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第一章 依頼〜大空洞
蒼の襲撃
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蒼の襲撃
登場人物:
グラウリー:大柄な斧戦士
ラヴィ:女性鍛治師
バニング:暗殺者
マチス:老練な短槍使い
トッティ:若い鈍器使い
ボケボケマン:オークマスクの魔導師
トム:商人
ギマル:部族出身の斧戦士
※
「俺の事はボケボケマンと呼んでもらおう」
一瞬皆がしん…となりその注目がオークのマスクをかぶる魔導師によせられたのだった。
「ボケ…ボケ…マン?」
引きつった顔をしたままかろうじてラヴィが言う。
「そうだ。ボケボケマンだ」
ボケボケマンと名乗る魔導師はいたってまじめくさって返した。
「な、なんでまたそんな変な名前なの?」
「ああ…トッティみたいに若い奴とか、違う支部の奴は知らないと思うんだけど、彼は何故か入った時から皆にああいう名前を呼ばせるんだよね。理由は僕も知らないんだけど…」
トッティの問いにトムが答える。
「け、結構変な奴やな…あの魔導師サン…」
ラヴィはボケボケマンから眼が離せずにいながら首を後にひねると、後に立つマチスに小声で言った。
昨夜バニングとのいざこざをとりあえず収めてくれたのは彼に他ならず、それ故悪い感情は持っていなかった。
その彼がどう聞いても仮称だとしか思えない名に、わざわざボケボケマンなどという一見ふざけているようにも取れる名前を選んだのだろうか、という部分が疑問であり、納得がいかないような気がする。
しかし当人の態度はいたってそれが当たり前というようであったのだ。
「まぁ…だけどあれで、凄腕の魔導師なんだぜ」
マチスがにやにやしながら言った。
昨夜グラウリー達三人とボケボケマンら五人が合流してから程なくしてリドルト邸に行き、依頼を受け、その後バニングとラヴィのいざこざがあったので、それとなく気まずい空気、というか自己紹介をしあうという雰囲気ではなかったのは当然であった。
その為翌日(今日)になってマチスの提案でちゃんと自己紹介しあおうという事になったのだ。
「それではバルティモナ山を目指そう」
戦斧をかついだグラウリーが言い、こうしてとうとうバルティモナ山に向かう事になった。
全員ここに集う前に最低限の所持品を持ち寄ってはいたが、更に携帯食、簡易毛布、火種…色々なものをトムにギマルが付き添って朝市で揃えてきていた。
ルナシエーナの中央部付近の黄色い色の華麗なタイルは朝日に照らされて眩しいばかりである。
*
今日の月の状態もいまだルナシエーナとタリム・ナクを結んでいる。
一向はルナシエーナ南の転移門からタリム・ナク西の転移門に移動すると、一路バルティモナ山を目指した。北に移動したので気候はルナシエーナよりも少し寒くなっている。しかし天気は非常によく、まさに秋晴れと言った様子だったので気持ちが良かった。
「ここからはバルティモナ山までは三日と言う所だな」
眩しい日差しを避ける為に手をかざしながら呟いたグラウリーが言う通り、バルティモナ山までは三日の道のりである。彼等はおおむね順調に旅をし、時に少数の亜人種、攻撃性の動物に襲われる事もあったが、乗り越えていった。
そして三日目の昼下がりになって、バルティモナまで後一時間程と言う場所までやって来たのであった。この辺りは深い森に覆われる土地である。街道の両側もまた深く森に閉ざされ、昼だと言うのにうっそりと暗い。一向はその中を黙々と歩いている所であった。
それは音もなくボケボケマンを狙って放たれた!
