ベイロンドの魔女

路地裏の喫茶店

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一章 ベイロンドの魔女

第二話

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「これかしら?」
 私のつんで来た草をリィディが見る。リィディは何本かかきわけると首を振った。

 私達は昼過ぎからずっと、夕方の今まで薬草を集めていたのだ。
「これは違うわよ。似ているけど違う草よ」
「えっ本当」
「そうよ。勉強をしっかりとしていないから間違えてしまうのよ。魔女は薬草の知識だってなくちゃあいけないのだから」

「…うん」
 私は去年の夏に魔女の修行を始めた。コリネロスやリィディに見守られ魔女の勉強と小さな仕事を繰り返す毎日。

 いつの間にかそれには慣れっこになってしまったけど、初めて精霊や魔法の存在を知った時は恐ろしかった。魔女には仕事がきちんとあるのだという。コリネロスは「一人前にもなっていないのに仕事の事を知る必要などない」と言って教えてくれない。リィディもそれは教えてくれないのだが、実際彼女達は仕事だと言い塔を何日か空ける時がある。私もやがて、その魔女の仕事をやる時が来るのだろうか。

「リィディ、私もいつか魔女の仕事をするんだよね」
 リィディは草を持った手を降ろし湖の対岸に眼を見やると、考える素振りを見せた。

「そうね…まだまだ覚える事はあるけれど…もうそろそろ仕事に出てもいいのかもしれない。ラン、あなたは魔女としての仕事を今すぐやりたい?」

「…きっとその為に私…魔女になったのだと――思うし…」
「…そう、わかったわ。今日にでもコリネロスに聞いてみましょう」
 リィディは相変わらず対岸を見やったまま言った。
日が西に落ち始めて風景がやや影を帯びる。生暖い大気が湖の方から私達の頬をなでていった。ふと見た時計は午後四時を示していた。

「あともうちょっと薬草を集めて帰りましょう」
 リィディは私の方を振り返りそう言うと私の手を取って歩き出した。私は黙ってついて歩く。
 一年か…ここでは時間の流れるのが早かった…。
 

 
 古びた塔の石壁をランプの光がオレンジ色に染める。窓の外はもうとうに暗くなっていて、黒々とした森にはセミの鳴く声だけがこだましていた。リィディが煮込んだ鶏肉と木の子のシチューの鍋ががテーブルに置かれる。既に夕食の時間だ。

「うまそうだね」
 コリネロスが階段を上がってきて開口一番そう言った。彼女はさっき私達が採って来た薬草を受け取ると、再び薬を作り始めたのだった。
私はテーブルに食器を並べると人数分のシチューをよそった。リィディもこちらにやって来てテーブルについた。

「いただきます」
 静かに夕食が始まった。シチューを一口食べてみると、暖かいクリームソースが空腹を癒した。

「コリネロス」
 リィディがシチューを口に入れようかと言うコリネロスにそう言った。

「なんだい?」
「ランはもうそろそろ仕事をする時期だと思うの」
「いきなり何を言うかと思えば…この娘の魔法はまだまだ半人前だよ!」
 コリネロスはやや憤慨した様子でリィディに言い返した。

「そうね…確かにこの子はまだまだ勉強する事があるわ。でももう魔法を勉強して一年になるわ。そろそろ魔女として生きていく意味を知る必要があると思う」

 コリネロスの反応に比べ、リィディの物言いは静かに落ち着いている。
「確かに一年勉強したけどね、ランはあんたとは違う。まだまだ仕事に出るなんて――」

「魔女の仕事は銀の月の女神ルピスの啓示にて。そうよね?」
 コリネロスがなおも反対するのをさえぎるようにしてリィディが言った。

 私は聞いた事がある。リィディはこの塔に来て半年程で上級魔法まで操れるようになったのだという。そしてルピスの啓示を受けて初仕事に出たのだと。

「ふん、確かにそうだったね。じゃあそのルピスの啓示を聞いてみようじゃないか。結局何を言い合ってもそれが一番早いのだから。ラン、あんたは夕食を食べ終わったら占いの間に行くんだよ」

 夕食後コリネロスはそう言ったまま自分の部屋に戻ると、しばらくして紫色の小さな袋を持ってきた。袋の表面はごつごつとしていて、何か固い物が無数に入っていそうだった。

「ルピスの啓示を受けてみよう。この袋に入った十三個の石が、ランの運命を告げる。あんたが魔女の仕事を始めるべきかどうかをね…あたしゃどう考えてもまだ早いと思うんだがね、だがリィディの言う通りそれはルピスの決める事さ。さあ占いの部屋に行こうじゃないか」
 コリネロスはそう言って足早に――といっても彼女にとっての、だが――階段を降りていった。私達も一階に向かった。
 
 塔の入り口から右側に二階に登る階段がある。占い部屋というのは入り口から見て左側のドアを入った部屋の事だ。

 私はまだこの部屋には入った事はない。コリネロスが占いをやる時は一人で部屋に入るし、私はこの部屋に入る事を禁じられていた。

「さあ入りな」
 コリネロスがドアを開けて私達を招き入れた。部屋は思ったよりも大きい。ドアの正面には高い位置に窓があり、月の光が差し込んでいる。三方の壁にはキメの細かい紫色の布がかけられている。いかにも占いの部屋といった神秘的なムードの部屋だ。

