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1.幻想の三女

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「リネア様、婚約の申込書がまた届いております」
「あー、そこらへん置いといてぇ……気が向いたら見るから……」
「五日前の申込書もありますが」
「じゃあそれは暖炉へ……」
「中を! いいえ、せめて相手様のお名前だけでもご確認くださいッ!」

 専属侍女のクラーラに叱られ「へぇい」となんとも気の抜けた返事をした私は、それでもやはり見る気になれない婚約申込書から目を反らしマカロンへと再び手を伸ばした。
 ……の、だが。
 

「ご確認いただくまでおやつは禁止です」
「えぇっ!?」

 あと少しでマカロン、というタイミングでお菓子を取り上げられ思わず声を上げる。


「もう三十通も溜まってるんですよ!? どんどん大変になるのはリネア様ですからね!」
「えー……。それは、まぁそうなんだけど」

 確かに三十通もの返事を一気に書こうと思うとなかなかの重労働で、クラーラの言っていることは正しい。確かに正しい。けど。

“どうせ会ってもガッカリされるだけなのよねぇ”
 
 私ははぁ、と大きくため息を吐いた。

 
 凛と咲く大輪の薔薇と称される、誰よりも麗しい銀髪の髪をした上の姉が嫁いだ翌年。
 ふわりと染まる頬が咲き誇るベゴニアのようだと称される、誰よりも愛らしい碧眼の下の姉が隣国の王子に見初められて嫁いで行った。

 母譲りの銀髪と父譲りの碧眼がまるで神話だと称される、この国一番の美丈夫と言われた兄も姉たちほどではないが可愛らしい妻を迎え、生まれた子供はその愛らしさから天使の生まれ変わりだと言われている。
 

 そんな美形一家を絵に描いたようなリルクヴィスト伯爵家の三女である私ことリネア・リルクヴィストは、兄とは反対に母譲りの焦げ茶色の瞳と父譲りのこれまた同じく焦げ茶色の髪の毛という、なんとも地味な見た目をしていた。

 見目麗しい姉と兄が目立つせいで、勝手に美形を期待され婚約申込みが後を絶たないものの、実際会ってみたらコレジャナカッタと話が流れること数十回。

 そろそろ噂で学べよといいたいところだが、やはり美形 (だがイメージ)は強いのか、婚約申込みは減るどころか増える一方。

 ガッカリされるだけだとわかっている以上、最早断るのすら面倒くさいが結婚していないのはもう私だけのせいか両親からの圧も凄い。
 
 なんとか手っ取り早く誰かに嫁いでしまいたいが、申し込んでくれた相手には漏れなくお断りを入れられているので嫁ぐ相手もおらず、『幻想の三女』へと向けられる恋文だけが溜まっていた。

 
“もう誰でもいい、ガッカリしない相手とサクッとお飾りでいいから結婚したい……”

 今日何度目かのため息が私の口から漏れたところで、目を吊り上げたクラーラがこちらへと向き直る。
 
 
「リ、ネ、ア、さ、ま!」
「は、はぁい……」

 やべ、これそろそろガチなやつだ。と彼女の怒りボルテージに肩をすくませた私は、渋々申込書が置かれている机へと向かい、そしてある名前が目に飛び込んできた。

 
「ロベルト・フラスキーニ……?」
「先日フラスキーニ伯爵家から送られてきたものですね」
「ロベルトって……、もしかしてあのロベルトなの?」
「はい、リネア様も幼い頃何度か顔を合わされている、あのロベルト様でございます」

 
“あのロベルト!”

 クラーラの説明を聞き、ドクンと心臓が激しく跳ね、私の頬がじわりと熱を持つ。


 割りと領地が近く、そして同じ伯爵位ということと、あと年齢も近かったことが後押しをし何度か互いの領地で遊んだ幼少期が浮かぶ。


 ――可愛らしい花冠を作るロベルトを寝っ転がりながら眺めた私(その後被せてくれた)
 ――一生懸命馬の世話をするロベルトをチラ見しながらおやつを口いっぱいに頬張っていた私(その後馬に乗せてくれた)
 ――木陰で読書するロベルトの膝に涎を大量に垂らしながら昼寝した私(その後拭いてくれた)


“今思えばクレームが入らなかったことが奇跡すぎる”

 過去の自分にゾッとするか、そのロベルトから婚約申込み。
 クレームではなく婚約の申込み……!