緑色に発光しながら尾を引いて飛んでゆく、拳大の光球。それは放たれた矢のように凄まじいスピードで彼に向かっていったのだった。
近くを歩いていた者が「あっ」と思った瞬間、その光球はボケボケマンに直撃していた。彼に当って弾けた光球がボンという音を立て煙を上げる。周囲はその煙にまみれ急激に視界が悪くなった。
「誰かの攻撃!魔法か!?」
ギマルが斧を構えながら敵の居所を必至に探すが、何分煙で今ひとつ視界が聞かぬ。他の者も同じ様に武器を構えたまま動くに動けずにいた。
がさがさと言う雑草を踏み分ける音が聞こえたかと思うと、ボケボケマンは街道を外れ森に分け入った。ルーンを切り彼も似たような光球を二つ三つ作り出すと、初め攻撃の放たれた方向にそれらを投げつける。
光球に直撃したかのように見える彼だったが、何故か手傷を負っている様子はなかった。ボケボケマンの投げた光球は五十歩ほど離れた森の中で何もない空間に弾けて消えた。誰の眼にも間違いなく、木や岩に当ったというのでもなく何もない空間で光球は弾けてしまったのだった。
「何かいる」
「姿隠しの魔法か?」
ボケボケマンの他のメンバーがようやく煙幕を逃れ状況を理解し始めた時、魔導師であるボケボケマンは既に姿隠しの魔法を解く探知(魔法解除)の魔法を放った!
光球が弾けた場所ににわかに人影が浮かぶ。深い青の軽く動きやすい旅の服にこれまた青いマント、そして頭に深くかぶった三角帽も青である。
敵――魔導師は自分の姿隠しの魔法が暴かれたと見るや、軽快なフットワークで木々の間に後退し距離を取る。
「あれは…」
ギマル、トム、バニング、マチスが敵の魔導師の姿を見て少し立ち止まる。ラヴィやトッティなどはボケボケマンの所まで走り寄り加勢を試みるが、「来るな!」と、何故か強い口調でボケボケマンがそれを拒否した。
「な…来るなって…どういう事だよおっ!」
棘付きの鉄球を手にしたトッティが叫ぶ。
だが既に魔法の戦闘に入っているボケボケマンはそれに答える暇はない。彼もまた軽快なフットワークで森に分け入り、敵方の魔導師との距離を詰めようと試みていた。
「…?どういう事やの?マチスさん…」
腑に落ちないと言った顔でラヴィは刀を構えながらマチスに聞いた。
「彼は…多分エイジだ…」
マチスはボケボケマンと戦っている魔導師を目を凝らして見ていた。
「エイジ?誰やそれぇ」
「我々と同じギルドの人間ですよ。ボケボケマンと同じ魔導師のね」
マチスの代わりにトムが口を挟む。彼を含むマチス、ギマル、バニングの四人は事情を知っているようだった。
「…じゃあどうして攻撃してくるんだよぅ!」
「……」
*
彼等二人の戦いはデッドヒートを迎えるようだった。魔導師の攻撃魔法は威力の低いもの程射程が長く、逆に威力の高いものは射程が短い。彼等は最初の光球の時と比べて次第に両者の距離を縮めつつあった。
鋭い電撃、触れると爆発する真空の爆弾。あわや両者のすぐ脇をかすめていく魔法の威力は明らかに上がっていた。
「これで終わりだぜ!」
青い服の魔導師がそう言うと、彼は今まで放った魔法の中で最も複雑なルーンを切り、長い詠唱を始めたのだった。容易ならぬパワーが彼の両掌に集束するのが遠く見る者にでさえわかるようであった。
しかし奇しくもその時同時に唱え始めていたボケボケマンの魔法の詠唱とルーンは、魔導師のそれと全く同じであった。二人共同時に決着をつける為の魔法として同魔法を選択したのだった!
