ギルド・ティルナノーグサーガ 『ブルジァ家の秘密』

路地裏の喫茶店

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第二章 我が儘お嬢様

リドルト邸にて 2

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リドルト邸にて 2


登場人物:

グラウリー:大柄な斧戦士ウォーリアー
ラヴィ:女性鍛治師ブラックスミス
バニング:暗殺者アサシン
マチス:老練な短槍使いフェンサー
トッティ:若い鈍器使いメイサー
ボケボケマン:オークマスクの魔導師
エイジ:蒼の魔導師ブルーメイジ
トム:商人
ギマル:部族出身の斧戦士ウォーリアー
ベル・ブルジァ:豪商リドルトの姪

※                             

 『不夜城』ルナシエーナは夜が深け真夜中になっても未だ冷めやらぬ。この街の二つの顔の一つ、歓楽街としての機能が朝まで続くからである。だがそれは港に近い街の西側を中心としたあたりでの事。街の北側は高級住宅が広い間隔で立ち並ぶ閑静な住宅街であり、さしものの歓楽街の甘い誘惑もここまでは届かぬ。リドルト邸はここにあった。

 時刻は真夜中の二時を廻った。広々とした庭の中に建つリドルト邸はその全ての灯りが既に消えている……いや、一つだけ灯りのついている部屋があった。リドルトの部屋だ。
 高級なレースのカーテンに影を映す人影が激しく揺れる。抗議しているかのような右側の影は、その大げさな動きにあわせて時折大きな声を出す。左手の太目の影はそれを押さえるかのように両手を盾のように差し出しているのだった――リドルトとベルの言い合いである。

 その頃リドルト邸の庭の立ち木や茂みの影で不気味な光が揺れた。暗闇の中で血の色のような発光をするそれは、リドルト邸を探るようにして見ている。初め一対の双眸だったそれはやがて二対、三対…と、まるで真っ暗な闇の中に突然湧き出たかのように増えてゆくのだった。
その光の中で一際高く輝く双眸が大きく眼を見開くと、それは人間にはわからぬ不吉な声を上げた。
ざわざわといういななきと何か大量のものが移動する音が聞こえて、それらは邸の方の闇にまぎれていくのだった。


ガシャァァ――――ン!!
「キャアア――ッ!」


 突然ガラスの割れる音と誰かの悲鳴が館に響いた。
その音にハッと眼を覚ましたラヴィは、冒険者らしい敏捷さでもってすぐに覚醒するが、どういう事態なのかはわからぬ。彼女らのあてがわれた寝室は館の二階だったが、音は下の階から聞こえたような気がした。彼女はバニングより譲り受けた魔法銀ミスリルの小刀をベッドサイドのテーブルから引き寄せると、ふと背中に異様な気配を感じたのだった。

「……」おそるおそる振り返る彼女の眼に映ったもの――。
「――――ッ!」
 ラヴィは、声にならぬ悲鳴を上げた。
寝室の大きな窓が黒く染まる。闇夜さえも、ほとんど隙間しか見えない。その窓に、一斉に浮かぶ紅い眼、眼、眼!
その紅い眼を持つ何かは、ぎしぎしと窓にその身を押し付け――そして窓を一斉に押し破ったのだった。
「キーッキ――ッ――ッ!!」
 かん高い女の叫び声にも似た、その泣き声を聞いた者は死に至ってしまうと言う伝説の妖精バンシーもかくやと思わせる耳障りな鳴き声をあげて、バサバサと彼女の部屋を無数の何か羽を持つものが飛び交うのだった!
「キャアァァァ――――!」
ラヴィは頭を手で覆い、あらん限りの声を上げた。

