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もちろん私も望みます!婚約破棄からはじめた溺愛婚(待望)

プロローグ:バチが当たったのかもしれないわ

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「じゃあシエラ、仕事行ってくるね」
「えぇ、待ってるわ。早く帰ってきてね……?」
「もちろんだよ」

 ちゅ、と私の額に口付けが降り、啄むように唇も重ねられる。
 そんな初々しい口付けも嬉しいけれど、世界で一番格好よくて世界で一番大好きな旦那様なのだ。

「バルフ、もっと……」
「ん、これ以上は仕事行きたくなくなっちゃうから……また、夜にね?」
「んっ、大好き、愛してるわ」
「俺もだよ」

 名残惜しそうに何度も振り返るバルフが見えなくなるまで見送った私は、寂しさに胸を痛めながら私室のドアを閉めた。


「はぁーーーっ、ここにキャサリン様がいたら、『あんたらのせいで砂糖が余ってんのよ!』って塩投げられますね」
「砂糖と塩間違ってるわよ」
「糖分を相殺してんですって」

 わざとらしいほど大きなため息を吐いたのは私の侍女であるクラリスだ。

 侍女という立場ではあるものの、幼い時から一緒だったこともありどちらかといえば姉妹や友達という距離感で。

 そして彼女の気安い話口調が私はとても気に入っている。

「お忘れかもしれませんが、バルフ様は同じ邸内の執務室で仕事されるだけですからね? 次はお昼にお会いになってご飯食べるんですよ? 何時間後かわかってます?」
「まだかしら……」
「今行ったばかりです」

 はぁ、と再び大きなため息を吐くクラリスを見ながら、先ほど名前の上がった親友を思い浮かべた。
 

「キャサリンどうしてるかしらねぇ、ベルハルトかぁ……」

 
 紆余曲折あり今では自称大親友であるキャサリンは、隣国のベルハルトに嫁いでしまった。

 それにベルハルトには、これまた紆余曲折あり私とバルフの養女になった私の元専属侍女であり、現在なんと王太子妃になったセラもいて。

“実はちゃんと観光としては行ってないのよねぇ”

 穏やかな国、という情報は持っていても実際目で見て自分の足で歩くのとでは全然違うだろう。

 みんなにも会いたいし、いつか行けたらいいなぁ、なんて考えながらこの日常を噛み締める。


「でも、私は幸せね。大親友に自慢の義娘、ベラも本邸からこのキーファノまで来てくれたし、それにバルフも愛してくれてるわ」
「仲睦まじすぎてたまったもんじゃないですけどね」
「こんなに幸せだと、いつかバチが当たりそうで怖いくらいよ」
「こっちは毎日お二人に当てられてるんですけどねぇ」


 いつも通りの和やかな会話を楽しみながら、お昼まで三時間って長すぎる……と内心文句を言いつつクラリスが出してくれたコーヒーを飲もうと手を伸ばし――


「……うっ!」
「シエラ様!?」

 突然の嘔吐感に襲われた私は思わずカップを落としてしまう。
 
 私のその様子を見たクラリスは、すぐに青い顔をしてかけより私の背中を撫でてくれた。

「大丈夫ですか!? どうなされましたか!?」
「わ、わからないの、でも突然気持ち悪くなって……」
「とりあえずすぐに横になりましょう!」


 クラリスに支えられながら横になる。
 さすが長年侍女として働いてくれていたクラリスだ、普段はどこかお調子者ぶっているもののこういう時はテキパキと周りに指示を出し、医師を呼んでくれて。


「……ふむ」

 私の症状や最近の体調、熱などを測った医師がふっと息を吐く。
 俯く医師の顔に、私もクラリスもドキリとした。

「まず、バルフ様はまだこちらには?」
「それが、本日は邸内で執務の予定だったのですが領地で少しトラブルが合ったらしく出てしまわれて」
「そうですか……」

 クラリスの話を聞いた医師が眉を下げる。
 その困ったような様子に私の心臓はドクリと跳ねた。

“夫と一緒に聞くほどの病気ってことなのね……?”


 ――間違いない、これは幸せ過ぎたことによるバチが当たったのだ。

「そうよ……、好きな人を拐ってはじめた結婚生活、恨まれるどころか愛されて幸せをいっぱい貰って……」
「えぇ、愛し合われているからこその」
「そんな幸せが続くはずなんかなかったんだわ……!」
「え? いえいえ、シエラ様はご懐……」
「誤解!? そんなことないもの! だって私っ」
「いえ、誤解ではなく、いやある意味誤解なされて」

“毎日が幸せ過ぎて、それがずっと続くと思ってたわ。そんなこと、あり得ないのに”


「私、あとどれくらい生きられるの?」
「はい? ですからシエラ様のお腹に」
「言わなくていいわ! 私の体のことだもの、わかってる」
「絶対わかってな……」

 戸惑う医師を手で遮る。
 きっと彼も伝えるのは憚られているのだろう。

“辛い役目をさせてしまったわね”

 私が死んだら、バルフはきっと泣いてくれる。
 はじまりこそあれだったが、私たちはちゃんと愛し合っているのだから。

“でも、だからこそバルフには最期を予感させて苦しませたくないわ……”


「お願い、バルフには言わないで」

“私にあとどれくらいの時間が残っているのかはわからないけれど”

 それでも。
 

「えぇっ、で、ですが」

 困った様子の医師にゆっくり首を振る。

“私は最期の瞬間までバルフの笑顔が見ていたいもの”

 これはきっと私の我が儘なのだろう。
 私が逝ってしまった後に、残された人がどれだけ苦しむのかを想像すると胸が痛む。

 けれど、これが最期の我が儘だから。

「バルフは……きっと、許してくれるわ」
「く、クラリスさん……」
「あー、こうなったら止まらないのがシエラ様なんで。サプライズだと思えばまぁ、無くはないですよ」
「そういうもの、ですかね」
「そういうもの、ですね」

 私の気持ちを察してくれたクラリスと医師を見て少しだけ安堵する。


“残りの時間でバルフとやれることを考えなくちゃ”

 沢山の思い出と共に旅立てるように。
 沢山の思い出を残してあげられるように。


 不安だし怖い。
 けれど、いつだって時間は有限だから。


「バルフ……」

 私はその大切な人の名前を抱き締めるように、そっと小さく呟いたのだった。
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