うねるマグマにも似た凄まじいまでの圧倒感を持つパワーが極限まで高まると、彼等は一斉にそれを放ち合った。
灼熱のエネルギーの奔流は互いにぶつかり合うと、バチバチという音を立てて、一瞬気を抜いたらどちらかにそのエネルギーが逆流しかねない程の緊張感を持った激しいせめぎ合いを生んだ。
どちらの魔導師も脂汗を浮かべてそれを相手方に打ち返そうと渾身の力を込めていた。それは四つ腕を組んで力比べをする男二人にも似て、トッティは何故か二人の魔法のせめぎ合いに、恨みや攻撃性と言ったものではなく、純粋に己の力量を競い合う男の戦いを見るのだった。
それは正に――魔法力と魔法力の――力比べであった。
両者の魔法を放出する腕が震えだす。限界が近づいていた。
「ぐ、ぐ、ぐぁ―――っ!!」
エネルギーのせめぎ合うその点が、白く発光したかに見えた。大音量と激しい爆風がその場にいる全員を襲い、ボケボケマンと青い服の魔導師も吹っ飛ぶ。
互角のせめぎ合いを長時間しあったエネルギーは、打ち消しあって消滅してしまっていた。
「……」
しばらくしてよろよろと立ち上がった魔導師が、木を背にして立ち上がるボケボケマンの所に歩み寄る。
「…まさかまだ戦うつもり――」
ラヴィがはらはらとした面持ちで言った。しかしその心配は無用であった。
「だーっクソッ、今度こそは俺が勝つと思ったんだけどな!」
魔導師はオーバーリアクション気味に天を仰ぎ見る。
「お前には負けないよ。俺は」
ボケボケマンは静かに言って腕を組んだ。しかしその両足は力を使いきってがくがくと震えている。立っているのもやっと、それは魔導師も同様であった。
「へっ、相変わらずだな…シャ――ボケ!」
「お前もな」
「はっはっは」
ボケボケマンのマスクの中に僅かに見える、本物の口が笑ったように見えた。青い服の魔導師も三角帽を取りほこりを払うと、大声で笑い出す。他のメンバー達もようやく彼等の元へ集いつつあった。
「俺はエイジ。天才魔導師だ。これでも一応ティルナノーグのメンバーだから、お前等とは仲間ってわけよ。おい、よろしくな」
エイジはボケボケマンに魔法で攻撃した事など、こともなげに馬鹿丁寧に紳士の礼をした。
「ちょっとちょっと――エイジ…、アンタ仲間だいうたけど、なんでボケマン攻撃したの?そこいらへんはっきりしてもらわへんと、あたし夜も眠れへんわ!」
ラヴィは旅の途中からボケボケマンと呼ぶのは長い、と勝手にボケマンに省略している。
「俺もちゃんと聞きたいよ!」
「ああ――女子供には――おっと失礼。他の者には関係のない理由があってな。俺はいつ何時でもボケを狙ってもいい事になってるんだよ。これはボケが俺を狙うにしても同様の事なんだけどな」
「ハァ?」
ラヴィが呆れ果てたような顔をして言った。
「まぁ説明すると海より深――い深――い理由があってな…説明する気はないけど。ま、そういう事なんだよ。あ、安心していいぜ。他の奴にこんな事しないからな」
「そ、そ――いう問題じゃ…!」
「そういう問題なんだ。ラヴィ」
ボケボケマンがなだめるような声で言う。だって…と納得しかねるラヴィだったが、ボケボケマンのその言葉にはそれで納得してくれと言う無言の圧力があり、それ以上踏み込めなかった。
「実は僕等も知らないんだよ。彼等が戦い合う理由を。何やら本当に深い訳があるらしいんだけどね」
様子を察してトムがラヴィとトッティに耳打ちしてくれた。
「初めボケボケマンがエイジの魔法に直撃していたよね?それなのにボケボケマンに傷が無かったのはどういう事なの?」
意外に鋭い観察力を見せてトッティが言った。
「それは魔法障壁だ。ある一定のレベル以上の魔導師になると魔法に対する見えない盾のようなものを無意識にまとう。それは最初の魔法の様な下位ランクの魔法をほぼ遮断する」
