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第三章 ルカ平原の戦い
暴風の斧 〜 スッパガール
しおりを挟む登場人物:
ヴェスカード: 獅子斬りと呼ばれた斧槍使い
フィオレ: かつて王立図書館で働いていた女魔法剣士
パジャ:老人の暗黒魔導師
スッパガール: 斧戦士の女傑。アウグスコスと交戦中
セバスチャン:騎士風の甲冑剣士 。負傷中
モンド: 侍の若者。正気を失う
ヴァント: 鬼付きの長刀使い
リュシター:バレーナ防衛隊隊長
11
「うおおおッッ!!」
陣中央部での激突が始まった。山男はその先頭に立ち魔法銀の斧槍を振るい敵中央部、闇祭司バルフスの企みを阻止しようとしている。
敵本隊の豚鬼は先駆けの妖魔よりも体格も武具も優れた者達が多いが、山男は果敢にその突撃を食い止め抜こうとしていた。その斧槍使いの勇敢な後ろ姿に後ろに続く防衛隊の士気も上がっていた。
「……――龍脈を走れ誇り高き影、その雄々しき姿を顕現させ我が敵を煉獄の炎で焼き尽くせ!レー・ロイ・レー・ロイ・カースフッド……」
導師パジャがリュシターの前に立ち錫杖を地に突き刺すと合掌し詠唱を始める。禿げ上がった頭に荒縄の様な太い血管が何本も浮き上がると、まるで空気が薄くなるかの様な圧倒的な妖気が彼の周りに収束し始めた。
「煉獄黒龍召喚潰滅波――!!!」
導師が両掌を敵軍に向けると山男の対峙する敵軍奥、地の底より突如として魔法陣が光り大きな樽程もある胴体の黒龍が召喚される。
黒龍は魔法陣からその長い身体を全て出し切ると宙に舞い上がり豚鬼の軍を見下ろした。唖然として空を眺める豚鬼の群れに黒龍は大きく息を吸い込んだかと思うと、その口から蒼白い焔のブレスを吐きかけたのだった!
ゴオッと言う灼熱のブレスが敵軍の中隊程度を飲み込むと、阿鼻叫喚の声を挙げてその隊は一瞬にして焼き尽くされた。
(――す、凄い……これがあのパジャさんの……本気の力……)
セバスチャンを治療しながらフィオレは眼を見張った。常に好々爺を演じていたあの導師は、唯ならぬ気配を感じさせてはいたものの本気の力を見たのはこれが初めてだったからであった。
(パジャの範囲魔導か!相変わらずの威力!!――これでバルフスを目指しやすくはなったが――!)
山男はパジャの力を信頼していたから範囲魔導の威力に狼狽することは無かった。ブレスから運良く外れた妖魔達を斧槍で薙いで前進してゆく。
(だが、左翼に突っ込んだモンドが気になる!正気なのか!?スパとヴァントにだけ任せても良い物か……!そして――)
ヴェスカードは一瞬後陣のパジャを見やった。
見ると導師は錫杖を右手に携え山男を、そしてその先のバルフスを指し示していた!
(――そのまま進め!という事か!!だがパジャ、余り無茶をしすぎるなよ!!)
山男はすぐに視線を切り馬を走らせた。
「……ど、導師様……鼻が」
リュシターがパジャを見やると声を掛けた。
「おっといけませんね」
いつの間にか導師の鼻から鼻血が流れていた。パジャは懐からハンカチを取り出すと拭う。
「戦闘中だと言うのにエロい事を考えてしまいました」
「――…………」
(ヴェス、そのままバルフスが古神の復活を完成させる前にバルフスとあの箱を叩いて下さい。私もまだまだ援護しますから――)
導師は次の魔導の詠唱を始めようとしていた。
*
「モンド――!!戻れ!戻れよぉッ!」
ヴァントが陣左翼前線を駆けながら敵陣に突っ込んだモンドに声を掛けていた。遠くに見えるモンドは愛刀を閃かせ更には敵から奪った曲刀をもう片手に、二刀流で叫び声を挙げながら敵陣中を駆けている。
その様は仲間から伝え聞いた自身が鬼付きに支配された時の様子と重なるのだった。
「クソォ!そんな闘い方、お前の闘い方じゃないだろう!お前一体どうしちまったんだよッ!」
後方で大型豚鬼のアウグスコスと対峙するスッパガールを見やる。
(スパ姐さんも心配だ――あのデカブツをどうやって……)
――一方そのスッパガール。
右肩に幅広の斧を掛けやや前傾姿勢の構えをとっている。
「グブプ――どうした、こないのかチビ」
アウグスコスは自身の前方に大斧を突き出す構え。超大型豚鬼の彼の使用する大斧は背丈の高いスッパガールに匹敵するほどの巨大な鉄塊であった。
「お前が来い。アタシが憎いならな」
「クク――ならばそうさせてもらう。少しは楽しませてくれよ!」
アウグスコスの大斧がごそりと動き出す。
(デカブツは脚を斬り体勢を崩してから倒すと言うのが定石だ。初撃を掻い潜り懐に入る!)
