断捨離令嬢キャサリンの受難

春瀬湖子

文字の大きさ
上 下
6 / 10

6.3人でするデートなんてデートじゃない

しおりを挟む
「じ、純け⋯⋯っ、な、な!?何か関係あるわけぇ!?」

もしこれが他の貴族から聞かれたならきっと適当にあしらっただろう。
しかし聞いてきた相手がこの愚直すぎる男だったせいで、私は思わず動揺し声が裏返った。

“な、なに?なにを考えてんのお!?”

「ベルハルトでは結婚相手に処女性を求めるんだ。男女共にはじめての相手と添い遂げることが一般的で、それが王族ならば尚更だ」
「あー⋯なるほどねぇ」

けれどガルシアにそうさらりと説明され、荒ぶっていた私の心がスンッとする。

確かにそういう風潮の国は珍しくない。
婚約者同士の婚前交渉はあっても、どっかのバカ王太子みたく堂々と愛人を囲うような国の方がむしろ珍しい。


それに。

“王族なら尚更⋯ね。本当に相手はあんたじゃないんだ”

なんて一瞬頭を過った私は、その考えを掻き消すように顔を左右に振る。

“恋愛沙汰なんて最初に断捨離したじゃない!私が一番馬鹿!!!”


そんな様子の私を少し不思議そうに見ているガルシアに視線を戻すと、相変わらず彼はじっと私からの返答を待っているようだった。

「⋯意味ないとは思うけど、し、処女よ」
「そうかっ!」

少し戸惑いつつ正直に答えると、ガルシアがぱあっと嬉しそうな顔をしたせいで私の胸がもやもやする。

「ま、でもレイモンド様が私を気に入ってるってのは本当にあんたの勘違いだから」
「そんなはずはない、俺はずっと隣でレイモンド様を見ていたんだぞ!」
「いや、その自信本当に捨てた方がいいわよ?そもそもあんた全部ズレてんだから合ってるはずないじゃない」

諭すようにそう伝えるが、絶対そうだと何故かムキになるガルシアは⋯


「だったらレイモンド様と出掛けてみればいい!ちょっとレイモンド様の予定聞いてくるからそこで待ってろ!」
「は、はぁ!?ちょ⋯っ」

“ど、どこの世界に主人の意思を無視して差し出す護衛騎士がいるってのよぉ!!?”

「わ、私の周りには失礼かつ暴走する奴しかいないのぉ⋯?」

なんて、あっという間に姿が見えなくなったガルシアに私は頭を抱えたのだった。




――それから2日後のお昼過ぎ。

「⋯まぁ、流石にレイモンド様が止めてくれるわよね?」

という私の期待は、やはり大きく外れ貴族御用達の城下町を並んで歩く。

「いいデート日和だと思う!二人とも存分に楽しんで欲しい」

なんてここ一番の笑顔で言ったのはもちろんガルシアだった。

「デートを楽しめと言われてもねぇ⋯」

ちなみに私達の並びは、レイモンド様、ガルシア、私。
左右どちらからの襲撃でも対応出来るようにと進んで真ん中に入った彼に全力で抗議したい。


“3人でするデートはもうデートじゃないのよッ!しかもあんたが真ん中なんかいっ!!”


そんな私の心のツッコミが聞こえているかのように、相変わらずレイモンド様は堪えきれない笑いを漏らされていて。

「⋯ね?おっもしろいでしょ?ちょっと頑固だけど真面目に仕事もこなすし能力もあるんだけどさ、全部がズレてんだよね」
「本当ですわぁ」

“あんた主人にも『全部ズレてる』って評価されてるじゃない”

令嬢スマイルを貼り付けながら、上品に見えるように小さく笑う。
既に素を見られているので今更かもしれないが、相手は一国の王太子なのだからそれが最低限のマナーだと判断した、の、だが。


「どうしたキャサリン、腹でもくだしてるのか?」
「ガル、女の子にそれは良くないよ。大丈夫?リジーちゃん、何か薬草煎じて貰う?」
「~~~ッ」

100%善意からくる失礼と、100%からかいの善意に苛立った私の頬は一気に赤くなって。


「へ、い、き、で、すぅ~!!」

いつもなら取り繕えるのだが、どうせこの人は無理だとターゲットから外してしまった事も相まって気付けば私は素で返答していた。


“こんな姿の私を見たら、アレクは卒倒するわね。それかドン引いて戻ってこれないかも”

それなのに、そんな私を見たガルシアは満足気に大きく頷きレイモンド様も楽しそうにされていて。


“⋯ま、もうバレてるんだものね”

なんて開き直った私は、今度は大口を開けて笑った。


「で、何か目的のものはあるんですか?」

普段は平民市場へ通っている私だが、アレクに連れられ城下町にもそれなりに詳しいので他国から来た彼らを案内する事くらい出来るだろうと考えそう聞くと。


「食べ物はダメだ」
間髪入れずにガルシアがそう断言する。

“⋯ま、レイモンド様は王族だもんね。それはそうか”
なんて納得したのだが。

「腹を壊してるんだからそれ以外にしろ」
「だから壊してないっつってんでしょぉ!?あと、行きたいとこはないかって私が聞いてんのっ!希望言いなさいよ希望を!!」
「ふ、ふはっ、ははっ」
「レイモンド様も笑いを堪えて貰えますぅ!?」

