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外伝
新たなもの
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外伝1
登場人物:
セバスチャン:甲冑剣士。怪我は快方へと向かっている。
ラヴィ: タリム・ナク支部の女鍛治師
外伝1
岬の先端に一つの石塔がある。三階建ての中規模の石塔は建設当初から各部に様々な改修が施され増築、複雑な形をしていた。その木造の門をある甲冑の男がギイと開けた。
「ラヴィ、いるか?」
薄緑色の甲冑を着込んだ男はセバスチャンであった。彼は依頼明けの余暇を利用してバレーナより北、ゼフェル海峡に面したティルナノーグ タリム・ナク支部の石塔へと脚を運んだのだった。
勝手知ったる様子で石塔の奥へと進んでゆくとある部屋に若い一人の小柄な女の背中が見えた。女はゴウゴウと音を鳴らす炉の前で腕を組んでいた。
「おやセバスチャンか、久しぶりやな」
気配に気づいて二つの三つ編みに編んだ赤毛を振り向かせた女は快活なルナフレーナ訛りでそう言った。女の名はラヴィ・ステラ・アルトワ。ティルナノーグに所属する女鍛治師であった。
「ああ、パジャさんは?」
セバスチャンはこの塔にて禁術の後遺症の静養に勤めている筈の老魔導師の名を出した。
「なんか今朝からタリム・ナクへ買い物に行くと言って出てったで。どうせ風俗やらエロ本屋巡りやろあの爺さん」
ラヴィが腕を解きため息混じりに苦笑した。甲冑剣士はハハハと笑い、
「……そうか、それだけ動ける様になったのならば良いことか」と言った。
「本当に体調悪いんかあの人……飯もぎょうさん食べるし割と元気に見えるで――他の者も依頼やら用事やらで今日はアタシしかおらん。して、今日はどないしたんや?」
炉の脇の椅子に腰掛けたラヴィは空いた椅子を剣士に勧めた。
「フム、今日はお主に長剣を一本お願いしたくてな――謝礼はこないだの依頼の報酬があるからして――これで足りるかな?」
セバスチャンは革袋を取り出した。ラヴィが中を見ると、
「ひいふうみい……十分過ぎるわ。こんなにはいらん――今使っている長剣がどうかしたんか? こないだのバレーナの依頼はかなりの大事だったと聞いたが」
「……ああ、ずっと大事に使い続けて来たのだがな――剣にダメージも蓄積されているし、そろそろ、そろそろ新調してもよいかと――そう思ってな……」
そう言いセバスチャンは腰に帯びた長剣を鞘ごとラヴィに手渡した。鞘から引き抜く鍛治師。
「――…………これ……――もしかして――いや、どこかの支給剣やないの? それも、数打ち……」
ラヴィは目を丸くして注意深く刀身を眺めた。そのボロボロになった剣は柄の部分に施された紋章が傷つけられ、元は何の紋章であったかわからぬ。
「そうだ――私に、私にとっては昔からずっと身体の一部のようなものだったのだ」
セバスチャンは目を細めてラヴィの持つ長剣を見た。
「……いやしかし、言うて悪いが……アンタほどの剣士が持つ剣とは……もう少しいい剣があったんやないか? アンタこの剣でこないだの依頼やったんか?」
「ああ。だが私にとっては心から大事なものだった……」
剣士は遠くを見るような眼をして微笑む。
「そうか……そういう事ならそれ以上は言わんが――ええんか? この剣を研ぎ直す事もできるが」
ラヴィは片手で持ち重心や重さを確かめている。
「……いや、いいんだ……私には新たな――もっと大事にしたいものができたのだから……」
セバスチャンが言うとラヴィはその紅い瞳をジッと剣士に注ぎ、やがて何かを察した様であった。
「――そう、か――ならば引き受けたるわ。セバスチャン、新たな長剣には良質の鋼、僅かに蓄えのある第三位の魔法銀――そしてこの剣を溶かして混ぜよう」
ラヴィがまっすぐな眼で言った。セバスチャンは僅かに驚いた顔をしたが――。
「長剣は新たなものになる。が、アンタがずっと帯びていたこの剣の魂もまた、新たな剣に宿る。それでええか?」