 その声を聞いてか聞かずか――。
途端に寝室のドアがバンと開いた。寝室の闇に紛れ同化したかのようなそれは、マント、胴着ともに闇の色をしている。かがみこむような、低く――鋭い動きでラヴィの脇に駆け寄り――。
一閃!光が走ったかと思うと、かん高い鳴き声の主はその声に紛れて断末魔の悲鳴を上げる。バーッと血しぶきが舞った。黒い闇、そのものが声の主を飲み込んでゆくように――だが、彼の持つ剣――滑らかで鮮やか、女性のしとやかさにも似た美しい反りを持ったフォルムの片刃剣――日輪ひのわはそれだけが白く、鮮烈な軌跡を中空に描いていった。
「バッ、バニングッ!」
未だ飛び交う羽を持つ生物――まるで蝙蝠のような――の間を縫って見えた顔は、どこかラヴィに確かな安堵をもたらして――。
「無事か」
「うっ、うわっ、い一体何やこれ!」
「とにかくこっちに来い」

ドキン。

 バニングは冒険者用の丈夫な黒いマントでラヴィを包み込むように肩に手をかけ、謎の襲撃者からラヴィを守りつつ廊下に転がり出たのだった。空を飛ぶその何かは、寝室のドアからまるで紙吹雪のように広がって羽ばたいた。

 夜の廊下を頼りなく照らすわずかなランプの灯りに照らされた飛翔物。それは、非常に蝙蝠に似ていた。
だがその手足は蝙蝠のそれよりももう少しだけ太くたくましく、そして細かな毛に包まれていた。
ヒュウン!という音をさせてバニングの額の僅か上を通り過ぎていったその蝙蝠のようなものの頭部には、恐ろしい事に蝙蝠の耳のついた人面のような顔をしているのだった。
「……」ツーッとバニングの額から血が一筋流れ落ちる。
「バニング!血が!」
「大したことは無い。だが気をつけろ」

 彼等の後ろでドアの開く音がした。
「無事か!」そこに現われたのは鎧と外套を脱いだ、身軽な格好のグラウリー。その手には愛用の幅広の斧ラージアクスではなく小剣ショートソードが握られている。
「何者かの襲撃!?とにかくこの狭い廊下では不利だ!一階のホールに降りよう!」
グラウリーは階下に広がるホールを指差して叫んだ。彼等は倒れるような格好で階段を駆け下りる。

「なんだあぁぁあっ!」
二階からホールに絶叫がこだますると、右の方の部屋のドアからマチスとトッティが転がり出てきた。ほぼ同時に、別の部屋からギマルとトムも現われる。
「一体何事なんですか!」
「とにかくこっちへ来い!そこじゃ不利だ!」グラウリーが怒鳴る。
「ボケマンとエイジがいないやないの!?」
すると突然一室のドアが跳ね跳び、そこから炎に包まれた人型の何かが吹っ飛んだ!
「う、うわっ!」
「ミ、ミイラ男?」燃え盛る火炎に包まれた人型の何かは二階の手すりを飛び越え、吹き抜けのホールに落ちてぴくりとも動かぬが、その体のいたる部位をぐるぐる巻きにされた包帯を燃え上がらせながら、僅かに包帯から垣間見える隙間――口の部分からこの世の全てを呪うがごとくの怨気に満ちた、深く絞り出したような魍魎の声を上げて喘ぐのだった。

「よっと」
手すりに手をかけ二つの影が廊下からひらりと舞い踊り、風に揺られてふわりと地面に落ちる木の葉のように音もなく、軽やかに二人の魔道師が降り立った。
「エイジ!ボケ!」
「一体何だってんだ。随分な数の襲撃だぜ!」
ボケボケマンが光ゴケを触媒とした明かりのまじないを唱える。光ゴケは無数の粒子となって球状に固まり、浮かんで光を発した。
「ギーッ、キーッ!」
ホール中を飛び回る百匹弱はいようかという蝙蝠の羽を持つ、人面のような顔を持った飛行生物が灯りの下に照らされ出し、光を嫌う声を上げた。
「バンシーバットだ…。珍しいな…洞窟の奥などにひっそり暮らしているのに…奴等の牙と爪は思いのほか鋭い。隙を見せれば血を吸う習性があるから、気をつけるんだ」
真夜中の襲撃だというのにきちんとオークの皮のマスクだけはかぶったボケボケマンが言う。

