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だったら私が貰います!婚約破棄からはじめた溺愛婚(その後)
2.真っ白な私達と真っ白な領地経営
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「あら?ここってこんなインテリアじゃなかったわよね」
アドルフに“領主夫婦の寝室”として案内された部屋が、昔チラッと見た雰囲気と全然違っていて思わずそう聞くと。
「こちらのインテリアはお嬢様の私室の雰囲気を模してバルフ様と相談させていただきました」
「!」
どうやら兄から領主代理の打診を受けたタイミングで家具を入れ替えてくれたらしく、『彼女がどこでも過ごしやすいように』というコンセプトでバルフが仕入れてくれた家具達は確かに私の私室にあった家具と雰囲気も似ていた。
“ちゃんと『夫婦で使えるように』ソファも部屋にあったものより大きいから二人で座れるわね。それに机も⋯”
並んで座ったり机を挟んで向かい合わせでティータイムを楽しめるようにと考えながら選んでくれただろう事が堪らなく嬉しい。
それに、視察に来た時は道中の街に泊まった為バルフと彼らが会ったのは今回が初めてのはずなのに、完全に受け入れられていたのは私が無理やり拐った夫だから⋯ではなく、直接会う以外の方法で少なからずバルフ本人がコミュニケーションを取ってくれていたからなのだと知った。
“もう、本当にバルフってば⋯”
――世間では地味だとかなんだとか色々言われているが、そういう気遣いが出来るのが彼なのである。
「でも、インテリアはわかったけれどこの部屋じゃなくても良かったのよ?」
「それはエリウス様からのご指示でございます」
「お兄様の?」
キーファノを離れる事になったとしても、二度とこの場所に来ない訳ではないどころか⋯
“私達はあくまでもお兄様の代理であって、『領主』はお兄様なのに⋯?”
思わずぽかんとしてしまった私に気付いたのだろうアドルフが、ふっと目元を緩めたのを見て私はドキッとした。
「⋯そう、つまりお兄様は⋯」
“この土地を、ゆくゆくは私達の『領地』として⋯”
代理ではなく、領主として。
それは兄からの結婚祝いなのかもしれないし、兄からの信頼なのかもしれない。
今がまだ『代理』なのは、夫婦になりたての私達への配慮なのかもしれないし、ちゃんと治められるか試しているのかもしれないけれど。
“例えどんな困難がこの地を襲ったとしても”
最後までこの地に寄り添う事を決意し、グッと両手を強く握る。
バルフがこの『領主夫婦の部屋』に私達の寝室を作らせたなら彼も同じ覚悟をしたのだろう。
“だったら、私も彼に寄り添う努力をしなくっちゃー⋯”
「わかったわ、アドルフ!色々ありがとう」
強く握った両手をパッと開き、私は何も気付かなかったようにアドルフへ笑顔を向けると彼はどこか孫を見るような目をしていた。
彼にお礼を言った私は、そのまま寝室を出てバルフの執務室へ向かう。
ノックをするとすぐに「どうぞ」と言う彼の声が聞こえー⋯
「バルフ!私にも何か手伝えないかしらっ!?」
領地を守るのは夫の仕事、家を守るのが妻の役目。
それがこのマーテリルアの常識ではあるのだが。
“私だってこの領地の為に何かしたいわ!”
