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第一章 クリラの依頼

ギルドマスター 〜 クリラの手紙

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登場人物:

ヴェスカード: 獅子斬ししぎりと呼ばれた斧槍使いグラデュエーター
フィオレ: ティルナノーグの女魔法剣士ルーンナイト
パジャ:老人の暗黒魔導師ダークメイジ
ヴェロン:ティルナノーグのギルドマスター
クリラ:ヴェスカードのかつての戦友



3


 その男は塔の奥まった部屋で机に背を向けていた。
机には数々の戦士達の名前や依頼人の依頼書が沢山積み重ねられており、それらを大きな地図と眼を行き来させながらサインや押印をしている。

「ヴェロン」
 山男がその水色のローブを着た男の背中に声をかける。
ローブの男は手を止めるとゆっくりと革張りの椅子を回転させた。

「ヴェスカード、息災か」
 ローブの首上に覗く黒い肌をしたスキンヘッドの老人が話しかけた。その深い皺の刻まれた男の顔は、パジャよりも更に歳のいっていることを示している。だがその眼に宿る眼光は誰よりも鋭かった。

 フィオレの前ではかつての獅子斬りの片鱗を見せたヴェスカードだが、この男を前にした時は、かつて自身が若手の現役時代、既にギルドの幹部格で強大な力を振るっていたヴェロンの姿を一瞬思い出した。だが――

「ウム、久しいな――老いたな、ヴェロン」

 自身もそれなりに歳を取ったつもりだった。だが時の流れはこの水色のローブの男にも平等で、残酷だった。自身がギルドを退いてからもきっと色々な責任を背負っていたのだろう。

「アンタが本部じゃなく支部に来るのは珍しいな」
「お前が来ると聞いてな」
「来る事になったのはヤーノックの気紛れ故さ」

「賽の目とコインの表裏を司るヤーノックか……いや、お前がここに来たのはヤーノックの父神、運命神ジルックの導き、そしてアイスクレイス……お前の祖父の意志だよ」

「チ……戯言はよせ、ヴェロン。それよりクリラの事を聞きにきた」

「クリラか……ウム、奴は今ギルドの治療院で集中治療を受けておる」
「そこまではフィオレから聞いている。奴はどんな依頼クエストで重傷を負ったのだ?」

 するとヴェロンは一通の厚みのある封筒を山男に手渡した。封の開けられていないそれは、中に何か小さなものが入った感触がある。

「この依頼クエストは元はクリラがバレーナの街の住民から受けた依頼クエストだったのだ」

 その街の名前に山男はピクリと眉を動かせた。
バレーナは、山男とクリラの故郷の街でもあったからである。

「バレーナで……」
 山男は封を開けてみる。
中には一通の酷く文字の書き乱れた手紙と、古ぼけた鍵があった。それは、戦友クリラからのヴェスカードへの手紙であった。





『ヴェス(ヴェスカードの愛称)、息災か?
実は俺はとある依頼クエストで魔物の襲撃を受けてしまい、怪我をしてしまった……』

 という言葉から始まった戦士クリラの手紙。その文章をそのまま書くのはいささか退屈な描写になるので、以下をクリラ視点で描写する。

 

『ティルナノーグの戦士・クリラは依頼クエストの休暇中故郷のバレーナに帰っていた。
 バレーナは大陸の北方、海に面したタリム・ナクという大海上都市の南とベルクフリートの北の間に位置する中規模の街だ。ベルクフリートほどではないが強固な城壁に守られた街で、領主の下に街を守る警備隊がいる。ベルクフリートとタリム・ナクの間を行き交う商人などの往来も多く、常日頃中々に活気に満ちた街であった。

 

 クリラは実家で年老いた父母と食事をしている時、ふと母親から話を持ちかけられた。


数軒隣で食堂を経営しているエマ婆さんがクリラにどうしても相談したいことがあるのだという。クリラは明くる日エマ婆さんに話を聞きに行くと、婆さんは涙ながらにクリラの肩に手をかけながら話し出した。


「あたしの孫のリリが、こないだオーク砦のあの醜い豚どもにさらわれてしまったんだよ!クリラ、あんたはあのティルナノーグの戦士なんじゃろう?どうか、どうかリリを助けておくれよ!」
「……本当なのか?わ、わかった。俺がオーク砦の様子を見に行くよ」
 
 
 幼少の頃よりご近所として可愛がってきてもらったエマ婆である。断れなかった。
実はバレーナの東方には急な崖を背にして、豚の顔をした亜人種、オークの集う大規模な砦があった。