「リドルトさん!」グラウリーはハッとしてギマルと顔を見合わせた。「彼等も危ない!」
「ギマル、ボケボケマン!俺についてきてくれ! エイジ、バニング、ラヴィ!残った者を集めて使用人室を見に行ってくれ!」
「わかったッ!これを持って行け!」
 エイジは自室から持ち出した松明を懐から取り出すと、それに片手で蒼い魔法の灯火をかけた。
彼等は素早い動きで二手に分かれると反対方向に駆け出した。
「うぉお」先頭でギマルがその丸太のような逞しい腕で小剣ショートソードを風車のように振るうと、彼等に襲い掛かるべく近寄ったバンシーバットは次々とひしゃげ、潰され、叩き落されていくのだった。
リドルトの寝室はホールの正面玄関から向かいの左側に応接室があり、更にその奥だった。ギマルがドアを開けるのももどかしくタックルで押し破ろうとしたその瞬間、再び邸内に悲鳴が響いた。ベルの声である。
「いかん」ギマルとグラウリーは同時にタックルをし、ドアを押し破る。広い応接室を獣のような速さで抜け、奥の寝室の扉もまた押し破った。

                                 *

 それはまるで何かのまがまがしい儀式のように――。
広い寝室の壁に沿うように、人影が何人も立ち並んでいた。松明に照らされた僅かな灯りの中に浮かび上がるその群像は、しかし生者の息吹を感じさせぬ。あるものは体中を包帯で余すところなく巻かれ、さながら辺境の砂漠に位置するという三角錐の大古墳に安置された王家のミイラの如き姿をしている。またあるものは強烈な臭いのする屍肉を僅かにその体にぶら下げるままにし、所々から白い骨がむき出しているのだった。
永久の眠りについているはずの彼等にかりそめの命を与え隷属させているのは邪悪な禁術ネクロマンスマジックに他ならない。その全ての死人達は一様に胸の前に両手でぼろぼろの剣を真っ直ぐにして持っており――その姿はまるで彼等を使役する、絶対の支配者を称えているようであった。

 部屋に押し入った戦士達は口を開く事ができぬ。永遠の氷土の下に凍りつかされた、時の呪縛の干渉をうけぬヒュメヌノアスの伝説の氷のゴーレムのように、彼等は固まってその眼に飛び込んだ光景を凝視してしまうのだった。
 松明の光に照らされたそれは、しかしはじめは闇。そのもののように思われた。焔の輝きがまるでその人型の闇に吸い込まれるように効果をなさない。彼等がそこにあるものを人型のものだと認識できるのはガラス戸が無残に打ち砕かれた寝室の窓からさす月明かりと、月を抱く夜闇の空の中にその空よりも更に真の闇、というべき威圧感のある闇が人型のシルエットをかたどっていたからであった。

 だがその不吉なシルエットの首の下あたりから肩、そして腕の先のラインにはひどく奇妙な変化がついている。彼の腕の肘から先のあたりに、何か大きな異物が溶け込んでいるかのようであった。
「あ…あ――……」
それは時間にしてみればほんの数秒だったかもしれなかった。床側に痺れた様な声を聞いたグラウリーは反射的にそちらの方向を見た。

「リドルトさんの――!」
床に尻餅をついた格好で、ベルがそこにいた。
グラウリー達が部屋に入った事さえ気付かない。それに注意を払えないほどに彼女のエメラルドグリーンの瞳は見開かれていて、口を僅かに開けながら喘ぐ様な、かすれた声を振り絞るように出すのだった。
「!」危険な空気を感じ取ったグラウリーは、己の精神力を振り絞って足元のベルに駆け寄った。
「大丈夫か!」
「お、伯父さ――」
だがベルは、それでも見開かれた眼を動かそうとはせぬ。
グラウリーは彼女の瞳の中に映る影を見――その視線を追った――。

