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~17 覆われた国~

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 世界情勢は一刻、一刻と凄いスピードをもって変わっていた。
 まずゼブランが聖国を侵略し、制圧したところから始まり、聖国の領土が爆破され更地化された。隣国フルールでは内乱が起き、一夜で首都が燃え上がり、翌朝には国王の死去、第一王子が国王へ就任。さらに砂漠の地レンブでは雨が降らず飢饉が訪れていた中、謎の疫病が発生。国内は現在混乱し、レンブ周辺諸国は国境を閉鎖。実質レンブの民を見捨て、わが国を守る体制に入っていた。

「……という訳でございまして、イージス殿下、聖女様においては、この宮殿でもう少しお待ちください。情報によりますと、レンブの病は潜伏期間三日。その後発熱、発疹、咳の症状が現れ、体が緑色に変色し、死に至ると、現在はそのような情報が入っております」

 翌日、アリスはメイドにある一室に案内されると、イージスもそこにおり、年かさのメイドがそう語った。
 ちなみに部屋にいるだけでメイドは五名いる。

「はぁ。で、俺らがかかってたらお前らもアウトだぞ」
「覚悟の上でございますよ。イージス坊ちゃま」
「ったく。あ、ここにいるメイド五人、全員、俺付きのメイドな」

 イージスがアリスにそう説明してくれて、納得がいった。どうやら彼らは無理やり派遣されたわけではなく、きちんと意志をもってここにいるようだ。確かに病の話をしているのに、怖がった風もなくいるはずだ。そして国王陛下からすぐさま謁見の間を出された理由も、休養ではなく、多分この病の件が大きいのだろう。事実薄汚れていたのもあったが。
 しかしレンブがそんな実態に陥っている事は、砂漠しか歩いていなかったので、アリスとしては新情報だ。そして病とは治療方法が確立する期間と、蔓延する期間が問題だ。蔓延する期間が勝ってしまうと国は潰れる。

「あの、一先ず三日間隔離という認識で良いですか?」
「私どもはメイドですので、敬語は不要ですよ。国王陛下より念の為、一週間を命じられております」

 まぁ、妥当か、とアリスは思った。治療方法が確立していない病気を持っているかもしれない者を、王家の人間や重役がいる城を闊歩させる訳にはいかないだろう。

「まぁ、ゆっくりしようぜ。どうこう言っても始まらねぇし。もしかしたら俺が治せるかもしれねぇけど」
「ダメよ!」
「言うと思ったぜ。ま、力の使い方に不慣れな上に、病気で俺が死んだら、問題だし、流石に神としてとか言われると自覚ねぇけど、王族だからな。ま、こうやって覚悟決めていてくれる奴らもいるんだ。大人しくするしかねぇよ」
「確かに、ね」

 実際レンブに行ったイージスとアリスは兎も角、もしも病にかかっていた場合、メイドたちは行ってもいないのに最悪の事態を考えると死んでしまうかもしれない。それでも世話係としていてくれるのだから、其処を裏切れはしない。

「しっかしやる事はねぇな」
「ないわね」

 アリスは図書館、イージスは素振りや体を室内で鍛え始めて、互いに一週間を過ごした。一応潜伏期間三日で症状が出るとの事で、その期間から体調確認は欠かさずしているが、お互いに発症した様子もなく、過ぎ去った。
 つまりは病にも何かしら原因はあるものだが、気候ではないのだろう。

「何だかんだ終わってみたら早いな」
「そうね。結構快適に過ごしたし、ありがとう」

 メイドの方々にアリスは頭を下げた。

「いえ。快適に過ごせたなら何よりです。国王陛下がお呼びですが、ご案内してもよろしいでしょうか?」
「あぁ。頼む」

 そのまま、国王陛下のもとへ案内され、まず隔離処置を詫びられた。

「すまなかったな、聖女、イージスよ」
「妥当な処置だと思うぜ、親父殿」
「同様です。国王陛下」
「聞き分けが早くて助かる。だがこの一週間でも世界は変わってな。漸く隠居する準備を整えようという時に厄介事ばかりだ」

 国王陛下は軽くため息をつくと、手を叩いた。すると一人の壮年の男性が入って来て、礼をする。

「参上いたしました、国王陛下」
「聖女よ、わが国の宰相だ。少し留守にしておっての。紹介が遅れたのだ」
「聖女様。僭越ながらこの国の宰相の職に就かせていただいております、ルベンと申します」

