ギルド・ティルナノーグサーガ 『ブルジァ家の秘密』

路地裏の喫茶店

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第一章 依頼〜大空洞

ルナシエーナ

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ルナシエーナ

登場人物:

グラウリー:大柄な斧戦士ウォーリアー
ラヴィ:女性鍛治師ブラックスミス
バニング:暗殺者アサシン
マチス:老練な短槍使いフェンサー
トッティ:若い鈍器使いメイサー
トム:商人
ギマル:部族出身の斧戦士ウォーリアー



 夜闇の訪れた深い森。木々の間をぬってほーっほーっという梟の声、ざわざわとわななく得体の知れない動物や虫の声が、突然現れた彼等を迎えた。ここはタリム・ナク西の森の中。転移門のすぐ近くであった。


「門はあそこだ。行こう」

 木々にまみれて巨大なストーンヘンジが円形に立ち並ぶ。その中央に紅く発光する光球が見えた。世界に四つあるという悠久の時空転移の力場である。

 この魔法の扉は月の満ち欠けによって転移する場所の影響を受ける。今日この三日月の場合には、タリム・ナク北西とルナシエーナ南を相互に繋ぐ扉となるのだ。門の近くには冒険者や商人とおぼしき人影も数人おり、それらが門に消えては門から人が吐き出されてくる。

 グラウリー達は手を繋ぎあって紅く光る門に手を触れる。全身が吸い込まれるような感覚があると次の瞬間にはもう彼等はルナシエーナの南の門のそばに吐き出されていた。

「ううっ…何回通っても転移門通る感覚は好きになれん…」
 ラヴィは転移門移動の感覚を嫌う。ぶるぶるっと体を震わせた。

 ルナシエーナ南の転移門もまた森に包まれた場所である。ただタリム・ナクよりかなり南に移動した為にやや気温は上がっていた。

「ここからルナシエーナまでは歩いて一時間だ。何と言う宿に皆いるんだっけ?」
 マチスがルナシエーナの方向を見て聞いた。宿には依頼を受ける為に集まった他の支部の構成員が既に待っているのだ。

「銀の杯亭だ」
「お、結構いい宿だね。あそこは豚の丸焼きがうまいんだよなぁ」
「あ、あたしも食べたいなー」

 三人はカンテラに火を灯すと街道に出た。街道の遠くない場所に他のカンテラの光がいくつも見えてゆらゆらと揺れている。

 街道を旅する者には多いのだが、特にゲート近くの街道を歩く者達はそれとなく固まって移動する事が多い。見知らぬ者と一緒に歩き談笑を交わす、というような事は少ないが、半ば暗黙の了解のようなもので街道を旅する者を狙う山賊や盗賊の類から身を守りあっているのだ。

 グラウリー達を含めたタリム・ナクからこちらに来た旅人達は、つかず離れずの距離で街へと入ったのだった。


 不夜城ルナシエーナ――。
王都ベルクフリートに次ぐ規模を誇るこの街は、街を警備し守る聖騎士団――パラディンと豪商によって半自治が保たれている街である。
 高い城壁で取り囲まれた街の中央には集会所と聖騎士兵舎があり、このあたりは目にも鮮やかな黄色い石のタイルが敷き詰められている、市民の誇る美しい場所である。

 海に面している事もあり貿易や漁業が盛んで、巨大な商人ギルドや漁業ギルドの本拠地が多くあるのもこの街なのだ。
 法の守護者である屈強なパラディンを排出する街ではあるが、港町などに多く見られる開放的な雰囲気、というのもまたこの街の一つの特徴であり、中央から離れた場所や港のあたりには夜から賑わう歓楽街が多く存在している。

 夜明け前まで賑わいのさめやらぬルナシエーナを初めて見る者は、例外なくこの街の奔放さに驚きを隠せない。
不夜城と呼ばれる由縁である。


 時刻は夜九時の鐘が鳴った所だ。通りは家路につく者、これから遊びに出る者でごったがえしていた。グラウリーは「銀の杯亭」への地図を見ながら路地裏に入ってゆく。

 「銀の杯亭」は中級の宿泊街にあり、漆喰塗りの壁が赤々と灯るランプに生える大きな宿だった。


「いらっしゃいませ……グラウリー様ですか。お連れ様がロビーでお待ちです」
 名前を告げるとフロントは広いロビーを指し示した。見やると大きなソファーに腰掛けくつろいでいる一団がある。


