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第一章 クリラの依頼
仲間達
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ヴェスカード: 獅子斬りと呼ばれた斧槍使い
フィオレ: ティルナノーグの女魔法剣士
パジャ:老人の暗黒魔導師
クリラ:ヴェスカードのかつての戦友
*
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「おぉよく来ましたねぇ」
袈裟をまとった導師――パジャがそう言うと、ギルド支部の小塔のホールはにわかに人で一杯になった。
ヴェスカードがヴェロンの部屋から退出すると、丁度依頼メンバーの一陣が到着したところだった。
そこには新たに大柄な女傑と壮年の剣士、若い男の三人がいた。
「おやヴェス、あんたギルドに戻ったのかい」
部屋にいる者のうち一番背の高い――大柄なヴェスカードよりも更に背の高い三十路前位の羽付帽子をかぶった、薄赤い白髪を三つ編みにした筋骨隆々の女傑が言う。
「なんだスパ、お前もメンバーなのか」
「そうさね、あたしはベルクフリートを拠点にしているからね。あんたは木こりやらせとくにゃ勿体無いなって、ずっと思っていたんだ」
スパと呼ばれた女傑は帽子の縁を親指で上げてニヤリと笑う。
この女傑はティルナノーグの斧戦士のスッパガールである。無論本名ではない。何らかの訳あってそう名乗っているが、知り合いは略して皆スパとかスパさんとか呼んでいた。
ヴェスカードはギルドを離れて木こりをしている間、木こりも兼業しているスッパガールと一緒に仕事をする事があったのだ。
「ヴェスカード、噂は聞いていたよ。会うのは初めてだね」
スパに続いて声をかけたのは緑がかった甲冑に身を包んだ騎士然とした中背の壮年の男だった。歳の頃は山男と同じくらいと見えた。
「薄緑の甲冑――アンタ、セバスチャンか」
「左様。今回の依頼ではよろしくな。私もクリラを助けたいんだ」
騎士風の男の名はセバスチャンと言った。山男がギルドを抜ける少し前くらいにギルドに入ってきた為面識はなかった。が、その頃薄緑の甲冑に身を包んだ剣の達人がいるらしいというギルド内の噂を聞いた事があった。
「……ども」
最後にセバスチャンの後ろから現れたのは動きやすい茶色のローブに身を包んだ若い男だった。腰には曲刀のようなフォルムをした幅広の剣が刺されている。下から見上げるような薄暗い表情が特徴的なこの男の名は、モンドと言った。
「お、おう……。セバスチャン、この若いのは……」
「ええ、私が彼の【渡し人】だよ」
「なるほどなぁ」
【渡し人】とはティルナノーグの師弟関係の師の事を指す。弟子のことは【伝え人】と呼んだ。
百数人の構成員がいるティルナノーグだが、年齢構成的にはヴェスカードやパジャ、セバスチャンのように平均すると三十路、四十過ぎの者が一番多い。それだけ経験を積んだ猛者が多いのが、知る人ぞ知る、ある意味では名の通ったティルナノーグの特徴の一つではあった。
が、次世代のことを考えると若い世代の構成員というのは必要であり、最近のティルナノーグでも十代後半や二十歳前半の若者の勧誘や紹介などをしていたのだ。
そう言った若者達には基本的には経験豊富な渡し人が付き、共に依頼をする事により伝え人にも経験を積ませていた。
「剣士ならば奴が渡し人でよかったな。参考になるところが多いだろう」山男がモンドに声をかけると、
「チッ……別に……」
と、軽く会釈をして若者は離れていってしまった。
「ン――……?」
ヴェスカードは暫し不思議そうな顔をして彼の背中を眺めていた。
*
「さてそれではバレーナへと向かいましょうか。外に馬を繋いでありますよ」
禿げ上がった頭を撫で上げながら暗黒魔導師パジャが錫杖を手に言う。
この時のメンバーはヴェスカード、パジャ、フィオレ、スッパガール、セバスチャン、モンドの六人であった。
「バレーナまでは馬で三日というところか。ヴェロンは大丈夫なのか?」
「屈強な護衛のメンバーも付いていますし、そもそもヴェロンも未だ強いですからね。問題ありませんよ。バレーナでもう数人、タリム・ナク方面からのメンバーも追加されますよ」
「随分大人数だな」
「そうですねぇ……私もクリラの話を聞きましたが、今回の件は単にオークの人さらいというだけの事件ではない気がするんですよ。私の勘ですけどね」
「パジャの悪い勘は当たるからな……」
「そうなんですよ、私が暗黒神を信奉しているからかもしれませんが」
「今回は外れて欲しいと思っているよ。早くクリラの解毒剤を手に入れたいからな」
かくして、彼等六人は馬上の人となり街道沿いにバレーナの街へと向かったのだった。季節は初夏、女神の月。時刻は午後十五時過ぎだった。
*
その日は陽が落ちるまで馬を走らせ街道沿いの小さな宿場町に一晩の宿を取った。突然のフィオレの勧誘から依頼に参加することになったヴェスカードを初め、各々今日から始まる依頼遂行の為に参じた者達である。初日はしっかり身体を休めようという話になった。
(この宿のメインディッシュ、鹿肉のソテーは中々だったな。あのワインをベースにしたソースはどのようにして作っているものか……そういえばクリラも鹿肉が好きだった。完治した暁には今日のような料理でも振る舞ってやろうか……ン?)