瞬間――。
一陣の風が吹き込み、グラウリーの持つ松明が大きく、バチッとはぜた。
そこに、現われたもの。
「――リドルトさんっっッ!!」
 艶やかなその色は、夜闇にも、黒く美しい女性の髪の色にも似ていた。漆黒のローブに身をまとったその者は不吉な彫像のように立っていた。ローブの首元から覗く顔は、輝く銀の髪に包まれている。その者の右手が高々と挙げられ、その肘から先に何か――それは人。でっぷりと肥えた見覚えのある人物が、まるで肉屋か何かの店先にでもかけられていそうな風に無造作に刺し貫かれて、ぶらりと生命感なくぶら下がっているのだった。

「う…おおおおっっおおお!」
 ギマルが上段に剣を構え、獣のような気合の声を上げた。丸太のような太い腕に、みるみる荒縄のような筋肉の筋がビキビキと走った。
ボケボケマンが両掌を胸の前で逆さに交差させる。手に凄まじいまでのポテンシャルが集約されたかと思うと――バチバチという空気の弾ける音がし、紫電の光球が生み出された。

 彼等をして一瞬に極限状態まで高めたもの。それは相手の力量を瞬時に見切る戦いの勘!彼等が積み上げた幾多もの経験が、眼前にいる敵の危うさを教えている――全力を持って戦え!と。
ギマルが獣のような俊敏さを持って銀髪の怪異に突っ込んだ。それはかつてバルティモナでグラウリーを助ける為に使った、彼の部族の古の奥義。
だが、ビュン!という音がした瞬間、彼の胸に何か巨大な重いものが投げつけられたのだった。
「ぐあっ!」
それはリドルトの体。
ギマルは技の出初めを潰される格好になり、壁に叩きつけられる。
ボケボケマンは両掌に集中させた稲妻を怪異に解き放った。
それはうねる龍のごとく空気を切り裂いて標的を射抜いた。しかし怪異はそのエネルギーを漆黒のローブに一瞬溜め込んだかのように見えた――怪異が振り払うような仕草で両腕を解き開くと、驚くべき事にそのエネルギーは術者であるボケボケマン自身に還ってくる!
「――――……!」
声にならぬ声を上げて、ボケボケマンはその稲妻をまともに食らった。

「伯父さんッ!」
「ギマル!ボケボケマンッ!」
 ベルとグラウリーが叫んだのは同時であった。そして両腕を解き開き彼等に対して正面を向き直った銀髪の奥にその、真の姿が見える――!
血の色をしたその瞳は、生ある者全ての精気を吸い取るかのような渇望に満ちていた。ローブからのぞく黒ずんだ皮膚は全くと言っていいほど生命感を感じさせなかったが、その痩せこけた様には何か暗黒の力に満ちた邪悪な意思を感じさせるのだった。

「リッチ―――」
 グラウリーは我知らず、呪うような言葉を吐き出した。
「――やはりこの家の主が秘宝の奪還を目論んでいたというのは本当だったようだな。そして見事秘宝を手に入れたと見える。どうやってあの闇の王の間から秘宝を見つけ出したのかは知らんが――まあよい……秘宝を差し出せ――」
銀髪のリッチは、床の上を滑るようにグラウリーとベルの元に近づいてきた。その眼は、ベルが腹の上に抱えている中くらいの大きさの箱に注がれているのだった。
「秘宝!?バルティモナの秘宝か――!」
グラウリーはその木箱に見覚えがある。バルティモナ山での大冒険の末に手に入れる事ができ、依頼主のリドルトに手渡したはずの秘宝の入った木箱をベルが持っているのである。