「おーいグラウリーこっちだー!」

 一団の大柄な、グラウリーと同じ位の長身をした男が手を振った。男は上半身に片がけの動物の毛皮のようなものをまとっており、その下にはなにも着ていない。発達した上半身の筋肉を毛皮の下からのぞかせていた。男の名はギマルと言った。

「十時にリドルト邸に行って直接話を聞く事になっている。間に合ってよかった」
 ギマルの隣に座る小柄な男がそう言った。
男は浅黒い肌に金髪に近い赤毛を短く後に結んでいる。丸い眼鏡の奥に光る眼は落ち着いた様子を見せて、剣を持つ者ならどんな性格の者でも例外なく持っている、どこかぎらついたかぎろいをはこの男は持っていない。この、トムと言う男は戦士ではなく商人なのだ。

「もうしばらくしたらここを出て向かおう」
 一人がけの椅子に座った、脚を組みながら古びた本を読んでいた男が言った。

 彼は実を言うとさっきからロビーにいる人間達の密かな注目を浴びている。それもそのはずであった。彼の頭には奇妙なマスクが被られていたからであった。醜悪な外見をした、獣のようでいて人面のようでもあるマスク。大きく裂けた口にとがった耳、そして眉毛のない小さな眼。あらゆる頭部には毛髪はなく、遠くから見ても異様な色をした深緑色の地の色だった。

 それはこの世界に暮らす者だったら誰でも知っているであろう、豚の顔の獣人オークの顔の皮を利用したマスクであった。深く裂けたマスクの口の下からは形の良い唇が引き結ばれているのがかろうじて見えるが、マスクの小さな眼のあった部分の奥に光る両目は、どんな感情をもっているかは全くうかがいしれない。

「そうだな」
 グラウリー達は一刻をおいて宿を出ると、揃って実際に依頼を受けるというリドルト邸に向かった。

 リドルト邸は集会所など街の中心地に程近い、北側の閑静な高級住宅地にある。大きな家々の中で一際巨大に見える大邸宅がリドルト邸であった。この時彼等の人数はグラウリー、マチス、ラヴィを含めて八人だった。

                             *

「バルティモナ山の大空洞の上層部に伝わると言う宝珠を取ってきて欲しい。噂に聞くあなた達ならできると思って依頼したわけなのです」

 柔らかなソファーに深々と体をしずめて、小太りのリドルトは言った。上等なシルクを使った色鮮やかな服を身にまとって見るからに裕福そうだ。商人としてのしあがって来ただけに、依頼を受けて集まった戦士達を値踏みするような眼で観察していた。

 黒いターバンを頭に巻き、黒いベスト、黒いマントを身につけた影のようななりの男――バニングは目端でそれを見やるとチッっと舌打ちをしたが、幸いにしてリドルトには聞こえぬようだった。

「リドルトさんは商売柄よく会う人でね、実はこの人は知る人ぞ知るコレクターなんだ」

「コレクター?」
 トムが言うとラヴィは怪訝そうに聞き返した。

「そう、私は世界各国の秘宝と呼ばれる物を集めるのが趣味でね・・・東国の名工が作ったと言われる、トールズ千年の霊樹から切り出した木材で作られた木製宝箱!蜃気楼の塔に住むと言われる伝説の魔術師の不老不死を得る事ができるという血!史上最高額の手配金をかけられつつも未だに警察の手を逃れていると言う殺人鬼が持っていたという赤い刀身の曲刀…!そう…つまりレア、レア物だ!」

 リドルトの眼が輝きだしたかと思うと、彼は興奮した様子でまくしたてた。


「…と、いうわけなんだ」トムが結んだ。

「報酬はどれくらいで?」
 ソファーを乗り出して現実的な声で若い声が言った。彼は仲間の中では最も歳が若く見えた。実際に若かったのだろう、まだあどけなさの残るほんの若干高い声と、落ち着きだとかそう言ったものとは程遠いが、若々しく向こう見ずな瑞々しさを持った眼がそれを示していた。

