ギルド・ティルナノーグサーガ『還ってきた男』

路地裏の喫茶店

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第四章 星屑の夜

背中を押すもの

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登場人物:

ヴェスカード: 獅子斬ししぎりと呼ばれた斧槍使いグラデュエーター
フィオレ: 女魔法剣士ルーンナイト。バルフスの最後の賭けに打ち勝った。
リュシター:バレーナ防衛隊隊長。現在ヴェスカードと行動中。

8

 勝利を確信したのも束の間、バレーナ防衛隊長リュシターの耳に地鳴りの様なものが聞こえてきた。


「な――何が……」

「声……!?」


 その音の、声のする方角を見やると闇祭司ドルイドバルフスと邪神が斃れて狼狽している筈の豚鬼オーク軍の一部であった。
 彼等は初め嘆き悲しんだが、徐々に心の底から湧き上がる怨念が身体の中から迫り上がってくるのを知覚した。


(……ろ、せ……こ、ろ、せ……)
(殺せ……我等が首領と守護神を殺した者達、人間を……!)


「ウッ!」
 唯ならぬ気配を察した山男が斧槍を構える。急ぎ降りた馬を呼ぶ。
「これは……」
 リュシターとフィオレが不安そうな顔をした。

「お、恐らくですが……彼奴等きゃつら豚鬼オーク軍は敵首領バルフスの暗黒魔導によって半ば催眠――狂信的な暗示を掛けられていたのではないでしょうか……」導師が山男の後ろによろと騎乗し呟いた。

「催眠……?」
「ええ……豚鬼オーク共共通のバレーナの人間が憎い――と言う何世代にも渡った憎悪。その無意識下にさえ染み込んでいた憎悪に暗示をかけ強調する事によって、彼等をバレーナ侵攻の為の忠実な兵士たらんとしていたのではないでしょうか……無論それは個々によって効きの大小はあったでしょうが、闇祭司ドルイドバルフスが完全に死に絶えた事により統率していた魔導が暴走を始めたのやもしれません――」

「そ、それって――」
「恐らくは――」

 すると、豚鬼軍の中で一部の声であった怨気に満ち満ちた怒号はやがて、暗示の効きの薄かった者までも伝播し増幅を始めたのであった――。


(殺せ……!殺せ……!……殺せ!!!)
 戦意を無くしていた豚鬼オークは再び殺意を眼にみなぎらせ、武器を取り落とした者は再びその武器を手に取った。

「――彼奴等きゃつら、残党で最後の総攻撃を仕掛けてくるぞ!! 我等もここにいては危ない! 味方と合流し陣を備えて迎え撃たなければ!!」
 山男はフィオレ、リュシター、防衛隊親衛隊に向かい叫んだ。彼等は敵首領バルフスを討つ為に後退した味方防衛隊よりも単身前線に上がって来ていた。このままここに留まっていては暴走した数の波に揉み潰されるのだ!

「確かに――! 味方前線まで引き返しましょう!!」
 彼等は今にも攻め込んできそうな豚鬼オーク軍を前に急ぎバレーナ城壁前まで馬を走らせたのだった――。





「ヴェスッ!!」

 前線まで何とか辿り着いた山男の元に傷ついたスッパガールとヴァントが馬を寄せて来た。

「スパか! モンドとセバスチャンは?」
「最後尾の救護部隊に引き渡して来た!」
「姐さんッ!無事ですか!?」長刀使いが叫ぶ。

「ええ、ええ。私は大丈夫――だけれど――」
 フィオレは正面を見やる。1km程先には皆が獣の眼を紅く充血させ、恨みの募った豚鬼オーク軍らが不気味に歩を進めてくるのが見える――それは、まるで嵐の前に鋭い風が吹き始めるかのような予兆を感じさせた――。


「防衛隊!! 皆、もうひと頑張りしてくれ!! ここで奴等を何としても我々で食い止めなければならん!!」

 リュシターが全陣に号令を掛ける。
豚鬼軍等と斬り合った彼等だが、そこは街を護る使命を帯びる防衛隊である。疲弊した身体に鞭を打ってオオ――ッと声を挙げた。

(有難い――! だが――)
 リュシターの脳裏を不安がよぎった。チラと背後の城壁の上を見やる。

 リュシターの二つの不安要素――それは、一つは豚鬼オーク軍との取引の為に防衛隊の大方を城門前平地に出してしまった事。それによって護りに適した城壁を持つバレーナの特性を完全に活かす事ができなくなっていた。
 もし仮に今の防衛隊が全員壁上から防衛に回ったのならば、豚鬼軍の総攻撃を防ぐ事ができたであろう。その位にバレーナは常に豚鬼オークの侵攻に備えて来た街だったからである。

 そしてもう一つはその防御特性を活かせぬまま、基本兵力数が物を言う平地決戦にて対峙せねばならぬと言う事。
 豚鬼オーク軍の軍勢の数は明らかに防衛隊を上回っていたからだ。
 その兵力差を覆す役割を担っていたティルナノーグの戦士達も既に皆、傷つき戦列を下がる者もいれば傷の痛みに耐えながら騎乗している者もいた。


(何とした事――私が範囲魔導を撃つ事ができれば――)
 口端から流れる血を拭うと導師は己の震える腕を見た。禁術まで使用した反動と怪光線のダメージによって導師もまた限界を迎えていたのだ。