ボケボケマンは説明をした。戦士であるトッティには少し理解しにくい話であった。
「しかし何でここにエイジがいたんだ?」
ギマルが不思議そうに聞く。
「ああ――この依頼の件な、俺の所にも手紙が来て、手伝ってくれってトムから言われてたんだけどさ、最初面倒臭いからパスしようと思ってほっぽっといたのよ。んで、しばらく経ってからもう一度手紙読んでみたらボケもいるって書いてあるじゃん。それなら決着をつけにいこうかってさ、今頃この辺を通ると思って待ち伏せしてたってわけよ」
「ふ――ん…(変で、いい加減な奴…)」
と、ラヴィは思わずにはおれなかった。ともあれそんなわけで自称天才魔導師エイジを加え、一向はバルティモナを目指す。
*
それから約一時間程。予想通り一行はバルティモナ山の麓に辿り着く事ができた。
深い森が開けたその場所に、遥か向こうまで連なるバルティモナ高山群の高い岩肌がそびえる。天をつくかのような灰色の岩壁は、およそ人知に介入される事を厳しく拒む大自然の驚異そのものを体現しているかのようである。うっすらと雲がかっている山頂付近には黒く巨大な、不吉な姿の鳥がガーッガーッと鳴いていた。
「ここがバルティモナ山…」
トッティが山頂を見上げたまま口を開ける。
「どうやらあそこが大空洞の入り口でしょうか」
トムが指差した岩肌の先にぽっかりと口を開けている巨大な闇がある。遠目にも幾人かの冒険者達がたまに出入りをしているようだった。
「大空洞に入ったら何日間かは大空洞の中で寝起きを繰り返す事になる。ここらでキャンプを張って入る前にしっかり英気を養っておこう…ん?」
グラウリーはそう言いながら大空洞の入り口の脇に眼を止めた。そこには大きめのログハウスが一軒建っている。
「…なんだありゃあ…あんなのあったっけ?いや、待て、あの看板…酒場兼宿屋だ!」
目を細めて見るマチスがログハウスにかかる看板を見て驚いた。
「たくましいっつうか何て言うか…前は無かったのに…」
「でも同じ英気を養うならキャンプよりも酒場の方がずっといいよ。他の冒険者達から何か情報も聞けるかもしれないし。行こう!」
トッティは早く、簡易食でない飲み物と食べ物にありつきたいようだ。
「…昔は大空洞の前には冒険を始めようとしたり、冒険を終えて戻ってきた奴等のキャンプがひしめいていたものだった。そうだよなぁグラウリー」
ギマルは親しげにグラウリーに話し掛ける。彼は自分と同じ斧使いであり、同じ位の巨漢であるグラウリーに何となく親近感を持っていた。戦士としての心持ちというものについても、話を重ねていくうちに自分が持っているものと同様のものを持っている人物なのだと見受け、認めていたのであった。
「…そうだな、あの頃と比べると随分ましになったもんだ。トッティの言う通り、情報が聞けるかもしれない。行こう」
グラウリーは遠い時代を懐かしむような微笑を浮かべると、ログハウスに向かって歩き出す。
時刻は昼を二時間ほど回っていた。
蒼の襲撃
登場人物:
グラウリー:大柄な斧戦士
ラヴィ:女性鍛治師
バニング:暗殺者
マチス:老練な短槍使い
トッティ:若い鈍器使い
ボケボケマン:オークマスクの魔導師
トム:商人
ギマル:部族出身の斧戦士
※
「俺の事はボケボケマンと呼んでもらおう」
一瞬皆がしん…となりその注目がオークのマスクをかぶる魔導師によせられたのだった。
「ボケ…ボケ…マン?」
引きつった顔をしたままかろうじてラヴィが言う。
「そうだ。ボケボケマンだ」
ボケボケマンと名乗る魔導師はいたってまじめくさって返した。
「な、なんでまたそんな変な名前なの?」
「ああ…トッティみたいに若い奴とか、違う支部の奴は知らないと思うんだけど、彼は何故か入った時から皆にああいう名前を呼ばせるんだよね。理由は僕も知らないんだけど…」
トッティの問いにトムが答える。