女傑は更にやや前のめりになった。
「!!」
すると超巨体に相応しい緩慢な動き出しの敵の大斧は、瞬間目の前で僅かな風切り音と共に消えた。
「ぬゥッ!!」
咄嗟に右側に気配を感じ幅広の斧を振るう。巨大な質量が高速でぶつかり女傑の身体を吹き飛ばした。妖魔と防衛隊が取り囲む一対一のリングに投げ出され、衝撃に堪えきれず転がるスッパガール。
妖魔の側からは妖魔の勇者の名を叫ぶ声、ギョッギョッと昂る声が挙がる。防衛隊側からはスッパガール殿!と言う声や彼女を心配する声が挙がった。
「グク……そうかいそうかい……」
なんとか立ち上がり再度斧を構えた。
(流石は豚鬼の勇者と言ったところか……その巨体に騙された。認識を改めないとねぇ)
「どうしたチビ、もう戦意喪失か?」
アウグスコスが笑いながらゆっくりと歩を進める。
「ほざけデカブツ、どうしてアタシがアンタなんぞに戦意を失わなくちゃいけないんだい」
女傑は先ほどまでとは違い幅広の斧を前に構えた。迎撃ではなく敵と撃ち合う構え。
「チビが……我等の古神の復活前の余興だとしても本当にイラつかせてくれるぜ……ではそろそろ死ぬがいい!」
アウグスコスの前方に風が舞う。スッパガールの白い髪がふわりと浮かぶと、上下左右から巨大な鋼鉄の塊が降りかかるのだった。
「――……お、おぉ……」
誰とは無しにそんな声を挙げていた。
それはスッパガールとアウグスコスを取り囲む半円側の防衛隊。
小山の様な超大型豚鬼の旋風の様な斬撃を、ティルナノーグというギルドの斧戦士の女傑が全て打ち払っているからだった。
「グ……コ、コイツ……!!」
アウグスコスは内心驚きを隠せないでいた。
これまで自分が力の限り大斧を振るって倒れなかった敵などいなかった。唸りをあげて薙ぎ払えば後には敵の残骸だけが残っていたし、過去には大型の魔獣の頭をカチ割った事もあった。だが、だが――。
この眼の前の小さな斧戦士は矮小な身体のクセして自身の自慢の乱撃を全て撃ち返すのだった。
「クソッ!なんて馬鹿力だ……!」
言いながらスッパガールはアウグスコスの斬撃を撃ち払ってゆく。と、言っても得物の大きさの差もそれを振るう者の大きさの違いもある。まともにぶつかれば女傑の斧とて砕けてしまうやもしれぬ。彼女は敵の振るう斬撃の力点のポイントを見抜き、己の力でも撃ち払えるポイントでのみ返しているのだった。
(とはいえ、この斧でなければ耐えられなかっただろうがな)
スッパガールの振るう幅広の斧はティルナノーグの隠れ支部にいる鍛治師に特別に鍛えてもらった物であった。
バレーナの西方、大森林に囲まれたトールズという街に木樵の仕事で出かけた時、街の近くに隠れ支部を持つと言う凄腕の鍛治師のメンバーの噂を聞いていた彼女はそのアジトを尋ねてみた。
扉を開けると出てきたのは浅黒い肌に白く長いボサボサの三十路代の男であった。
同じギルドの人間だと伝えると男は「俺は人の為の剣は打たん」と扉を閉めかけたが、その頃愛刀を失っていたスッパガールは強く食い下がった。
女傑の逞しい体躯を改めて見ると男は、とりあえず中に入れと促した。聞くと最近トールズに新しくできた温浴施設『サウナ』に通い詰めていてたまたま機嫌が悪くなかったのだと。
男はスッパガールの依頼の経歴や闘い方、利き腕などの話をざっくばらんと問うと、「二日後に来い」とだけ言い残してアジトに籠った。