 正直これはチャンスだ。
 幼い頃とはいえ会ったことがある相手、姉や兄とは違う、美人の噂もただの噂だとロベルトは知っているはず。
 ならば今更ガッカリもしないだろう。

 それにあんな態度だった幼少期のぐうたらな私も知っているのに婚約の申込みを送ってくれたのだ。

“会ったのは幼い頃の数回だから……”

 
「つまり私の願いが叶う可能性を見たわ!」
「願い、ですか?」
「そうよ、私にガッカリしない相手とサクッとお飾り婚よ!」
「お、お飾り……ですか」

 私の発言に唖然とした顔をするクラーラ。
 そんなクラーラの方へ視線を戻し、肯定するように大きく頷く。


「“私”を知っているのに申込んで来るのよ? ロベルトにも何かしらあるのよ」
「何かしら……?」

 私の言葉を聞いたクラーラは一瞬考え込む素振りをし、そしてすぐにハッとした顔になった。

「そういえば聞いたことがあります、ロベルト様には長年慕われている方がいらっしゃるとか」
「いいわねいいわね、お飾り感があるじゃないっ」
「い、いいんですか? それ」
「いいのよ! 私の望みは私を見てガッカリしない相手との結婚、しかもお飾りの妻なら何もしなくていいじゃない!」


 そういうのを待っていたのよ! とウキウキしながら、机に散らばったロベルト以外の婚約申込みの手紙を集めて全て近くの暖炉に放り込む。

「あ、あぁ、あぁあ……っ!」
「嘆く必要はないわ、クラーラ。断言する、今捨てた手紙の送り主全てが会ったらお断りの連絡を入れてくる人たちよ。今まで私が何度そのパターンを体験したと思っているの」
「それはまぁ、その通りですね」
「肯定かい」

 そんなクラーラに再び大丈夫だと伝えるように大きく頷いた私は、机の引き出しから便箋を取り出した。
 

「今までの私には婚約者がいなかったからね! いつまでも家にいれるわけじゃないしガッカリされるとわかっていながらワンチャン狙って会ってはいたけど」
「そんなもの狙わないでください」
「もう離さないわよ、ロベルト! 私とお飾り婚して貰うんだからね!」

 ふは、ふははと不気味な笑いを漏らしながら、私は取り出した便箋に『喜んで!』とシンプルに一文だけの返事を書いたのだった。

 
 それから婚姻までの期間はあっという間だった。
 
 本来ならば顔合わせをし、互いを知るための婚約期間を過ごす(今までの私はこの顔合わせでナカッタコトになってきた)のだが、幼少期とはいえ互いに顔見知りであったこと、また両親たちも付き合いのある者同士だったことが後押しをし、婚約申込みから三ヶ月という異例の速さで婚姻を結ぶことになったのだ。


「……だからって、一度も会いに来ないってどうなのでしょうか」

 結婚式の当日、私の髪を結いながらクラーラが不服そうに唇を尖らせる。

“まぁ、仕方ないわよね”

 むしろ『忙しいため会いに行けない』という手紙が送られてきただけマシなのではないだろうか。

「それでこそお飾り婚って証明よ」
「ですが」
「クラーラも言っていたじゃない、ロベルトにはずっと想い続けてる相手がいるって」

 相手からフラれ続けて婚約者がいなかった私とは違い、噂では『想い人がいたから誰にも結婚を申し込まなかった』というロベルト。

 私と婚約したことがキッカケで表向きにはその想い人=私になってしまったものの、実際はそうではないのだから会いに来ないのも当たり前。

“婚姻こそ私と結ぶことになったものの、時間があるなら本物の想い人に会いたいものね”

 
「私と婚姻を結ぶことになったってことは、本物の想い人とは結婚できないのよね。未亡人とかだったのかしら」

“まぁ、理由が何であれこれで私は勝手にガッカリされることも親の圧からも解放されるし”

 政略結婚がほとんどの貴族に生まれたこともあり、愛されていないことは些細な問題だと思った私は、クラーラが精一杯飾ってくれた自分のそのウェディングドレス姿に満足したのだった。


 父のエスコートで会場に入場した私は、そこで初めて大人になったロベルトと再会をする。
 黒髪の短髪が凛々しく深緑の瞳が思慮深そうに見える。
 幼い頃の朧気に覚えている彼よりもずっと大人びた彼の横顔。

“少し表情が固いのは緊張してるからかしら?”

 ぐっと結んだ口元を盗み見ていると、私の方へ真っ直ぐに向き直った彼と目が合い、するとすぐにホッとしたようにロベルトが口元を緩めた。

「っ」

 その表情が幼い頃の彼と重なり、私の胸が高鳴るが――

“私はお飾りだって忘れないようにしなくっちゃ”

 そう気を引き締めた私は、ここまでエスコートしてくれた父の腕からそっと離れ微笑む彼へと歩み寄ったのだった。
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