ラヴィの言葉にセバスチャンは優しい微笑みを見せた。
「――……ああ、それで頼む。ラヴィ……お主は良い鍛治師だな」
膝に手をつきセバスチャンは頭を深く下げた。
「やめてや! 恥ずかしい。ギルドの者に合う武器や防具を打つんがアタシの役目や」
僅かに紅潮した頬を誤魔化す様に手で払う仕草をするラヴィ。
「重さや重心はこの剣に近づける、でええな? ――四日、四日後には出来てるから取りに来てくれるか?」
「承知した。では宜しく頼む」
セバスチャンは再び頭を下げると椅子を立ち部屋から出ていった。それを目で見送りラヴィは手に持った紋章の削られた剣を見た。
「……達人が己の剣に込める並々ならぬ想い、考えさせられるモンがあるな……アタシもセバスチャンの剣を作り終えたら、今度は自分用に今の自分の全技術を込めた刀を作ってみようか……」
*
セバスチャンが扉を開け外に出ると、塔の脇に一人の若者が立っていた。
その若者は動きやすい茶色のローブを身にまとい、腰に一振りの愛刀を刺してはいるがそれを抜かずに空手で抜刀の構えをしていた。
「セバスチャンさん、ラヴィさんへの依頼は済んだのですか」
若者――モンドはセバスチャンの気配に気づくと構えを解いた。
モンドはバレーナの依頼の後邪神の後遺症も暫く残り身体の自由も完全に元通りとはいかなかった間、セバスチャンの提案でこういった、身体を激しく動かすのではなく座学や己の内面――精神鍛錬といった、己と静なる時間の中で向き合う鍛錬に多くの時間を費やしていた。
それは己の精神の未熟さから邪神の片割れルディエの憑依を許した自身と迷惑をかけた仲間への償いでもあった。
時折一人でいる時に訪れる、邪神と同一化していた時の黒い感情の波が揺り戻す瞬間も、多くの鍛錬の末に徐々に影を潜めるようになっていた。何かを羨望し暗く見上げがちな青春に絶望を感じていたその若者の眼は、今次第に遠いがハッキリとした着地点を見据えるように澄んできていたのだ。
「ああ待たせてしまったな。仕上がりは四日後だそうだ。」
「そうでしたか。楽しみですね」
「ああ。ラヴィならばきっとよい剣にしてくれる――さて、この後は予定通りタリム・ナクのまじない小路に行こう。さる商店に魔法のかかった胸当てが入荷されたと情報が入った。モンド、お前に合うやもしれぬ」
「ありがとうございます!」
セバスチャンはタリム・ナクへと続く街道を歩き出した。その後に続くモンド。
「――モンド、私の傷が癒えお前の後遺症も良くなったら実践指導をするからな。私も段々身体が動くようになってきている」
「――楽しみにしています!」
モンドの言葉にセバスチャンは空を見上げた。
「――お前の国スオウでは、かつて侍は皆二刀を刺していたのだそうだな――」
「ええ……古来スオウの侍は大小二刀を腰に履き一刀と二刀の戦いを使い分けていたのだと伝えられています……今は二刀の使い手も少なくなってはいますが……」
「そうか――なあモンド、私はいつか――いつか私の二刀剣術もお前に伝えられたらいいと思っている」
「二刀――」
モンドは邪神に乗っ取られていた時の事、一人敵の追撃を食い止めようとした師の姿を思い返していた。
父をも、天才の兄をすら凌駕していたであろう修羅の如き闘いぶりはその眼に焼き付いている。剣士としての技量はこの、目の前を歩く甲冑剣士は己の遥か先を歩いているのだ。
「己が――己に……」
つい口を出た言葉。そして、己なんかには――その言葉を言いかけてハッとした。目の前のセバスチャンが振り向いてニコリと笑いかけてくれていたからであった。
「……やります! やらせて下さい! 己は――何年、何十年かけても貴方の剣を受け継ぎたい!!」
モンドは愛刀の柄を握りしめながら言った。セバスチャンは右手をモンドの肩にかけた。
「教えがいのある弟子よ――さあ、魔法の胸当ては大仕事を潜り抜けた私からのお前への贈り物だ! 急ぎ手に入れに行かねばな。ハハハ――」
そう言って心持ち脚を速くする渡し人の後ろを、モンドもまた顔を俯かせてついて行った。
