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第1章 邂逅

柔らかな朝

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 ――朝が、訪れた。

 柔らかな朝だ。
 窓を開けっぱなしだったからか、カーテンが揺らめいているのがまぶた越しにぼんやりと分かる。
 日差しが、顔に僅かにかかっているが――、この際はいいだろう。

 頭には柔らかく、ほどよい太さの枕のようなものが2本あって。


 ――ん?



 ……んん?





 枕のようなものが2本あって。
 穏やかなリズムで、軽く頭をなでつけられている。
 耳を澄ますと「すーすー」と、女性らしき吐息が。
 
 そして淡いシトラス系の香りが、鼻腔をくすぐる。
 

 …………んんん?

 俺は明確に違和感を覚えて、目を開けた。
 頭を動かして上を向くと、そこには美少女が。

 胸で顔の半分が隠れてしまっているが――。

 冷撫れいなが、俺を見下ろしている。

「冷撫?」

 俺をニコニコと見つめている少女は、「はい。冷撫でございます」などと返答をしているが。
 こちらの頭を撫でる手を、休める気配はない。

 一体、何をしてるんだろう?

「ええと、冷撫?」
「はい」

 少女は、俺が名前を呼ぶ度に、こちらを酔わせるような柔らかい微笑みを浮かべながら返事をする。
 ――いや、そういうことではない。

「何してんの?」
「起こそうとしたのですが、揺すっても声を掛けても起きなかったので諦めました」
「うん、そういう意味ではないが」

 膝枕も、頭を撫で続けているのも別においていいだろう。
 まず大前提として、何故ここに冷撫がいるんだ?

 昨日、アマツが彼女を帰せなかった?
 いや、そんなことをアマツがするはずはない。

「窓が開いていました」
「――窓から入ってきたの?」

 俺の質問に、冷撫は「はい」と真顔で答えた。
 ……もう一度言おう。大真面目な顔で肯定したのだ。

「ちょうど、1つ上の部屋が私の部屋なのです」

 ――確かに。
 
 【顕現者オーソライザー】の身体能力を持ってすれば、振り子式に降りてくるのも可能だろう。
 そもそも、ちょちょいと【顕現オーソライズ】能力を応用すれば簡単な話である。

 ……その簡単なことが、俺には出来ないんだがな。

「羨ましい。じゃなくてだな、色々とまずくないか?」
「あら? 昨日、『生涯で知る女性が私だけというのも可哀想でしょう』と言ったとおりですよ。アマツくんも私も、いつも一緒に居るだけで誰を好きになろうがいいんです」

 まあ、ゼクスくんへの好意は、きっと恋慕ではないのでしょうけどと冷撫は言う。
 ……俺としても、冷撫とはそういう関係になりたくないかな。

 友人くらいで丁度良い。
 俺はいくら許可されていようとも、アマツとの関係を悪くすることに何のメリットもないからな。

「冷撫って、アマツの事好きじゃないのか?」

 思わず口に出てしまった言葉にも、冷撫は丁寧に首を振った。

「好きですよ?」

 もしかしたらこれも、恋慕とは少し違うのかも知れない。

 俺は膝枕状態から脱し、背伸びをした。

「朝の目覚めは最高でしたか?」
「まあ、まあかな」

 さっきの会話がなければ。
 ――たしかに、美少女に膝枕されて目覚めるというのは最高だと思う。

 思うのは思うのだが、不法侵入は良くない。
 窓を開けっぱなしにした俺も良くないが、悪びれもせず侵入する当たり質が悪い。

 これからは、窓も確認しないと行けないのか。

「…………」
「あのさ」
「はい、なんでしょう」

 俺を膝枕させていた状態から全く動かず、こちらを見つめ続けている彼女に、話しかける。

「ちょっと部屋に戻ってくれない? 着替えらんない」
「んんー。名残惜しいですが、はい」

 両手から、フック付きのロープらしきものを【顕現オーソライズ】して。
 開けっぱなしになっているのだろう上階の窓に引っかけて、そのまま登っていった冷撫を見て、俺は彼女「も」頭のネジが外れてるんだなと思わざるを得ない。

 時計を見れば、もう8時の5分前である。
 アマツがやってくる時間だ。


 俺は窓を閉め切り、至極丁寧にロックを掛けて。
 あの見た目に反して、恐ろしい程に時間に正確な……。
 
 
 ――それこそ、秒単位で時間を合わせてくるアマツを待ち受けるために、全速で着替えることとした。
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