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だったら私が貰います!婚約破棄からはじめた溺愛婚(その後)

16.さぁ、あのセリフを言うときよ

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「シルヴァ伯爵はいるだろうか?」


昨日乗っていたディートヘルム家の家紋が付いた馬車ではなく、堂々と王家の家紋が付いた馬車でシルヴァ伯爵家の門前に乗り付けたのはもちろんレイモンド王太子殿下。

近くには護衛としてガルシア卿と近衛騎士団が並んでいる。
セラはまだ王家の馬車の中で待機。
そして私たちはと言うと⋯


「ちょっと、こんなところに固まっててバレるんじゃないのぉ?」
「ならキャサリンは帰っていいわよ」
「嘘でしょ!?私だって応援してるんですけどぉ!」
「はーい、嘘ウソ。というか騒いだら登場するタイミング間違うでしょ」
「その時はアンタの背中蹴り飛ばして登場させてあげるから安心なさいッ」
「ちょ、二人とももう少しボリューム抑えて⋯っ」


不恰好にも、門が見える距離でこそこそと隠れていた。


“上手くいきますように⋯!”

ぎゅ、と祈るように両手を握り様子を見ていると、突然の王太子の訪問で慌てふためいた伯爵夫妻が家から飛び出してくる。


“あれだけ動揺してるなら私たちのことはバレなさそうね!”

こちらから見えているということは、当然向こうからも見えているはずなのだが――
王太子訪問という信じがたい出来事のお陰でこちらまで意識が来なさそうで安堵の息を吐く。



「れ、レイモンド王太子殿下⋯っ!?き、今日は突然何故⋯っ」
「ふむ、そうだな⋯。色々あるんだが⋯そうだな、伯爵の娘はいるだろうか?茶髪の方の娘がいるだろう、会いに来た」
「茶髪の、我が娘⋯で、ございますか⋯?」

レイモンド殿下の言葉に一瞬ぽかんと顔をする伯爵夫妻は、何をどう勘違いしたのかにやりと口角を緩ませながら大声でセラの義姉を呼ぶ。
その声の弾み具合を聞き、私とキャサリンもにやりと頬が緩んだ。

肝心の殿下は、昨日の怪我を隠すように手で口元を押えているのだが⋯


“か、隠し方が上手いわね?どう見ても『照れながら話しているだけ』のように見えるわ⋯”


謎の才能に感心していると、パタパタと足音が響き玄関からそっとセラの義姉が出てきてカーテシーをする。

「あぁ、挨拶は必要ない、会いたかったよ」
「そう言っていただけて光栄です、まさか我が娘と殿下が知り合いだったなんて⋯」
「知り合い⋯か、忘れられていないといいのだがな」
「え⋯?」

くすくすと笑った殿下の声が少し低くなり、完全に頬を染めていた義姉がそっと様子を窺うべく顔を上げて――


「昨日ぶりだ、と言えば思い出して貰えるだろうか?」

にこりと笑いながら、口元を隠していた腕を下げ昨日の傷口が露になる。
ただの平手打ちだったとは言え、殿下の口元は指輪で切ったので痛々しく赤紫になっていて――


その傷を見た義姉の表情が一瞬で青ざめたのを確認し、ガルシア卿がわざとらしく剣をチャキ、と鳴らした。


「――ひっ!」

酷い顔色になった義姉が、震えながら一歩後退る。
そんな2人のやり取りが全くわからない伯爵夫妻の顔に戸惑いが浮かんで。


「あぁ、なんだ、説明していなかったのか?昨日、お忍びで出ていた私を、散々金のない男だと罵倒しながら殴ったという事を」
「殴⋯っ!?そ、それは何かの間違いですっ!」
「間違い?ならば娘に確認しろ。殴ったのか?殴っていないのか?」
「ど、どういうことだ!?まさか殿下に暴力だなんて⋯!」


にやにやとしていた伯爵夫妻からも一気に血の気が引き、額から冷や汗が滝のように流れ出る。


“そりゃそうよね、だって不敬罪だけでなく王族相手に暴力だもの⋯!”

追放⋯どころか処刑だってもちろんあり得るほどの大失態。


「ちが、違うんです、私知らなくて⋯っ」
「し、知らない!?ということは、まさか本当にお前が殿下を⋯っ!?」
「そんな、そんなつもりは⋯っ、第一私、私は⋯っ、そ、そうです!私は殿下ではなくあの子ッ、セラフィーナを⋯っ!!」
「せ、セラフィーナ⋯?」
「そうですッ!行方不明だったあの子がいてっ、だからその⋯、し、心配させた罰を⋯っ」


“し、心配させた罰ですってぇ⋯!?”