二日後その男のアジトを訪れると、男は一振りの鋼の大斧を鍛え上げていた。持ってみろと言われてみると、その大斧は今まで手に持ったどんな大斧よりも手と身体に馴染んでいる気がした。
「いきなり尋ねてきた、大柄な女戦士のアタシにどうしてこんな一振りを打ってくれたんだ?」
と女傑が聞くと、男はパイプに紫煙をくゆらせながらぶっきらぼうに答えた。
「――俺の機嫌がたまたまよかったから、戯れではある。だが、それでも俺の一振りを持つにふさわしい勇壮な斧戦士だとすぐにわかったのさ。
お前はいずれその斧で多くの仲間を救う筈だ。男か女なんて何の関係もない」
「…………」
「今は武具を魔力付与する材料も希少な鉱石も持ち合わせがない故それが限界だ。いつかお前がその斧に物足りなくなる時が来たら、再び俺を訪ねるがいい。だが俺の事はおいそれと他のギルドの者に話すなよ。俺は静かに己の鍛治の道を極めたいでな」
「……ありがとう。大事に使わせてもらうよ」
場面は変わり、バレーナの酒場での事。
「……スッパガールさん、その幅広の斧業物ですね」
若き侍は低く小さな声で言った。
「おやモンド、あんたわかるかい、フフフ」
「そうですね、斧は幾つも見た事がありますがこれは……」
いつもは無表情と言うか、考え事をしていたり暗い表情をする事が多いこの若い男の眼が、少しだけキラキラとしているのが可愛げがあるなとスッパガールは思った。
「え?スパさんの斧そんなに業物なんですか?業物と言えば俺の長刀も――」
紅い鉢巻をした若者も話に加わろうとするのをモンドは頬を押し返し、
「何だお前?いきなり話に入ってくるなよ」と言うと、
「スパお前、斧変えたのか!?」と山男も話に加わってきた。
「やだねぇヴェス、アンタ女のちょっとした変化にすぐ気付かないようじゃモテないよ」
「なんだと!?ガハハ、どれ俺にもよく見せてくれ!」
そう言って三人が変わるがわるスッパガールの大斧を見ては感嘆するのだった。聞かれたが鍛治師の名前は約束通り出さなかったが――。
(――皆、皆このギルドの奴等は気持ちの良い奴等ばっかりさ――故郷では鬼子と呼ばれ疎まれてきた怪力のアタシがアタシのままいられる場所――それがティルナノーグなんだ)
「ウエアッ!!」
とうとうスッパガールはアウグスコスの乱撃を捌き切った。身体中が軋むし、次元界で最後の魔物に攻撃を受けその後の無理が祟った痛みは治癒魔導を施してさえ未だ完治はしていなかった。だがその巨体を動かし続けたアウグスコスも息が上がっている。
「ハアッ、ハアッ……こ、このチビィ……ッ!」
すると超大型豚鬼は一転して緩慢な動きでその大斧を女傑に振り下ろしてくる。何だ?と思い幅広の斧でそれを受けるスッパガール。だが、それはアウグスコスの仕掛けた罠だったのだ。
「ムウウウウッッ!!」
アウグスコスはその大斧とスッパガールの幅広の斧の交錯点に己の体重とその力の全てを込めた。一気に負荷を掛けられる女傑は初め耐えていたが、徐々にその均衡は崩れていった。
「ぐ……ム……!!!」
「オアアアッ!!」
アウグスコスは最後の力の一押しをし、スッパガールの体勢が崩れた所に大斧の一撃を振り下ろした。肉を斬り裂く音が聞こえ、スッパガールが吹っ飛ばされる。防衛隊からああっという悲痛な声が響いた。
「どうだァァッチビ!!!」
アウグスコスが叫ぶ。
「ぐ……う、う……」
だが、恵まれた体躯を持つ屈強の斧戦士はまだ立ちあがる。不撓不屈!!
