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~8 旦那様、の前に前哨戦と行きましょうか~

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 結論からいこう。アリゼは作戦Bを決行した。
 作戦Bとは、アリゼがカナリアに調合薬・ラスボス罠一をぶっかける作戦プランの一つ。カナリアの部屋に潜入出来て、且つ、警戒心を抱かれていない場合のプランだ。
 ちなみに作戦は超シンプル。本当にぶちまけるつもりだ。カナリアに向けて。
 そして現在、アリゼは花瓶から花をどけて、その中に調合薬を入れて、出来るだけ至近距離に近づいて、演劇のように大げさに花瓶の水ごと調合薬をカナリアにぶっかけた。
 もう周囲のメイド、取り分けローラの怒った顔は傑作! カナリアも最初はあっけにとられたようだが、理解すると表情は怒りへと変貌する。ふふ、人は怒った方が単純明快な行動と言動を取るのよね。変に冷静な人ほど、どんなカードを切ってくるのか読みにくい。だが怒っている相手は、あまりそういう探り合いはないものだ。

「あんた! 何したか分かってんの!」

 最初に声を荒げたのはローラ。赤い髪のツリ目のメイドは操りやすそうだ。
 もちろん、アリゼこと行儀見習いキリはすぐさま土下座した。もちろんカナリアに向かって。土下座には一切抵抗がないので、まぁ何度でもしてあげますが、案外これ、謝罪には効くのよね。

「申し訳ございません!」

 声を大きく、頭をふかふかの絨毯に付けて謝罪する。もちろん、言葉だけだけど。

「これ、いくらするか分かるの?」

 カナリアは恐らく濡れたドレスの事を言っているのだろう。まぁアリゼのドレスより安いですね、なんて答えられないので、その言葉は飲み込む。もちろんね。どうやらランファの超偽装メイクでカナリアは対面でアリゼに会ったのに、どうやらアリゼって分かってないみたいで、ほっとしたとかも答えられませんよ。

「私如きには到底手が届かない事しか分かりません!」

 うん、まだ顔は上げてない。だから声を張る。だって顔上げると笑っちゃいそうだし。
 さて薬の効果はすぐ出ないはずだ。何故ならこの場にはカナリアと同性しかいないのだから。楽しみは異性が入ってきた時だが、そこまでここにいられるはずないかなー、なんて思っていると、ノックもなしに扉が開く音がした。

「あらぁ。グレイ……待っていたわぁ」

 カナリアの怒気が一瞬で霧散して、ピンク色モード全開だ。しかもグレイと言った。つまり異性が入ってきた。もうアリゼのニヤつきが止まらない。うーん、顔を上げてカナリアの様子を逐一確認したい。
 だがナイスタイミングだ、グレイ! ある意味一番かかって欲しかった人でもあるし、面白いことにカナリアはまだ薬で濡れたまま。

「冷たいな……どうしたんだ?」

 お、カナリアがグレイに抱きついた? これはまさかの大収穫。いやぁ神さまっているもんだよね。うん。
 対してカナリアはその言葉で思い出したようである。

「あぁ、あそこのメイドに花瓶の水を引っかけられたのを忘れていたわ。すぐ、着替えてくるわね、グレイ。ローラ、その子の事は貴女に任せるわ。いいわね?」

 黒いオーラが急に出てきたカナリアに少しゾクっとした楽しみを感じた。

「畏まりました」

 ローラがそう言うと、カナリアと恐らくグレイも部屋から出ていく音がした。そして誰もいなくなったからだろう。地面に額を付けているアリゼ、ことキリの髪を上から引っ張られ、無理やり顔を上げさせられる。
 痛いし、地毛で良かったぁと思う。これ、カツラだったら色々まずかった展開だ。しかし顔を上げさせられて見た、ローラの意地悪そうな笑みに、アリゼも本丸であるカナリアとグレイの結果を見る前の前哨戦もいいか、と思った。どうせ一応グランゼル家の本妻なんだから、片付けなきゃいけないメイドだしね。他のメイドをいじめられても困るわ。膿は見つけたら、早く処理するに限る。特に、きっともうこの作戦以外使えなさそうな子だしね。

