女の仕事をやる時が来るのだろうか。
「リィディ、私もいつか魔女の仕事をするんだよね」
リィディは草を持った手を降ろし湖の対岸に眼を見やると、考える素振りを見せた。
「そうね…まだまだ覚える事はあるけれど…もうそろそろ仕事に出てもいいのかもしれない。ラン、あなたは魔女としての仕事を今すぐやりたい?」
「…きっとその為に私…魔女になったのだと――思うし…」
「…そう、わかったわ。今日にでもコリネロスに聞いてみましょう」
リィディは相変わらず対岸を見やったまま言った。
日が西に落ち始めて風景がやや影を帯びる。生暖い大気が湖の方から私達の頬をなでていった。ふと見た時計は午後四時を示していた。
「あともうちょっと薬草を集めて帰りましょう」
リィディは私の方を振り返りそう言うと私の手を取って歩き出した。私は黙ってついて歩く。
一年か…ここでは時間の流れるのが早かった…。
5
古びた塔の石壁をランプの光がオレンジ色に染める。窓の外はもうとうに暗くなっていて、黒々とした森にはセミの鳴く声だけがこだましていた。リィディが煮込んだ鶏肉と木の子のシチューの鍋ががテーブルに置かれる。既に夕食の時間だ。
「うまそうだね」
コリネロスが階段を上がってきて開口一番そう言った。彼女はさっき私達が採って来た薬草を受け取ると、再び薬を作り始めたのだった。
私はテーブルに食器を並べると人数分のシチューをよそった。リィディもこちらにやって来てテーブルについた。
「いただきます」
静かに夕食が始まった。シチューを一口食べてみると、暖かいクリームソースが空腹を癒した。
「コリネロス」
リィディがシチューを口に入れようかと言うコリネロスにそう言った。
「なんだい?」
「ランはもうそろそろ仕事をする時期だと思うの」
「いきなり何を言うかと思えば…この娘の魔法はまだまだ半人前だよ!」
コリネロスはやや憤慨した様子でリィディに言い返した。
「そうね…確かにこの子はまだまだ勉強する事があるわ。でももう魔法を勉強して一年になるわ。そろそろ魔女として生きていく意味を知る必要があると思う」
コリネロスの反応に比べ、リィディの物言いは静かに落ち着いている。
「確かに一年勉強したけどね、ランはあんたとは違う。まだまだ仕事に出るなんて――」
「魔女の仕事は銀の月の女神ルピスの啓示にて。そうよね?」
コリネロスがなおも反対するのをさえぎるようにしてリィディが言った。
私は聞いた事がある。リィディはこの塔に来て半年程で上級魔法まで操れるようになったのだという。そしてルピスの啓示を受けて初仕事に出たのだと。
「ふん、確かにそうだったね。じゃあそのルピスの啓示を聞いてみようじゃないか。結局何を言い合ってもそれが一番早いのだから。ラン、あんたは夕食を食べ終わったら占いの間に行くんだよ」
夕食後コリネロスはそう言ったまま自分の部屋に戻ると、しばらくして紫色の小さな袋を持ってきた。袋の表面はごつごつとしていて、何か固い物が無数に入っていそうだった。
「ルピスの啓示を受けてみよう。この袋に入った十三個の石が、ランの運命を告げる。あんたが魔女の仕事を始めるべきかどうかをね…あたしゃどう考えてもまだ早いと思うんだがね、だがリィディの言う通りそれはルピスの決める事さ。さあ占いの部屋に行こうじゃないか」
コリネロスはそう言って足早に――といっても彼女にとっての、だが――階段を降りていった。私達も一階に向かった。
塔の入り口から右側に二階に登る階段がある。占い部屋というのは入り口から見て左側のドアを入った部屋の事だ。
私はまだこの部屋には入った事はない。コリネロスが占いをやる時は一人で部屋に入るし、私はこの部屋に入る事を禁じられていた。
「さあ入りな」
コリネロスがドアを開けて私達を招き入れた。部屋は思ったよりも大きい。ドアの正面には高い位置に窓があり、月の光が差し込んでいる。三方の壁にはキメの細かい紫色の布がかけられている。いかにも占いの部屋といった神秘的なムードの部屋だ。
「始めるよ、二人とも座りな」
そう言いながらコリネロスは床に腰を降ろすと、黒い布を取り出して床に敷いた。そして袋の中のものを全てその上に出した。
袋の中に入っていたのは、様々な色をした石…赤、黄色、緑…。
「十三個の輝石よ。この石が黒布に散らばって、ルピスの夜空をあらわすわ。夜空の星模様はルピスの啓示。ラン、あなたが仕事に出るだけの時期が来ているのかどうかはルピスが知っている…」
リィディが私の肩に手をかけてそう言った。コリネロスは「行くよ」と言うと、魔法の印を結び呪文を唱えた。
するとコリネロスの魔法に呼応して十三個の石が銀色に輝いた。銀色の光は石を取り巻くように回転すると、やがて竜巻のように集束する。その渦に引き込まれて石も緩やかに回転しだした。
「銀の月の神ルピスよ、魔女ランがその使命を果たすにふさわしい魔女かどうか、示しておくれ!」
「キャッ!」
コリネロスの印に気合が入る。窓から差し込む月の光が一瞬強さを増したかと思うと、石を取り巻く銀色の光は強くはじけた。
私はその光のまぶしさに、瞬間眼を閉じた。