――目元は前髪に隠れて見えなかったが、口元には隠しきれない喜びがあった――。
外伝1・END
登場人物:
セバスチャン:甲冑剣士。怪我は快方へと向かっている。
ラヴィ: タリム・ナク支部の女鍛治師
外伝1
岬の先端に一つの石塔がある。三階建ての中規模の石塔は建設当初から各部に様々な改修が施され増築、複雑な形をしていた。その木造の門をある甲冑の男がギイと開けた。
「ラヴィ、いるか?」
薄緑色の甲冑を着込んだ男はセバスチャンであった。彼は依頼明けの余暇を利用してバレーナより北、ゼフェル海峡に面したティルナノーグ タリム・ナク支部の石塔へと脚を運んだのだった。
勝手知ったる様子で石塔の奥へと進んでゆくとある部屋に若い一人の小柄な女の背中が見えた。女はゴウゴウと音を鳴らす炉の前で腕を組んでいた。
「おやセバスチャンか、久しぶりやな」
気配に気づいて二つの三つ編みに編んだ赤毛を振り向かせた女は快活なルナフレーナ訛りでそう言った。女の名はラヴィ・ステラ・アルトワ。ティルナノーグに所属する女鍛治師であった。
「ああ、パジャさんは?」
セバスチャンはこの塔にて禁術の後遺症の静養に勤めている筈の老魔導師の名を出した。
「なんか今朝からタリム・ナクへ買い物に行くと言って出てったで。どうせ風俗やらエロ本屋巡りやろあの爺さん」
ラヴィが腕を解きため息混じりに苦笑した。甲冑剣士はハハハと笑い、
「……そうか、それだけ動ける様になったのならば良いことか」と言った。
「本当に体調悪いんかあの人……飯もぎょうさん食べるし割と元気に見えるで――他の者も依頼やら用事やらで今日はアタシしかおらん。して、今日はどないしたんや?」
炉の脇の椅子に腰掛けたラヴィは空いた椅子を剣士に勧めた。
「フム、今日はお主に長剣を一本お願いしたくてな――謝礼はこないだの依頼の報酬があるからして――これで足りるかな?」
セバスチャンは革袋を取り出した。ラヴィが中を見ると、
「ひいふうみい……十分過ぎるわ。こんなにはいらん――今使っている長剣がどうかしたんか? こないだのバレーナの依頼はかなりの大事だったと聞いたが」
「……ああ、ずっと大事に使い続けて来たのだがな――剣にダメージも蓄積されているし、そろそろ、そろそろ新調してもよいかと――そう思ってな……」
そう言いセバスチャンは腰に帯びた長剣を鞘ごとラヴィに手渡した。鞘から引き抜く鍛治師。
「――…………これ……――もしかして――いや、どこかの支給剣やないの? それも、数打ち……」
ラヴィは目を丸くして注意深く刀身を眺めた。そのボロボロになった剣は柄の部分に施された紋章が傷つけられ、元は何の紋章であったかわからぬ。
「そうだ――私に、私にとっては昔からずっと身体の一部のようなものだったのだ」
セバスチャンは目を細めてラヴィの持つ長剣を見た。
「……いやしかし、言うて悪いが……アンタほどの剣士が持つ剣とは……もう少しいい剣があったんやないか? アンタこの剣でこないだの依頼やったんか?」
「ああ。だが私にとっては心から大事なものだった……」
剣士は遠くを見るような眼をして微笑む。
「そうか……そういう事ならそれ以上は言わんが――ええんか? この剣を研ぎ直す事もできるが」
ラヴィは片手で持ち重心や重さを確かめている。
「……いや、いいんだ……私には新たな――もっと大事にしたいものができたのだから……」
セバスチャンが言うとラヴィはその紅い瞳をジッと剣士に注ぎ、やがて何かを察した様であった。
「――そう、か――ならば引き受けたるわ。セバスチャン、新たな長剣には良質の鋼、僅かに蓄えのある第三位の魔法銀――そしてこの剣を溶かして混ぜよう」
ラヴィがまっすぐな眼で言った。セバスチャンは僅かに驚いた顔をしたが――。
「長剣は新たなものになる。が、アンタがずっと帯びていたこの剣の魂もまた、新たな剣に宿る。それでええか?」
ラヴィの言葉にセバスチャンは優しい微笑みを見せた。
「――……ああ、それで頼む。ラヴィ……お主は良い鍛治師だな」
膝に手をつきセバスチャンは頭を深く下げた。