 この砦は百年近く前からあるもので、バレーナの街とは密接な関係があった。というのも人間に敵対意識を持つオークの砦が出来始めた時代から、それを警戒して街の城壁が徐々に高く、強く強化されて今の姿になったからである。

 だからか、バレーナ東方のそのオーク砦の豚妖魔が街に侵攻してきたという回数は街の歴史の中で驚くほど少ない。妖魔とて馬鹿ではない。強固な城壁を無理に攻め立てれば甚大な被害を負うことをわかっていた。
 逆に街の人間としてもいたずらに妖魔を刺激しなければ、ほぼ平穏に暮らせるのだということを知っていた。双方にこの百年間奇妙な均衡があったのだ。


 ――だから、クリラは初めエマ婆さんの言う事が本当なのかと思った。
 クリラが成人してからはオークが攻めてくることも、何か手を出してくる事もなかったからだ。
 
 だがある満月の晩、エマ婆が孫の面倒を見ていてふと孫から目を離した隙に物音がしたかと思うと、なんとそこにはいつの間にか豚面の妖魔が一匹紛れ込んで、小脇にリリを抱えていた。驚きのあまりエマ婆が声も出せずにいると、体躯に似合わず疾風のような動きで逃げ出してしまったのだという。

 
 翌朝、エマ婆は孫を取り戻したい一心で街の警備隊にその事を告げに行った。だが警備隊の腰は重かった。彼等はいたずらに妖魔を刺激して街と砦との均衡を崩すのを恐れていたのだ。エマ婆が頼れるのはもう、クリラしかいなかった。

 

 クリラは日の落ちるのを待って単身オーク砦に潜入を試みた。
 

 隠密シーフの特技を持つクリラは夜闇に紛れて厳重な警備の砦に潜入した。するとオークどもが砦の中央で巨大な篝火を燃やし、何か怪しげな儀式をしているのを目撃した。体躯の大きな司祭のオークが呪言を叫ぶとオークの兵隊達は狂乱して踊り狂う。

(これは只の誘拐事件というだけではない……)その様に何か言い知れぬ、邪悪な気配を感じたクリラ。もしやすると自身だけで手に負える事件ではないのかもれぬ。と考えた。

 彼はオークが篝火かがりびを取り囲み狂乱している傍に祭壇が設けられ、小脇に抱えられるくらいの古ぼけた宝箱とこれまた古ぼけた鍵、そして古文書の様なものを発見した。
 宝箱は隊長格の妖魔が手をかけながら狂乱に同調している。クリラは闇に紛れて同じ祭壇に捧げられた鍵と古文書だけを反射的に手にした。ギルドの知識のある者に見せれば何の為のものかわかるかもしれぬ。

 

 その場をすぐさま離れてリリを探すクリラは、砦の端で牢に入れられたリリを発見した!
 見張りのオークが二匹いる。リリを助けるには交戦しないわけにはいかなかった。

一匹を背後から影のように音もなく仕留めたが、もう一匹に気付かれる。クリラは小刀を素早く繰り出しオークを斬り伏せ、其奴が持つ牢の鍵を盗んでリリを助け出した。が、クリラも焦りがあった。斬り伏せたオークはまだ息があり、仲間を呼んだのだ。

 クリラはリリを小脇に抱え、砦の影を縫って脱出を試みた。砦の脇の森の中に隠していた馬に騎乗したが、そこで一騎の追手の巨大な魔犬オルタロスに乗った騎乗豚戦士オークライダーに追われた。必死に振り切ろうとするクリラだったが騎乗豚戦士オークライダーも手練れであった。

 執拗に追われ、追手のボウガンで脇腹と肩に矢傷を受けた。リリも乗せ形勢の不利を悟ったクリラは、馬をとって返してライダーと交戦した。

 馬上で切り結ぶクリラと妖魔。ボウガンの矢を二本受け、リリを護りながら戦うクリラは鎖骨のあたりに妖魔の剣戟を受けた。だが捨て身の攻防の末にクリラの刃は妖魔の喉笛を貫いていたのだった。先行するライダーを仕留めたクリラは、徒歩かちの追っ手を振り切る為意識が遠のきそうになるのを堪えてバレーナへと馬を走らせたのだ。

 妖魔の矢には遅効性の毒が塗られていた。クリラは街の城門をくぐり抜けると落馬した。駆け寄った門兵がティルナノーグのクリラだと知ると、その事はバレーナの他のギルド員に知らされた――。』
 