恐る恐る眼を開けると既に光は消えていて、輝石は黒布の上に散らばっていた。私にはその配置が何を示すものかわからない。
「…そんな馬鹿な…ルピスは…」
コリネロスは自分の眼が信じられないといった様子でぱちぱちとしていた。
「これは…ほうき星の配置!ルピスはランを認めたと言う事だわ…」
ほうき星というのはベイロンドの夜闇を一年中降り注ぐ彗星の事だ。星のきらめく空の中を一筋二筋と光り、軌跡を残しては消えていくほうき星。月と夜空を司るルピスが流れ星に乗っている女神である事から―ルピスの示す希望、前進の意味合いを持った星なのだ。
「…ふん、どうしてだかは知らないけどね。リィディの言う通りルピスはランを認めたらしいよ。あんたは仕事に出る資格を得た事になる…あたしゃーあんたはもっともっと魔法の勉強をしなくちゃいけないと思ってるのにさ!」
コリネロスはいまいましそうに輝石を袋にしまい、黒布をたたむとそう言った。私達は占いの部屋を出ると、自然とホールに立ち尽くした。
リィディと眼が合うと、リィディは顔を近づけて私を覗き込んだ。
「ラン、本当にあなた一人で仕事をやれる?」
リィディの真剣な眼。曇りのない眼。
「私――魔女になって、よくわからないうちに魔法の勉強を始めて――いつからかずっと考えていた。何の為に魔女になって、何の為に魔法の勉強をしているのか…私は何の為にいるのか…ずっとそれが知りたかった…だからそれを知りたいから、私この仕事を自分だけでこなしてみたい」
「そう――仕事の内容は旅立ちの朝に告げられるのが習わし。今は言えない。だけどあなたはいつでも仕事に出られるように、最低限の準備だけはしておきなさい」
「私、私の覚えた事を全て使って仕事をやってみる」
深く頭を下げ強くそう言った私に、コリネロスは半分諦めたように吐き出した。
「…ついにこの日が来たね…仕方がないね……ラン、魔女の仕事と言うのはいつ訪れるかはわからない。だけどその分仕事の日取りが決まるまでは、今まで以上に魔法や精霊の勉強に身を入れなさい。いいね」
それがベイロンドの塔主の言葉だった。
6
ルピスの啓示を受けて四日。私は魔法の勉強をしたり薬草を取りに行ったりと、これまで通りの生活をしていた。ただ魔法の勉強はいつになく集中できたように思う。
「遠くないうちに次の仕事は訪れるだろう」というコリネロスの言葉を聞き、心の準備はできていたはずだった。ところが、
「ラン、仕事は明日に決まったよ。準備をしときな」
私が夕食の支度をしている時、部屋のドアを開けるなりコリネロスが大声で言った。
あの時コリネロスは、その前に占いの部屋で占いを立ててみると言っていたんだ。リィディに聞いたんだけど、仕事というのは魔女が定期的に立てる占い――予知から決まるのだそうだ。大気の精霊の流れとルピスの啓示がが、それを教えてくれるのだと言う。
とにかくコリネロスの予言通り私の初仕事は早くに決まった。そういう訳で私は夕食を済ませると、自分の部屋で仕事に出る為の準備の再点検を始めた。
ベッドの上に腰掛けながら荷物を選ぶ。着替えを数枚に魔法の本、そして道具をたすきがけのバックに入れる。壁に立てかけられたほうきは…私はまだほうきで空を飛ぶ魔法が使えないのだからいらない。
後は…。
「ラン、仕度は終わったの?」
するとリィディが見に来た。リィディはベッド近くまで歩いてくると、「どれどれ」と言いながら私のバックの中身を点検した。
「うん、大体オッケーね。後はこれ」
そう言ってリィディは小さな袋と林檎を二つ私に手渡した。小さな袋はちょっぴり重量感があり、ジャラジャラという音を立てた。
「お金?」
「そうよ、仕事先での滞在費になさい。余分に入れてある訳ではないから無駄遣いはしないようにね」
「この林檎は?食べるの?」
「一つは食べてもいいわよ。もう一つはしばらくとって置きなさい。使う事があるかもしれないからね。屋上の林檎は腐りにくいから、バックの中にいれておくわね」
「うん」
「よし、こんなところね」
リィディはバックをぽんと叩くと、ベッドに腰掛けて私の隣に座った。顔をこっちに向けて、澄んだ黒い眼で私を見つめる。だけどその眼には憂いの様子を秘めていた。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
希望が丘駅前商店街~黒猫のスキャット~
白い黒猫
ライト文芸
ここは東京郊外松平市にある希望が丘駅前商店街、通称【ゆうYOU ミラーじゅ希望ヶ丘】。
国会議員の重光幸太郎先生の膝元であるこの土地にある商店街はパワフルで個性的な人が多く明るく元気な街。
その商店街にあるJazzBar『黒猫』にバイトすることになった小野大輔。優しいマスターとママ、シッカリしたマネージャーのいる職場は楽しく快適。しかし……何か色々不思議な場所だった。~透明人間の憂鬱~と同じ店が舞台のお話です。
※ 鏡野ゆうさんの『政治家の嫁は秘書様』に出てくる商店街が物語を飛び出し、仲良し作家さんの活動スポットとなってしまいました。その為に商店街には他の作家さんが書かれたキャラクターが生活しており、この物語においても様々な形で登場しています。鏡野ゆうさん及び、登場する作家さんの許可を得て創作させて頂いております。
