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~1目覚めたら結婚していて、お飾り妻でした~

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 アカデミーに入学する兄様を見送りに、アリゼは早起きして、森に来ていた。
 アリゼは公爵令嬢ながらに薬学が大好きで、今日はアカデミーに入学したら暫く会えない兄様の為に、アリゼは特製の薬をプレゼントしようとしていた。え? 何で森の中に隠しているのかって? 当然、お父様はじめお母様やアリゼ付きの侍女のランファに滅茶苦茶怒られるからだ。
 だがどうしても兄様に渡したかったのだから仕方がない。森の中に隠れ家を作っていて、そこにはアリゼが作成した薬は大量に保管してある。今回の兄様へのプレゼントはその中でもとっておきだ。
 想像するとニヤけてくるが、きちんと鞄にしまい、公爵邸に戻ると兄の乗った馬車が出発しかけだった。

「あぁああ! 渡せなくなっちゃう! 兄様、待ってぇえ」

 ダッシュして馬車に駆け寄った時、小さな石に躓いた。宙に舞う小瓶に、手を伸ばして、そこで記憶が途切れた。


 —————


 目が覚めるとベッドの上で、アリゼは目をこすりながら、変な違和感を感じていたが、何よりも兄様に薬を渡せなかったのが心残りで仕方がない。多分寝ていたという事は、兄様は出発済みだ。
 だがやっぱり変な感じがする。手が大きくなったような気がして、まじまじと手のひらを見て、髪を触ると長い。アリゼは薬を作る時に髪の毛が邪魔なので、これもお母様激怒案件だが、髪は短くしていた。なのに、長い。

「おぉおおおおお、お嬢様ぁあ!」

 鏡見るか、と思ったところ、部屋の扉がノック無しに開き、入ってきた私の侍女のランファそっくりの侍女が叫んだ。うん、声までランファそっくり。だがランファに姉でもいたのだろうか? ちょっと首を捻る。仲が良かったがそこまで聞いた事はなかった。
 だがランファらしき人は大号泣し始めた。

「お、落ち着いて……」

 慰めようとベッドから降りて、立って、違和感。何か目線が高いし、足が体重を支えられなくて、フラフラして、後ろに傾いてベッドに尻もちつく。

「いきなり立ってはダメです! お嬢様はもう五年も寝てたのですよ!」

 ランファらしき侍女は泣くのを止めて、アリゼの肩に手を置く。
 ん? 五年も寝ていた? とんでもないことを今、言われた気がする。

「え、もしかして……ランファ自身だったり?」
「ええ。ランファでございます」
「五年?」
「はい。五年でございます」
「鏡はある?」
「さっ事実確認を」

 手持ちがよいことにランファにポケットから手鏡を出されて、それを受け取って自身の顔を見た。
 青の瞳、金の髪、唇の下に黒子まであるのはアリゼの特徴そのままなのだが、やはり歳がいっている。アリゼの最後の記憶の自分は十五歳。五年足すと二十歳。それは老けるか、と思いつつ、ランファに手鏡を返して頭を抱える。
 いや、乙女の五年はキツイ。しかも十五歳から二十歳というと花盛りを綺麗にすっ飛ばして、売れ残りだ。まさかの公爵令嬢という最強の肩書があるのに、年嵩があるとそりゃ皆、若い方へ行く。当時は婚約者候補がいっぱいいて、お父様がちょっと焦らしていたので決まっていなかった。だが今は札束ちらつかせないと結婚すら出来ないのではないか。本当なら恋人いる男子とかに突撃して、当たり散らかして、滅茶苦茶に楽しみたかったのに。

「本当、サイアク」
「……お元気そうで何よりですが、取り合えず、スープ等から胃に食べ物を入れて、ゆっくりと動く練習をしましょう。そして、五年の報告をしていこうと思いますが、現状把握だけしておいてもらわないといけないので、重要な点だけお伝えします」
「容赦ない……」

 ランファがパンパンと叩くと、見たことないメイドが三人ほど入って来て、ランファに食事の準備を指示されて、礼だけして去って行った。どうやら五年も寝ているとメイドも変わって当然だ。皆、やっぱりお嫁に行って修羅場を楽しんでいるに違いない。

