ギルド・ティルナノーグサーガ 『ブルジァ家の秘密』

路地裏の喫茶店

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第一章 依頼〜大空洞

酒場の語らい

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酒場の語らい


登場人物:

グラウリー:大柄な斧戦士ウォーリアー
ラヴィ:女性鍛治師ブラックスミス
バニング:暗殺者アサシン
マチス:老練な短槍使いフェンサー
トッティ:若い鈍器使いメイサー
ボケボケマン:オークマスクの魔導師
エイジ:蒼の魔導師ブルーメイジ
トム:商人
ギマル:部族出身の斧戦士ウォーリアー



 がらんという音がして扉が開く。一階はだだっ広い酒場になっており、幾多もの丸いテーブルが置かれていてそこに様々な冒険者達が飲んだくれたり、真面目な顔をして何かを相談している。

 大部屋には二階へ上がる階段が二つついており、二階にはドアがいくつも立ち並ぶのであった。酒飲み場が一階、二階が個室の宿屋といった典型的な酒場兼宿屋といったつくりで、それ故に今からバルティモナに入ろうとする者、バルティモナから一旦出てきた冒険者達で盛況の様子であった。

「いらっしゃい。宿の方は満室だよ。酒飲むならあっちのテーブルが空いているぜ」

 入り口の脇の受付の人間に案内されて中央あたりのテーブルを二つ使い、一向は食事と酒を取る事にした。

 ソーセージをふんだんに使ったピザ、山菜のサラダ、元気な鶏をしめて油で揚げたもの、冒険者が戦うに必要なエネルギーを十分に取る事のできる、量が多く栄養価の多い料理が彼等には好まれる。

 ダンジョンの入り口付近。ここが彼等冒険者が日の元に旅する事のできる最後の地点であり、一度ダンジョンに入れば湿った空気と頼りないカンテラや松明の光、夜目の魔法を使っていかなければならず、絶えず緊張感と心細さを強いられる事になるのだ。

 そう言った意味ではこの場所に集う者達はある種の覚悟と言うものを確実に持っていて、例え今この場で酒を飲み料理を食べる事が日の元で食する最期の機会なのだとしても、俺達は未知の謎を解き明かしたくて、または自分の夢ややりたい事の為に冒険に身を委ね、そして殉じたのだと、胸を張り誇りと信念を持ったまま死ぬ事ができたのだ。

 それは冒険という、自由と探求に満ちた言葉を実行する為の代価であったかもしれない。

 謎と奇跡に彩られたこの世界に生まれたならば、この眼でそれを見てみたい。そのような思いが強く、ずっと持ち続けた者が冒険者になるのであり、どんなにどこぞのダンジョンで志半ばに倒れた冒険者が出たという悲報があっても、次々と新たな冒険者が生まれていくのであった。


「乾杯をしようか」
 グラウリーが火酒を注いだ杯を片手にそう言った。

「――いつ、どんな時であってもギルドの仲間を信じる事」
 低いがどこかに響くような声で彼が他のメンバーに杯を当てていく。街で騒ぎながら飲む時にするような、楽しい浮かれた乾杯ではなかった。杯と杯の触れ合いがあたかも心と心をぶつけあい、その音色を確かめ合うような、互いを信じ合うという、お前達の中の誰にでも自分の背中を預けられるのだという、そんな暗黙の了解。
 グラウリーの言葉を誰も茶化す者はいなかった。

「……」
 ラヴィはバニングに乾杯すべきかどうか迷っていた。毒塗りの剣を首に突きつけられたのはつい昨晩の事である。しかし鍛冶屋という職業柄憎むべき毒剣を見抜いたとはいえ、人の愛剣に文句をつけたのはラヴィの方でもある。いけすかない奴だとはいえそれを認めないわけにはいかなかった。

 それに加えてバルティモナの大空洞というダンジョンに入る直前、命をかけ戦いあう同行者に対していつまでもすねた女のようにそれを根に持つというのもラヴィのさっぱりとした気性には合わなかった。こういう素直でさっぱりとしたところはラヴィの最も愛すべき長所であった。

(杯だけは差し出してやろう。大人げないもの。だけどそれを奴が無視したりしたら――)
 とにかくラヴィは目線をバニングに合わせないようにしながら、片手で自分の赤毛の三つ編みをいじって、そうしてもう片手ですっと杯をバニングの前に出したのだった。

(……)

