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~6 国王陛下の愛~

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 国王陛下は自分自身に来たという神託を口にした。

「ゼブラン王国は潰える、この一言だ。何をバカげたことを、と思ったのだが、聖女の神託に暗殺とくれば、見逃せなくなってきたのだ」
「それはいつ頃のことですか?」
「聖女よ、其方が神託を伝えに来る前日だ」

 国王陛下はイージスのように何か違和感を感じない。ただの人間に見える。ただの人間に神が言葉をかけるとは、かけたとしても聞こえないはずだ。なのに聞こえている。アリスはさらに違和感を覚えざる終えなかった。

「あり得ないわ」
「信じられなくとも無理はない。だがこれを見せれば、納得するかもしれん。ついてくるがよい。ウィルフレッド、お前はもういい。今まで話した内容だけ心に留めておけ。ここから先は、立太子後の事だ」

 第一王子は少し付いて付いてきたいようであったが、はい、と返事をして下がった。
 やはりあの第一王子は甘い。立太子させると言われたのだから我慢などせずについてこればいい。もちろんアリスは声には出さずに第一王子に一礼して、国王陛下の後ろを歩いた。
 国王陛下は歩きながら、振り返りもせず話しかけてくる。

「あれをどう思う」
「優しすぎますね。ですが恐らく、第一王子にしかその役目を与えることは出来ないのですよね」

 言い切って見せると、国王陛下は軽く笑った後に、その通りだ、と肯定をした。

「イージスの事も触れねばならん。本人は知っているようだがな。私としては我が子に変わらぬというのに、運命とは残酷な事よ。其方も、な」
「どういう意味でしょうか?」
「そのままだ。過ぎた力を持つと人は人間らしい選択が出来なくなる。代表格が国を治めるものと思っていたが、其方らも同じであろう。目の前に一人の人間が死にそうになっている。だがその人間を助けると、数百の人が死ぬ。その時、人間らしい感覚を持っていれば、目の前の人間にせめて申し訳なく思うものよ。だが私はそうする事は出来ぬ。容赦なく目の前の人間を切り捨て、数百の人を早く助ける」
「躊躇すれば時間はない。有限ですからね」
「そう言えるからお主も人間とかけ離れる」

 アリスはその国王陛下の言葉に何も返せなかった。
 人間らしくない。それは、アリスの心に一滴の黒い雫を落とした。神殿でも化け物と言われていた。だがそれは人間ではあり得ない力を持っているからだと思っていたが、違う。思考回路が人間と変わってしまっている。そう言われた言葉がストンと納得してしまい、同時に化け物と呼ばれていた意味が、力だけではないと気が付いてしまったのだ。
 そうして黙って歩いているうちに厳重な扉の前につき、兵士に声をかけ、国王陛下の命によって扉が開けられる。
 国王陛下について中に入れば、扉は閉められて、大きな部屋の中央にベッドがあり一人の人間が寝かせられていて、近づいて見ると女性のようだがミイラ化しており、その手には神の装備品の一つであるローブが握られていた。
 神の装備品のローブは白く輝き、神々しさを隠さない。そして神の装備品は触れたものを死に至らしめる事により、この女性は亡くなったのだと思った。

「昔、儂が愛した女。イージスの母だ。流浪の民であった女を、市街を見学している時に一目ぼれして召し上げたのだ。今思えば愚かな事よ。そうしていなければ、まだ踊っていただろう」
「もし、はあり得ないですよ。そういう運命だっただけの事。ですが、国王陛下はこのローブ、何か、知っていますか?」
「触れば死ぬことは知っておるよ。余に嫁ぐとき、同じく流浪の民であった老人に箱ごと渡されたと言っておった。そして老人に子どもを身ごもった時に箱を開けろ、それが子どもを守ると言われたとも言っておったな。それを守って、イージスを身ごもって安定期に入った時に、それを開けて、中に入っていたそれを触って、眠りについた。近くにいたメイドは異変に気が付き、それから手を離させようとしたらしいが、触った瞬間、死んだ。何人か、試したな。見事全滅だ。だから女も死んだと思っておった。だが、それごと埋めようと女に触った兵士が言ったのだ。暖かい、とな」
「では、まだ生きて……いる?」
「いや。それからベッドに寝かせて厳重にこの部屋に入れていたところ、腹だけ膨れて、イージスを産み落とすとミイラ化していった。それから同じようにそれごと女を埋めようと、害しようとするとそれに触らずとも電流が走って触れることも出来ぬようになってな。ここで保管するしかなかった。もう、足に触れても冷たいから死んでおるよ」