「始めるよ、二人とも座りな」
 そう言いながらコリネロスは床に腰を降ろすと、黒い布を取り出して床に敷いた。そして袋の中のものを全てその上に出した。

 袋の中に入っていたのは、様々な色をした石…赤、黄色、緑…。

「十三個の輝石よ。この石が黒布に散らばって、ルピスの夜空をあらわすわ。夜空の星模様はルピスの啓示。ラン、あなたが仕事に出るだけの時期が来ているのかどうかはルピスが知っている…」

 リィディが私の肩に手をかけてそう言った。コリネロスは「行くよ」と言うと、魔法の印を結び呪文を唱えた。

 するとコリネロスの魔法に呼応して十三個の石が銀色に輝いた。銀色の光は石を取り巻くように回転すると、やがて竜巻のように集束する。その渦に引き込まれて石も緩やかに回転しだした。

「銀の月の神ルピスよ、魔女ランがその使命を果たすにふさわしい魔女かどうか、示しておくれ!」
「キャッ!」
 コリネロスの印に気合が入る。窓から差し込む月の光が一瞬強さを増したかと思うと、石を取り巻く銀色の光は強くはじけた。

 私はその光のまぶしさに、瞬間眼を閉じた。
恐る恐る眼を開けると既に光は消えていて、輝石は黒布の上に散らばっていた。私にはその配置が何を示すものかわからない。

「…そんな馬鹿な…ルピスは…」
 コリネロスは自分の眼が信じられないといった様子でぱちぱちとしていた。
「これは…ほうき星の配置!ルピスはランを認めたと言う事だわ…」

 ほうき星というのはベイロンドの夜闇を一年中降り注ぐ彗星の事だ。星のきらめく空の中を一筋二筋と光り、軌跡を残しては消えていくほうき星。月と夜空を司るルピスが流れ星に乗っている女神である事から―ルピスの示す希望、前進の意味合いを持った星なのだ。

「…ふん、どうしてだかは知らないけどね。リィディの言う通りルピスはランを認めたらしいよ。あんたは仕事に出る資格を得た事になる…あたしゃーあんたはもっともっと魔法の勉強をしなくちゃいけないと思ってるのにさ!」

 コリネロスはいまいましそうに輝石を袋にしまい、黒布をたたむとそう言った。私達は占いの部屋を出ると、自然とホールに立ち尽くした。

 リィディと眼が合うと、リィディは顔を近づけて私を覗き込んだ。
「ラン、本当にあなた一人で仕事をやれる?」
 リィディの真剣な眼。曇りのない眼。

「私――魔女になって、よくわからないうちに魔法の勉強を始めて――いつからかずっと考えていた。何の為に魔女になって、何の為に魔法の勉強をしているのか…私は何の為にいるのか…ずっとそれが知りたかった…だからそれを知りたいから、私この仕事を自分だけでこなしてみたい」

「そう――仕事の内容は旅立ちの朝に告げられるのが習わし。今は言えない。だけどあなたはいつでも仕事に出られるように、最低限の準備だけはしておきなさい」

「私、私の覚えた事を全て使って仕事をやってみる」
 深く頭を下げ強くそう言った私に、コリネロスは半分諦めたように吐き出した。

「…ついにこの日が来たね…仕方がないね……ラン、魔女の仕事と言うのはいつ訪れるかはわからない。だけどその分仕事の日取りが決まるまでは、今まで以上に魔法や精霊の勉強に身を入れなさい。いいね」

 それがベイロンドの塔主の言葉だった。
 

 
 ルピスの啓示を受けて四日。私は魔法の勉強をしたり薬草を取りに行ったりと、これまで通りの生活をしていた。ただ魔法の勉強はいつになく集中できたように思う。

「遠くないうちに次の仕事は訪れるだろう」というコリネロスの言葉を聞き、心の準備はできていたはずだった。ところが、

「ラン、仕事は明日に決まったよ。準備をしときな」

 私が夕食の支度をしている時、部屋のドアを開けるなりコリネロスが大声で言った。
 あの時コリネロスは、その前に占いの部屋で占いを立ててみると言っていたんだ。リィディに聞いたんだけど、仕事というのは魔女が定期的に立てる占い――予知から決まるのだそうだ。大気の精霊の流れとルピスの啓示がが、それを教えてくれるのだと言う。

 とにかくコリネロスの予言通り私の初仕事は早くに決まった。そういう訳で私は夕食を済ませると、自分の部屋で仕事に出る為の準備の再点検を始めた。

 ベッドの上に腰掛けながら荷物を選ぶ。着替えを数枚に魔法の本、そして道具をたすきがけのバックに入れる。壁に立てかけられたほうきは…私はまだほうきで空を飛ぶ魔法が使えないのだからいらない。

後は…。
「ラン、仕度は終わったの?」
するとリィディが見に来た。リィディはベッド近くまで歩いてくると、「どれどれ」と言いながら私のバックの中身を点検した。

「うん、大体オッケーね。後はこれ」
 そう言ってリィディは小さな袋と林檎を二つ私に手渡した。小さな袋はちょっぴり重量感があり、ジャラジャラという音を立てた。

「お金?」
「そうよ、仕事先での滞在費になさい。余分に入れてある訳ではないから無駄遣いはしないようにね」

「この林檎は?食べるの?」
「一つは食べてもいいわよ。もう一つはしばらくとって置きなさい。使う事があるかもしれないからね。屋上の林檎は腐りにくいから、バックの中にいれておくわね」
「うん」

「よし、こんなところね」
 リィディはバックをぽんと叩くと、ベッドに腰掛けて私の隣に座った。顔をこっちに向けて、澄んだ黒い眼で私を見つめる。だけどその眼には憂いの様子を秘めていた。
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