(こん畜生――)
 手を出してから数秒してもバニングが杯を当てる気配は無かった。

(やっぱりやめときゃよかったわ!)
 頭に血が上り自分の馬鹿らしさ加減に怒りのあまり涙が出そうになる。もう杯を引っ込めよう。

 そう思った時、カンと音がしてバニングが杯を当てたのだった。
 驚きのあまりバニングの方を見やると、彼はまるで何事も無かったかのように無表情で視線を下に落としながら酒を飲んでいるのだった。

 慌ててラヴィもバニングから眼をそらす。三つ編みをいじる動作は少し速く力がこもっていた。


「え――それでは…」
 トムとマチスがもじもじと、しかし何かよからぬ事を企んでそうな少々下品な笑みを浮かべて切り出した。

「なんやのん?」
 不思議そうに言うラヴィのすぐ横の席で、ボケボケマンと杯を重ねていたエイジが突然弾けたように立ち上がった。

「お――っ出るなっ!トム&マチス!よっ名コンビ!!」
 エイジは心底嬉しそうに手を叩き始めた。ラヴィとトッティを除く他の者は義務っぽくややおざなりな拍手を、どこか諦めのついたような顔でしている。

「何?何?何が起こるの?」
 トッティも状況がわからずきょろきょろしている。

「お待たせしました!」
 トムとマチスは椅子を立つと、何とその場で一回転して服や鎧などの装備品を脱ぎ捨て始めたのだった!

「出た――っ!トム&マチスのティルナノーグ黄金コンビが送る裸の舞!ぎゃはははは!」
 エイジは完全につぼにはまった様子でのけぞって笑い転げている。

「なっ、ト、トムさんとマチスさん、そういうキャラだったのかぁぁ――っ!」
 トッティは驚愕した顔で眼を見開いた。

「ぎゃあぁぁぁぁあああ――っ!!」
 ラヴィはあらん限りの悲鳴を上げた!マチスとトムは今まさに下着一枚の姿であった。

「おーれたーちゃーなぁーかぁーまーはぁーだーかーのーつーきーあーいー…♪」
 トムとマチスは今やハモりながら奇妙な歌を歌いだす。

「こいつらダンジョンに行く前はいつも景気付けにこれやるんだよな…」
 ギマルがうんざりとした顔で言う。
「馬鹿っ!これがないと始まらねえだろっ、やっぱ!」
 エイジはもう笑いすぎて涙を流している。

(あ、あかん――)
 ラヴィは醜い裸踊りから眼をそらすと、青ざめた面持ちで赤毛をくしゃくしゃとかきむしった。口元にはひきつった笑いが浮かんでいる。
(こ、こいつら本当に信用してもええんやろか…自信なくなってきた――…)

                             *

 周囲の眼を集めるだけ集めた裸踊りがつつがなく終わると、彼等はようやく情報を集めていく事にした。

「よ、旦那。最近バルティモナはどんな具合だね」
 ギマルが隣のテーブルの四人組のパーティーのうち、自分と似たような、発達した筋肉に皮鎧を着込んだスキンヘッドの戦士に愛想よく話し掛けた。

「おう、あんたらさっきの裸踊りはずいぶん笑わしてもらったぜ」
 男は先程のトムとマチスの裸踊りを見て彼等に親近感を抱いたようだった。

「おうよ、これからバルティモナの大空洞に入るって時だ。ここでくらいは目一杯楽しんでおかなきゃな」

「違ぇねえ。で、バルティモナの話か…俺達も今日ここについたばっかりで聞いた話でしかねえんだが…最近は下層のハーピーが大量発生していて、気をつけてねえとあっという間に囲まれてお陀仏なんだそうだ。

そんなわけで怪物退治にとここに脚を運ぶ冒険者も前よりずっと増えたらしくてな、下層に入ってすぐの大空洞では日夜各地から駆けつける冒険者達とハーピー達の大群の戦いが繰り広げられているらしいぜ…どうにかそれを乗り切って中層まで辿りつければ冒険者としての名声もあがるし、中層以上には秘宝が眠るっていうもっぱらの噂なんだがな」

「そうか。ハーピーの大量発生ね…あんがとよ」
「なーに、お互い死なねえようにしようや」
「全くだ」

 ギマルは男に礼をいいテーブルを離れた。仲間の所に戻るとグラウリーが小さな声で話し掛けてくる。

「ギマル…あそこで一人で飲んでいる男…あいつの話を聞いてみよう」
 グラウリーの指差したのは店の隅のテーブルで一人うつむきながら酒を飲んでいる、一人の軽装の男だった。