「やめてや! 恥ずかしい。ギルドの者に合う武器や防具を打つんがアタシの役目や」
僅かに紅潮した頬を誤魔化す様に手で払う仕草をするラヴィ。
「重さや重心はこの剣に近づける、でええな? ――四日、四日後には出来てるから取りに来てくれるか?」
「承知した。では宜しく頼む」
セバスチャンは再び頭を下げると椅子を立ち部屋から出ていった。それを目で見送りラヴィは手に持った紋章の削られた剣を見た。
「……達人が己の剣に込める並々ならぬ想い、考えさせられるモンがあるな……アタシもセバスチャンの剣を作り終えたら、今度は自分用に今の自分の全技術を込めた刀を作ってみようか……」
*
セバスチャンが扉を開け外に出ると、塔の脇に一人の若者が立っていた。
その若者は動きやすい茶色のローブを身にまとい、腰に一振りの愛刀を刺してはいるがそれを抜かずに空手で抜刀の構えをしていた。
「セバスチャンさん、ラヴィさんへの依頼は済んだのですか」
若者――モンドはセバスチャンの気配に気づくと構えを解いた。
モンドはバレーナの依頼の後邪神の後遺症も暫く残り身体の自由も完全に元通りとはいかなかった間、セバスチャンの提案でこういった、身体を激しく動かすのではなく座学や己の内面――精神鍛錬といった、己と静なる時間の中で向き合う鍛錬に多くの時間を費やしていた。
それは己の精神の未熟さから邪神の片割れルディエの憑依を許した自身と迷惑をかけた仲間への償いでもあった。
時折一人でいる時に訪れる、邪神と同一化していた時の黒い感情の波が揺り戻す瞬間も、多くの鍛錬の末に徐々に影を潜めるようになっていた。何かを羨望し暗く見上げがちな青春に絶望を感じていたその若者の眼は、今次第に遠いがハッキリとした着地点を見据えるように澄んできていたのだ。
「ああ待たせてしまったな。仕上がりは四日後だそうだ。」
「そうでしたか。楽しみですね」
「ああ。ラヴィならばきっとよい剣にしてくれる――さて、この後は予定通りタリム・ナクのまじない小路に行こう。さる商店に魔法のかかった胸当てが入荷されたと情報が入った。モンド、お前に合うやもしれぬ」
「ありがとうございます!」
セバスチャンはタリム・ナクへと続く街道を歩き出した。その後に続くモンド。
「――モンド、私の傷が癒えお前の後遺症も良くなったら実践指導をするからな。私も段々身体が動くようになってきている」
「――楽しみにしています!」
モンドの言葉にセバスチャンは空を見上げた。
「――お前の国スオウでは、かつて侍は皆二刀を刺していたのだそうだな――」
「ええ……古来スオウの侍は大小二刀を腰に履き一刀と二刀の戦いを使い分けていたのだと伝えられています……今は二刀の使い手も少なくなってはいますが……」
「そうか――なあモンド、私はいつか――いつか私の二刀剣術もお前に伝えられたらいいと思っている」
「二刀――」
モンドは邪神に乗っ取られていた時の事、一人敵の追撃を食い止めようとした師の姿を思い返していた。
父をも、天才の兄をすら凌駕していたであろう修羅の如き闘いぶりはその眼に焼き付いている。剣士としての技量はこの、目の前を歩く甲冑剣士は己の遥か先を歩いているのだ。
「己が――己に……」
つい口を出た言葉。そして、己なんかには――その言葉を言いかけてハッとした。目の前のセバスチャンが振り向いてニコリと笑いかけてくれていたからであった。
「……やります! やらせて下さい! 己は――何年、何十年かけても貴方の剣を受け継ぎたい!!」
モンドは愛刀の柄を握りしめながら言った。セバスチャンは右手をモンドの肩にかけた。
「教えがいのある弟子よ――さあ、魔法の胸当ては大仕事を潜り抜けた私からのお前への贈り物だ! 急ぎ手に入れに行かねばな。ハハハ――」
そう言って心持ち脚を速くする渡し人の後ろを、モンドもまた顔を俯かせてついて行った。
――目元は前髪に隠れて見えなかったが、口元には隠しきれない喜びがあった――。
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