多少型破りかもしれないが、それでも私の熱意を伝えたくて小走りでバルフの目の前に立つと、彼は少し困ったように眉尻を下げて。
「⋯ない、かな⋯」
「な、い⋯の⋯」
彼からの返事に思わず項垂れてしまう。
“やっぱり女である私は領地の事に目を向けるべきじゃなかったのかしら”
俯いている私に、まるで追い討ちのような彼のため息が聞こえた⋯の、だが。
その後に紡がれたのは予想外の答えだった。
「⋯真っ白なんだ」
「はい?」
「小公しゃ⋯、お、お義兄様が政務をこなされていた頃から王都へ立たれた後の履歴を確認したんだけど、どこもクリアで凄く円滑に回ってる」
「あ、あら⋯」
「シエラどころか、俺がする事も見つけられない⋯」
「げ、現状維持こそ最善って事ね?」
私の言葉にこくりと頷いたバルフは、安心したような、けれどどこか拗ねたような複雑な表情を浮かべていて。
“役に立ちたいと意気込んだのに業務を引き継ぐ事が最善でちょっと寂しいのね”
もちろんそれは、それだけお兄様や暫くお兄様の代理として領地を治めてくれていたアドルフ達が真摯に向き合ってきていたからこそ。
そしてそんな当たり前であり喜ばしい事に、安心しながらも少し寂しそうなのは彼も領地を治める為に何かをしたかったということで。
“なのに現状維持が最善だとわかって、改善出来る事がないから役に立てない⋯なんて思っちゃったのね”
――それは、きっとさっき私が項垂れたのと同じ理由なのだろう。
「⋯大丈夫よ!だったら領地を『治める』為にする事じゃなく、領地を『良くする』為に何か探しましょう!」
「シエラ⋯」
私からの提案に、一瞬きょとんとした彼はすぐに口元を綻ばせて。
「んっ!」
ちゅ、と軽く口付けされた私の頬がじわりと赤くなる。
もう何度となく口付けどころか体も暴かれているが、それでも不意打ちはズルい。
「シエラの言う通りだ。キーファノをより豊かにする為に、何が出来るか一緒に考えてくれる?」
「も、もちろんよっ!でも、本当に私もいいのかしら」
「シエラから何かないかって言われた気がしたんだけど⋯?」
私の質問の意味がわからなかったらしく、軽く首を傾げてぽかんとしたバルフは、すぐに理解したらしく。
「⋯あぁ!俺はネイト家の仕事で元々他国へ行く事が多かったからかな?妻だから家の事だけを、とは思わないかな」
「ほんと?」
「うん、それに俺はシエラが楽しそうにやりたいことをやってるのを見るのも好きだから⋯」
「~~~っ!バルフ!!」
「う、わゎっ」
机越しに身を乗り出して彼に抱きつく。
少し遠いが、それでも私の気持ちを伝えるには十分だった。
「じゃあ、改めて何をするか⋯よねぇ」
執務机から、執務室のソファに移動した私達が並んで座り地図を広げる。
「何か作物を加工するとかはどうかしら?」
「うーん、特産品の食物でもあればそれも良かったかもしれないけど⋯」
残念ながらキーファノではあまり食物関係は明るくない。
隣国ベルハルトが近く、またベルハルトは穀物が有名で、その穀物に合わせた料理なども発展してきた事に関係し正直食品産業は頼りきり⋯というのが現実だ。
“もちろん王都から来る食べ物もあるし、何よりベルハルトの食べ物って全部美味しいのよね⋯”
加工技術を発展させる手もなくはないが、それも結局はベルハルトの二番煎じ。
今更の気もして――
「⋯キーファノって、穏やかで平和だけれど何か取れる訳でも生産してる訳でもないのよねぇ」
キーファノといえば『観光』。
穏やかであり花などの自然も豊か、そして北東にあるここは避暑地としても人気がある。
だからこそ目に見えて新しい何かを作ったり売ったりするのは、景観を変えてしまう可能性もあるわけで。
「せめてここの草木に果物の実でもなればいいのだけれど⋯」
「植え直すのは避けるべきだね、街並み含めて観光の目的にもなってるし」
「更地でもあればオリーブの木を植えるのにぃ~」