「な、中々……やるな…………今度は、こっちの……番かな。アンタがさ、いくら力自慢でも、アタシが本気を出した方が力があるよ……」
女傑の胸の辺りに斬撃の跡が走り、血が滴っている。
(致命傷では――ない。喰らった瞬間僅かに身をのけぞらせる事が出来た……)
「なんだとう……!!」
アウグスコスが吠える。
「クク、まあアンタにはそんな度胸はないかもしれないがさ、次のアタシの一撃を、受ける事ができるかね?図体の割に、実は臆病なアンタがさ」
「人間如きが!チビのくせして、何を言うかあッ!!……ええい、そろそろ飽いてきたぞ!ハアッ……!次のお前の一撃を受け止めたら、今度こそお前の脳天にこの大斧をかち込ませてやるからなあッッ!!!」
それは周囲の者には自身の様にも感じられる咆哮だった。周りを囲む妖魔も防衛隊もいすくみあがる。
「……へぇー、アンタにそんな度胸があったとはね……なら、この一撃、受けてみてもらおう……!!」
(この斧ならアレにきっと耐えられる!)
女傑は斧を水平に構えた。超大型豚鬼は大斧を盾の様に構える。そして、僅かな間の静寂――!
ブン、ブン……とスッパガールは幅広の斧を両手に持ち自身の身体を回転させ始めた。
「……ハッ!己の回転力を斧に乗せ撃ち込む技か!小賢しいチビらしいつまらぬ技だな!」
アウグスコスはニタリと笑った。
「グ……ググッ……!!」
女傑は三回転、四回転してもまだ回転をやめなかった。それどころか更に速度を増して回転をし続ける。いつしか彼女の振り回す斧は風切り音を変えてゆき、ヒュン、ヒュン――ゴオッッ――!!!と言う異様な唸りを上げて行く。
だがその回転を続ける内にスッパガールへの身体の負担は徐々に上がって行く。ギチギチと言う悲鳴を身体中が挙げてゆき、痛めた肩は痛みを通り越して痺れを帯び始めていた。
「ぬ…………!」
アウグスコスは不可解な現象を覚えた。
己が一歩も動かずにいたつもりなのに、いつの間にか半歩身体が前に移動している。それに気付くと、徐々に、徐々にだが身体が前に出て、否スッパガールの方へと引き寄せられている事に気がついたのだった。
スッパガールの回転はいよいよ勢いを増し、その斧の凄まじい延伸力はいつしか重力を産んでいた!ヒュボオオという風切り音が激しくなると、余りの回転力に斧戦士の姿がはっきりと視認できなくなる。
脚をふんばって堪えていたアウグスコスは、いつしかその重力力場に頭が引っ張られ、前のめりの体勢となる。
「……!ちょ、ちょっと待っ――ッッッ!!!!」
「遅いッッッ!!!!」
気の遠くなる様な回転の果て、自身の身体から業物の大斧に伝えた延伸力と重力を乗せ、水平の回転を最後の一回転、袈裟斬りの斜めの回転と変える!前のめりになった超大型豚鬼の頭とそれを守ろうとする大斧がそこにはあった。
「暴風の斧――!!!!」
「プギャあああぁッッッッ――!!!」
ドズンという、およそ斧の斬撃とは思えぬ様な異様な、低く重い音を立ててスッパガールの幅広の斧はアウグスコスの大斧を断ち割り、更にその頭部を打ち砕いていた。
ズゥンという音を立てて倒れ込むアウグスコス。
「ハアッ――ハアッ――!!」
止めていた息を一気に吸うスッパガール。大技の代償は体力と気力を大幅に削っている。
「ハアッ……!どうにか、当てたか……」
余りの疲労にその場に膝をつく。敵方の妖魔も、スッパガールの背後を囲む防衛隊もその余りに凄まじすぎる決闘の果てにしばし声を失っている。
「こ、この技は命中率に問題があってな……発展途上の技では、あったが……よかったよ。アンタがその大きすぎる巨体の割に、脳みその方は他の豚鬼と同じでさ」
お……おお!と誰か一人が声を出したのが皮切りに、防衛隊の歓声が彼女を包んだ。言うことを聞かなくなりそうな膝をポンと叩くと、力を入れてスッパガールは立ち上がった。
「さて、と……休みたいところだけれど、モンドをどうにかしなくちゃね。モンド……この戦いが終わったら、また皆で酒を飲もうよ」
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