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第一章 クリラの依頼
祈祷師
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ヴェスカード: 獅子斬りと呼ばれた斧槍使い
フィオレ: ティルナノーグの女魔法剣士
パジャ:老人の暗黒魔導師
スッパガール: 斧戦士の女傑
セバスチャン:騎士風の甲冑剣士
モンド:侍見習いの若者
*
6
暗闇の中に何本もの高さの違う燭台が立ち、大きな蝋燭が怪しげに灯火を揺らめかせていた。
部屋には人間ならば鼻をつまむようなすえた臭いの香が焚かれており、香炉からはいく筋もの紫色の煙が立ち昇っては祭壇の上部に吸い込まれていった。
「バルフス様――」
祭壇の前に跪き一心不乱に呪言を繰り返して祈祷するローブに包まれた大きな背中の主は、声をかけられるとその動きをピタリと止め後ろを振り返った。
「――鍵と古文書は――鍵と古文書は見つかったのか――」
同種の兵卒達を支配するような重々しく催眠的な声でそう言い下すと、ローブの中から覗く幾多も皺の刻まれた巨大な豚面の双眸は緑色に光を帯びた。
思わずゴクリと喉を鳴らしたオークの兵卒は、その音が祈祷師に聞こえはしないかと心臓を掴まれたかのような気分になる。
「も、申し訳ございません――多方面に捜索をさせているのですが――……」
「――……!!」
無言の圧――! 兵卒には祈祷師の眼の色が強くなったように見え、眼に見えぬ揺らめきのような空気の塊が押し出してくるようにも感じられた。思わず悲鳴を出しかける。
「――探せ――。我等が古神の鍵――!決して人間などには、憎っくき人間共などには渡してはならぬ――!」
殷々と頭に直接響き渡るかのような声は絶対的な命令を帯びていた。知らずのうちに兵卒は片膝をつき、ハッ直ちに!と喉から搾り出すような声を出した。
*
殺られる――――。
己の知覚と眼球は振り下ろされる得物を捉えているのに、その刹那身体は動かなかった。代わりにこのタイミングで自分は致命傷を受けるのだという事実だけが頭をよぎる。
「恐怖――」
モンドの後方から赤いオーラのようなものが迸ると、そのオーラは眼前の妖魔を瞬時に包み込んだ。
妖魔の身体を急激な金縛りと絶望感が覆う。振り下ろされた得物はモンドの眼前でピタリと止まった。
続けて人の頭大の火球が跪く侍の頭上を飛び越えそのオークの顔面を燃やす。
「今ですよッ体勢を立て直してッ!!」
パジャのよく通る声が聞こえた。
咄嗟に振り返ると後方からの魔導支援をパジャとフィオレがしてくれたのだと知る。
「モンド――ッ!!立て!!」
兵卒の奥に隠れた部隊長の歳を取ったオークに甲冑剣士が踊りかかった。
「よくやった!いったん下がれッ!」
山男がモンドの前方にいる妖魔を斧槍で蹴散らす。
その隙に青年は地に落ちた愛刀を掻き寄せると、後方へと飛び退いたのだった――。
*
かくして、ティルナノーグの戦士達はオークの襲撃部隊を殲滅した。ほぼ全てのオークを山男と甲冑剣士がパシャとフィオレの魔導支援を受けつつ薙ぎ倒し、進路側を塞いだ二匹の妖魔に向かったスッパガールも無傷であった。
「あの技は乱戦では余程気を使って使わなくてはいかンぞ。まあ少し危なかったが怪我がないようでよかったな。ハッハッハ」
山男がモンドの背中を叩きながら笑いかけるが、青年は青い顔をしたまま微かに頷き離れていってしまった。
「ヴェスカードさん、貴方、もう少し言い方ってものが、モンドさんは初陣だったんでしょうに」
不思議そうに青年を見送る山男に、フィオレが苦虫を噛み潰した顔で言う。
「い、いやだから初陣なら無事に切り抜けられたのなら満点だろうが」
「――ハァ、ですからもう少しケアというものがですねぇ、貴方も初陣の頃は心の臓が落ち着かなかったのではなくて」
「あ?いやいきなりその様な昔の事を言われてもな――俺の場合はどうだったか――」
「……これだから独りで暮らしている様な人というのは……」
「お、お前それは独り者への偏見だぞ、断固抗議する!……あっわかった。ハハァ、お前アレだろ、こないだの寝巻きの件根に持っとるんじゃないのか」
するとフィオレは急に顔が紅くなって。
「なっ、今はそんなの関係ないでしょうに!大体、貴方、昔ギルドに在籍していた期間は結構あったのだから渡し人の経験があるのではなくて?」
ふと、山男の顔が真面目に追想にふけるような顔になり――。
「……ウム、一人、いたといえばいたが――半ばで別れてしまってな、そのままか……」
そのような態度を取られてしまうとフィオレも二の句を告げづらくなってしまった。
「もう、そこ何を痴話喧嘩をしているのですか、私は大魔法を使って消耗しているので、早くバレーナに到着して休みたいですよ」と横から口出すパジャに、
「「――違う!!」」
と、二人は揃えて声を荒げた。
「大体大魔法と言うがお前、恐怖は初歩的な暗黒魔導だろうが」
「チッチッチ、使い手がこの私であれば初歩的な魔導でも大魔法となるのです」
「嘘つけ!!」
今度は山男が導師とやり合いを始めた。
――もう、中年ってどうしてこう話が通じづらいのかしら。いえ、セバスチャンさんは落ち着いた物腰なのだから、この方が粗野で頑固なのだわ……。
フィオレは二人のやり取りを微妙な顔で眺めていると。
「ハハっ、ヴェスは結構大雑把なんさね、あまり真面目に受け取りすぎない方がいいよ。モンドのケアをしてあげなよ」
と、羽付き帽子を被ったスッパガールが戦斧を肩にかついで笑いかけた。この女傑は斧を持って戦闘に臨めば豪壮な戦士だが、性格はカラッとしていて優しい。
「おいスパ誰が大雑把だ!俺ほど繊細な男もそうはいまいが――」
今度は女傑も巻き込んでやり合うそぶりを見せるので、付き合ってはいられぬと思った。フィオレは山男を見て、
「そうした方がいいみたいですね、失礼しますわ粗野な熊さん」
と、挑戦的な顔つきのまま淑女の礼を仰々しくし、モンドの後を追った。後ろで山男の誰が熊だ!という声が聞こえる。
――心臓が早鐘のように鳴るのを自覚していても、いつまで経っていてもそれは収まってくれなかった。
刀の柄にかけた左手は細かく震えている。
フィオレが後をつけてきて何か言葉をかけてくれているようだが、己の動揺を悟られまいと生返事を返すことしかできぬ。
(クソ、クソ、途中までは己だってうまくやれたのだ。決して剣技が劣っているわけではない。ただ運の悪い巡り合わせで不覚をとったのだ――それにしたって、俺は死にかけたのだぞ。あのヴェスカードという戦士の軽さはどうだ……頭のネジが何本か飛んでいるとしか思えぬ……)
そんな事を考えながらフィオレへの生返事をするのに振り向くと、やや離れたところからこちらを見ているセバスチャンと眼があった。
指示を破った己に憤りを感じてるでもなく、静かな面差しだった。モンドはそれ以上眼を合わせていられず視線を切ると離れていった。
刀の柄にかけた左手は、音の鳴るほどに一層強く握られている。
――かくして一行はその日の晩に城砦都市バレーナへと着いたのだった。
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