バルフの瞳と同じ色のオリーブ。
“オリーブなら食べてもいいし、化粧品への加工もいいし⋯”
「オリーブか⋯」
「でも、見た目が地味よね」
「あぁ、見た目がね、普通と言うかまさに地味で見て楽しむって感じじゃないしね⋯」
「バルフの事じゃないわよ!?オリーブの事よ!」
「わかってるよシエラ。でも俺の瞳の色を思い出してオリーブって言い出した事もわかってるよ⋯」
「ち、違うわ!?そうだけどそうじゃないから!見る人が見ればなんかこう、癒されるわよ!?」
「え、それフォローになってる⋯?」
がくりと俯いたバルフに慌てるが、すぐに彼の肩が小刻みに震えていることに気付き。
「⋯からかったわね?」
「ふふ、どうだろう?まぁ地味なのは今更だしね」
「だ、だからぁ~!」
くすくすと笑いながら顔を上げたバルフが、そっと私の髪を一束掬って。
「ー⋯でも、そうか。新しく『作る』必要はない⋯か」
「?」
何かを思い付いたらしいバルフが、ニッと口角を上げた。
アドルフに“領主夫婦の寝室”として案内された部屋が、昔チラッと見た雰囲気と全然違っていて思わずそう聞くと。
「こちらのインテリアはお嬢様の私室の雰囲気を模してバルフ様と相談させていただきました」
「!」
どうやら兄から領主代理の打診を受けたタイミングで家具を入れ替えてくれたらしく、『彼女がどこでも過ごしやすいように』というコンセプトでバルフが仕入れてくれた家具達は確かに私の私室にあった家具と雰囲気も似ていた。
“ちゃんと『夫婦で使えるように』ソファも部屋にあったものより大きいから二人で座れるわね。それに机も⋯”
並んで座ったり机を挟んで向かい合わせでティータイムを楽しめるようにと考えながら選んでくれただろう事が堪らなく嬉しい。
それに、視察に来た時は道中の街に泊まった為バルフと彼らが会ったのは今回が初めてのはずなのに、完全に受け入れられていたのは私が無理やり拐った夫だから⋯ではなく、直接会う以外の方法で少なからずバルフ本人がコミュニケーションを取ってくれていたからなのだと知った。
“もう、本当にバルフってば⋯”
――世間では地味だとかなんだとか色々言われているが、そういう気遣いが出来るのが彼なのである。
「でも、インテリアはわかったけれどこの部屋じゃなくても良かったのよ?」
「それはエリウス様からのご指示でございます」
「お兄様の?」
キーファノを離れる事になったとしても、二度とこの場所に来ない訳ではないどころか⋯
“私達はあくまでもお兄様の代理であって、『領主』はお兄様なのに⋯?”
思わずぽかんとしてしまった私に気付いたのだろうアドルフが、ふっと目元を緩めたのを見て私はドキッとした。
「⋯そう、つまりお兄様は⋯」
“この土地を、ゆくゆくは私達の『領地』として⋯”
代理ではなく、領主として。
それは兄からの結婚祝いなのかもしれないし、兄からの信頼なのかもしれない。
今がまだ『代理』なのは、夫婦になりたての私達への配慮なのかもしれないし、ちゃんと治められるか試しているのかもしれないけれど。
“例えどんな困難がこの地を襲ったとしても”
最後までこの地に寄り添う事を決意し、グッと両手を強く握る。
バルフがこの『領主夫婦の部屋』に私達の寝室を作らせたなら彼も同じ覚悟をしたのだろう。
“だったら、私も彼に寄り添う努力をしなくっちゃー⋯”
「わかったわ、アドルフ!色々ありがとう」
強く握った両手をパッと開き、私は何も気付かなかったようにアドルフへ笑顔を向けると彼はどこか孫を見るような目をしていた。
彼にお礼を言った私は、そのまま寝室を出てバルフの執務室へ向かう。
ノックをするとすぐに「どうぞ」と言う彼の声が聞こえー⋯
「バルフ!私にも何か手伝えないかしらっ!?」
領地を守るのは夫の仕事、家を守るのが妻の役目。
それがこのマーテリルアの常識ではあるのだが。
“私だってこの領地の為に何かしたいわ!”
