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第一章 クリラの依頼
バレーナ到着
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ヴェスカード: 獅子斬りと呼ばれた斧槍使い
フィオレ: ティルナノーグの女魔法剣士
パジャ:老人の暗黒魔導師
スッパガール: 斧戦士の女傑
セバスチャン:騎士風の甲冑剣士
モンド:侍見習いの若者
*
7
高い城壁に囲まれた堅牢な門の門兵に通行証を見せると、丁度陽の落ちた時刻に一行はバレーナに辿り着くことができた。
かつて東にオーク砦が形成されたことによる対抗手段として城壁が徐々に高くなっていったという経緯があるこの街は、街をぐるりと取り囲む城壁から中央に位置する領主邸、街を防衛する為の防衛隊の砦が丁度円錐状のように位置取られている。
城門から中央まで螺旋状に続く丈夫な石畳の幅広な目抜通りは通りを照らすオレンジ色の街灯に彩られ、住民や行商人――ここより更に北の大水上都市・タリム・ナクへの移動を目指す――などが往来していた。
馬を引く一行のうち先頭を歩くヴェスカードは実にこの故郷を離れてゆうに十年以上ぶりの帰郷であった。
少年時代に祖父アイスクレイスと暮らしていた記憶の残る街だが、いまだ年老いた両親が暮らすクリラとは違い、若い頃にギルド・ティルナノーグに入ってからは生活の基盤をベルクフリートに移していたからであった。
変わっていないような気も、変わったような気もする街を眺めながら山男は、
「そう言えば宿はどこを取ったのだ?」とフィオレに聞くと。
「あっハイ今晩は『大鹿の毛並み亭』に宿を取っています。今晩タリム・ナクからの依頼メンバー第二陣が到着予定ですが、さすがにその大所帯だとバレーナ支部では狭いですものね」
かつて山男が祖父と暮らしていた小屋は今はティルナノーグのバレーナ支部となっているが、元は二人暮らしの小屋である。そこに今回メンバーを全員入れるのは難しいし、人数分の馬を繋ぐ馬小屋も必要であった。
「なるほどな、高い宿ではないが大きく人が集うので情報収集もしやすそうだ。そして名物の馬鈴薯とチーズのクロケットが美味いと評判だ」
「メンバーの顔合わせを宿の居酒屋でして今後の方針についてよく話し合いましょう」と、導師が言う。
「そうだな、クリラに託された鍵と古文書……これについてもよくよく考えねばならぬ。フィオレ、宿の手配すまなかった」
「え、ええ……」
先程やり合ったことなど忘れたかのように、ケロッとした顔で山男が頭を下げる。かえってフィオレの方が戸惑ってしまう。解放的な外での仕事が多い木こりの故か、それともこの獅子斬りと呼ばれる男の中に流れる冒険者の血か、あまり引きずらぬたちなのだとフィオレは思った。
*
目抜き通りから横に一本入った通り沿いに大きな三階建ての建物が見える。この建物が今回の依頼でのバレーナの拠点になる『大鹿の毛並み亭』だ。
一階は大部屋の酒場となっており、建物に比例して併設された馬小屋も多くの馬を繋ぐことができる為冒険者、街道を往来する商人、行商人などに人気のある宿であった。
この時代遠方から遠方まで情報を届けるにはごく一部の高位魔術師が扱うことができる魔導伝達手段を用いるか、伝書鳩など動物を使った方法しかなく、情報の一般的な伝達者は各地を動き回る冒険者やギルドの人間、各地で商売をする商人、行商人であった。
彼等は商売をするにも冒険をするにも依頼をこなすのにも最新の情報を得る事が自分の命や商売の生存率を上げる事を知っていたから、街に行けば生きた情報が集まる酒場に顔を出してみるのが癖になっていた。
「ここで落ち合う約束になっているので、待ちましょう。我等の方が早くに着いたようですから」
主賓席の導師が席に着いた一行のそれぞれに駆け付けの一杯をついでよこした。
山男はクリラの手紙の入った封筒から古びた細かな装飾の施された鍵と古文書を眺めてみた。
(クリラに託されたこの鍵と古文書の謎……何に使うものか――あの隘路のオーク部隊はこれを探していたというのか――)
*
「――お、来たんじゃあないか?」遠目のきくスッパガールが合流メンバーを見つけた。
「お~こっちですよ~こっちこっち!」
入り口から一行の取り囲む大人数用テーブルに三人の男女が近づいてきた。
「やあやあ、今回はよろしく」
頭にバンダナを巻きスラリと身長の高い、エルフとみまごうばかりに顔立ちの整った優男風が声をかけてきた。歳の頃は二十代後半と見えた。
「おぉセイラよく来てくれましたねぇ。よろしくお願いしますよ」
「セイラ・シスリークロスだ。セバスチャンさん、お久しぶりですね、あなたが出なくてはならぬ程の依頼ですか」
「久しぶりだねセイラ、買い被られては困るが、また依頼を共にできて嬉しいよ」
ギルドを離れていた為最近のティルナノーグの内部事情は殆ど知らぬが、やはりセバスチャンはあの剣技故に他のメンバーに一目置かれているようであった。
(一応言っておきますがセイラに女のような名前だとか言ってはなりませんよ。過去にそれを口にして半殺しにされたならずものが)
自身の斜め左に座るヴェスカードにパジャが耳打ちをした……実はセイラか、男にしては珍しい名だなとか言いかけたところだった。見るとフィオレも余計な事を言わぬかややハラハラとした面持ちで山男を眺めていた。誤魔化すようにこほんと小さな咳をする。
「――ほう貴方が噂の獅子斬りか。よろしく。かなりの腕前との噂だが、依頼が終わったらいつか模擬戦でも手合わせ願いたいものだ」
実に挑戦的な目つきでこちらを見やるセイラを見て、この様な類の男は久方ぶりだなあと山男は感じた。
別に敵対心を持って山男にそう言っているわけではないのだ。ただ単に己の実力に自信があって、対するこの者は如何程のものか――という、腕利の冒険者の持つ自信と好奇心がないまぜになった感情が見てとれた。
昔のティルナノーグにはこのような男が多かったな、と山男は一人僅かに口端を上げた。
「構わん。ヴェスカード・ハートランドだ、よろしくな」
ニヤリと笑って優男と握手をした。
「コーラ、初対面の方になんて言い草なの」
優男の陰から彼の耳をつまんでウェーブがかったロングヘアの美しい女が言った。
「いたたた、ミーナちゃん痛い、痛い」
「ミーナ・サーリーです。今回の回復術師を務めさせて頂きますわ」
歳の頃はセイラより少し下か、恋仲なのか途端にセイラがおどけたような口調になった。フィオレとは知り合いなのか、彼女に向けて小さく手を振っている。
「ヴァント・オリオンでっす!今回依頼初めてで気合い入っています!うわあ、皆さん気合い入った面子ですねえ!」
こちらはモンドと同じくらいの歳か、逆立てた黒髪に紅い鉢巻を巻いた、快活そうな青年だった。背中に背丈ほどの長刀を背負っている。
青年は気づいていなかったが、モンドが末席から刺すような眼で彼を見つめていた。
「さあさあ、座って座って!これにてヴェロンと私が考えた面子が揃いましたね!腹ごしらえをしつつ依頼について話し合いましょう――!」
こうしてヴェスカード、パジャ、フィオレ、スッパガール、セバスチャン、モンドに加えてセイラ、ミーナ、ヴァントが加わり、この九人が今回の依頼のフルメンバーとなったのだった。
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