ある日、僕は『異能者』になった

宮野 楓

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ある日、僕は『異能者』になった

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 僕が十二歳の頃だった。
 あの日を境に、僕の人生は百八十度変わった。
 ねぇ、今、みんな、元気ですか?


 —————


 二歳年下の妹がいた。名前は明日香(あすか)。父親似の僕に母親似の妹。二人並んでもあまり似ていなかった。家族で並ぶと、あぁ家族だと分かってもらえる。
 あの日も朝から明日香が騒ぐ声で起床した。本当にいつも通りの一日の幕開けであった。

「おとーさん、髪の毛結ぶの下手! ちがうの、りりちゃんみたいに結んでほしいの!」

 どうやら今日は髪型でご機嫌斜めの明日香。昨日は確か服装で騒いでいた。
 僕は父親と明日香の傍を何も言わずに横切り、朝食が用意されている机の傍の椅子に腰かける。

「りりちゃんって誰だよぉ……」

「りりちゃんも知らないの! ばっかじゃない」

 どんどん父親が可哀そうになってきた。だが母親はにこにこし、僕のご飯をよそった茶碗を目の前に置いてくれる。

「平和ねぇ」

「これって平和なの?」

「ふふ。平和よ。いつかもうちょっと大きくなったら分かるかしらね」

 母親はにこにこしながら、そんな事を言った。未来の僕ならこの意味が痛いほど痛感出来るのだが、その日の僕はふぅん、とあまりしっくりときていなかった。
 そしてご飯を明日香の奇声と父親のなだめる声を聞きながら食べて、学校へ行く準備は昨日してあるので、もうランドセルを背負えば登校だ。
 あの日は十二月で寒かった。
 後少しで小学校卒業を控えた僕は、ちょっとした有名な中学への推薦入学を決めていた。後は卒業式を迎え、中学生という新しい場所に少しワクワクもしていた。
 そんな頃だった。

「僕もう学校行くからねー」

「あ、お兄ちゃん待って! 明日香もいっしょにいく! お父さん、もうこれで許してあげるから!」

 僕の声に明日香が反応して一緒に小学校へ通学するのも、いつも通りだった。
 だが僕が中学生になると明日香は一人で通うのかな、とその点だけが心配だった。何故なら明日香はおっちょこちょいだからだ。
 あの日も僕と一緒に登校している時、明日香は猫を見かけて可愛がっていた。

「もー、道路わきで危ないぞ」

「だって寒そうなんだもん」

 明日香は自分のマフラーを外して猫にかけようとしたが、猫が逃げて道路上へ飛び出した。
 その瞬間、僕は、やばい、そう思ったが、体は咄嗟に動かなかった。代わりに猫を追いかける明日香と、猫と明日香に向かってくるトラックが視界に入る。
 光景だけでこの次、何が起こるか分かる。そんな場面。僕は動けなかった。
 赤い血が道路上に広がって、明日香が倒れて、猫も倒れて、トラックの運転手が慌てて出てきて、救急車を呼ぶ。
 僕は動けなくて、運転手さんが声をかけてくれて、そこではっとした。

「君! この子の知り合いかい?」

 明日香の身元を知りたかったのだろう、言葉。
 その瞬間、僕の中で、何かがキレた。

 朝の母親の、父親と明日香の喧嘩を平和ねぇと言ったその言葉がこだまする。

 もう二人の喧嘩は聞けないのか。
 明日香は、僕が中学へ入学したら一人で通うのを心配していたが、それでも小学校へ通うのではなかったのか。
 いつも通り、そう。いつも通りに小学校へ着いたら明日香を教室まで送って、そして僕は自分の教室へ行く。そうだろう。

 僕は明日香から流れ出る血が止まらないのを見て、ふらふらと明日香へ近寄り、両手で必死に止血しようとした。
 その時だった。僕の人生が変わる『異能』が発現したのは。

「あ……あぉああぉおぉああぉおおおああ!」

 明日香は急に立ち上がったかと思えば、苦しそうに喉を両手でかきながら大声で叫び始めたのだ。
 何処か獣のように、そしてトラックに轢かれた傷から血が噴き出して、かきむしる喉からも血が出てきて、苦しそうに叫び続ける明日香。
 僕は明日香に駆け寄って、そして抱きしめた。

「明日香、お兄ちゃんだぞ。明日香、落ち着いて。明日香……」

 僕自身も血が付いたが、そんなの気にしない。
 明日香が、いつも通り、明日も騒いで、その声で、僕は目覚めるんだ。

「うぉおおおおあああああぁああああおぃいいい!」

 明日香の叫びに僕は、ただただ抱きしめた。
 これが、僕のせいだって、知らなかったんだ。
 明日香は叫んで、血を流し続けて、僕が抱きしめても、治まらなくて、ずっと叫んで、プツっと電源が切れたように崩れ落ちた。