多少型破りかもしれないが、それでも私の熱意を伝えたくて小走りでバルフの目の前に立つと、彼は少し困ったように眉尻を下げて。
「⋯ない、かな⋯」
「な、い⋯の⋯」
彼からの返事に思わず項垂れてしまう。
“やっぱり女である私は領地の事に目を向けるべきじゃなかったのかしら”
俯いている私に、まるで追い討ちのような彼のため息が聞こえた⋯の、だが。
その後に紡がれたのは予想外の答えだった。
「⋯真っ白なんだ」
「はい?」
「小公しゃ⋯、お、お義兄様が政務をこなされていた頃から王都へ立たれた後の履歴を確認したんだけど、どこもクリアで凄く円滑に回ってる」
「あ、あら⋯」
「シエラどころか、俺がする事も見つけられない⋯」
「げ、現状維持こそ最善って事ね?」
私の言葉にこくりと頷いたバルフは、安心したような、けれどどこか拗ねたような複雑な表情を浮かべていて。
“役に立ちたいと意気込んだのに業務を引き継ぐ事が最善でちょっと寂しいのね”
もちろんそれは、それだけお兄様や暫くお兄様の代理として領地を治めてくれていたアドルフ達が真摯に向き合ってきていたからこそ。
そしてそんな当たり前であり喜ばしい事に、安心しながらも少し寂しそうなのは彼も領地を治める為に何かをしたかったということで。
“なのに現状維持が最善だとわかって、改善出来る事がないから役に立てない⋯なんて思っちゃったのね”
――それは、きっとさっき私が項垂れたのと同じ理由なのだろう。
「⋯大丈夫よ!だったら領地を『治める』為にする事じゃなく、領地を『良くする』為に何か探しましょう!」
「シエラ⋯」
私からの提案に、一瞬きょとんとした彼はすぐに口元を綻ばせて。
「んっ!」
ちゅ、と軽く口付けされた私の頬がじわりと赤くなる。
もう何度となく口付けどころか体も暴かれているが、それでも不意打ちはズルい。
「シエラの言う通りだ。キーファノをより豊かにする為に、何が出来るか一緒に考えてくれる?」
「も、もちろんよっ!でも、本当に私もいいのかしら」
「シエラから何かないかって言われた気がしたんだけど⋯?」
私の質問の意味がわからなかったらしく、軽く首を傾げてぽかんとしたバルフは、すぐに理解したらしく。
「⋯あぁ!俺はネイト家の仕事で元々他国へ行く事が多かったからかな?妻だから家の事だけを、とは思わないかな」
「ほんと?」
「うん、それに俺はシエラが楽しそうにやりたいことをやってるのを見るのも好きだから⋯」
「~~~っ!バルフ!!」
「う、わゎっ」
机越しに身を乗り出して彼に抱きつく。
少し遠いが、それでも私の気持ちを伝えるには十分だった。
「じゃあ、改めて何をするか⋯よねぇ」
執務机から、執務室のソファに移動した私達が並んで座り地図を広げる。
「何か作物を加工するとかはどうかしら?」
「うーん、特産品の食物でもあればそれも良かったかもしれないけど⋯」
残念ながらキーファノではあまり食物関係は明るくない。
隣国ベルハルトが近く、またベルハルトは穀物が有名で、その穀物に合わせた料理なども発展してきた事に関係し正直食品産業は頼りきり⋯というのが現実だ。
“もちろん王都から来る食べ物もあるし、何よりベルハルトの食べ物って全部美味しいのよね⋯”
加工技術を発展させる手もなくはないが、それも結局はベルハルトの二番煎じ。
今更の気もして――
「⋯キーファノって、穏やかで平和だけれど何か取れる訳でも生産してる訳でもないのよねぇ」
キーファノといえば『観光』。
穏やかであり花などの自然も豊か、そして北東にあるここは避暑地としても人気がある。
だからこそ目に見えて新しい何かを作ったり売ったりするのは、景観を変えてしまう可能性もあるわけで。
「せめてここの草木に果物の実でもなればいいのだけれど⋯」
「植え直すのは避けるべきだね、街並み含めて観光の目的にもなってるし」
「更地でもあればオリーブの木を植えるのにぃ~」
バルフの瞳と同じ色のオリーブ。
“オリーブなら食べてもいいし、化粧品への加工もいいし⋯”
「オリーブか⋯」
「でも、見た目が地味よね」
「あぁ、見た目がね、普通と言うかまさに地味で見て楽しむって感じじゃないしね⋯」
「バルフの事じゃないわよ!?オリーブの事よ!」
「わかってるよシエラ。でも俺の瞳の色を思い出してオリーブって言い出した事もわかってるよ⋯」
「ち、違うわ!?そうだけどそうじゃないから!見る人が見ればなんかこう、癒されるわよ!?」
「え、それフォローになってる⋯?」
がくりと俯いたバルフに慌てるが、すぐに彼の肩が小刻みに震えていることに気付き。
「⋯からかったわね?」
「ふふ、どうだろう?まぁ地味なのは今更だしね」
「だ、だからぁ~!」
くすくすと笑いながら顔を上げたバルフが、そっと私の髪を一束掬って。
「ー⋯でも、そうか。新しく『作る』必要はない⋯か」
「?」
何かを思い付いたらしいバルフが、ニッと口角を上げた。
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