ギルド・ティルナノーグサーガ 『ブルジァ家の秘密』

路地裏の喫茶店

文字の大きさ
上 下
20 / 32
第二章 我が儘お嬢様

トールズの原始林

しおりを挟む
19
トールズの原始林


登場人物:

グラウリー:大柄な斧戦士ウォーリアー
ラヴィ:女性鍛治師ブラックスミス
バニング:暗殺者アサシン
マチス:老練な短槍使いフェンサー
トッティ:若い鈍器使いメイサー
ボケボケマン:オークマスクの魔導師
エイジ:蒼の魔導師ブルーメイジ
トム:商人
ギマル:部族出身の斧戦士ウォーリアー
ベル・ブルジァ:豪商リドルトの姪



「……あれ?どうしたの…みんなで集まって――何か…あったの?」
 だがベルは、気がついても先程自分がした事を全く覚えていないのだった。
戦士達は大きな疑問が湧き上るのを感じたが、何となく今はその事をベルには告げる事ができないでいた。残党のいない事を確認すると、彼等は再び五人ずつの仮眠を取り、闇に住まう者達が恐れをなして顔を出さなくなる朝日をただひたすらに待つ――。



 彼等がルナシエーナを出てから一週間と二日あまりが過ぎようとしていた――。
既にルナシエーナを取り巻くあやかしの森を越える事ができ、大河を渡し舟で渡り草原地帯を越えて『トールズの原始林』にその脚を踏み入れる所であった。

 旅の速度としては通常よりもかなりのハイスピードで移動しており、メンバーの中にも疲労が蓄積されてきていた。朝日が昇り辺りが見通せる七時頃から移動し、幾度かの小休憩を挟んで日が沈めば移動をしない、という定石までも破ってひたすらに夜九時、十時までも馬を走らせたのだ。彼等の内腿は激しい筋肉痛になり、馬もまた疲弊して馬の為の休憩を取らなければならぬ事も多々あった。
 リッチが襲ってきた夜以来、彼等は確かに安息できぬ夜を過ごして来た。丑三つ時になると森、草原を問わずいずこから現われた死霊達が彼等を襲おうとしたのだ――。

 しかしあやかしの森で最初彼等が襲われた時とは決定的に違う事が一つだけあった。
 黒衣のリッチが、あれ以来現われないのだ――。
前のように初め出てくるアンデット達をいくらなぎ倒そうとも、リッチは姿を現そうとはしなかった。
毎夜二、三十分ほどアンデットを差し向けては、そうすると引き返してゆく。それが何度も何度も続き、気がつけばこれだけの日にちが過ぎようとしている。
確かに彼等にとってはリッチが出てくれない方がブルジァ邸を目指すには好都合であったが、あの怨念深さを見せたリッチが何の音沙汰もなく現われないと言う事は、逆に何か策略があるのではないか、という不安を掻き立てるのだった。



「あやかしの森とは全然違う――これが…トールズの原始林…」
 トッティが馬の手綱を操りながら見渡した。
黒々とした土から大人五人が手を繋いで輪を作るよりも太い木の根がうねるように盛り上がっている。それは複雑な波を見せて他の根とからまりあうと、雄々しく、神々しくすらある、長い長い年月を経てきた幹に交わって、天を突くかのような高い巨木を支えるのだ。

あやかしの森の木々も立派なものだったが、この原始林の木々達はそれよりも一つも二つも、異質な何かを備えている。あやかしの森やその他の森の木々が秋色に移り変わっていくその様は正しい季節の移り変わりや生命の息吹を感じるようだったが、この原始林の木々達のそれは、もっと力強い。太古からを生き抜いてきた、ある意味貪欲とも言えるその生命力、力強さに圧倒すらされる。

 木、という植物がただそこにあるというだけでなく、まるで大きくどっしりとした巨大な生き物がそびえているかのような錯覚を時折覚えた。
森と言うにはあまりにも全てが違いすぎた。深いが高く、巨大な木々達。それはむしろトッティにあのバルティモナの大空洞を連想させた。
「行こう」というグラウリーの言葉にふと我に返ったトッティはもう一度ぐるりと森を見渡すと、手綱を引いた。こうして彼等はトールズの誇る時の流れの止まった原始林の、巨大な腹の中に飲み込まれていくのだった。



 青と紫、そして黄金色が交じり合う空。黄昏時――。
広い広い庭園に、わたし一人だけ――。
どこもかしこも行きつくして、遊びつくした庭園。でも、ここでしか遊んだ事が無い。
今日も同じように遊んで、日が暮れた頃同じように館に帰るのだ。