「あいつが…何か?気になるのか、グラウリー?」
 何故グラウリーがあの男の話を聞いてみたいというのかギマルにはわからなかった。

 しかしグラウリーは、ああ、少し…と言っただけでそのテーブルの方へ行ってしまう。ギマルもとにかく急いでグラウリーを追いかけた。

「ちょっといいか?俺達はこれからバルティモナに行くつもりなんだが、最近どんな状況になってるのかもし知ってたら教えてもらえないか?」
 グラウリーは自分のテーブルから持ってきたワインを男の持つ空のグラスに注ぎながら言った。


「バ…バルティモナ…」

 男はその名を聞いた途端、まるで何かを恐れるように眼に見えて動揺した。

「そう。少しばかりハーピーを倒して、羽を持って帰って小金を儲けようと思ってね。ハーピーの羽は丈夫だ。矢の羽にぴったりだからな」
 グラウリーはにやりとしながら椅子に腰掛けた。

「…や、やめておけ…バルティモナは…!絶対に!」
 男はグラウリーと眼をあわせようとせず、右手に持ったグラスを口に当てた。グラスの口元が揺れているのをグラウリーは見逃さなかった。

「なるほど。最近はハーピーが異常発生しているらしいからな」
「――恐ろしいのは…本当に恐ろしいのはハーピーなんかじゃない…」
 男は聞き取れるかどうかという小さな声でしぼり出すように言った。

「ハーピーなんかじゃ――ない…?」
 グラウリーは初め男に話し掛けた時の陽気で豪胆な顔を捨て、驚くほど冷静な顔になって男の話を聞いていた。その眼は男の話に明らかに強い興味を持っている事を示していた。

「本当に恐ろしいのは…?」
 眼を下に伏せ微かに震える男を促す。既にギマルも男の様子がおかしい事に気付いていた。

「――……!」
 すると男は吐き気を催したように苦しんだ顔をすると、手のグラスをガタリと落とし、眼にうっすらと涙を浮かべた。そしてぶるぶると震える両手を、まるでその存在が嘘であったような怯えた眼で見る。

(この男、絶対変だぞ!)
 ギマルが眼でグラウリーに合図する。しかしグラウリーは手でわかってるといった合図を返しただけだ。がたっと椅子を立った。

「そうか…嫌な事思い出させちまったみたいで悪かったな…。この酒…飲んでくれ」
 テーブルから持って来たワインを男のテーブルに置くと、グラウリーとガキマルは自分達のテーブルに戻ろうとした。後ろでは男が「俺のせいじゃない…」と呻き声を上げている。

「グラウリー…お前何か知っているのか…?」
 席に戻りながらギマルが聞く。しかしグラウリーは静かな顔をして首を振るだけだ。

「言いたくないなら無理には聞かんがな」
 それきり何となく二人は黙った。テーブルでは仲間達が彼等を見つけて手を振っている。

 全員の集めてきた情報はほぼ一緒であった。最近になってハーピーが異常発生しているらしい事。それで下層の大空洞の広けた場所では、大掛かりな冒険者達との戦いが繰り広げられている事である。

「ここを何とかして超えないと、中層以上なんて行けるはずもない」
 マチスが下層の入り口付近のマップを指差して説明する。このマップは酒場でただで配られているものだ。

「この奥のどこかに中層に通じる道があるはずなんだが…」
 トムも眼鏡をいじりながらくいいるようにマップを見た。
「でもここ数十年間中層に辿り着いた人はおらんのやろ?」
「そうらしいね」
「…も、もしやばかったら引き上げるよね?」
 ラヴィが苦笑いしながら言った。

「期限は一ヶ月あるわけだし…最初は様子をよく見て進んだ方がいいかも…」
「なぁーに天才魔導師の俺様が入れば大丈夫だって!大船に乗った気でいなさい」
「泥舟のような気が…」
「んだとトッティてめー!」
「ぎゃあ!いて、いてて!いてーよ!」
「あーもうそこ!何馬鹿やってんだよ、まったく」
 エイジがトッティのこめかみをぐりぐりするのをうんざりした様子でギマルが制す。

「とにかく実際に見てみないと何とも言えんな」ボケボケマンがワインをあおりながら言う。
「そうだな」
 グラウリーが同意する。


「おっしゃ!じゃ皆バルティモナ制覇、頑張るぞーっ!!」エイジが右手を高々と挙げた。

「お、お――……」
 全く無反応な者、引きつりながら言う者、元気のない者。
 これからバルティモナに入ろうと言うパーティーにしてはいささか団結に欠けていたと言わざるを得ない。ともあれこんな不安定要素を抱えながら彼等は挑む。


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