「笑えねえな」

 その言葉を吐いたのはトラックの運転手じゃなかった。黒い服を着たお兄さんだった。目つきは悪く、吐き捨てるようにそう言ったセリフは、今でも忘れられない。
 ピーポーピーポとサイレンの音が近づいてくる。
 トラックの運転手は救急車に場所を知らせるように、手を振っていた。
 黒い服のお兄さんは、トラックの運転手の首に綺麗に手刀をきめて、トラックの運転手はドサっと倒れる。

「悪いがこの現場を一般人に見られる訳にはいかねぇ」

 黒い服のお兄さんはそう言うと、アニメで見るような魔法陣が黒い服のお兄さんと僕と明日香の下に出来て、一瞬で違う場所へ移動させられた。
 そこは病院ではなくて、教会のような幻想的な部屋であった。

「明日香が、明日香が、死んじゃうよ!」

 救急車に明日香を乗せなくてはと僕が叫ぶと、黒い服のお兄さんはため息をついた。
 そして僕に現実をつきつけた。

「よく見ろ。目を反らすな。お前の妹は、もう、いない」

 僕は、僕が抱きしめている明日香の顔を見た。
 目や鼻や口から血を流して、何より顔が、体が、変形していた。手足はあり得ない方向へねじ曲がり、顔はゴリラのようで、全身毛むくじゃらで、これは人間だったのか、そう思わせる風貌になっていた。
 僕はゆっくりと明日香を床に横たえた。
 人間じゃないみたいだが、朝、明日香がこだわっていたりりちゃんの髪型。ツインテールをした髪ゴムが頭に残っていたからだ。
 この髪ゴムも、明日香が自慢していた。僕が横たえたのは、明日香だ。

「明日香は、天へ昇ってしまったんですね」

「あぁ」

「明日香をこんな風貌に変えたのは、僕?」

「あぁ」

 その言葉に何処か、やっぱりな、そんな思いがあった。
 明日香をこんな風に変える事なんて、どうやってしまったかなんて分からない。だが何処かで、僕のような気がしたのだ。

「せめて、明日香をもう一度、明日香の姿に戻せますか?」

 明日香は着飾ることが好きだった。僕にだって分かる。本当は生き返らせて欲しいけど、それが無理なことくらい。だが姿を変えてしまったのが僕ならば、姿を戻すことも出来るのではないか。せめてもの思いだった。
 きっと両親はこの姿の明日香を見たら卒倒してしまうだろう。明日香を明日香の姿に戻したかった。
 だが黒い服のお兄さんは、無情にも首を横に振った。

「お前がしたのは姿を変えたことじゃない」

 その言葉はよく分からなかった。姿を変えただけじゃないなら、僕は明日香に何をしたのか。
 あの日、僕は最大に後悔する僕の『異能』を知る。
 黒い服のお兄さんは僕に告げた、僕の『異能』。理解が初め、出来なかった。
 ただあの日、僕が分かったのは、もう明日香は元の姿に戻してやることも、両親の元へ最期戻してやることも出来ない事だけ。


 —————


 僕は空を仰いだ。あの日も寒かった。
 僕はあの日からお守り代わりに、僕の罪を忘れないように、明日香の髪ゴムを付けている。
 あの日、明日香がごねずに早く登校していれば、猫がいなければ、トラックがいなければ、僕がこんな『異能』を持っていなければ、とずっと考える。
 だがその思考に意味はない。
 あの日の出来事は変えられないからだ。

「時間だ」

 同じ任務にあたっている同時期に『異能』が発現した同期の言葉に僕は頷く。
 あの日、僕の未来は大きく変わったと思う。あの日まで僕は中学に行って、高校へ行ってと普通の生活を描いていたから。
 まさかこんな未来、予想できなかっただろう。

「行くよ」

 父さん、母さん、明日香。
 一応僕はこの今を受け入れて、元気にかは分からないけど、それなりに生きています。

 どうか父さんも母さんも元気で、いや生きていて、幸せに暮してください。
 明日香、お前の命は僕が背負うよ。それが償いになるかは分からないけど、いつか僕がそっち側へ逝った時、僕は謝って、明日香を幸せにしたい。
 僕はこの道を歩むと決めたから、歩むよ。親不孝かもしれないけれど、父さんや母さんにもいつか謝らなきゃね。

 さぁ、仕事の時間だ。

 僕は任務を遂行するべく、闇を駆けた。
 今日も寒いな。マフラーを買おう。
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