 宰相は綺麗なお辞儀をし、アリスも返すようにお辞儀した。

「早速ですが、結論だけ申し上げますと、レンブは事実上消滅した、とみて間違いないかと思います。そして問題の新しい隣国フルールの国王陛下ですが、どうやらレンブの病を患われたようで、フルールも下手をすればレンブと同じ道を辿ることになるかと」
「深刻だな」
「我が国も他人事ではございません。国境はもちろん封じておりますが、病は隣国まで来ており、国境を警備する兵からは門は閉めているが、フルールの民が助けを懇願する声が絶え間なく聞こえる、との事です。病の広がる原因を突き止めなければなりませんが、空気感染の場合、感染力にもよりますが、国境を警備する兵も発症してもおかしくありません。日々の体調確認を指示及び、少々暑苦しいでしょうが、顔を隠すようマスクを着用も指示いたしました」
「うむ。現在体調に異変がある者は」
「報告は上がっておりません。ですがいつ届いてもおかしくない状況です」

 次は病が敵とは恐れ入るが、ある意味人間より厄介である。
 さて、どうするかと思いながら、アリスは隔離期間中に調べた文献の一つを思い浮かべる。確証はない。だがこのまま病を放置していれば、いずれどう頑張っても病はゼブラン国内に入ってくる可能性が高い。

「国王陛下、宰相様。私がフルールとの国境へ行くことは可能ですか?」
「行ってどうするつもりだ?」
「試したいことがあります」
「ほぅ。申してみよ」
「患者に、禁呪をかけてみたいのです」

 国王陛下、宰相、イージスの顔色が変わった。それはそうだ。禁呪とは名前の通り、呪いという良くないイメージが先行するうえ、人を殺したりする禁呪が多い。だが禁呪とは、名前の通り禁止された呪術であるが、必ずしも悪いものでもない。

「毒を以て毒を制す。変な話だとは思いますが、今回の件、自然発生とは思えないのです」
「お話を遮るようで申し訳ございませんが、聖女様は病を治す禁呪を使用出来るのですか?」
「病を治す禁呪はありません。禁呪を解く、禁呪をかけるのです」
「では今回の病は病ではない、と」
「正直に言葉にすると、可能性、です。病かもしれません。病の場合、禁呪をかけても治りませんし、逆に私が発症するでしょう」
「正直お話だけ聞いていると、勝算が高いようには思いません。確かに自然発生したとしてはタイミングが悪すぎて、人為的だと考えるのは可能性として考慮すべきです。ですが、聖女様をわざわざ派遣して、場合によっては病で倒れられては、我が国としてはリスクが高い。我が国が聖女様に望むのは、最悪を想定し、我が国を結界に覆っていただくこと。結界が病を突き通す可能性はありますが、人を防げるのは聖国で実証済みですから」

 宰相の言葉に国王陛下は頷く。だがアリスもここで諦める訳にはいかなかった。

「おっしゃる通り、結界で病が防げるとは限らないのです。確かに人は止められますが、その方法で守ろうとした時、国境付近の兵たちを切り捨てるしかありません。そして国民を出来るだけ結界のライン際から遠ざける。その方法を取られるのですか?」
「残酷だとおっしゃられるかもしれませんが、一の民より十の民を選択するのが私の仕事。そして一の民の怨念も背負う覚悟です。国王陛下に宰相として提言するのは、遅くなる前に国境の兵を切り捨て、聖女様に結界を張っていただきたい」

 国王陛下はパンと一つ手を叩いた。
 アリスは反論しようとしたが、その音で遮られてしまい、国王陛下の顔を見た時に、決めたのだ、と悟った。
 確かに判断が遅ければレンブの二の舞を踏む可能性が高くなる。目の前の一人より、多くの民を守らないといけない。そして宰相も怨念を背負う覚悟があると言ったように、国王陛下もあるだろう。

「聖女に命じる。宰相が引くラインより内側に結界を巡らせるよう」

 アリスは頭を下げたくない、と思ったが、国王陛下と宰相の覚悟を感じて、頭を下げて了承の意を示した。
 ゼブラン王国は国境を捨て、以前の聖国のように結界に覆われた王国となった。
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