「け、結構変な奴やな…あの魔導師サン…」
ラヴィはボケボケマンから眼が離せずにいながら首を後にひねると、後に立つマチスに小声で言った。
昨夜バニングとのいざこざをとりあえず収めてくれたのは彼に他ならず、それ故悪い感情は持っていなかった。
その彼がどう聞いても仮称だとしか思えない名に、わざわざボケボケマンなどという一見ふざけているようにも取れる名前を選んだのだろうか、という部分が疑問であり、納得がいかないような気がする。
しかし当人の態度はいたってそれが当たり前というようであったのだ。
「まぁ…だけどあれで、凄腕の魔導師なんだぜ」
マチスがにやにやしながら言った。
昨夜グラウリー達三人とボケボケマンら五人が合流してから程なくしてリドルト邸に行き、依頼を受け、その後バニングとラヴィのいざこざがあったので、それとなく気まずい空気、というか自己紹介をしあうという雰囲気ではなかったのは当然であった。
その為翌日(今日)になってマチスの提案でちゃんと自己紹介しあおうという事になったのだ。
「それではバルティモナ山を目指そう」
戦斧をかついだグラウリーが言い、こうしてとうとうバルティモナ山に向かう事になった。
全員ここに集う前に最低限の所持品を持ち寄ってはいたが、更に携帯食、簡易毛布、火種…色々なものをトムにギマルが付き添って朝市で揃えてきていた。
ルナシエーナの中央部付近の黄色い色の華麗なタイルは朝日に照らされて眩しいばかりである。
*
今日の月の状態もいまだルナシエーナとタリム・ナクを結んでいる。
一向はルナシエーナ南の転移門からタリム・ナク西の転移門に移動すると、一路バルティモナ山を目指した。北に移動したので気候はルナシエーナよりも少し寒くなっている。しかし天気は非常によく、まさに秋晴れと言った様子だったので気持ちが良かった。
「ここからはバルティモナ山までは三日と言う所だな」
眩しい日差しを避ける為に手をかざしながら呟いたグラウリーが言う通り、バルティモナ山までは三日の道のりである。彼等はおおむね順調に旅をし、時に少数の亜人種、攻撃性の動物に襲われる事もあったが、乗り越えていった。
そして三日目の昼下がりになって、バルティモナまで後一時間程と言う場所までやって来たのであった。この辺りは深い森に覆われる土地である。街道の両側もまた深く森に閉ざされ、昼だと言うのにうっそりと暗い。一向はその中を黙々と歩いている所であった。
それは音もなくボケボケマンを狙って放たれた!
緑色に発光しながら尾を引いて飛んでゆく、拳大の光球。それは放たれた矢のように凄まじいスピードで彼に向かっていったのだった。
近くを歩いていた者が「あっ」と思った瞬間、その光球はボケボケマンに直撃していた。彼に当って弾けた光球がボンという音を立て煙を上げる。周囲はその煙にまみれ急激に視界が悪くなった。
「誰かの攻撃!魔法か!?」
ギマルが斧を構えながら敵の居所を必至に探すが、何分煙で今ひとつ視界が聞かぬ。他の者も同じ様に武器を構えたまま動くに動けずにいた。
がさがさと言う雑草を踏み分ける音が聞こえたかと思うと、ボケボケマンは街道を外れ森に分け入った。ルーンを切り彼も似たような光球を二つ三つ作り出すと、初め攻撃の放たれた方向にそれらを投げつける。
光球に直撃したかのように見える彼だったが、何故か手傷を負っている様子はなかった。ボケボケマンの投げた光球は五十歩ほど離れた森の中で何もない空間に弾けて消えた。誰の眼にも間違いなく、木や岩に当ったというのでもなく何もない空間で光球は弾けてしまったのだった。
「何かいる」
「姿隠しの魔法か?」
ボケボケマンの他のメンバーがようやく煙幕を逃れ状況を理解し始めた時、魔導師であるボケボケマンは既に姿隠しの魔法を解く探知(魔法解除)の魔法を放った!
