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だったら私が貰います!婚約破棄からはじめた溺愛婚(その後)

15.強要されたけど落ちる時は落ちた(結果)

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「セラッ!!」

私が慌ててセラの元に走り出そうとしたのを、バルフが止める。

「なんで⋯っ」

止められたのが納得出来ず、バルフを見上げると彼は真剣な顔をしてじっとセラたちの方を見ていて。
そんな彼の視線を追うように私も視線を動かした先では⋯



「なに?こんなのが大事だったの?銀貨かと思ったら混じり物のただのシルバープレートじゃない。しかも歪だし」
「返して」

カンカンと転がった、手作りブローチを嘲笑うように一瞥したセラの義姉がぐしゃりと踏みつける。


「ッ!!」

怒りを露にしたセラがそのままの勢いで義姉の方に踏み出すと、それを引き留めるようにレイモンド殿下が抱き締めるようにしてセラを義姉から隠すように庇った。


「はぁ?何よ、その男からのプレゼントだった訳?こんな粗末なものしか買えないような男に捕まるとか本当にアンタって愚かよね」


“アンタのとこの王太子だけどね!?”なんて、怒鳴りつけてやりたい気持ちを必死に抑えて横を見ると、主君をバカにされて怒りで手が震えているガルシア卿と、そんなガルシア卿の腕にしがみつきながらも自身の怒りを抑えきれず真っ赤な顔で鼻息が荒くなっているキャサリンがいた。


「お母様が薦める男に嫁いでいれば、お金だけはあったのにね」
「だったら義姉様が嫁げば良かったのでは」
「なんで私が?絶対嫌よ、あんなデブな年寄りとか絶対嫌!そういうのはアンタがお似合いじゃない」
「そうですか?義姉様の方がお似合いですよ、心も顔も不細工ですし」
「なッ!」

“だめッ!!”



――――バチンッ


あ、と思った時にはもう遅く、その場に乾いた音が響きー⋯


「れ、レイッ!!」
「ん。セラフィーナは痛いとこない?」
「貴様ッ!!」

セラを庇ったまま顔を思い切り平手打ちされたレイモンド殿下と、そんな殿下を見て顔を真っ青にするセラ。

そして護衛も兼ねていたガルシア卿が思い切り怒鳴りつけると、流石に分が悪いと思ったのか単純に怖かったのか⋯
ビクリと肩を揺らしたセラの義姉が、フン、と鼻を鳴らしてそのまま去っていった。



「や、顔から血が⋯っ」
「指輪か何かが当たったのかもしれないな」

ちらりと見えた殿下の口元から血が滲んでいるのを見て私からも血の気が引く。
そんな私を落ち着かせるようにポンポンと背中を優しくバルフが叩いてくれて。


「アンタは場所を移動させて!私はハンカチ濡らしてくるから!」
「あぁ」

バッと踵を返し走り出したキャサリンと、周囲を警戒しながら人の少なそうな場所を探すべく辺りを見回すガルシア卿。


「あーぁ、まぁ歪なのは確かだったんだけど、俺なりに頑張って作ったんだけどな」
「殿下⋯」
「今はレイ、でしょ?」
「れ、レイ⋯」

セラの義姉が踏みつけ、ぐにゃりと曲がってしまったシルバープレートのブローチを拾う殿下と、そんな殿下の前で半泣きになってしまっているセラがそこにいて――


「俺も、このブローチも格好つかないな」

わざとらしいくらい明るく笑い飛ばした殿下が、そっとそのブローチを自身のポケットに入れようとすると、セラがすかさずその腕を掴んだ。


「私にくださると言いました」
「でもこれは、もう曲がって⋯」
「私なら、直せます。それにそのブローチは、もう⋯私の、です」

一瞬ぽかんとした殿下が、しかしどこか嬉しそうにそっと壊れたブローチを差し出して。


「ありがとう⋯、レイ」
「こちらこそ、セラフィーナ」
「でも、私やっぱりレイと結婚出来ません」
「そっか、なら仕方ないね」


セラのその返事を、ふっと笑顔で受け入れる。

“なんで⋯”


「とりあえず移動しましょう、これ以上注目を浴びるのはまずいです」
「とりあえずこれで傷口を押さえてください!」
「俺たちも移動しよう、シエラ」

“セラ――⋯?”