「それはもう、宝珠を取って来てくだされば金に糸目はつけません」

 と、言う事で彼等は正式にバルティモナ山の宝珠を持ち帰る依頼を受けたのだった。刻限は一ヶ月以内。それを持ち帰れば莫大な報奨金が入るはずだった。

 しかしギルドという枠に身を同じくする者同士であっても、ティルナノーグは様々な技能や考えを持つ者が集うギルドである。依頼を承諾したという点では全員が一致していたが、それぞれの胸中は色々な思惑があったのだった。


「いけ好かない眼の商人だったな。金を稼ぐだけ稼いだ後は世界の秘宝集めか、お決まりのパターンだ」
 バニングがリドルト邸の巨大な門を見ながら言った。蛇行したラインの奇妙な長剣でぽんぽんと肩を叩いている。

「…確かにくだらない仕事だな…だがバルティモナ大空洞の謎を暴くという事には意義がある」
マスクの男は街路樹にもたれ、本を読みながら呟いた。

「でも報奨金は確かにすげえよ。あんなにもらえればバルティモナがどんな所だってぼろい仕事だぜ」
若い男が言った。

「トッティは若いな…バルティモナは…一筋縄じゃあいかないよ」
「何だよマチスさん、俺の腕を疑ってるわけ?」
「いや…そんな事はないよ」
「ちぇ――っ…」
 トッティと呼ばれた若い男は納得した様子なくすねた顔をした。


「あ――バニング…だったよね?あんた?あんたの剣…ひょっとして毒を塗ってへん?」
 ラヴィがバニングの持つ剣を見て、目を細めた。

「よくわかるな。一級毒を刀身に塗っている」
 バニングは鞘から剣を抜くと、かざすように剣を持った。彼の愛剣はクリスと呼ばれる蛇行した剣である。その形状から相手に剣を突き刺し、引き抜いた時に相手に深いダメージを負わせる事ができる剣で、暗殺者に多く好まれている種類である。
 刀身は元は白く輝く鋼の色だったが、強力な毒を塗っている為黒ずんでいた。

「あたしには理解できんわ」
 ラヴィが吐き捨てるように言った。バニングの眉がぴくっと上がる。

「何だと」
「理解できんって言ったんよ。刀身に毒を塗れば殺傷力は増すけど、どんな金属でも強い毒を塗っていたら刀身が傷む。剣を命にしているホンマモンの剣士やったらそんな事は絶対せん」
と言う刹那、すさまじい速さでラヴィの喉元に毒の剣があとほんの数ミリという所まで突きつけられた。



「―――!」

「おい、バニング!」
 周りの者がはっとなりバニングを止めようとした。しかしバニングは動じる事なくラヴィを睨み付けている。

「鍛冶師だったな。確かアンタは。らしぃ台詞だ。だが女流鍛冶師ごときの説教なんぞ聞きたくもねぇ」

「ご・と・き?」
 気の強い所を見せて、怯む事なくラヴィは怒りをあらわにした。
「そう、ごときだ――」
バニングが言いかけた時、カーンという弾ける音がして剣が宙を舞った。剣はくるっと一回転してタイルの上に落ちる。

「そこまでにしておけ。バニング」
 木にもたれたマスクの男が本から眼を上げる事なく言った。彼の放った魔法による、眼に見えない力がバニングの剣を弾いたのだった。バニングは舌打ちをすると何も言わぬまま剣を拾い、鞘に納めた。

「あたし、アンタとは絶対うまくいかれへんわ――!」
「俺もそう思う」

 バニングはそのまま「銀の杯亭」に歩き出す。マチスがそれを追いかけて行き、
「危ないぞバニング。万が一その毒剣で彼女を毛筋ほどでも傷つけてしまったらどうなっていると思うんだ!」
「…あやをつけてきたのはあっちだ。それに毒にかかっても奴がいるだろ。奴の魔法なら解毒もできる」

「そういう問題じゃないだろっ」
「――悪かったよ」
 それきりバニングはマチスとも話したがらないようだった。

全員釈然としない気を持ちながら宿に脚を向ける。歓楽街の夜は今からがピークであった。

「――まずい事になったなあ。支部が違うと中々うまくいかないものだ」
 トムがグラウリーの横に来て呟いた。

 グラウリーは遠く見える歓楽街の、様々な色のガラスを使った幾多の誘うような色の明かりを眺める。

「うまくいかない、か。どちらにせよ気付く事になるさ。バルティモナでならな」
「――?」
 怪訝そうな顔でグラウリーを見るトム。しかしグラウリーはそれきり黙ったままだった。
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