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だったら私が貰います!婚約破棄からはじめた溺愛婚(その後)

番外編:その頃の⋯②

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「大変大変!バルくんからお手紙が届いたよっ」
「あら、そんなに慌ててどうしたの?」

 執務中だったエリウス様が、突然奥様のいらっしゃる寝室に飛び込んできて私も驚く。


「申し訳ありません若旦那様、若奥様は臨月ですのであまり大きな音などは――」
「あっ、そうだね、すまなかった。それにいつも彼女の側にいてくれてありがとう」
「いえ、侍女長として当然でございます」

 すぐに凛とした表情に戻られたエリウス様にそう言われ、私はさっと頭を下げた。


 ちなみにだが、代々ビスター公爵家に仕えてきた我が家は、長兄がキーファノの領主に新しくなられる予定のシエラお嬢様とバルフ様ご夫妻に、次兄が現公爵である旦那様夫妻の元で執事長として働いている。


「なんでも、シエラに娘が出来たらしいんだよ」
「まぁ、シエラちゃん懐妊したの!それはとても素敵な報告だわ」
「それが、その娘ちゃん、24歳らしいんだよね」
「……え?シエラちゃんより年上……?」

 
 “……はい?”


 耳に届いたそんなお二人の会話に、思わず怪訝な表情を浮かべてしまう。

 シエラお嬢様が懐妊したはずなのにもう生まれてて、その子がシエラお嬢様より年上……って一体どういう事なのか。


「24歳ならバルフくんの隠し子って訳でもなさそうね?」
「隠し子なんて!あのバルくんがそんなことする訳がないでしょ?俺の可愛い義弟なんだから」
「本当にバルフくんが好きよね……」

 
 “エリウス様はずっとシエラお嬢様に心労をかけられておりましたものね……”


 シエラお嬢様が結婚したいと言った男性に婚約者がいたと知り、まるでお通夜のようだったビスター公爵家。
 しかも略奪希望だと言い放たれた時なんてお通夜どころかもはやお葬式だった。


 そんな状況で、本当にシエラお嬢様が拐ってきた男性は確かに少し地味な見た目ではありましたが、シエラお嬢様のご準備されたちゃんとした服を纏うとそれなりには見えましたし、何より……


「本当にシエラが拐ってきた時はどうしようかと思ったけど、ふたを開けてみたらとても真面目で勤勉で……」
「ふふ、義弟ができてとても喜んでいたものね?」
「それだけじゃないよ?シエラに振り回されてきた俺だからわかるけど、あのシエラに振り回されても常ににこにこと受け流して愛を囁ける……」
「シエラちゃんととてもお似合いよね」
「お似合いなんて言葉じゃ物足りないくらいだよ、言うなればバルくんはメシアだね……!」


 “メシア!?”


 突然の神扱いに少し吹き出しそうになるが、必死に堪える。
 何故なら私は侍女長なのだ、この程度で動揺してはいられない。


「本当にシエラにはもったいないくらいの出来た人なんだ」
「あなたの仕事も手伝ってくれて、頑張って勉強もしてたしね」
「あと、目がいいね。ここってところを見つけて商売出来るのは本当に強いよ」
「彼、商家の出だったかしら」
「子爵家でもあったけどね、実態は完全に商家だったかな」


 “公爵家とはあまりにも家格が違い、正直懸念もあったのですが”

 バルフ様の人柄のお陰か、シエラ様の暴走を抑え包み込める器の広さゆえか……

 “あと、足りない存在感のお陰で逆に溶け込んだと言えますけれど”


 シエラお嬢様の夫としてすぐに受け入れられたバルフ様。
 それどころかエリウス様にメシアとまで呼ばれるほど気に入られており、本当に婿入りしてくださったことに我々使用人も感謝していて。


「そんなバルくんに、バルくんと同い年の子供が……」
「そ、そうね……」
「これも絶対シエラが言い出したんだろうな……」
「そうね……私もシエラちゃんが言い出したんだと思うわ」
 

“……そろそろバルフ様がお怒りになられてもおかしくないですね”


 婚約破棄させられて、無理やり結婚させられ、穏やかな領地とはいえ住み慣れた土地を離れさせられ……

 “そして自分と同い年の娘を……”


 どういう状況かはわからないが、何も知らない公爵家を良く思っていない相手からは格好の攻撃材料。

 愛人として囲うためだとか、手篭めにするために娘にしただとかどんな言いがかりをつけられるかわかったものではなく。


 “バルフ様はその可能性も気付かれておられるでしょうに”


 それでもシエラお嬢様の提案を受け入れたのは、お嬢様の望みを叶えたいからだとかそんな理由なのだろう。

 “つまり愛……!”


「バルくん、嫌になってないといいんだけれど」
「うーん、それは大丈夫じゃないかしら?シエラちゃんからこの間来た手紙には、バルフくんが『最愛の妻に贈る色』というコンセプトでルビーを売り出すらしいし」
「え、それってアホ殿下からバルくんが奪い取ってきたっていう、あの鉱山の?」
「鉱山ごとシエラちゃんにプレゼントするなんて、バルフくんもたいがいシエラちゃん馬鹿よねぇ」


 くすくすと若奥様が笑いを溢され、私もくすりと微笑んでしまう。

 “結局バカップルってことなのでしょうね”


「……鉱山か」
「エリウス?」
「自分のものにすれば良かったのに、バルくんって名義を迷わずシエラにしたんだよね」

 確かに即決でシエラお嬢様の名義にされた鉱山。
 婿という立場なら、自分のものにするのが普通では……なんて内心みんな思っていたのに、本人だけ何故か照れつつシエラお嬢様の名前が書かれた権利書を眺められていて――


「俺もバルくんに鉱山あげようかな!?どこかいい鉱山ある?」
「「え」」

 ぱあっと表情を明るくされたエリウス様の発言に、私と若奥様がぽかんとしてしまう。

「これからもよろしくねって事で、俺も何か貢ぎたいと思ってたんだよね。欲しいものはなんでも買ってあげるって言ったのに、バルくん何も欲しがらないし」

 “と、突然何を――……”


 にこにことしながら、まるで名案だと言わんばかりの笑顔を向けられ、若奥様の近くに立っていた私まで唖然と口を開いてしまって。


「……それ、名案だわ!?」
「若奥様!?」
「そうだよねそうだよね!バルくんはもう少し甘やかされてもいいと思っていたんだよね」
「えぇ、えぇ!私も賛成よ」

 “えぇえ!?”


 シエラお嬢様がバルフ様にベタ惚れなのは知っていたし、エリウス様がバルフ様をめちゃくちゃに可愛がっていたのも知っているが――

 “若奥様!あなたもですか……っ!?”


 にこにこと笑い合いながら、どこの山がいいかしら、なんて相談を始めるお二人を見てこっそりため息を漏らした私はくるりと部屋を出て。


「温かい飲み物と、あと地図も必要ね」

 ぽつりとそう呟きながら、必要なものを準備すべくまずは厨房に向かった。


 “ここが平和で良かったわ”

 侍女長たる私は、この屋敷内を平和に保たなくてはならなくて。
 そしてそんな心の安寧に役立っているらしいシエラお嬢様ご夫妻に、そっと感謝するのだった。
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