私はバルフに支えられながら、移動する彼らに呆然としながらついていった。





「バカップルならぬバカ夫婦なシエラ様たちを見て、無条件で愛せる相手がいるのは素敵だと思いました」
「あぁ」
「文句を言い合いながらも、それは信頼しているからこそ素の自分でいられるキャサリン様たちをみて羨ましいと思いました」
「あぁ」


幸いにも殿下の傷口は口の端を少し切っただけだったようで。

“医師に見せる必要がない程度で本当に良かったけれどー⋯”

ガルシア卿の案内で来たのほ、少し大通りから離れた路地の一角。
階段に腰かけるようにして座る私たちは正直通行人からしたら邪魔なのだが、幸か不幸か酒場の近くという場所柄か、昼過ぎの今は誰もいなくて。


そして、誰もいないからこそセラたちの声が通り、私たちにも聞こえてしまっていた。


「言ったかもしれませんが、父は浪費家でした」

ぽつりぽつりと語られるセラの過去。

「母と必死で働き、母は過労死しました。新しく来た継母はアテが外れて私を売りました。義姉は私を道具だと思っています」
「あぁ」
「だから私はざまぁしてやろうと思って、レイを利用しました」
「あぁ」


前にも聞いた内容。
同じ内容、の、はずなのに⋯

“セラの苦しさが伝わってくるようで、胸が痛いー⋯”


「許してくださらなくて、構いません」
「そもそも怒ってなんかないよ」
「私は、責任を、取れません⋯」
「うん、構わない」
「結婚出来ないって言ってるんです!」
「構わないって言ってる」
「⋯っ」


王太子であるレイモンド殿下。
王族である彼が、国の法律を破るわけにはいかないはずなのに平然とそう言い切る。


「で、ですが跡継ぎは⋯っ」
「幸い俺は兄弟が多いからね、誰かの子を養子にすればちゃんと血は繋がるし問題ないよ」
「で、でも⋯」
「女の子1人守れないのに、国民全員なんて守れるはずないだろう?いいんだよ、結婚だけが答えじゃない」
「⋯⋯⋯ッ」
「ざまぁ、出来たら一番良かったんだろうけど⋯。この国でセラフィーナが幸せになれないなら君が一番幸せになれる場所に行くといい」


“レイモンド殿下は、きっと関係を持った女性がいたことを公表せず⋯ただ独身を貫くつもりなのね⋯”

下手に公表すると、相手の詮索が始まる。
その詮索がいつかセラを見つけた時、きっと彼女の平穏は守られない。


またシルヴァ伯爵家が寄生してくるかもしれないし、他の貴族からの攻撃を受けるかもしれない⋯


王族が、それも王太子が⋯
ただただ未婚を貫くというその行為は、想像出来ないほど風当たりが強いだろう。
今政敵がいなくても、その事実がどれほどの影響を及ぼすのだろう。


“⋯それでも、受け止めるのね⋯”


ごめんなさい、と涙を流すセラに釣られて私の目頭も熱く滲む。


“義姉が王族に怪我をさせた、その事実で家を潰せれば⋯”
そんな過激なことすら頭に過るが。

――それはお忍びでセラと出掛けていたことを認める行為だわ。

関係を気付かれなくても、取り潰された家門の王太子妃なんてあり得ない。

どこをどう転んでも交わることが出来なくて。



「どうしても、どうしても許せなくて、ざまぁを諦められなくて⋯、本当にごめんなさい⋯っ」
「⋯俺は、君が泣いてくれて嬉しいよ。それだけでいいから」
「?」


そっとセラの涙を拭った殿下が、ふわりと微笑む。


「――あの夜、挑発的なのに強気な瞳の奥で涙を堪えていたセラフィーナが気になっていたんだ。1人で耐える君の泣ける場所になれたら、なんて思ってしまうくらいに」
「レイ⋯」
「だから俺は、君が今俺の前で泣いてくれて嬉しいよ。いっぱい泣いて、そして君の好きな場所でこれからは笑って欲しい」
「レイ⋯っ!」


“どうして⋯”


「どうしても、2人が一緒にはなれないの?」
「⋯一緒になることは簡単だよ、でも」

思わず私が呟くと、バルフが溢すように答えてくれる。

「セラの願いを守る為に選んだんだ、俺たちには見守るしか出来ないよ」
「こんなことって⋯」



王太子妃になるには貴族の家が必要で。
でも、そうするとセラを踏みにじった家族の思うツボで。
そしてこれからも王太子妃の実家として、王家にも寄生しようとしてくることまで想像出来て――


“何か、何かないの?”


堂々と嫁げて。
実家から切り離せて。
ついでにざまぁだって出来る、そんな解決法――


悔しくて、苦しくて、叫びたいけれど、静かに涙を流すだけのセラを押し退けて私が嘆くなんて出来なくて。

この歯痒さは、キャサリンもだったのだろう。


「⋯子供は生まれる家を選べないものね⋯」

彼女がそうぽつりと呟き――


「子供は、家を、選べない⋯?」

キャサリンの言葉が引っかかり、彼女の言葉を復唱する。


“そうよ、あるわ、堂々と結婚出来て、ざまぁもする方法⋯”



「バルフ、私、思い付いちゃった⋯」
「シエラ?」

全てクリア出来る、その方法は⋯



「セラ!貴女、私とバルフの娘になりなさい!!」
「⋯⋯⋯はい?」
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