「では、お嬢様。まず、重要な事を申し上げます。お嬢様はアリゼ・フォン・グランゼル。グランゼル侯爵家へ嫁ぎました。グランゼル侯爵夫人です」
「寝てる間に結婚できたの!?」
「グランゼル侯爵へ、お嬢様のお父様が援助される理由付けです」
「あーグランゼルって聞いた事ないと思ったら、あれだ。成金で伸し上がった系よね」
「……隠しても仕方がないので、そうです。なので純粋な貴族の血と出資がグランゼル侯爵は欲しかったのです。そしてお嬢様のお父様はグランゼル侯爵に純粋に才能を見出だし、結果、グランゼル侯爵は事業に成功。現在も成金です」

 聞いているだけで中々面白い位置にアリゼはいるじゃないか、と先ほどの絶望から復活する。
 どうりで見たことがないメイドのはずだ。アリゼは今、生家ではなくグランゼル邸にいるのだから。

「それで、それで!」
「お嬢様は当然正妻ですが、眠ったままだった為、こっそりとお嬢様のお父様にバレない様に妾が一人います」
「最高じゃない!」
「どこが……、じゃなくて。ですが、グランゼル侯爵はこれがお嬢様のお父様にバレて、援助を打ち切られたら痛手です。侯爵という地位、援助金を失い、且つ、公爵家の怒りを買う。お嬢様の目覚めはグランゼル侯爵に一泡吹かせるのに最高なのです」
「ランファ、これ、楽しまない手はないと思わない?」
「お嬢様ならそう言って下さると信じておりました。最高かどうかは置いておいて、私のお嬢様を蔑ろにするクソ野郎をどうしてやりましょうか……」

 アリゼとランファは目を合わせて、フフフフ……、と悪だくみを今にも始めます、という風に笑う。
 普通の令嬢ならきっと卒倒する場面かもしれないが、アリゼにとっては最高の場面だ。実はと言わなくても分かりそうだが、アリゼはこうしたドロドロを蹴散らすのが大好きである。今までは公爵令嬢としてお父様、お母様という強力ストッパーがいたが、今はいない。やりたい放題な上に、こちら側に好カード揃い踏み。これを楽しまずしてなんとするか!
 コンコン、とノックされ許可を出すと食事が運ばれてきて、並べられてメイドたちは去っていく。
 ランファは言わなくても銀のスプーンを食事に付け、変色したのを確認する。

「早速ねぇ」
「早速でございます。食事はこのランファが別でもう用意しておりますので、ご安心を」

 ランファは部屋のメイドたちが入室してきた扉とは違う方向の扉を開いた。そこには別の食事が用意されていた。湯気もたったスープで、きちんと銀食器。

「用意周到ね」
「お嬢様が眠られて、嫁がされて、こんな風に扱われている状況を打破するために準備しておりました」
「私が起きるのが何時か分からないのに……」
「何時までも待つ覚悟でしたし、そもそもお嬢様が起きると確信しておりましたので」

 まずは体力作りが基本だ、とスープを飲み、ランファに持ってもらいながらアリゼは歩く練習を部屋でした。夕方ごろにはへとへとではあるが、普通に歩ける程度には回復。医者も念のためにランファが呼んで診てもらっていたが、五年も寝ていたとは思えない程、健康体ですと言われた。もちろん五年も寝ていたのだから、基本的に飲み物から順に胃に入れていくこと、歩く練習、無理はしない様にと言われた。

「お嬢様、ずっと眠っていた自身の奥様が目覚めたというのに、仕事を終えて、面会をしたいという旦那様がいますけど、どうしますか?」
「もちろん、会うにきまっているでしょう! メインイベントよ。あ、今日の毒入りのスープ、見せつけるように置きましょう!」
「先手ですね。かしこまりました」

 準備を整えてまだ見ぬ旦那様、グランゼル侯爵に会う準備を整えた。
 最初が肝心なのだ。ここで主導権をしっかりと取って、きちんと遊び相手になってもらわなければ困る。

「初めまして、アリゼ様。遅くなり申し訳ございません。グレイ・フォン・グランゼル。貴女の夫になります」

 現れたのは銀色の髪が美しく、青い瞳がよく映える、超絶美形だった。この情報はリンファから貰ってない、とリンファの方を向くが、どうやらリンファはこの超絶美形が気に食わないようで、不機嫌なそぶりを隠さない。
 だがアリゼにとって、ある意味、また最高の条件が一つ揃った。

 さぁ、楽しみましょうか? 旦那様。
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