光球が弾けた場所ににわかに人影が浮かぶ。深い青の軽く動きやすい旅の服にこれまた青いマント、そして頭に深くかぶった三角帽も青である。
敵――魔導師は自分の姿隠しの魔法が暴かれたと見るや、軽快なフットワークで木々の間に後退し距離を取る。
「あれは…」
ギマル、トム、バニング、マチスが敵の魔導師の姿を見て少し立ち止まる。ラヴィやトッティなどはボケボケマンの所まで走り寄り加勢を試みるが、「来るな!」と、何故か強い口調でボケボケマンがそれを拒否した。
「な…来るなって…どういう事だよおっ!」
棘付きの鉄球を手にしたトッティが叫ぶ。
だが既に魔法の戦闘に入っているボケボケマンはそれに答える暇はない。彼もまた軽快なフットワークで森に分け入り、敵方の魔導師との距離を詰めようと試みていた。
「…?どういう事やの?マチスさん…」
腑に落ちないと言った顔でラヴィは刀を構えながらマチスに聞いた。
「彼は…多分エイジだ…」
マチスはボケボケマンと戦っている魔導師を目を凝らして見ていた。
「エイジ?誰やそれぇ」
「我々と同じギルドの人間ですよ。ボケボケマンと同じ魔導師のね」
マチスの代わりにトムが口を挟む。彼を含むマチス、ギマル、バニングの四人は事情を知っているようだった。
「…じゃあどうして攻撃してくるんだよぅ!」
「……」
*
彼等二人の戦いはデッドヒートを迎えるようだった。魔導師の攻撃魔法は威力の低いもの程射程が長く、逆に威力の高いものは射程が短い。彼等は最初の光球の時と比べて次第に両者の距離を縮めつつあった。
鋭い電撃、触れると爆発する真空の爆弾。あわや両者のすぐ脇をかすめていく魔法の威力は明らかに上がっていた。
「これで終わりだぜ!」
青い服の魔導師がそう言うと、彼は今まで放った魔法の中で最も複雑なルーンを切り、長い詠唱を始めたのだった。容易ならぬパワーが彼の両掌に集束するのが遠く見る者にでさえわかるようであった。
しかし奇しくもその時同時に唱え始めていたボケボケマンの魔法の詠唱とルーンは、魔導師のそれと全く同じであった。二人共同時に決着をつける為の魔法として同魔法を選択したのだった!
うねるマグマにも似た凄まじいまでの圧倒感を持つパワーが極限まで高まると、彼等は一斉にそれを放ち合った。
灼熱のエネルギーの奔流は互いにぶつかり合うと、バチバチという音を立てて、一瞬気を抜いたらどちらかにそのエネルギーが逆流しかねない程の緊張感を持った激しいせめぎ合いを生んだ。
どちらの魔導師も脂汗を浮かべてそれを相手方に打ち返そうと渾身の力を込めていた。それは四つ腕を組んで力比べをする男二人にも似て、トッティは何故か二人の魔法のせめぎ合いに、恨みや攻撃性と言ったものではなく、純粋に己の力量を競い合う男の戦いを見るのだった。
それは正に――魔法力と魔法力の――力比べであった。
両者の魔法を放出する腕が震えだす。限界が近づいていた。
「ぐ、ぐ、ぐぁ―――っ!!」
エネルギーのせめぎ合うその点が、白く発光したかに見えた。大音量と激しい爆風がその場にいる全員を襲い、ボケボケマンと青い服の魔導師も吹っ飛ぶ。
互角のせめぎ合いを長時間しあったエネルギーは、打ち消しあって消滅してしまっていた。
「……」
しばらくしてよろよろと立ち上がった魔導師が、木を背にして立ち上がるボケボケマンの所に歩み寄る。
「…まさかまだ戦うつもり――」
ラヴィがはらはらとした面持ちで言った。しかしその心配は無用であった。
「だーっクソッ、今度こそは俺が勝つと思ったんだけどな!」
魔導師はオーバーリアクション気味に天を仰ぎ見る。
「お前には負けないよ。俺は」
ボケボケマンは静かに言って腕を組んだ。しかしその両足は力を使いきってがくがくと震えている。立っているのもやっと、それは魔導師も同様であった。
「へっ、相変わらずだな…シャ――ボケ!」
「お前もな」
「はっはっは」