夕食の後ややあって離れの風呂から上がって寝室に戻る山男がふと窓から外を見ると、中庭で影がせわしなく動いてるのが見えた。
「……あれは――確かモンドとかいう――ほう」
茶色のローブを脱ぎ軽装になったモンドは東国の曲剣――刀を一心不乱に振り稽古をしていた。
「侍――東国の伝統的な剣士、侍なのか、アイツ」
汗を流しながら刀を振るう若者を、自身とて剣士の常でついジッと観察してしまう。荒削りだが時々鋭い打ち込みも見せる。だがその強烈な打ち込みは同時に隙をも産む事がある。相手の挙動をよく観察せねば迂闊には打ってはいけない一撃だと思った。
「彼は侍見習いなんですよ」
背後からの声に気づくと、やはり楽な格好をした、就寝前と見た別室のセバスチャンが立っていた。その気配のなさにこの男はできるなあと、山男は感心した。
「実家が東国の侍の名家で、でも三男の彼は親に西国での修行を命じられたそうです。そのつてで、ティルナノーグに 」
「なるほどな。しかし初日から感心な事だ」
「……初日は移動の疲れもあるから体を休めておけと伝えていたのだけれども……」
「確かに……稽古にしては少し飛ばし過ぎな気もするな」
セバスチャンは窓の外を見やりながら腕組みをし、静かな顔でそれを見守っているようであった。が、ややあってではお先に、と自室へと戻っていった。
そう言えば自分も湯冷めしてしまう、と山男も二階の自室に戻ろうとした。二階への階段の脇の食堂では、パジャとスッパガールの大きな笑い声と杯をぶつけ合う音が聞こえてきた。
「まだ飲むのか、アイツら……」
あの二人はヴェスカードや他の者達よりも酒が強い。歴戦の猛者ではある。次の日に残すような飲み方はしないだろうが。
階段を登ると、黒地に花をあしらった寝巻きのフィオレとすれ違った。彼女はスッパガールと同じ寝室だ。
「洗顔と歯を磨いていて……おやすみなさい、ヴェスカードさん」
「おま、そう言うの依頼に持ってきてるの?あのデカい荷物、そう言うの入ってるの?」
山男が驚いた顔で指指すと、
「い、いいじゃないですか……!野宿の時は着れないけれど、こういう宿に泊まれる時は貴重ですもの!そんな時くらいリラックスした服で睡眠を取りたいんですッ!」
フィオレは顔を赤らめて反論した。
「いや、別にダメだとは言ってないが……」
「放っておいてくださいな!今度こそおやすみなさい!」
フィオレはツカツカと自室に戻っていってしまった。
(なんか知らんが怒らせてしまったかな……)
山男は自室でベッドに横たわる。風呂から上がって部屋に戻るまでの間に色々な事が――いや、いつもの日常を迎えるはずだった今日をふと振り返った。
(こうして――仲間達と共に依頼に出るのも久しぶりか……昔は、よく依頼の仲間とこんな風に過ごしていたな。パジャも昔から宿で酒を喰らっていた――しかしアイツ、もう良い歳になっても全然酒の勢いが衰えぬ……)
思考の波が一気に押し寄せ、それが次第にボヤけていった。暫くするとヴェスカードは、深い眠りに落ちて行ったのだった。
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