「来る――そろそろ、始まるぞ――」
 山男が斧槍を構えた。お、おお……! という地鳴りの様な声が響き、豚鬼オーク軍の足取りが次第に速くなってゆく。





「ミーナ、お前はもういい」

 壁上で援護射撃をしていたセイラは息も荒く弓を持つ手に力を込めた。その傍には魔力を使い果たし片膝をついたミーナがいる。

「で――出来る……やれる……」
「無理をするな!立っている事さえできぬではないか!」
 恋人を案じるセイラだが、自身も未だ豚鬼オーク軍に受けた拷問の傷は癒えていない。顔中に脂汗が浮かんでいた。

「くっ……結局総攻撃を食らってしまうか――しかし、この腕が折れようとも援護射撃を浴びせてやる!」

「セイラ殿!」
「セイラ殿!我等も力の限り矢を射ります!」

 壁上に配備された僅かな防衛隊射撃隊は強弓にて援護射撃を続けるセイラの姿を見、これがかつて音に聞こえしティルナノーグの野伏なのかと、弓矢を扱う者として感嘆する思いであった。

「おお――! 我等寡兵だが、必ず味方を護り敵を討ち払おうぞ!!」
 野伏は必至に力強く笑った。

 すると――。





「来たぞッッ!! 防衛隊!! 構えッッ!!」

 ついに豚鬼オーク軍らは得物を振り上げて街に攻め寄せて来た。
それは殺意の波とも言う様な災害であった。だが、だが城門を抜かせる訳にはいかない。街にこの魔物等を侵入させてはならないのだ!!


「斬り死ぬまで戦うぞ!!」
「おお!!」
「ハイッ!!(あの、俺を助けてくれた豚鬼オークとだけは戦いたくない……見つかれば良いのだが……)」

 傷つく身体に鞭打ち山男が吠える。傍に騎乗する女傑と長刀使い、女魔法剣士が武器を握りしめた!!





 ヒヒュン! ヒヒュン!!


 防衛隊らは背後からの弓の音に皆一様に振り返った。
その矢の気配は壁上に配備された射撃隊の数よりも明らかに多かったからである。
 放たれた矢の雨は放物線を描いて豚鬼オーク等の尖兵を撃ち倒す。その援護の中にはいくつか魔導の炎や雷までもが含まれていた!


「なっ――!?」
 リュシターが後ろを見上げると、そこには見知った顔が壁上から顔を覗かせた。


「リュシター隊長――ッッ!!」
「リュシター殿――ッ!!」


「地区長――! 町内会長――!……冒険者斡旋会長――!!」

 それは、リュシターがバレーナ防衛隊長として日頃から付き合いのある街を司る役職の者達であった。

「リュシター隊長! そして防衛隊! あんた達だけにいつもいつも、街の防衛を押し付けて、任せてしまって悪かった!!」
「皆を説得してこうして人を集めるまで、こんなにギリギリになってしまったが――俺等はその姉ちゃん達に必至に説得されたんだ!」
「そうです! 街は――我等のバレーナを守る為には防衛隊にだけ任せるのではなくて、住民だって協力しなければならないって!!」


 街の役職達は山男等が封印の鍵探索に湖畔に出かける前、パジャに連れられてフィオレとミーナを伴って会見を済ませていたのだった。


「フィオレ姉ちゃん――!!」
 壁上から幼い少年が顔を覗かせる。フィオレはその顔を見てパァと顔を輝かせたのだった!

「リリくん!!」
 フィオレは笑顔で魔導剣をリリに向けた。
「僕も――僕も街を守る為に戦う! エマ婆ちゃんが安心して住める街になって欲しいから!!」

 リリは役職等が防衛隊の協力を決めた時、自分も着いて行くと決めて聞かなかった。

(弓使いさん――フィオレ姉ちゃんと同じギルドの人?僕にも弓の使い方を教えてよ!)
(ム……ならばお前はクロスボウの方が力が少なくて済む分、良いだろう……そうだ……そう構えて……その射角より下には撃つな! 味方を射ってしまうからな……そうだ!)

 リリに続いて続々と兵士の経験がある男達、そして冒険者斡旋会からは魔導の心得のある者達も参戦した。



「通じた――こうなってくれるのを願って、彼女達を連れて行ったのですが……」
 パジャが役職等の説得を試みてフィオレとミーナを連れて行ったが、そこで一番の働きを見せたのはフィオレだったそうだ。

 彼女はリリという実際に一度豚鬼オークに攫われた経験者の事を引き合いに、その他の犠牲者の件も絡めて住人が危機的状況に陥っている事を論理立ててとうとうと説明した。
 その説明は鮮やかで、聞く者の心の奥底に何某かの火を灯す論舌であった。幼い頃より多くの書物を読み解いた事、王立図書館での就業経験が活きていた。

 その論舌に灯された街の人々の心は、暗示の暴走の伝播によって突き動かされた豚鬼オーク等とはまるで正反対のものの様に、我等の街を護るという使命を喚起させたのだった。



(ヴェロン――あの娘の戦闘力――ティルナノーグの戦士とは……)
(あれはあれで、役に立つ娘だよ――いずれわかる)

 嬉しそうな顔をするフィオレの横顔を見ながら山男は――。

(ヴェロン、アンタの言う通りだったな――此奴こやつ、自身でも気付かぬ力を秘めている――!)
 とニヤリとした。


「リュシター」
 続けてまだどこか呆けた様な、信じられぬ様な顔をした防衛隊長を山男が促す。防衛隊長はハッと我に帰ると。


「援軍感謝致す――!! さあッッ防衛隊ッ! 死力を尽くしてくれ!! 我等の街を護ろう!!!」


 その言葉に、オ……オオオ――ッッ!!! と、防衛隊の力に満ち満ちた声が挙がった!


 戦にて最も士気が上がる瞬間の一つ――思いがけぬ援軍が彼等の背中を強く強く押してくれるからであった。




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