「い……いたい、です」
「カナリア様に水ぶちまけといてよく言うわ。アンタみたいな馬鹿、躾けるのも先輩の仕事ね。来なさい」

 来なさい、と言いながらアリゼ、ことキリの髪を引っ張って歩いていくローラ。他のメイドは止める事も出来ないらしく、可哀そうな子を見る目で眺めているだけだ。
 アリゼは髪が痛いながらも、他の人の目がない所に行ってもらえるのはありがたかった。このまま行儀見習いのフリしてたら、片付けられないモノね。まぁ本気で髪が痛いから、禿げたら、禿げる薬をプレゼントしてやろうとも思う。
 そして髪を引っ張られながら、離れを出て、外へ連れ出され、髪を漸く放してもらえたかと思えば、腹部に蹴りを入れられて、地面に尻もちつく。べちゃっとした地面、花壇近くで水をまき終えたばかりだから濡れているのだろう。何より、もうちょい蹴り強かったら、バラへダイブだった。
 うん。もう皮被らなくていいな。皆、髪引っ張られ道中避けてたし、人もいないだろう。
 アリゼは、スクっと立ち上がる。
 するとローラから平手が飛んできたので、スッと交わして、逆にアリゼがローラに平手をお見舞いしてやった。バチン、と決まったそれでローラも地面に尻もち付く。うん、これでも髪引っ張られた分、残ってるくらいだわ。

「ア、アンタ!」
「何? 使用人無勢が。そう言えばアンタ解雇ね、今をもって。荷物は放り出しといてあげるから、拾いなさいね」
「何様のつもりよ!」

 ローラは立ち上がり、アリゼことキリの胸ぐらをつかんでくる。ローラは背が高く、良い感じで首が絞まる。うん、修羅場は好きだけど、痛められて喜ぶ趣味はないのよね。なので、キリの仮面はとっくに外しているけれど、分かるように名乗ってあげることにした。

「アリゼ・グランゼル」
「は?」
「もっと分かるように言おうか? グランゼル侯爵夫人」

 グレイの妻だというのは何となく嫌だったのでそう言うと、ローラの手がパッと離れた。あー、ちょっと苦しかったわ。

「嘘言わないでよ!」
「嘘じゃないよ? うん、もうアンタとはここで最後だから、はっきり言うね。メイド失格、私が本物の行儀見習いでも度が過ぎる行為よ。起きた以上、面倒だけど私の仕事なんだわ。グレイやカナリアに文句も言わせないから、出て行きなさい。自分で……そうね、三十分、三十分で出て行かないなら、強制で追い出すわ。ちなみにカナリアに泣きつきに行くのは禁止よ。守らなかったら、うん、ま、公爵家の令嬢舐めないでもらわないようにしないと、ね?」
「はっ。立場だけのグランゼル侯爵夫人にどんな力があるんだか」
「ふふ。私は侯爵夫人でもあるけれど、公爵令嬢でもあったの。グランゼルの力は使えなくても、実家の力は使えるわよ。それこそ、グランゼルなんかと比べてもらったら困るわ」

 さっきもわざわざ公爵家の令嬢って言ったのになぁ、とアリゼは思いつつ、わなわなと震えているローラを見る。まだ信じてないか? それとも巻き返しを図ろうとしているのか? どっちかしらねぇ。

「証拠は、証拠はある訳!」
「あ、そう来る? 別にここで私に逆らえば証拠なんて山ほど、それこそ身に染みてわかるわよ? 証拠が気になるなら、逆らえばいいし、私を蹴る? 殴る? ま、どっちもそのまま受ける気もないけど。うん、私が与えたのは三十分。好きに時間を使えばいいわ。今からスタートよ」

 信じない方向にきたローラは果たしてどう行動をとるのか。時間制限を付けると焦る。焦った先に取る行動は、ある意味その人の本性が見えてくるもの。ローラ、アナタは結局どんな人なのかしらね。
 アリゼは微笑み、ローラの取る行動を見守ることにした。面白い前哨戦だこと。

 ね、本丸はもっと面白くなってるかしら? ね、旦那様。
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