コラボ作品はコチラとなっております。
【政治家の嫁は秘書様】
https://www.alphapolis.co.jp/novel/210140744/354151981
【希望が丘駅前商店街 in 『居酒屋とうてつ』とその周辺の人々 】
https://www.alphapolis.co.jp/novel/274274583/188152339
【日々是好日、希望が丘駅前商店街-神神飯店エソ、オソオセヨ(にいらっしゃいませ)】
https://www.alphapolis.co.jp/novel/177101198/505152232
【希望が丘駅前商店街~看板娘は招き猫?喫茶トムトム元気に開店中~】
https://ncode.syosetu.com/n7423cb/
【希望が丘駅前商店街 ―姉さん。篠宮酒店は、今日も平常運転です。―】
https://www.alphapolis.co.jp/novel/172101828/491152376
【Blue Mallowへようこそ~希望が丘駅前商店街】
https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/427152271
【希望が丘駅前商店街~透明人間の憂鬱~】
https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/427152271
【希望が丘駅前商店街~黒猫のスキャット~】
https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/813152283
【第2部完結】勇者参上!!~究極奥義を取得した俺は来た技全部跳ね返す!究極術式?十字剣?最強魔王?全部まとめてかかってこいや!!~
Bonzaebon
ファンタジー
『ヤツは泥だらけになっても、傷だらけになろうとも立ち上がる。』
元居た流派の宗家に命を狙われ、激戦の末、究極奥義を完成させ、大武会を制した勇者ロア。彼は強敵達との戦いを経て名実ともに強くなった。
「今度は……みんなに恩返しをしていく番だ!」
仲間がいてくれたから成長できた。だからこそ、仲間のみんなの力になりたい。そう思った彼は旅を続ける。俺だけじゃない、みんなもそれぞれ問題を抱えている。勇者ならそれを手助けしなきゃいけない。
『それはいつか、あなたの勇気に火を灯す……。』
いい子ちゃんなんて嫌いだわ
F.conoe
ファンタジー
異世界召喚され、聖女として厚遇されたが
聖女じゃなかったと手のひら返しをされた。
おまけだと思われていたあの子が聖女だという。いい子で優しい聖女さま。
どうしてあなたは、もっと早く名乗らなかったの。
それが優しさだと思ったの?
旅路ー元特攻隊員の願いと希望ー
ぽんた
歴史・時代
舞台は1940年代の日本。
軍人になる為に、学校に入学した
主人公の田中昴。
厳しい訓練、激しい戦闘、苦しい戦時中の暮らしの中で、色んな人々と出会い、別れ、彼は成長します。
そんな彼の人生を、年表を辿るように物語りにしました。
※この作品は、残酷な描写があります。
※直接的な表現は避けていますが、性的な表現があります。
※「小説家になろう」「ノベルデイズ」でも連載しています。
ベルと小さな白い龍
彩女莉瑠
ファンタジー
ドラゴンのウロコが名産の村、ドラッヘン村。
そこに住む九歳の少女、ベルは立派な魔法使いになるためにドラッヘン魔導院へと通っていた。
しかしそこでのベルは落ちこぼれ。
そんな日常の中、ベルは森の中で傷ついた小さな白い龍に出会う。
落ちこぼれの魔法使い見習いベルと、小さな白い龍チビの日常が始まった。
最初から最後まで
相沢蒼依
恋愛
※メリバ作品になりますので、そういうの無理な方はリターンお願いします!
☆世界観は、どこかの異世界みたいな感じで捉えてほしいです。時間軸は現代風ですが、いろんなことが曖昧ミーな状態です。生温かい目で閲覧していただけると幸いです。
登場人物
☆砂漠と緑地の狭間でジュース売りをしている青年、ハサン。美少年の手で搾りたてのジュースが飲めることを売りにするために、幼いころから強制的に仕事を手伝わされた経緯があり、両親を激しく憎んでいる。ぱっと見、女性にも見える自分の容姿に嫌悪感を抱いている。浅黒い肌に黒髪、紫色の瞳の17歳。
♡生まれつきアルビノで、すべての色素が薄く、白金髪で瞳がオッドアイのマリカ、21歳。それなりに裕福な家に生まれたが、見た目のせいで婚期を逃していた。ところがそれを気にいった王族の目に留まり、8番目の妾としてマリカを迎え入れることが決まる。輿入れの日までの僅かな時間を使って、自由を謳歌している最中に、ハサンと出逢う。自分にはないハサンの持つ色に、マリカは次第に惹かれていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる