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第三章 ルカ平原の戦い
指摘
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ヴェスカード: 獅子斬りと呼ばれた斧槍使い
パジャ:老人の暗黒魔導師
セバスチャン:騎士風の甲冑剣士
モンド: 侍見習いの若者
セイラ:優男風の野伏。ミーナの恋人
3
(よし、行くぞ!)
姿を消した彼等は一様に廃墟の砦を出てオーク砦へと脚を向けた。多少の音とひそひそ声は姿隠しの布の魔力によって周囲の者には聞こえぬようになっている。
オーク砦の門に着くと門兵のオーク雑兵が二匹、眠そうな顔をして見張りをしていた。が、オーク砦には開閉できる城門は設けられていなかった。
というのもここにオーク砦が出来てからというものこの砦が人間達に攻められたことは歴史上なかったからである。
戦士達は布の魔力を頼りにしつつ息を呑んで門を通り過ぎた。幸い門兵達に気付かれた様子はなかった。
(……行けそうですねえ)
砦の内部に侵入した彼等は(姿が見えぬとはいえ心情的に)内部の建物の物陰に身を潜めて囁いた。ここから二手に分かれて封印の箱を奪取する者達とクリラの解毒剤を入手する者達に分かれる。
(よし、では打ち合わせの通り中央の大きな天幕――恐らくは封印の箱を祈祷している方にはパジャ、セバスチャン、モンドが、毒と解毒剤を置いていると予測される建物には俺とセイラで行こう)
山男が小さく言った。
(ウム、お互い目的の物を手に入れたら再びここで合流し、脱出しよう。皆、一人も欠けることなくな)
セバスチャンの言葉にウム、と山男は拳を突き合わせる。
そして彼等は二手に分かれたのだった。
*
セイラが廃墟の砦から俯瞰して予想だてた毒の調合室?は砦をぐるりと囲む丸太を連ねた外壁に沿った、入り口から見て右側の奥の方にあった。
山男と野伏は極力足音を立てぬ様、中腰で途中の建物の陰を縫う様に進んで行った。
(確かにこの建物の中から前掛けと手袋、口当てをしたオークが出てきたのです。ですからここが毒と解毒剤を調合している場所と見受けたのですが――)
セイラが調合室?を見やって言う。
(ウム、見張りはいない様だ。中に入ってみるか。クリラの毒の解毒剤がすぐに見つかれば良いのだが)
山男はギルドの治療院に伏せっているであろうかつての戦友の顔を思い返した。思えばギルドを抜けて木樵と賭博の生活を送っていた山男をフィオレに連れ出されて以来、ここまで来るのに幾ばくかの日にちが過ぎ去っていた。
ヴェロンの言葉によれば遅効性の毒とはいえ、解毒剤が無ければ容体が良くなる可能性は低い。友を救う為になんとしてもここで解毒剤を持ち帰らねばと思った。
(先に中の様子を伺ってきます)
お互い姿の見えぬ山男を置いてセイラが入り口近くまで行き中の様子を伺った。
ややあって小石が入口の方から山男の目の前あたりに二粒投げられた。
それは事前に決めておいた合図であった。小石が一なら内部にオークはなし、三粒ならば危険でおいそれと入れない。
二粒の場合は中にオークがいるが潜入は可能というものだった。
山男は用心深く調合室の入り口脇に進んだ。
(セイラ、中にオークがいるのか)
(ええ、一匹、恐らくは調合師が。私が先に入って制圧します)
オークの建物には扉というものがなかった。セイラは音もなく侵入すると、中の大きなテーブルで何やら毒々しげな液体の入った瓶の中身をボウルに入れ調合をしている、痩せ気味のオークの首元を後ろから締め上げた。
「カヒュッ……!!」
締め上げられた豚鬼の鼻と口から細く空気が漏れた。何事かと後ろを振り向いた妖魔の眼に、姿隠しのフードを払いその姿を現したセイラの端正だが鋭い眼光が映った。
ヒッという声ならぬ声を小さく上げる妖魔の首元にいつの間にか短剣の切先が当てられている。その様子を見た山男は入口の内側から外の侵入者がいないか見張りについた。
「ジルメ ロシナ……」(騒ぐな、殺すぞ)
驚く事にセイラがオーク語を妖魔の耳に囁いていた。
「ラ……ヤロメナ ドルジア……」(どこから入ってきた?)
