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アナタを愛してもいいですか?

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「婚約を、破棄してください」

 頭を下げてきたのは、私の婚約者で、初恋の人。
 最近、耳にはしていた。懇意にしている女性がいるという噂。
 噂は噂。聞き流していたが、彼の言葉により真実味をおびる。

「覚悟はありますか?」

 私は公爵令嬢。彼は伯爵令息。身分は私が上で、商いを営む彼の家からしたらお得意様でもある。
 色々な事を覚悟しても、尚且つその女性と添い遂げたいのならば、私は去るしかない。

「……正直に言えば、君に取りなしてほしいと思うよ。無責任なお願いだと思うが」

「ええ。私に取りなす理由はありません。アナタは婚約者がいる身でありながら、違う女性と手をつないでデートし、そして添い遂げたいと思ったのでしょう? 全て、アナタの不貞です」

 彼は何かを言おうとして、口をつぐんで下を向いた。
 惚れた弱みと言おうか、私は今まで彼には優しく接してきた。彼の両親は割と厳しかったから、思わず手を刺し伸ばしてしまった。
 でも、もう差し出すことは出来ない。

「破棄は受け入れます。両親には私から伝えます。自分の両親には自分で伝えなさい」

「あ、まって、レイア」

「婚約破棄した女性の名前を軽々しく呼ばないでくださいませ」

「そんなに簡単に捨てるのか……」

「捨てたのは私じゃない。アナタよ。アナタが私を捨てたの。ローウェン伯爵令息様。知らないとでも思いました? 城下町の女性と懇意にしている事、彼女が妊娠している事。私は、アナタに婚約者として不貞をしましたか?」

 彼はまたしても口を閉ざした。もう私が好きなアナタはいないのね。
 私は背を向けて歩き出そうとしたら、手首を掴まれた。

「だ、だが、君の家との取引が無くなったら!」

「婚約破棄を告げた後の事も考えなかったのですか?」

「君ならば、僕の手を、離さないと思った……」

「私は、私を愛してくれない男の手を取らないといけないのですか? それとも私も別に相手を作れ、と?」

「い、いや、君は僕を……愛して……」

 どんどん言葉尻が小さくなっていく。甘やかした責任の一端はあるか、と軽く空を仰ぐ。
 正直、今の情けない姿も嫌いじゃない。単純に、公爵令嬢としての対応を取っているだけ。私自身は他に好きな人がいてもいい、彼の手を握りたかった。
 だが公爵令嬢と躾けられた何かが阻む。

「都合がいい夢ね。私が出来るのは聞かなかったことにするくらいよ? どちらか、明日までに結論を出してちょうだい」

「ま、待ってくれ! もし、君を選んだら、彼女と僕の子どもは」

「アナタが考える事よ。私は全く見ず知らずの女性をお世話する気も、自分の子どもでもない子を自分の子どもと言う気もないわ」

「君は怒っているんだね」

「では、私が違う相手と添い遂げたい。お腹に子どももいる。でもアナタと結婚する。受け入れますか?」

 彼は小さく首を横に振った。
 どうして自分が受け入れられないものを、私が受け入れられると思ったのだろうか。
 本当に甘ちゃんに育ってしまった。

「考えて、くるよ」

「そうしてください。今のままじゃあアナタはどちらの道を選んでも、後悔しそうですから」

 私は去っていく彼の背中を眺めながら、頬を伝う涙を止められなかった。
 愛していた。愛している。どうか、彼女を選ばないでほしい。私を選んでほしい。
 でも心のどこかで告げる。多分彼は、私を選ばない。
 だって公爵令嬢という肩書とお得意様という事だけが私と彼を繋いでいた。そこに最初から彼の愛はないのだから。

「泣きたいだけ、泣けば。旦那様には取りなしてやるからさ」

 後ろを振り返れば護衛兼執事、そして私の幼馴染の男が立っていた。
 昔は身分なんて分からなかったから名前で呼び合って遊んでいた。何時からか隔たりが出来て、あまり話しかけもしてくれなくなったのに、こういう時は優しいな、と思う。

「うん。もう暫く泣かせて。多分、立ち直れない……」

「あんなののどこがいいのか聞きたいくらいですがね」

「ダメなとこ」

「うわぁ、救いようがない……。何ですか? 今日くらいは聞いて上げますよ。何でダメな男が好きなんですか?」

 幼馴染の顔になった男はそっと私の隣に立つ。
 隣に立たれると、あの頃より背も体格も何もかも変わったのが分かる。

「ダメな男の隣にいれば私はダメな子じゃない。彼の隣にいたら、私は私であれるの。愛してるの。変な形だろうけど、でも彼だからこそ、私は私を肯定できるの」

「おーおー、典型的なダメ男製造機になろうとしてるのか? だったら坊ちゃんのせいだけじゃなくね?」

「何事もラインはあるわ」

「確かにな。そこは一理ある」

「でも一部は私のせいだとも思うわ」

「まぁ否定できない」

「今回の場合どうしたらよかったのよぉおお」

「いや、切り捨てで正解じゃね」

 バッサリと切り落とされても、やはり私の中で彼が消えない。
 公爵令嬢としてひたすら厳しく、険しい、一見綺麗に見える道を歩んできた。例え裸足で見えない棘がいっぱいの、見た目だけ綺麗な道を、痛くても痛いと言えない。笑って歩いてきた。
 彼みたいに転んで泣きたかった。そう、どこかで私は彼みたいになりたかった。誰かに手を刺し伸ばされて、そして綺麗な世界だけを見て生きたかった。私の夢を具現化させたのが彼なのだ。

「やっぱり、彼を連れ戻してくる」

「ばっか! やめとけ」

「だって私、彼がいないと耐えられないわ」

「お前がどんだけ頑張ってるかなんて知ってる。アイツ意外にも知っている奴はいっぱいいる」

「でも、私に完璧を望んでいる人たちでしょう? 彼はね、私に完璧を望むようで、望んでないの。だって下手につついたらわが身だから」

「……弱み握ってってんなら、まぁ、結婚生活では上手取れるでしょう。そんなものなくても上手取れますけどね」

「私、バカでしょ?」

「うん」

「迷わないわね」

「だってあんなダメ男でも好きなんだろ? 正直やめとけって思うよ。でも理論じゃないじゃん。気持ちって。一と一を足したら? って誰でも同じ答えが出る問題じゃないでしょ」

「アナタを好きになれば良かったわ」

「……惚れた弱みだろ。もう止めねぇよ」

 私は走って彼の実家へ向かった。公爵令嬢にあるまじき行為だと思う。



 ん? そこから話はどう転んだのか?
 それは想像にお任せするわ。全てをお話するのも楽しいけれど、全てをお話しないで、どう解釈されるか知りたいの。私の人生。
 ただこれだけ言える。

 —————アナタを愛してもいいですか?

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