「………」
地面に落ちていた小石を、三つ四つ拾ってみた。
何となくそれを、池に向かって投げてみる。思い切り、思い切り――。
四つ目の石を投げ終えてもっと石を拾おうとかがんだ時、後ろから長い影が伸びた。
それはゆっくりと、太いそのシルエットを揺らしながら近づいてくる。
ベルはそのシルエットの持ち主が誰だかすぐにわかっていた。だから驚かそうと思って黙っている。影がすぐそこまで近づいた時、ベルは咄嗟に振り返ってみた。
「伯―父さ――」

「!」

 ベルはそこで、声にならぬ悲鳴を上げた。
伯父さん――リドルトのはずの顔が、腐りただれて醜い怪物のようになっていた。
特に顔の左側のただれようは酷く、溶けた皮膚が毒性の、粘性のある濃硫酸のようにゆっくりとくずおれていき、彼の左眼を覆い隠してしまっていた。口からは何か言葉のようなものを発してはいるが、それが何と言っているのかは全くわからぬ。右肩には大きな穴が空き、そこからは毒々しい黒い血が、滝のようにこぼれ落ちていた。「ア…ア…」と、呻くような声を発しながら顔と同じようにただれた両手をベルに向けると、それは一瞬大きくなったように見えて彼女に覆いかぶさってきた。瞬間、リドルトのはずだった男の眼は、黒く虚ろな二つの空洞となった――。


「――――ハッ!!」
 脳裏を、黒く巨大な馬が走り抜けて行くイメージがあった――。
びくんと体を揺すると、眼の前にパチパチと音を鳴らす炎があった。ランダムにはぜる音を鳴らすその音は、しかしそれでも唯一時のうつろいを測っているかのように。
全身が汗でびっしょりなのに気がついた。心臓の音もバクバクと波打っている。
(悪夢…)
静かな森の中だと言う事を少しずつ頭に染み込ませてゆき、あれが現実ではなく夢だった事を認識していく。(あれは夢。夢…)ふーっと小さく長い息を吐くと、汗を拭ってベルは後ろを振り返ってみた。

「…グラウリー…?」
 そこにはグラウリーが座り込んでいた。愛用のラージアクスをすぐ傍らに置き、いつでも臨戦態勢になれるように――。
「寝て――いるの――?」
グラウリーが寝ている所を見るのは珍しい。そう思った瞬間、だがベルは辺りの様子がおかしい事に気がついたのだった。
彼女以外の全員が寝息を立てて眠りについている――!
その事の異常さを知った時、どこからか白い霧が出て辺りを包んだ。困惑するベル。紅くはぜる焚き木の音だけが、パチパチ…と響いていた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい

616號
ファンタジー
 不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

最強の職業は解体屋です! ゴミだと思っていたエクストラスキル『解体』が実は超有能でした

服田 晃和
ファンタジー
旧題:最強の職業は『解体屋』です!〜ゴミスキルだと思ってたエクストラスキル『解体』が実は最強のスキルでした〜 大学を卒業後建築会社に就職した普通の男。しかし待っていたのは設計や現場監督なんてカッコいい職業ではなく「解体作業」だった。来る日も来る日も使わなくなった廃ビルや、人が居なくなった廃屋を解体する日々。そんなある日いつものように廃屋を解体していた男は、大量のゴミに押しつぶされてしまい突然の死を迎える。  目が覚めるとそこには自称神様の金髪美少女が立っていた。その神様からは自分の世界に戻り輪廻転生を繰り返すか、できれば剣と魔法の世界に転生して欲しいとお願いされた俺。だったら、せめてサービスしてくれないとな。それと『魔法』は絶対に使えるようにしてくれよ!なんたってファンタジーの世界なんだから!  そうして俺が転生した世界は『職業』が全ての世界。それなのに俺の職業はよく分からない『解体屋』だって?貴族の子に生まれたのに、『魔導士』じゃなきゃ追放らしい。優秀な兄は勿論『魔導士』だってさ。  まぁでもそんな俺にだって、魔法が使えるんだ!えっ?神様の不手際で魔法が使えない?嘘だろ?家族に見放され悲しい人生が待っていると思った矢先。まさかの魔法も剣も極められる最強のチート職業でした!!  魔法を使えると思って転生したのに魔法を使う為にはモンスター討伐が必須!まずはスライムから行ってみよう!そんな男の楽しい冒険ファンタジー!

処理中です...