その場にレイモンド殿下もいたのに、よくそんな大胆な嘘が吐けるものである。
呆れと怒りの入り交じった感情で私の頭がパンクしそうになりながら、それでもここで私がざまぁを台無しにするなんて出来ないから⋯と必死に我慢した。


「ふむ、ではつまり私ではなく、私の婚約者のセラフィーナに危害を加えようとした⋯ということだろうか?」
「そうです!殿下ではなく婚約者の⋯⋯って、え?」
「セラフィーナが、殿下の⋯?」
「あぁ、昨日やっと了承の返事を貰ったばかりだからな。伯爵らが知らなかったのも無理はないだろう」


さらりとそう言われ、呆然とする3人。
そんな3人を無視するかのように、殿下は更に口を開いて。


「男である私ですら傷が残るほどだったのだ。セラフィーナに当たっていたかと思うと当然許せる事ではない。そうだな?」

くるりと殿下が馬車へ向き直ると、カチャリと扉が開き美しく着飾ったセラが一歩踏み出す。
そんなセラに殿下がさっと手を差し出すと、ふわりと微笑んだセラが彼の手をきゅっと握り寄り添った。



「⋯殿下、本気で照れてない?」
「ま、まぁあの笑顔は女の私ですらドキドキしちゃったけどぉ⋯」

まだ一大イベントは何も終わっていないのに、甘い空気が流れ被弾した私たちは思わず半眼になる。


「せ、セラフィーナ、お前今までどこに⋯っ!」

殿下に寄り添うセラを唖然と見ていた伯爵が名前を呼ぶが、セラはもちろん返事などしない。
そしてレイモンド殿下も、そんな彼らを完全に無視して――


「婚約者であるセラフィーナも既に王族と同列の扱いになる。よって王族に危害を加えようとしたシルヴァ伯爵家は伯爵位を剥奪しー⋯」
「お、お待ちください!!」
「なんだ?下らない事で私の言葉を遮った場合、罪が重くなる事を覚悟してのことか」

吐き捨てるようにそう言われ、ごくりと唾を呑む。
しかし、このままでは家が取り潰しになるこの状況。
意を決した伯爵が再び口を開いて。


「我がシルヴァ伯爵家から貴族位を剥奪されますと、セラフィーナはただの平民となります!それも、没落した家門という肩書きまでついて!そんな王太子妃は世間が認めません!!」
「では、どうするのがいいと?」
「この娘は、私の娘では、ありません。私の娘はセラフィーナだけでございます!ですのでどうか⋯っ」




“い、いくらセラの義姉は伯爵の実の娘じゃないからって⋯!”

平然と切り捨てるその姿に辟易した。


「そんなっ!お義父様!?」
「あなたっ!娘を捨てると言うのですかっ!」

慌てて二人が詰め寄るが、伯爵は聞く耳を持たない。


「ほんっと、ゲスいわね⋯!」
「同感だわ」

フンスフンスと鼻息を荒くするキャサリンに全力で私も頷いていると、レイモンド殿下の冷たい声がその場に響き。


「何か、勘違いしていないだろうか」
「か、勘違い⋯でありますか」
「そうだ。何故シルヴァ伯爵家の爵位を剥奪すると、セラフィーナが平民になるんだ?」
「は、はぁ⋯?それは、当然セラフィーナが私の娘だからでー⋯」


『何を言ってるんだ』という表情をした伯爵を見て、私とキャサリンがにやりと笑う。


「おかしいな、我が婚約者の名前はシルヴァじゃないんだが」
「い、いえセラフィーナ私のむす⋯」
「私の名前はセラフィーナ」

伯爵の声を遮るように、一歩前に出たセラが声を張り上げた。

「セラフィーナ・ビスターです!」
「どこのどなたが存じませんが、私たちの娘になんってことしてくれたのかしら!?」
「セラ、ビスター公爵家がついてるんだ、もう大丈夫だからね」
「は、はぁ⋯っ!?び、ビスター公爵家⋯!?」


“あら?流石に隣国の二大公爵家の名前は知っていたのね”

唖然としながらわなわなと震える伯爵の前で、わざとフンッと鼻を鳴らす。
――昨日、セラの義姉がそうしたように。


「ど、どういう事なのっ!?恩を仇で返すつもりなのっ!」
「恩を、仇で⋯?」

ふぅ、とセラが小さく息を吐く。
冷静に見えるが、内心ではきっと怒りが燃えさかっているのだろう。


「ふざけないでください、何故私が、私だけが!働かなくちゃいけなかったのですか!」
「それは⋯っ」
「何故私が、お母様との思い出を全て売って、そして私自身まで売られなくちゃいけないんですか!貴女が今しているネックレスだって、私が母の形見を売って生活費にあてようとしたお金で買ったんじゃないッ!!」
「そ、れは⋯っ」


悲痛なセラの声が胸に刺さり、小さく肩を震わせる彼女を抱き締めたくてたまらない。

“けど、それは私の仕事じゃないわね⋯”


そんな私の想いを察したのか、そっとセラの肩に殿下が手を乗せた。


「あなたたちは不満ばかり、搾取することばかりで。私から母も、家も、思い出も、私の未来さえも利用してばかりだったわ」
「そ、そんなつもりは⋯っ、ただ私は⋯っ」
「そ、そうですッ、そう、お金さえ、お金さえあれば⋯っ」
「はっ、そうですね。お金を作るために最後は私を売ったんですものね」


乗せられた殿下の手に、そっと自身の手を重ねたセラ。
もう大丈夫だと伝えるように、彼女がゆっくり頷くと殿下も軽く頷き、そっと一歩下がって――



「セラ!さぁ、あのセリフを言ってやりなさい!」
「はい!」

カツン、と石畳をヒールで鳴らしたセラが、両腕を腰に添えて高笑いをし――⋯


「私はもうこの家とは関係ありません!金づるになれなくて、ごめんあそばせぇ~っ!!?」

そう高らかに宣言した。
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