「あ――あ――…」
 ベルは恐怖にうちひしがれて、体に力が入らないと思った。リッチが迫って来、彼女の手に持つ秘宝を狙っているとわかっているのに脚が言う事を聞かない。
「この野郎!」グラウリーが手に持つ小剣(ショートソード)を強く握り締めてリッチに斬りかかろうとした。しかし彼の右手は突如痺れたように動かぬ。不死者の禍々しいオーラが、彼の神経を侵食していたのだった。
「ぐ、ぐあ……――に、逃げろ――ベル!」
リッチの右手が、ベルに差し出された。五本の指は黒い影となって――それぞれの指一本ずつが彼女を狙う毒蛇のような、なまめかしい動きを持って『死』という運命を運んでくるかのような錯覚を覚えた。
彼女はだがそれでも懸命に秘宝を守ろうとし――震える手が滑って木箱を床に取りこぼした。バカッと音がして木箱の蓋が開き、秘宝が床に転がり落ちる。
「――――!」今やベルの眼の前まで死を運ぶ手が迫っても――ベルは必至に秘宝を守るべく手を伸ばした。
(これが、これがなきゃ、父上は助からない!)
二つの秘宝のうち水晶球の方を手に取ったかと思うと、ベルは無意識にリッチの方へそれを高々と掲げていた。瞬間、白い光が水晶球から漏れ出したのだった!

「ぐおおおぉぉぉお!」
 リッチはのけぞるように上半身を光を発する水晶球よりそらしたかと思うと、瞬時にベルから離れた場所に瞬間移動したのだった。彼は右目を手で覆い、うずくまるような格好でいた。押さえる手の下からは、シューシューという白く小さな煙が巻き起こっている。それは何かに火傷したかのような姿にも似ていた。

「お前はぁぁぁ――お前も、そうか!呪わしき血族の家系の者なのだな――!ジル!ジルの娘か!今一歩で秘宝を手に入れられたものを!だが――我は必ず恨みを晴らす。呪われし血に絶望しながら死んでいく運命を、貴様の父は避ける術を持たぬ!そしてその秘宝もいつか必ず我が元に――。心して生きるが良い、もう決して夜闇に安息は訪れぬ!魔と闇と影は我の眷属。それらが常にお前達を襲うのだから!」
不死者はそう叫ぶと、砕かれた窓枠に手をかけた。

「だがその水晶球の護りが何時までも通用するとは思うなかれ――我が本体はその呪力を無効化する術を近く完成させるだろう!」
 すると――「ま、待て――!」グラウリーが叫ぶのもむなしく、リッチはその身を窓の外の闇に躍らせたのだった。彼は闇に溶け込むようにして、すぐに見えなくなった。そして彼の支配するかりそめの生を持つ者達も緩慢な動作で一人また一人と窓から身を出してゆくのだった。

 グラウリーは、室内の温度がいつの間にか高くなっていた事に今更気付いた。冷えた汗をかいたその下から、じわじわと汗が噴出してくる。
「なんだこの熱さは?」
「グラウリー!」その時、部屋に誰かが駆けつけた。トッティとマチスだった。
「トッティ!マチス!」二人を振り返ったグラウリーの眼に、赤々と応接間の壁を伝う炎が見えた。
「館が焼けている!使用人室や厨房でアンデット達が火をつけたんだ!俺達で消火しようと思ったが、もう間に合わない!お前等の荷物は火が広がる前に俺達が外に出しておいたから、館が焼け落ちる前に逃げ出すんだ!」
「! わかった」
グラウリーはさほど動揺したりはしなかった。襲撃にて炎をかけるというのは、戦の定石だったからである。
グラウリーは気絶したベルを抱え、トッティとマチスが気絶したボケボケマンとギマルを背負って館を脱出した。エイジやバニング、ラヴィは館の使用人を外に誘導する。

 彼等が館の外に出て仲間達と合流した時、炎が館全体に燃え広がった。ルナシエーナの真夜中の空に炎が煌々と天をつく勢いで燃え上がる。
彼等がその様をリドルト邸の庭から呆然と眺めていると、やがて異変を察知した街の警備隊――白の聖騎士軍団、パラディン隊や野次馬が駆けつけたのだった――。
こうして、突如狙われた襲撃事件は幕を閉じた。

                                 *

 リドルトは深い傷を負ったがまだ死んではいなかった。彼はパラディン隊の救護班の担架に乗せられながら、途中でトムを呼び止めた。

「トムさん――」

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