ボケボケマンのマスクの中に僅かに見える、本物の口が笑ったように見えた。青い服の魔導師も三角帽を取りほこりを払うと、大声で笑い出す。他のメンバー達もようやく彼等の元へ集いつつあった。
「俺はエイジ。天才魔導師だ。これでも一応ティルナノーグのメンバーだから、お前等とは仲間ってわけよ。おい、よろしくな」
エイジはボケボケマンに魔法で攻撃した事など、こともなげに馬鹿丁寧に紳士の礼をした。
「ちょっとちょっと――エイジ…、アンタ仲間だいうたけど、なんでボケマン攻撃したの?そこいらへんはっきりしてもらわへんと、あたし夜も眠れへんわ!」
ラヴィは旅の途中からボケボケマンと呼ぶのは長い、と勝手にボケマンに省略している。
「俺もちゃんと聞きたいよ!」
「ああ――女子供には――おっと失礼。他の者には関係のない理由があってな。俺はいつ何時でもボケを狙ってもいい事になってるんだよ。これはボケが俺を狙うにしても同様の事なんだけどな」
「ハァ?」
ラヴィが呆れ果てたような顔をして言った。
「まぁ説明すると海より深――い深――い理由があってな…説明する気はないけど。ま、そういう事なんだよ。あ、安心していいぜ。他の奴にこんな事しないからな」
「そ、そ――いう問題じゃ…!」
「そういう問題なんだ。ラヴィ」
ボケボケマンがなだめるような声で言う。だって…と納得しかねるラヴィだったが、ボケボケマンのその言葉にはそれで納得してくれと言う無言の圧力があり、それ以上踏み込めなかった。
「実は僕等も知らないんだよ。彼等が戦い合う理由を。何やら本当に深い訳があるらしいんだけどね」
様子を察してトムがラヴィとトッティに耳打ちしてくれた。
「初めボケボケマンがエイジの魔法に直撃していたよね?それなのにボケボケマンに傷が無かったのはどういう事なの?」
意外に鋭い観察力を見せてトッティが言った。
「それは魔法障壁だ。ある一定のレベル以上の魔導師になると魔法に対する見えない盾のようなものを無意識にまとう。それは最初の魔法の様な下位ランクの魔法をほぼ遮断する」
ボケボケマンは説明をした。戦士であるトッティには少し理解しにくい話であった。
「しかし何でここにエイジがいたんだ?」
ギマルが不思議そうに聞く。
「ああ――この依頼の件な、俺の所にも手紙が来て、手伝ってくれってトムから言われてたんだけどさ、最初面倒臭いからパスしようと思ってほっぽっといたのよ。んで、しばらく経ってからもう一度手紙読んでみたらボケもいるって書いてあるじゃん。それなら決着をつけにいこうかってさ、今頃この辺を通ると思って待ち伏せしてたってわけよ」
「ふ――ん…(変で、いい加減な奴…)」
と、ラヴィは思わずにはおれなかった。ともあれそんなわけで自称天才魔導師エイジを加え、一向はバルティモナを目指す。
*
それから約一時間程。予想通り一行はバルティモナ山の麓に辿り着く事ができた。
深い森が開けたその場所に、遥か向こうまで連なるバルティモナ高山群の高い岩肌がそびえる。天をつくかのような灰色の岩壁は、およそ人知に介入される事を厳しく拒む大自然の驚異そのものを体現しているかのようである。うっすらと雲がかっている山頂付近には黒く巨大な、不吉な姿の鳥がガーッガーッと鳴いていた。
「ここがバルティモナ山…」
トッティが山頂を見上げたまま口を開ける。
「どうやらあそこが大空洞の入り口でしょうか」
トムが指差した岩肌の先にぽっかりと口を開けている巨大な闇がある。遠目にも幾人かの冒険者達がたまに出入りをしているようだった。
「大空洞に入ったら何日間かは大空洞の中で寝起きを繰り返す事になる。ここらでキャンプを張って入る前にしっかり英気を養っておこう…ん?」
グラウリーはそう言いながら大空洞の入り口の脇に眼を止めた。そこには大きめのログハウスが一軒建っている。
「…なんだありゃあ…あんなのあったっけ?いや、待て、あの看板…酒場兼宿屋だ!」
目を細めて見るマチスがログハウスにかかる看板を見て驚いた。