「――そして今に至る――というわけか」
 
 ヴェスカードはクリラの手紙を(実際には傷の治療中に書かれたので簡潔に書かれてはいた)を読み終えるとそう呟いた。
 

 その手紙の最後には『――お前がギルドを抜けた人間なのは分かっている。だがオーク砦の妖魔どもがただ単に街の者をさらったというだけでは、どうしてもないような気がしてならないのだ。だからこの体の俺は同郷、そしてかつての戦友であるお前を頼りたいと思う』と書かれていた。

 傷と毒に苦しみながら書かれたであろうことは、字の達者なクリラの字とはかけ離れた書き殴られたそれを見ても痛い程に伝わってきていた。


「バレーナ東のオーク砦の企みを暴き、もしそれが街に――故郷に仇なす企みであれば阻止する、という事だな……クリラの――奴の、俺への依頼クエスト、と言ってもいい……クリラはどこの治療院にいるのだ?」
「それは今はお前とて言えぬ。クリラは今オークに追われている身なのだ。どこからか情報が洩れれば襲撃される恐れがある」
 ヴェロンが難しい顔をする。
 
「ム……では、クリラは無事なのか?」
「……無事といえば無事――だが今後はまだわからぬ。手紙に書かれた様にオーク共は矢に毒を使っていた。どうやら遅効性の毒で、緩やかにクリラの体を衰弱させつつある。治療院でも毒の成分を研究しているが、解析できるかどうかはまだわからぬ。もしかすればオーク砦に毒の中和薬があるかもしれぬのだ。毒を使うものは誤用を恐れてその中和薬も備えるものだからな」
「そう――か」

 
「どうする、ヴェスカード。この依頼クエストを受けるか?」
 現ギルドマスター・ヴェロンはその鋭い眼差しで山男を見やった。

「ムウ……」
 山男は斧槍ハルバードの石突きで石の床を二度、コン、コンと叩いた。


「わかった。その依頼クエストを受けよう」

「……そうか」ヴェロンは口の端を僅かに上げる。
「だが、ギルドに戻るとは言っていないぞ。この依頼クエストはやるが――」

「今はそれでも良いよ。ヴェスカード。一連の事が終わってからまた、答えを聞こう。クリラを助けてやってくれ」
 再びヴェロンは眉間に深い皺を寄せる。
 
 この男はギルドマスターになってから、あれからずっと、こうやって、ギルドの者達を想い――護ってきたのだ。
 ヴェスカードはふと、自分がギルドを去っていた間どのような事があったのかとか、どんな想いをしていたのだとか、訪ねたくなった。
 だがそれは今すべきことではなかった。

 
 
『なあヴェロン、どうすればアンタみたいなすごい戦士になれるんだ――』
 
 一瞬の追想、それはかつてヴェスカードが少年から青年になりかけていた時の事――。
 水色の動きやすいローブの下に金色の立派な鎧を着けた筋骨隆々のヴェロンが男らしい顔で微笑んだ。

『一撃――初撃に裂帛れっぱくの気合を込めろ。腕は後から着いてくる。気迫でまず敵を圧倒するんだ』
『気合だけで強くなれるのか――』
『勿論それだけでは駄目だが――気の持ちようで負けている者は相手には勝てぬという事だ』
『もう少し技術的な事を聞きたかったんだが――』
『ハハハ、それはおいおい教えるさ、ヴェスカード』

 拗ねるような顔の若いヴェスカードに、それを見てまた微笑むヴェロン。
 その横にはかつてのギルドマスター、ヴェスカードの祖父、アイスクレイスの姿もあったような気がする……。


 

依頼クエストメンバーの選定は既にしている。第一陣はもう着く頃だろう」
 ヴェロンが机の上の紙を見てそう言う。紙を持つ手は昔よりもずっと細く、皺が刻まれていた。
 すると丁度部屋の外で入り口の頑丈な扉の開く音が聞こえた。

「ああ、わかった――そう言えばあの、フィオレという娘も行くのか?」
「そうだが、どうした」
「先程ゴブリンとやりあったがあの娘、とてもティルナノーグの魔法剣士ルーンナイトには」
「そういう事か。あれはあれで役に立つ娘だよ。じきにわかる」
「ム……そうか?」
「そうさ。では良い報告を待っておるよ。俺の寿命が来る前に終わらせてきてくれよ」
「そんな男かよ、アンタが。ではな、また後程」
 
 山男は斧槍ハルバードを眼前に強く握り立てた――戦士の礼!
 ウム、とヴェロンは山男の退出していく後姿の重心の使いようを見て再び口端を上げた。



 
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