 どこか愛おしそうに、ベッドで眠る女性を見る国王陛下はまだこの女性を想っているのだろう。何処が人間らしくなくなっているのか。今、少なくとも国王陛下は人間らしい。
 だが神の装備品は五つ。どれも封印されたはずなのに、三つも近くにあるという事は、神託は信じたほうが良さそうである。

「第二王子が特別な生まれだという事は分かりました。それでも、まだ納得がいかない点はあるのですが、憶測でモノを言う訳にはいきませんので、その点についてはもう少しお時間をください」
「良いだろう。それで、後はお主の気になる点はイージスの護衛ではないか?」
「その通りです」
「だろうな。禁呪が絡んでおる。お主も分かるであろう。国ほど、手を出してはならぬものに、手を出しているものよ」
「では第一王子の暗殺は……」
「もちろん儂ではない。だが、禁呪に手を染めている、だけの情報では容疑者は分からぬ」

 何処の国も腐っているという事か、とアリスは思うと、輝きを急に増した神のローブは女性から離れて、宙に浮いた。
 あまりの出来事に国王陛下もアリスも驚いて言葉が出ない。

『久しいですね。聖女よ』
「貴女様は……」
『ふふ。物が喋るのは可笑しいでしょう。そこなる男に言葉をかけたのは私。神ではありません』
「では」
『私は物の記憶を喋っているだけ。私自身はそこに眠るもう、ミイラみたいになっちゃった女よ。そうでしょう? あなた』

 国王陛下の目からは涙が溢れていた。愛していた、死んでいる人が、喋っている。奇跡としか言いようがない。
 アリスは色々聞きたいことはあったが、声を出せなかった。

「お前……なのか」
『物のお蔭で喋れているだけ。もう死んでいるわ。だから、私をもう一度、あなたに会わせてくれたこの物の望みを叶えたい』
「それは、なんなのだ?」
『神のローブ。そうでしょう? 聖女様』
「はい」
『では聖女様へ、この神のローブの記憶……望みを託します。時が来た時、装備品は全て揃うであろう。神も聖女も聖剣士も生まれ変わり、時は嘗て私が封印された前の時代に戻る。中心はこの国。あの時、何が起こったか生まれ変わりは知っているはず。時が風化させていない事を祈る。そして、一度目の過ちを犯すな。恐らく封印は解けて二度目は来る。世とはそういうものだ。だからこそ三度目が無いように祈ろう』

 アリスは神のローブの言葉にストン、とその場に座った。
 時が、昔のように戻る。きっとこの意味を知るのはアリスだけ。あのバカな国が唯一、長けていた点。昔の伝承。それを知る者はもうアリスしかいないはず。
 神がいて、聖女がいて、聖剣士がいた時代は、後に暗黒時代と呼ばれる混沌の世。最期も残酷なものであった。それが二度と繰り返されないように、聖女としてアリスは動かなければならない。そしてイージス。神の紋様があるあの男が、恐らく神の生まれ変わり。聖剣士はまだ分からないが、全員が揃っていなければ止められない訳でもないだろう。

「はい。承りました」
『ありがとう……。あなた。私の子は元気?』
「もちろんだ。元気すぎて困ったものよ」
『ふふ。聖女様、あの子も運命の子ね?』
「……はい」
『時間はきたみたいね。ちゃんと伝えられてよかった。ねぇ。あなた。愛しているわ』

 神のローブはパサっと女性の上に落ちたかと思えば、ミイラ化していた女性が粉々に砕け散って、そこに神のローブとベッドしかなかったかのように、消えてしまった。
 国王陛下はアリスと同じように地面に膝を継ぎ、声を上げて泣いた。
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