「たくましいっつうか何て言うか…前は無かったのに…」
「でも同じ英気を養うならキャンプよりも酒場の方がずっといいよ。他の冒険者達から何か情報も聞けるかもしれないし。行こう!」
トッティは早く、簡易食でない飲み物と食べ物にありつきたいようだ。
「…昔は大空洞の前には冒険を始めようとしたり、冒険を終えて戻ってきた奴等のキャンプがひしめいていたものだった。そうだよなぁグラウリー」
ギマルは親しげにグラウリーに話し掛ける。彼は自分と同じ斧使いであり、同じ位の巨漢であるグラウリーに何となく親近感を持っていた。戦士としての心持ちというものについても、話を重ねていくうちに自分が持っているものと同様のものを持っている人物なのだと見受け、認めていたのであった。
「…そうだな、あの頃と比べると随分ましになったもんだ。トッティの言う通り、情報が聞けるかもしれない。行こう」
グラウリーは遠い時代を懐かしむような微笑を浮かべると、ログハウスに向かって歩き出す。
時刻は昼を二時間ほど回っていた。
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主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【完結】異世界先生 〜異世界で死んだ和風皇子は日本で先生となり平和へと導きます〜
雪村
ファンタジー
ある日カムイ王都の皇子、シンリンは宮殿に入った賊によって殺されてしまう。しかし彼が次に目覚めたのは故郷である国ではなく機械化が進んでいる国『日本』だった。初めて見る物体に胸を躍らせながらも人が全く居ないことに気付くシンリン。
そんな時、あたりに悲鳴が響き渡り黒く体を染められたような人間が人を襲おうとしていた。そこに登場したのは『討伐アカデミーA部隊』と名乗る3人。
しかし黒い人間を倒す3人は1体だけ取り逃してしまう。そんな3人をカバーするようにシンリンは持っていた刀で黒い人間を討伐して見せた。
シンリンの力を見た3人は自分達が所属する『討伐アカデミー』の本拠地へと強制的に連行する。わけのわからないシンリンだったが、アカデミーで言われた言葉は意外なものだった……。
最強の職業は解体屋です! ゴミだと思っていたエクストラスキル『解体』が実は超有能でした
服田 晃和
ファンタジー
旧題:最強の職業は『解体屋』です!〜ゴミスキルだと思ってたエクストラスキル『解体』が実は最強のスキルでした〜
大学を卒業後建築会社に就職した普通の男。しかし待っていたのは設計や現場監督なんてカッコいい職業ではなく「解体作業」だった。来る日も来る日も使わなくなった廃ビルや、人が居なくなった廃屋を解体する日々。そんなある日いつものように廃屋を解体していた男は、大量のゴミに押しつぶされてしまい突然の死を迎える。
目が覚めるとそこには自称神様の金髪美少女が立っていた。その神様からは自分の世界に戻り輪廻転生を繰り返すか、できれば剣と魔法の世界に転生して欲しいとお願いされた俺。だったら、せめてサービスしてくれないとな。それと『魔法』は絶対に使えるようにしてくれよ!なんたってファンタジーの世界なんだから!
そうして俺が転生した世界は『職業』が全ての世界。それなのに俺の職業はよく分からない『解体屋』だって?貴族の子に生まれたのに、『魔導士』じゃなきゃ追放らしい。優秀な兄は勿論『魔導士』だってさ。
まぁでもそんな俺にだって、魔法が使えるんだ!えっ?神様の不手際で魔法が使えない?嘘だろ?家族に見放され悲しい人生が待っていると思った矢先。まさかの魔法も剣も極められる最強のチート職業でした!!
魔法を使えると思って転生したのに魔法を使う為にはモンスター討伐が必須!まずはスライムから行ってみよう!そんな男の楽しい冒険ファンタジー!
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