勢いのままそう怒鳴り、すぐにハッとする。

“しまった、王族相手に怒鳴るのはやりすぎ⋯っ!”
レイモンド様の護衛であるガルシアが、そんな私を切り捨ててもおかしくない状況だったが、割り込むどころか咎めるような事すら言われない。

内心ホッとしつつガルシアの様子を窺うと、さっきよりもより満足気な顔で大きく頷いていた。


「⋯あんた、私が言うのもアレだけど仕事しなさいよ」

思わずそう告げると、想定外だったのかガルシアが琥珀色の瞳を目一杯開いて。

「仕事している!こうやって二人の護衛をするために真ん中に陣取っているし、二人のデートを近距離で見守っているぞ!?」
「そうね⋯まずデートさせたいなら存在感を消しなさいよ、なんであんたが一番前に出てんのよ?」
「ははっ、あはっ」


レイモンド様も私の発言なんて気にしていないらしく、ヒィヒィお腹を抱えて笑ったと思ったら。


「ま、ガルもこう言ってるしデートしようか?リジーちゃん」

さっきまでの笑っていた顔とは違い、少し含みを持たせたような笑顔を向けてきたレイモンド様にぎゅっと手を握られ⋯


「レイモンド様」

ハッとした時には目の前にガルシアの背中が広がっていた。

“あ、え?な、なに⋯?”


「あれ?ガル、どうしちゃったの?」
「え?あ、いや俺は⋯」
「ちょっと、私を見てもわかんないわよ?」


レイモンド様にどうしたのか聞かれたガルシアが、何故か少し困った表情で私を見てくるが当然私にわかるはずもなく。

“なんか最初の夜会とは反対ね?”
と、私からレイモンド様を庇っていたガルシアを思い出し少し可笑しく感じて小さく吹き出した。



「特に希望がないなら適当にご案内いたしますけど?」

困っているガルシアに助け船を出すような気持ちでそう提案する。

ガルシアをからかって遊んでいたレイモンド様もすぐその提案に乗ってくれたので、私達3人は目玉になっている時計塔や花壇園を中心に巡って。




「そろそろお腹すいてきた?どこかお店に入る?」
「だからお前はお腹を⋯」
「こ、わ、し、て、ま、せ、ん~!!⋯って」

小腹がすいたわね、なんて思い提案しつつガルシアと軽く言い合いをして⋯そしてやっと気付く。


「⋯レイモンド様は?」


気付けばベルハルトの王太子であるレイモンド様が、忽然と姿を消していた事に。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

I my me mine

如月芳美
恋愛
俺はweb小説サイトの所謂「読み専」。 お気に入りの作家さんの連載を追いかけては、ボソッと一言感想を入れる。 ある日、駅で知らない女性とぶつかった。 まさかそれが、俺の追いかけてた作家さんだったなんて! 振り回し系女と振り回され系男の出会いによってその関係性に変化が出てくる。 「ねえ、小説書こう!」と彼女は言った。 本当に振り回しているのは誰だ?

暴君幼なじみは逃がしてくれない~囚われ愛は深く濃く

なかな悠桃
恋愛
暴君な溺愛幼なじみに振り回される女の子のお話。 ※誤字脱字はご了承くださいm(__)m

妻とは死別する予定ですので、悪しからず。

砂山一座
恋愛
我儘な姫として軽んじられるクララベルと、いわくつきのバロッキー家のミスティ。 仲の悪い婚約者たちはお互いに利害だけで結ばれた婚約者を演じる。 ――と思っているのはクララベルだけで、ミスティは初恋のクララベルが可愛くて仕方がない。 偽装結婚は、ミスティを亡命させることを条件として結ばれた契約なのに、徐々に別れがたくなっていく二人。愛の名のもとにすれ違っていく二人が、互いの幸福のために最善を尽くす愛の物語。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~

石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。 食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。 そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。 しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。 何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。 扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。

片想いの相手と二人、深夜、狭い部屋。何も起きないはずはなく

おりの まるる
恋愛
ユディットは片想いしている室長が、再婚すると言う噂を聞いて、情緒不安定な日々を過ごしていた。 そんなある日、怖い噂話が尽きない古い教会を改装して使っている書庫で、仕事を終えるとすっかり夜になっていた。 夕方からの大雨で研究棟へ帰れなくなり、途方に暮れていた。 そんな彼女を室長が迎えに来てくれたのだが、トラブルに見舞われ、二人っきりで夜を過ごすことになる。 全4話です。

偶然同じ集合住宅の同じ階に住んでいるだけなのに、有名な美形魔法使いに付き纏いする熱烈なファンだと完全に勘違いされていた私のあやまり。

待鳥園子
恋愛
同じ集合住宅で同じ階に住んでいた美形魔法使い。たまに帰り道が一緒になるだけなんだけど、絶対あの人私を熱烈な迷惑ファンだと勘違いしてる! 誤解を解きたくても、嫌がられて避けられている気もするし……と思っていたら、彼の部屋に連れ込まれて良くわからない事態になった話。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

処理中です...