妖魔が小さく問いかけるがセイラは意に介さず短剣の切先を僅かに妖魔の首元に押し込んだ。ツウと赤い血が流れ落ちてウヒィと豚鬼が情けない呻き声を上げた。
「ジア、ロクサ レ ヒュメ ロズ ラッザル レムザラ ポジオン」(先日砦に来た人間に使った毒薬の解毒剤はどこだ)
セイラが問うと、妖魔は何かを察したようにククと笑みを漏らした様だった。
「ロ ヒュメ……クク、イエ ア バルフズ、バルフズ!」
「なッ!やめ……!!」
するとセイラが短剣を引く暇も無く、狂信的な譫言の様な言葉を発しながら捉えられたオークは自ら首筋を短剣に押し付けたのであった。グウという鳴き声をしながら絶命する妖魔。
「し、しまった……!」
セイラが倒れ込んだ妖魔の肩を揺するが完全に妖魔は絶命してしまっていた。
(どうした……!)
山男が入口から駆け寄りフードを払うと彼もまた姿を現す。
「すみませぬ……自害されてしまいました……パジャさんから解毒剤を聞き出す為の片言のオーク語を習ってはいたのですが……」
「ム……ムウ……」
山男が困った様に周りを見渡す。木製の棚に二十もの液体の瓶が並んでいた。とりあえずとはいえ、自害されてしまったオークの死体を棚の影に隠す。だがここでそんなにグズグズしている訳にもいかなかった。
するとセイラは急ぎ棚の瓶を拾いテーブルの上に持ち出した。
「何を……セイラ?」
「知れた事。一つ一つ舐めてみて、毒と解毒剤を見分けます。調合師を自害させてしまったのは私に責任があるのですから」
瓶の蓋を開けようとするセイラの手を山男が止めた。
「馬鹿な!そんな事をすればお前が……」
すると野伏は手を振り払って、
「邪道とは時に蔑まれますが、野伏は暗殺者と同じ様に鏃に毒を塗った物を使用する時もあります。調合師や薬師程ではないが、毒に関しては今の一行では俺が一番詳しく、また反対に毒に対する耐性もマシでしょう。だからこそ俺が天幕では無くこちらに来たのです」
「だが!」
「獅子斬り殿、時間がない……それに……!」
セイラは鋭い眼光で山男を見据えた。
「貴方はギルドをかつて抜けた身、今回の依頼ではある意味客分の様なものではないか。クリラさんは我等がティルナノーグの一員で、先輩です。ならば俺が、身内が救うのが筋でしょうや。そう、かつてセバスチャンさんが俺を救ってくれた様に――
俺はヴァントやフィオレの様な新人ではないよ。自身の失態の始末は自分でつけられますよ。だからまあ、見ていてください」
「ム……ムウ……」
そう言われては山男は唸るしか無くなった。
事情があったとはいえ、ヴェスカードは確かに自らの意思でギルドを去ったのだ。そして数年を木樵として、博徒として過ごしていた。
セイラの言葉はある意味嫉妬か、焦りか苛つきか……論調は強かった。だがそれすらも気にならぬ程に、山男は改めてその事実を突きつけられた様な思いであった。
クリラの為故郷の平安の為……それを確かに原動力としてこの依頼に加わった。だがその様な理由があったとしても、心の中では彼の、山男の胸に眠っていた冒険者の血は――仲間との共闘に、冒険に、激らせていたのだ。
山男は再び伸ばしかけようとした手を力無く降ろした。
セイラはそれを横目に睨むと、一つ目の瓶の中身を指に取るのだった。
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